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序「入学試験」

 ヘッドギアに覆われた耳に、いかにも神経質そうな男性の声が届いてくる。


『受験番号と名前、出身校をどうぞ』


 これから始まる入学試験。俺はこれを、絶対に合格しなければならない理由がある。

 気を引き締めて、自分の声の中で一番真面目に聞こえるであろう発声方法で返事をする。


不知火しらぬい区立第一中学校出身、265番、雪村ゆきむらかけるです。よろしくお願いします」


 緊張しつつも、目は固く“瞑った”まま答えた。目を閉じようが瞳孔まで見開こうが、受験の合否には全く差し支えはない。試験官は目の前にはおらず、彼はヘッドギアの向こう側、恐らくかなり遠く離れた場所と予想される別室にいるからだ。尤も、彼が目の前に居ようが居まいが、彼の目的はデータ入力であって、こちらの態度は気にしていないのだろうが。


『では雪村翔くん、本校を志望した理由を教えてください』

「はい。私が国立兵士養成学校高将院(こうしょういん)を受験した理由は、日本軍兵士となるための様々なカリキュラムを学びたいと思い、それを実現できる学校は貴校だけであると考えたからです」

『雪村くんは兵士になりたいのですね』

「はい。ゆくゆくは日本A.W軍に所属し、国のために力の限りを尽くしたいと思っています」


 肩の力を抜いて、息をするように嘘をつく。あらかじめ用意しておいた嘘くさい志望動機は、一度もつっかえずに言うことができた。

 白々しいにも程がある動機には、流石に試験官の突っ込みが入るかと覚悟していたが、彼は『そうですか。素晴らしい志望動機ですね』の一言で、この話題を終わらせた。無気力さを隠そうともしない試験官に、拍子抜けしてしまう。


『面接はこのくらいで切り上げましょう。我が校は結局のところ実力主義ですからね。さあ、受験番号265番、雪村翔くん。準備はよろしいですか』

 

 ここに来て、閉じていた目を始めて開いた。とは言っても、視界は一面、黒、黒、黒。バイザー部分は既に展開されているが暗転したままであるため、結局何も見えないままだった。ただ、冷たい金属製の椅子に座っていることだけは把握できた。

 温かみのない椅子は硬く、全身から俺の体温を奪っていく。指先が冷たい。緊張しているのだと気付いて、一つ深呼吸。大丈夫、大丈夫。落ち着けばやれるはずだ。


「……はい。いつでも行けます」


 思ったほど自分の声は掠れていなかった。緊張しているのに、その一方で冷静に状況を享受している自分もいた。俺の中に棲まうもう一人の俺だ。

 俺ではない俺が不敵に笑う。――この程度で上がっているようじゃ先が思いやられるな。俺が代わってやってやるよ。

 俺が返す。――まだだよ、もう少し待って。

 もう一人の俺がつまらなそうに沈黙したところで、暗闇を背景に文字が浮かび上がる。


 〈Dive into another world〉


『ヘッドギアの接続が完了しました。問題はありませんか』

「はい」

『シンクロ率良好。現在32.08パーセントです』

「……あの、俺よくわからないんですけど、それっていい方なんですか」

『30パーセントが平均値です』

「はあ、そうなんですか」

『他に質問は?』

「いえ、ありません」

『それでは入学対人テスト、受験番号111番対受験番号265番を開始します。健闘を祈ります。テスト開始まで、五、四、三』


 視界に光が溢れてくる。高揚感もそれに比例して湧き上がってきた。

 俺はここで勝つ。勝ってこの入学テストを合格する。――絶対に。


『二』


 弟をこんな危険な学校に一人にするわけにはいかないのだ。


『一。テスト開始』


 何処までも平坦な声が、何でもないことのように始まりを告げた瞬間――ヘッドギアと幾つもの接続コードで繋がれた椅子に座らされていたはずの俺は、いつの間にか広大な草原に一人立ち尽くしていた。



 これが俺、雪村翔が十五年間の人生の中で初めて、仮想空間〈アナザーワールド〉に足を踏み入れた瞬間だった。

 その時の感動を、俺は生涯忘れないであろう。――生きている。〈アナザーワールド〉は仮想空間でありながら、確かに鼓動を刻んでいる、生きた世界であった。

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