告白
若葉が生い茂る五月、私は四月に彼が教えてくれたサークルに入った。
そして、彼とまた出会う事ができた。嬉しくて、嬉しくてまた涙が出そうになったけど、私は何とか笑う事が出来たし、それに、あの時のお礼をもう一度言う事が出来た。
だけど、そんな幸せで浸る私に冷水のようにハッと現実に引き戻した事件が起こった……。
「………う~。」
「まあ、仕方ないって。」
カフェテラスの机にうつ伏す私に友人が慰めにもならない言葉を言う。
「先輩に恋人くらいいても可笑しくないよ。」
「それでも……。」
「あんたって、本当に間が悪いわね~。」
「ううう……。」
そう、ここの所私の耳に飛び込んでくる噂があった。それは私を助けてくれたあの先輩にメチャクチャ美人の恋人がいるという事だ…。
「それにしても、初恋は必ず散るって本当だね~。」
缶コーヒーを飲む友人に私は恨めしそうな目で彼女を睨んだ。
「人事だと思って……。」
「うん、人事よ。」
「……………最低。」
私は本気で泣きたくなったが、それでも、事実が私の中で重く圧し掛かっていた。
「ねぇ…。」
「何~?」
「私、玉砕されるね。」
「……あんたは…。」
友人は私の頭を乱暴に掻き乱した。
「本当にいい訳?」
「……本当は怖いよ…。」
「なら、噂が本当か、嘘か分かった時で良いんじゃないの?」
「えっ?」
「こんな噂が立っている時に告白しても、あんたの心には惨めな思い出としか残らないでしょうが。」
「……。」
私は友人の言葉にジーンとするが――。
「それに、折角なんだからあたしがカメラを持っているところでね。」
「……。」
すっかり忘れていたが、友人はかなりの野次馬精神の持ち主だ、何と彼女の餌食となってきた人たちを見てきただろうか……。
「そうね、今度皐月祭があるでしょ。」
「皐月祭?」
「知らないの?ここら辺じゃ有名な五月のお祭りよ。」
「へ~……。」
そういえば、友人はこの大学付近の出身で、自分はこの大学よりもずっと南の方の地域の出身である。だから、彼女みたいにこの付近のお祭りなど知らないのだ。
「で、皐月祭であんたのサークル出し物出すんでしょ?」
「う、う~ん?」
私はそんな予定あったかなと、首を傾げると、友人は深々と溜息を吐いた。
「な、何?」
「あんたって、本当にあの先輩以外は見えていないのね。」
「へ、へ、へ?」
訳が分からない私に友人はまた溜息を零した。
「まあ、頑張りなさいよ。」
「……だから、何なのよ~~~~~~~~!」
私の絶叫はカフェテラスに響き渡った。
*
皐月祭当日、私はお気に入りの服を着込み、髪型もワンパターンではなく少し凝ったものにした。
「いらっしゃいませ。」
ニッコリと私は店番に精を出していた。
近くに彼がいるものだから、私の笑みは更に深いものになる。
「ねぇ、ねぇ。」
「はい?」
唐突に男性のお客さんに声をかけられた私は笑みで返事をした。
「君、この後時間ある?」
「はぁ………?」
思わず私の表情から笑みが消えた。
「よければお茶しない?」
「……。」
「ねぇ?」
「…嫌です。」
私は嫌悪むき出しの表情でそう言うと、お客の方は私の表情が見えていなかったのか、しつこく私に問いかけてくる。
「ちょっとだけで良いんだよ?」
「このあと予定があるので。」
「それじゃ、それが終わってから。」
「何時になるのか分かりませんから。」
「それでも……。」
「………嫌って言っているでしょうが!」
私は今までにした事がないくらい冷たい眼で男を睨みつけた。
すると、先程までしつこかった男性が息を呑んだような、何かを怖れているような表情をした。
「……。」
「おい、こっちに来い。」
「へ?」
低い声が聞こえ、私は手を引かれた。
「えっ…何で?」
「来い。」
「……。」
私を救い出してくれたのは彼だった。彼はぶっきら棒に言い、私を人気のないところまで連れて行ってくれた。
「あ、ありがとう。」
「……。」
「あの…。」
「嫌ならもっと、早くに言えよ。」
「えっ?」
「そんなに隙があるといつか痛い目に遭うぞ。」
彼の唐突な言葉に私は呆気にとられた。
「へ?」
「お前、さっき口説かれてただろう、しかも、メチャクチャ古い手口で。」
「え?あれって、私をからかっただけでしょ?????」
「………………………………………。」
彼は何故だか黙り込んでしまった。そして、私はこの状況の重要さに今気付いた。
(あっ!告白のチャンスじゃ!)
「……。」
何故か黙り込み続ける彼の服をそっと引っ張り、彼の気を引く。
「あの……。」
「何だ?」
「私、貴方が好きです。」
「……。」
俯いていて彼の表情が見えなかったけど、私は何とか声を出す。
「始めて助けてもらった時から、ずっと、好きなんです……。」
「おい…。」
「………ごめんなさい。」
唐突に謝った私に彼は驚いたのか、息を呑むような音がした。
「貴方には好きな人がいるんですよね。」
「…はぁ?」
「分かっているんです、私なんかが告白しても玉砕するなんて。」
「おい…。」
「でも、知っていて欲しかったんです。自分勝手ですけど。」
私は今にも泣きそうになりかけるが、笑みを精一杯浮かべた。
「自分の気持ちだけ押し付けて御免なさい、返事は分かっていますから。」
私は踵を返そうとした瞬間、手首を強くつかまれた。
「待てよ。」
「えっ?」
話は終ったはずなのに、何故か彼は私を引き止めた。
「自己完結させるな、しかも、返事は分かっているのに、逃げる気かよ。」
「え……え?」
「まあ、お前が勘違いしているから、こうなるんだよな。」
「へ、へ、へ?」
「言っておくが、お前が悪いんだからな。」
「え?」
私が首を傾げた瞬間、私の唇に彼のそれが重なった。
「………………ええええええええええええええええええっ!」
私が絶叫すると彼は煩そうに顔を顰めた。
「お前から告っといてなんなんだよ。」
「だ、だって……。」
「俺だってお前が好きだ。」
「嘘だ…。」
「本当だ。」
「嘘だ…嘘だ……。」
私の目から涙が零れ落ちる。そして、目の前の彼は溜息を一つ吐いた。
「泣くなよ。」
腕を引かれ、私は彼の胸に顔を埋めた。
「さっさと泣き止め。」
「う……ううう……。」
絶対に振られると思っていた、だけど、現実はそうならなかった。私は嬉しさのあまり一時間ほど涙を止める事ができず、彼に呆れられた。
ああ、神様、こんな幸せすぎて本当に良いのですか?しっぺ返しなんかあるんですか?
私はそんな事を思いながらも、彼の横顔を見ながら幸せに浸っていた。