心配性な探偵(仮題)
探偵が主人公ですが、推理も何もありません。ただ事件が起き、解決して、ぐらいです。登場人物の顔見せ程度の話です。
この世の中、科学が発達しても、解き明かせない謎はあると思う。
信じたいから信じて、疑いたいなら疑えばいいと、常日頃から私は思う。大切なのは、自分の考えを押し付けないこと。
ちなみに、私は宇宙人いる派の、乃木灯遊。ツチノコは捕まえて賞金狙う派。
一応成人していて、良く言えば、一国一城の主。まぁ、沈没寸前な感じもあるが、まだ鼠は逃げ出さないので、大丈夫と言い聞かせている。
いろいろ語ったが、仕事は……。
「待って、ジョセフィーヌ! 行かないで!」
先に言っておくが、舞台俳優とかではない。
叫びながら私が追うのは、舞台上の美女ではなく、生け垣の中を突き進む、美人な猫ちゃんだ。彼女の名前が、ジョセフィーヌ。フサフサの毛並みの箱入り娘だったのだが、ご主人様の不注意で外を駆け回っている。
そして、その捜索と捕獲を依頼されたのが、私。
つまり、私の職業は……探偵だが、
「これは、専門外でしょう……」
思わず、ジョセフィーヌを抱えたまま(やっと捕まえた)天を仰ぐ。
腕の中でみゃーうと鳴く彼女に癒されながら、足下に視線を戻す。
「臭い……」
これは、私の役に立たない特技。
他人の『悪意』を悪臭として感じてしまうのだ。
その悪意の源は、私の足下で鉄錆びた臭いと悪意を臭わせ、動かない。
みゃう? と不思議そうなジョセフィーヌの声を遠くで聞きながら、私は震える指で携帯電話のボタンを押す。
『……ん、どした?』
「た、助けて、冬……」
携帯電話越しでも孕みそうな色気のある幼馴染みの声に、安堵した私は、震える声で助けを求めた。
『何だ!? 痴漢か? 暴漢か? 強盗? まさか、また痴女か!?』
「ちが、う。どう、しよ、私、逮捕される、かも……」
私の声に、電話の向こうで慌てている幼馴染みに、見えないのはわかりながらも、思わず駄々をこねるように首を振る。
ちなみに、痴女には先週会ったばかりだ。その時も、幼馴染みに助けを求めてみた。
そのち……女性は、幼馴染みと何処かへ消えた。
『逮捕される? どうした? 双子絡みか?』
逸れかけた私の思考を、幼馴染みの甘やかすような柔らかい声が呼び戻す。
「ちが、ちがう、ちがうんだよ! でも、私が、きっと、逮捕される……」
胃の腑を冷やすように込み上げる不安感から、自分でも支離滅裂だと思う言葉を繰り返す。
『落ち着け、ひゆ。【大丈夫】だ』
「冬……、そうだよね。うん、ごめん、落ち着いた」
現金なことに優しい幼馴染みの声を聞いた瞬間、混乱していた私の思考も、やっと正常に回り出す。
『なら、まずは双子に連絡。で、それから、警察呼べ。……今さらだが、何があた?』
「え? んー、簡単に言うと、猫探してて、人間の死体見つけた、みたいな?」
『よし、動くな、俺が行…』
ツーツー……。
私と交代するように、過保護スイッチが入った幼馴染みの声を聞きながら、躊躇いなく通話を切ると、短縮ダイヤルに登録された双子の番号を呼び出す。
短縮一番が幼馴染みで、二番が双子の片割れ、兄の方の番号が登録されている。
『どうかしましたか?』
「えと、いちくん……、あの、ですね」
言い淀む私に、何かを察したらしい、彼は電話の向こうでため息を吐く。
『ぐるぐるしていないで、さっさと吐いてしまいなさい』
「うぅ、あの、猫捕まえたんだけど、一緒にした……い……を」
意を決し、状況を話し出した私の視界に、呆然とこちらを見る買い物帰りらしき女性が映る。
彼女は、大きく息を吸い込むと、
「キャーッ!! 人殺しよーーっ!」
叫んで、一目散に駆け出した。
「……うん、さらに悪化したね、これは」
私の気の抜けた声に、腕の中でも、にゃ? と気の抜けた鳴き声が続く。
『速やかに状況説明をお願いしますわ!』
兄から携帯を奪ったらしく、キビキビとした少女の声が私を叱咤する。
「はいっ! ジョセフィーヌを捕まえたんですが、人間の他殺体を見つけてしまいました! ぐるぐるしている間に別の方が死体と私を見つけ、殺人犯と勘違いされました!」
