『お盆の日』
※本編未読の方は先に本編を読むことを強く推奨致します
怜斗と白羽が黄泉の一員となり、およそ一か月経った。
その間には、もちろんさまざまな霊や概念体との出会いなどがあったりしたのだが、それはまた語る機会があるだろう。
ある日、白羽は自室の中で異変を感じていた。
「最近、みんななんか変だよ!」
唐突に叫ぶものの、怜斗は今、自分の部屋でまったりしているためそれを聞くものはいない。
「なんか町はそわそわしてるし、みんなも荷物まとめたりしてるしさあ…。」
探偵風に腕を組みながら、部屋を無駄にうろうろする。
「っ!?」
唐突に何かに気が付いたように顔を上げ、戦慄した顔で呟く。
「みんな…私に黙ってお引越し…?」
もちろんこれは的外れな推測ではあるが、仮に引っ越しだとしても白羽に知らせる義理はないと思われる。
「ひどいよみんな!!そういえば、怜斗君もなんか荷物つくてったから全部怜斗君が悪いんだ!」
責任転嫁にもほどがある。
が、そんなことはお構いなしに部屋を飛び出し、ノックもせずに怜斗の部屋のドアを勢いよく開ける。
「全部怜斗君が悪いんだ!!」
「白羽!?なにごとだっ!?」
唐突に責められた怜斗がギョッとした顔をする。
「みんな私に黙ってお引越しするんでしょ!」
「意味がわからない…。」
当然、怜斗は引っ越ししないため、白羽の推測が理解できるはずもない。
「みんな荷物まとめてさあ!私に黙って引っ越しなのっ?夜逃げなのっ?」
「夜逃げなら黙って当然だろ…。」
意味がわからなさすぎて的外れな部分にツッコミをする。
ちなみに白羽に黙って夜逃げをする場合、怜斗は白羽から逃げているのである。
白羽怖い。
「白羽…。ほんとに俺らがなんで荷物まとめてるのかわからないのか…?日本人なのに…。」
これでも白羽はピンとこないようで首をかしげる。
「今、8月だろ?8月と言えばさあ…」
「ここからはアタシが説明するねっ!!」
怜斗のセリフをさえぎるように現れたのは、今更説明不用。
説明したがりアイちゃんである。
「みんなが荷物まとめてるのは、もうすぐお盆だからだよ!お盆にはみんな自分の家に帰れるのっ!」
「私たちよく帰ってるけど?」
「アタシたち取締官は特別に黄泉から出れるからね!他のみんなにとっては大切な行事なの!」
「そうなんだあ…。」
「白羽お姉ちゃんも帰れるから、タオルとか水筒とかおやつとか準備するといいと思うよ!」
そう言われた白羽は、自室に戻り荷物の準備を始めた。
なお、アイは「おやつは300円までだよっ!」と付け加え、それを聞いた白羽は「遠足みたい…。」と思うとともに、「アイちゃんが言うとさまになるなあ…。」と思ったという。
主にその理由は幼児体型。
とにもかくにも、数日が過ぎてお盆を迎えた。
「うーし、行くか白羽っ!」
「おーーっ」
荷物を抱えて気合を入れる白羽と怜斗。
しかし、白羽が首をかしげる。
「どこへ…?」
「さあ…。」
どうやらふたりともどこへ向かえばいいのかわからないようである。
途方に暮れていると、後ろからふたりに声がかかる。
「あら?白羽さんに怜斗さんじゃありませんの。」
「桃華ちゃん!」
元、敵キャラの桃華である。
最近は共同任務などをこなしたため、順調に友好関係を築きつつある。
「おふたりはいつも一緒で仲がいいですわね…。」
「えへへー。でしょ?」
「桃華…。なに言って…。」
桃華の言葉に、白羽と怜斗が対照的な反応をする。
少し見ないうちにさらに仲良くなっているようだ。羨ましいやつらめ。
「ところで、どうしてこんなところで途方に暮れてましたの?」
「ああ、そうだ。桃華、お盆ってどこに行けばいいんだ?」
「そういえば初盆でしたわね…。おふたりの地域は…。ここをまっすぐ行った広場が集合場所ですわ。」
「そうか。ありがとう桃華。」
「どういたしまして、ですわ。あ、そういえば…。」
桃華が「コホンッですわ!」と咳払いをして、再び喋りだす。
「『盆には心霊番組が多い。霊の中に交ざって概念体がいる可能性もあるから注意しろ。』とスサノオ様がおっしゃっていましたわ。」
器用な声真似でそう言うと、再び咳払いをする。
「と、いうことですのでおふたりも気を付けてくださいまし。」
「わかった。ありがとう桃華。」
