ラム肉と初夢
――ジリリリ
冬休みということで学校から持ち帰った教材が散らかった部屋のベッドの枕元で、目覚まし時計が鳴り響く。
――カチッ
少しして布団の塊から腕が這い出して目覚まし時計を止め、毛布と羽根布団を一気にめくり返して少女は上体を起こした。しっかりと寝る前に乾かさなかった所為で重力に逆らっている髪を撫でながらぼんやりと壁にかかっているカレンダーに目を遣り、寝ぼけながらも嬉しそうに口を綻ばせる。
今日はは午年の大晦日である。更にいうと来年は未年の元日である。その事実を確認して少女は身支度を整え始めた。
「ご馳走にありつける。」
少女が居間に向かうと、母親が台所でせわしなく動いているのが見えた。
「おはよう。」
「ああ、おはよう悠華。」
「母さん、明日」
「わかってるわ。ラム肉ね。」
少女―悠華が声をかけると、母親は手を止めずに返事を返し、悠華のいつも通りの言葉が足りない問いかけにも即答する。その母親の返答に満足したのか、悠華は満面の笑みで母親から大盛りの食器を受け取った。
年越しそばを食べ某歌合戦を見て珍しく夜更かしした悠華は、家族が解散してお互いの部屋に戻る前に母親に釘をさすように言った。
「明日はラム肉だから。」
「夜にね。」
そんな二人の遣り取りを聞いた家族たちは次々と口を挟む。
「流石だな悠華。」
「食い意地が張ってるわね。誰に似たのかな?」
「そ、そこでお父さんを見ないでほしいな。」
「そんなに食べて太らないとか、不思議。」
「悠姉……。」
感心した表情の男達と呆れた様子の女達の態度は昨年の出来事からきている。今年は午年だったため、悠華が「馬肉を食べる」と昨年も同じことをしたのだ。また、昼は外食ということで馬肉を昼食で食べられなかった悠華が拗ねたという一件もあり、母親が諭すことも仕方ないことなのかもしれない。
「じゃ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そんな周りの視線を気にすることなく、悠華は上機嫌で自分の部屋に上って行った。
悠華は夢を見ていた。
「羊が沢山……」
そこは広大な草原で、高めの柵を挟んで向こう側にはもこもこの羊達が柵を越えようと必至に飛び跳ねている。だが、
「ラム肉がいっぱい食べれる」
そんな可愛い様子も食いしん坊の手にかかれば一気に食材の悪あがきに早変わりした。
柵に近付き悠華がもこもこを撫でていると、突然羊たちは悠華の手を逃れ、柵から一匹分離れる。何だろうと不思議に思いながら悠華がじっとしていると、一斉に羊達が柵に向かって突進した。幸いなことに柵は頑丈で壊れなかったが、そのまま突進し続ける羊達の様子に危機感を感じる。
「ヤバい。食われる…」
柵を一丸となって攻撃するその光景に悠華は恐れおののいた。
――ジリリリ
部屋に鳴り響く音で夢から覚めた悠華は、ガバっと効果音が付きそうな勢いで起き上った。あまりにも酷い初夢に軽い頭痛を覚えながら、目覚まし時計を止めたついでにカレンダーを見て悠華は今が現実だと安堵の溜息を吐いた。
悠華が居間に向かうと、すでに家族が集まっていた。
「あ、悠華。おはよう。」
「…おはよう。」
姉に声をかけられて返事をするが、あまり調子がでない。そんな悠華に母親が気付き声をかける。
「あら、おはよう悠華。ちゃんと今日の夕食はラム肉をふんだんに使っているから楽しみにしておいてね。」
悠華は、今日の夕食をちゃんと食べられるのか心配になった。
ご完読頂き、誠にありがとうございました。今年も宜しくお願い致します。
※誤字、表現などに不審な点がございましたらご指摘いただけると嬉しいです。