思わず背筋を伸ばして、私にしては珍しく、どもらずに言い切る。
『……ひーくん? 貴方は歩くトラブルホイホイかしら?』
残念ながら、誉められる事はなく、絶対零度の美声が私の鼓膜を震わす。
「だって、殺人犯にされちゃうと思って……、ドラマだと発見者疑われるし……」
『そこで心配性を拗らせるぐらいなら、僕たちに連絡が欲しかったですね』
どうせ、うじうじしてるだけなんですし。と、双子兄からの毒舌な副音声が聞こえる正論に、思わず口を開く。
「ちゃんとしたよ! 冬、に……」
口に出してから、NGワードをだと気付き、言葉が尻すぼみになる。
『『へぇ、あの歩く猥褻物に?』』
綺麗にユニゾンした絶対零度の美声に、思わず通話終了ボタンを押した私は悪くない。
「ど、どーしよ、切っちゃった!」
とりあえず、ジョセフィーヌをケージに入れてから、携帯を手にわたわたしていると、携帯が震え、メールの着信を告げる。
『from いちくん
title 慌てない事
必ず助けに行きますので、大人しくしてて下さい。喋るとボロが出るんですから、黙秘してなさい。
追伸
次、僕らより、あの猥褻物を先に頼ったら……。 』
メールを読んだ私は、顔から血の気が引き、倒れそうになる。頼ったら、で切れたメールが怖すぎる。年下なのに、頭が上がらない。
そこへ、パトカーのサイレンが近付いてくるが、いちくんのメールのおかげで、だいぶ落ち着けた私は、ジョセフィーヌのケージをしっかりと抱き締めた。
「あの、せめて、何故あそこにいたかだけでも……」
いちくんの指示に従い、私は連れていかれた先、いわゆる取調室で、黙秘を貫いていた。
若干、プルプルして涙目になってしまったのは、やっぱり不安だったからだ。
ちなみに、何故か最初は威圧的だった刑事さんは、徐々に優しくなっていき、最終的には、さっきのような下手になっていた。
それでも、私は喋らず、いちくんの言葉を信じて待ち続ける。別に、怖くて喋られなくなった訳ではない、と思う。
プルプルして涙目の私と、完全に幼児をあやす保育士と化した強面刑事というカオスな空間を打ち破るように、取調室のドアがガンガンとノックされ、勢い良く開かれる。
「さあ、ひーくん、帰りますわよ!」
「全く、待たせ過ぎだよ」
現れたのは、町で擦れ違った十人中十人が振り向くであろう、何だったら二度見してしまう程の美しい双子。
兄の方が、桐崎一葉。私は、いちくんと呼んでいる。
妹の方が、桐崎二葉。私は、ふたくんと呼んでいる。
二人は二卵性双生児だが、良く似ている。二人共、艶やかな黒髪に、深紅の瞳という綺麗な色彩を身に纏い、年下なのに私よりしっかりしている。
そんな誰に向けた訳でもない思考を巡らせていた私は、両側から双子に手を取られ、そのまま立ち上がらせてもらう。
強面刑事さんは、ホッとした表情で私を見送り、もう来るなよ、と優しく頭を撫でられた。実年齢を教えたい、と私は心から思う。
そんな優しい刑事さんに、いちくんとふたくんは、何故か汚物を見るような目を向け、本気で凹ませている。
「いちくん、ふたくん?」
私が訝しんで声をかけると、二人は綺麗に揃った仕草で微笑みを浮かべて見せる。
「「ひー(くん)は、知らなくても良い(ですわ)んです」」
息の合った双子の答えに、私はさらに小首を傾げるが、双子はそれ以上喋る事はなかった。
「ふぅ、ただいま〜、あと、お帰り〜」
やっと帰り着いた我が家――正確には、事務所兼住居だが、とりあえず気の抜ける場所に、私はため息を吐いて、両側の双子へと気の抜けた挨拶をする。
「「お帰りなさい、ただいま戻りました」」
笑顔と共に、返ってくるのは、約束事になっている優しく擽ったい挨拶。
へへ、と私が笑っていると、両側の双子は、私の手を引いて二人掛けのソファに座らせる。
三人共細身なので、何とか二人掛けソファに収まると、両側で、良く似た顔がニッコリと微笑んだ。
「さあ、ひー、尋問ですよ?」
「ちゃんと、説明してくださるかしら? あ、勿論、あの猥褻物に話した事もですわ」