「どういたしましてですわ。では、お盆明けにまたお会いしましょう。」
「またねー!桃華ちゃん!」
ふたりは、桃華と別れ、集合場所と言われた広場へ向かった。
広場の入り口には、『関東方面帰省の方』と書いてある看板がったっている。
そして、結構な行列もできているようだ。
「うわあ…。すごい人だね…。」
「帰省ラッシュだな…。」
どうやら黄泉もお盆は帰省ラッシュのようである。
「我らが貴殿らをお送りするでござる!」
「順番にお送りするので並ぶでござる。」
どうも、昔の武士らしき人物が列を整理し、案内しているようだ。
だが、そんなことよりも目を引くのが人々の乗る乗り物である。
巨大なきゅうりでできた馬だ。定員25人と看板に書いてある。
「ほえー…。ほんとにきゅうりでできた馬なんだー…。」
「あれ、どうやって動くんだよ…。」
あまりの非常識的な光景に目を疑っていると、武士のひとりが「では、いくでござるよー。」と言う。
発進かな?発進かな?と期待した目を向けていると、武士は、馬の頭をぺチンッと叩く。
すると、シュイイイイインと甲高い音を立てながら、馬は光に包まれて消える。
『ワープかよっ!!』
仲良しの象徴、ハモリである。
「次の方ー、どうぞでござるー。」
そうこうしているうちに、ふたりの順番が来て、きゅうりとともに光に包まれた。
眩しさで閉じていた目を開けたふたりは、上空にいた。
『うわっ!?』
シンクロして驚いていると、周りの霊は歓声をあげる。
「ついたでござるよー!良いお盆を。でござる!」
武士のその言葉を聞いたとたんに我先にと霊たちが飛び降りていく。
「え…。ここから飛び降りるのか…。」
「こわい…。」
怜斗と白羽がビビっていると、周りの霊たちが口々に「お?初盆か?」「初盆かよ…。」「やーい初盆!」など、煽りながら飛び降りていく。
「まあ、俺たち浮けるしな…。」
「うん…。」
ゴクンと生唾を飲み込み、エイッと飛び降りる。
と、すぐさま浮遊感に包まれていつもの浮いた状態になる。
「やっぱりまだ人間だったころの飛び降りへの恐怖感は抜けてないんだな…。」
「そうだね…。」
植えつけられた感覚のしぶとさにある種の感動を覚えつつ、地上に向けて降下していった。
「なんか、いつも通りだな…。」
「いつも通りだね…。」
地上について辺りを見渡したものの、任務などでいつも来ているいたって普通の伏吹町である。
強いて言えば霊が少し多いくらいだろうか。
「どうしよう、怜斗くん。別れてそれぞれの家にいく?」
「うーん…。久々お前の母さんに会いたい気もするな…。」「あ、私も怜斗君のお母さんとか見てみたい!」
「うちは普通だぞ…?」
「いいのいいの!」
「ほんと普通だぞ…?」
「ご両親に挨拶だね!死んでるけど!!でもまずは私の家!」
白羽は人の話を聞かない。
鼻歌を歌いながら自宅へと向かっていった。
「うわー、たくさん人が来てる…。」
家に着くと、白羽は感嘆の声を上げる。
「青葉と弥呼子もいるみたいだな…。あとは…。」
そこで、怜斗がふと何かに気付く。
「なあ白羽、あのバーベルはなんだ…?」
怜斗の目線の先には、白羽の家の前に無造作に置かれたバーベル。
「え?バーベル…?」
少し考えこんで、白羽は何かに気付いた顔をする。
「お父さん!?」
「お父さん…?そういえばみたことないな…。」
「海外出張中だったの!私のお葬式のときは少し帰ってきてたみたいだけど、私たちがチラ見したのはお通夜だったからね!」
「ほう…。さぞ優秀なお父さんなんだな…。」
「えへへー。うれしいな!ささ、はいろはいろ!」
白羽は、スキップをするようにしながら家の中に入っていった。
「青葉ちゃん、弥呼子ちゃん、来てくれてありがとね。白羽も、きっと喜んでるわ。」
家の中では、家族以外と接する時は真人間な母親が白羽の友人をもてなしていた。
「いえ。白羽のためですから。これくらい!」
「ウチたちも呼んでいただいてうれしいんよ。」
ふたりのその言葉に、白羽母は感極まったように白羽の仏壇の前に行く。
「いい友達をもったわね、白羽…。はい、あなたが好きだったイタリアン味噌汁ご飯よ。」
そっとそれを仏壇に置くと、白羽が反応する。
「あ、食べるー!!」
ふわふわと移動し、仏壇におかれたそれに手を伸ばす。
「こういう時は食べ物の根源的なところを抜き取れば食べれるみたいなことをアイちゃん言ってたような…。」
手をかざしてグググっと力を入れると、半透明な何かがイタリアン味噌汁ご飯から抜き出る。
これは、アイから教えてもらったモノの食べ方である。
「いただきます!」
それを口に含むと、とても懐かしい味が白羽の口に広がる。
「お母さんおいしいっ!」
そう言って振り返るものの母親気づかない。
気づくはずもない。
「あ、そっか…。そうだよね…。」
白羽がしょんぼりして振り返ろうとすると、ふと視線に気づく。
その視線を辿ると、目を見開いてワナワナと震える弥呼子。
今にも叫びだしそうな親友の姿に、慌てて白羽は、「しーっ!」というジェスチャーをする。
それを見て、弥呼子はコクコクと頷いて叫ぼうとするのをやめた。
「あとで話そう!」
そう言って、白羽は部屋を出ようとする。
「あれ…?怜斗君は?」
その部屋に、怜斗はいなかった。
かといって、連れ去られたとかいう話ではなく、部屋の外(青葉から4m圏内)で亮と話していたというだけの話である。
「あ、亮君ひさしぶり!」
部屋を出た白羽は、すぐさま亮と怜斗を見つけて声をかける。
「おお白羽、久しぶり。怜斗とは話してたけど、ふたりとも元気そうでなによりだ。」
「まあいろいろあったけどな。」
「まあ、土産話はいつでも聞ける。そういえば、最近妙な噂をよく聞くんだ。」
「噂?」
「ああ。学校でよく聞いたんだが、悪い霊を退治してもらえるとかなんとか…。」
「ほう…?」
亮の話によると、『1714010』という番号に電話をして、「私に憑いている霊を退治してほしい」「~にいる霊を退治してほしい」などと言うと、すぐさま退治してくれるそうだ。
「退治されたかなんて普通の人間にはわかんないのにな…。」
「そこは感覚的なものなんだろうが…。これが結構広がってるかもしたら…。怜斗、わかってるな?」
「ああ…。概念体ができているかもしれないな。」
注意しなきゃ…。と、怜斗と白羽は気を引き締めた。
「あれ、そういえば白羽の父さんって…。」
「たぶんお風呂入ってるんじゃないかなあ…。あ、出てきたよ!」
「お、ほんとか!?」
そう言われて、白羽の目線を追った怜斗はピタッと固まる。
「な…。なんだあれ…。」
その怜斗の視線の先には、海パン(トランクスタイプ)のみを穿いた、はち切れんばかりの筋肉を全身にもった男が。
「お父さん久しぶりだなあ…。」
白羽はすごく懐かしいものを見る目をしてその男を見ている。
「なあ白羽…。お前の父さんボディービルダーか何かか…?」
「ううん?普通の会社員だよ?」
「マジか…。」
絶句する怜斗をよそに、白羽父はリビンなグへ入っていく。
そのあとを追ってリビングに入ると、怜斗はさらに驚愕の光景を目にする。
「あ、白羽のお父さん!お久しぶりです。」
「久しぶりなんよ…。」
青葉と弥呼子が違和感を持った様子もなく話しかけているのだ。
「このためにメキシコから帰ってきたんだよね!」
白羽母はとてもうれしそうだ。
「はっはっは!(青葉ちゃんも弥呼子ちゃんも久しぶり!よくきてくれたね!これはメキシコの土産だ!)」
『ありがとうございます!』
白羽父が謎のジェスチャーと共に紙袋を差し出すと、お礼を言いながらそれを受け取る。
「なあ、白羽。俺にはお前の父さん高笑いしただけのように見えるんだが…。」
「そう?」
白羽は首をかしげる。
あまりに自分が間違っているとうな反応をされたため、怜斗は集中してリビングの観察に戻る。
「あなた、今度はいつ仕事にでてくの?」
「はっはっはっ!(明日にはいかなければ!取引先に無理をいっているのでな!)」
「そう…。じゃあ今日はあなたの好きな料理を作らないとね!」
「はっはっはっは!(久しぶりの家庭料理か!たぎってくるな!)」
「腕を振るうから楽しみにしててね!」
「おふたりはいつも仲いいですよね!」
「うらやましいんよ…。」
「やだもう!青葉ちゃん達ったらぁ!」
「はっはっは!(会わないってのが逆にいいのかもしれないな!うっとおしくなくて!)」
「それはあるかもね!」
『あはははははははははっ!』
会話?が成立していた。その事実に怜斗は身震いする。
「なあ…。俺がおかしいのか…?あの会話を理解できない俺がおかしいのか…?」