思わず、私が息を飲んで固まったのは、仕方がない事だと思う。
「痴女に会ったって、聞いてないんですが?」
「ひーくん、私のを見て、とりあえず、記憶の上書きいたしましょう。そんな年増には、絶対に負けない自信がありますわ」
呆れた顔のいちくん。私を挟んで反対側にいるふたくんは、妙な対抗心を発揮して、セーラー服を脱ごうとしている。
そう言えば、と双子の格好を見ると、学校帰りだったのか、いちくんは黒い学ラン。ふたくんは、黒いセーラー服。リボンと、襟のラインは赤だ。二人共、良く似合っている。
私がそんな事を考えている間に、ふたくんはいつの間にか上半身だけ下着姿になり、スカートも脱ごうとしている。便乗したいちくんも、制服の前を開け、ほの白いが、程よく逞しい胸板を覗かせている。
「……うん、ありがとー。もうすっかり、あの女の人の裸は忘れたから」
緩く笑った私は、双子の輝かんばかりの美しい肌を軽く人差し指でつつき、礼を告げるが、ついでの一言が余計だったらしい。
「あら、裸でしたの? じゃあ、下着も脱ぎますわ」
「そうですね、僕も下を脱ぐべきでしょうか」
「いやいや、もう十分だから。今、お客様来たら、私がまた捕まるから」
今の私を第三者から見たら、美しい少年少女を侍らす、アウトな大人だと思う。しかも、二人はほぼ半裸だ。即、またあの強面刑事さんに会えるだろう。
「それは困りますわ」
「脅すのも結構疲れますからね」
良く似た顔を見合わせて、綺麗な微笑みを浮かべて会話する双子に、私は今更ながら、自分がどうやって釈放されたのかが気になた。
「ねえ、いちくん、ふたくん。まさか、警察を脅したのかな?」
恐る恐る訊ねる私に、双子は深紅の瞳を輝かせ、無言で妖しく笑う。
「……犯人だよ、そいつらが脅したのは」
そこへ、第三者の声が響き、私は咄嗟にふたくんに自分の上着を被せて、隠す。
「別に、そんな乳臭いガキの体に興味ないぜ?」
呆れたように続いた聞き覚えのある声に、私はブンブンと首を横に振る。
「駄目。冬が見たら、ふたくん妊娠しちゃうかも知れない」
大真面目に呟く私に、三人分のため息が応える。何気に仲が良いんじゃ、と思った私の内心を察したのか、今度は三対の視線が突き刺さる。
「そ、それで、何でいちくんとふたくんは、犯人を脅せたのかな?」
「……考えが甘かったんですよ」
「発見者役に、ひーくんを選ぶなんて、有り得ませんわ」
「と言うか、灯遊、お前が言ったんじゃないか。『第一発見者が疑われる』」
「確かに、それは言ったけど……」
「犯人は、ジョセフィーヌの飼い主ですよ」
「あの雌豚は、ひーくんを犯人に仕立てあげる気満々でしたわ」
「探偵なんて、疑ってください、って言われそうな職業だからな」
「えーと、つまり、ジョセフィーヌも利用されたんだね。あの子も、可哀想……」
思わず、そう呟くと、三対の視線が呆れを含んで、私へ突き刺さる。
「まずは自分の状況を考えて欲しいんですが?」
「そうですわ! あの雌豚のせいで、ひーくんはむさ苦しい刑事とずっと一つの部屋に押し込められて……」
「何だと!? 灯遊、何かされてないか? 俺が隅々まで見てやるぞ?」
「「黙りなさい、猥褻物」」
ある意味仲良しな会話を繰り広げる双子と冬に、私は自然と微笑んでいた。
そんな私の笑顔を見て、三人が揃って視線を反らしてしまう。
「ちょっと、私の顔がイケてないからって、扱いが酷い過ぎるから」
ムッとして、つい唇を尖らせていると、
「灯遊は無自覚過ぎるぞ?」
呆れた、でも優しい眼差しを向けてくる冬。
「猥褻物と同意見なのは癪ですが……」
「本当に……」
「「ひーくんは、もっと自覚して欲しいですね(わ)」」
双子らしい綺麗なユニゾンで、私をしっかりと挟み込んでくる、いちくんとふたくん。
この三人が、私には勿体なさ過ぎる、大切な人達。
心配性な私には、向いてない仕事かもしれないが、私には、三人がいてくれるから、きっと、大丈夫……、
と、思いたい。
三人が争う声を子守唄に、私はゆっくりとソファへ沈み込んでいった。
基本は、今回出てきた四人で進みます。一応、ファンタジー要素を目指してます。