「お父さん海外出張とかばっかりだから基本、会話はあんな感じだよ?世界どこでも通じるんだって!」
「なんで俺には通じないんだ…。」
「お父さんの目を見ればたぶん理解できるとおもうよ?」
「そうなのか…。お前、この環境でよくそんな普通に育ったな…。」
「なんで?」
「いや、わかんないならいいんだ…。」
白羽と怜斗がそう話している間にも、下の会話は進行していた。
「あら?キャベツがないわね…。あなた、買ってきてくれない?」
「はっはっは!(任しとけ!)」
「あ、私たちもそろそろお暇します。」
「またくるんよ!」
「今日はありがとね。またいらっしゃい!」
『はーい!』
青葉、弥呼子、白羽父の三人は、共に玄関に向かう。
『今日はありがとうございました!』
「はっはっは!(またくるんだぞ!)」
『はい!』
青葉と弥呼子は、ふたりで歩き出した。
「さて、キャベツ買いに行くか…。」
「喋った!?」
「あ、お父さんはひとりの時は喋るよ?」
「どうしてそうなった…。」
「なんか人といるときは癖で高笑いとジェスチャーになっちゃうんだって。」
「へえ…。」
そんな白羽父の情報に相槌をうっていた怜斗は、ふと重要なことに気がつく。
「待て、お前の父さん海パンだけで外出るのか!?」
「いつも通りだよ?」
怜斗が、「ついていけない…。」と白羽父のほうを見ると、先ほど玄関の前に置いてあったバーベルの持ち手の部分を持って逆立ちしていた。
「っ!!っっ!?」
「ああ、お父さんの移動手段だよ?いつもああなの!」
「公道走れるのか…?」
怜斗がよくわからないところを気にし始めた。
「ははははははははははははははっ!」
そうこうしているうちに、白羽父は、逆立ちしながらバーベルを操り、人間離れした速度で走り去っていった。
「意味がわからない…。」
「あ、そうだ。弥呼子にあとでって言ったんだった!追いかけなきゃ!!」
先ほどのやり取りを思い出し、白羽は先を急ごうとする。
と、家の中から大きな声が。
「うわあああああああああああ!じらばぁ!!どうじで死んじゃっだのおおおおお!!!!!」
母親の慟哭である。
それを聞き、白羽は少し悲しそうな顔をする。
「お母さん、ごめんね…。」
「また会えるさ…。」
そんな白羽の肩に、怜斗はそっと手を置くのであった。
白羽の家から少し離れた道路。
白羽と怜斗は青葉と弥呼子に追いついていた。
「弥呼子はもう宿題終わったー?」
「うーん…。まだまだなんよ…。」
弥呼子が白羽達に気づいたようで、ちらちらと白羽のほうを見ている。
「弥呼子?どうしたの?」
「う、ううん!なんでもないんよ!」
「そう?変な弥呼子!じゃあ私、こっちだから!」
「う、うん!またなんやよ!」
ふたりは手を振って別れた。
その手がゆっくりゆっくりと下り、弥呼子は恐る恐る振り返る。
「し…しらは…。なん?」
声が少し上ずっている。
「うん、そうだよー!」
「軽いなお前!?」
怯えたような顔をする弥呼子とは対照的に、白羽はとても明るく答える。
「白羽、なんで霊なんかになってん…?」
「実はねー…。」
白羽は、弥呼子に今までのいきさつを話す。
「ほえー…。大変なことになってたんやね…。」
全ての話を聞き終え弥呼子は白羽が思っていたほどうろたえたような反応をしなかった。
「弥呼子、あんまり驚かないね…。」
「除霊士の卵やもん、驚いてたら失格なんよ。」
「これじゃ、霊としての私たちの存在意義がっ!?」
「いやまて、俺らの役目はそこじゃない。」
怜斗が白羽にジト目でツッコミを入れる。
「えへへー、そうだね。あれ、そういえば弥呼子は霊が見えるようになったんだね。」
「そうなんよ。少しやから全部は見えんみたいやけど…。少しは除霊士に近づけてるんかな…。」
「私たちは除霊しないでね…?」
「ふふふっ、わかったんよ。でも悪さしたらウチが懲らしめるんよ?」
「やだなあ、悪さなんかしなよぉ!」
白羽と弥呼子がこんな会話をしていると、怜斗が何かに気が付いたように弥呼子に問いかける。
「そういえば、弥呼子は悪霊退治する霊の噂って聞いたことないか?」
「聞いたことあるんよ?最近学校で流行ってるんよ。」
「少し、あの噂を試してみてくれないか?俺たちはあの噂に関しての調査をしなくちゃいけないんだ。」
「う、うん。わかったんよ。」
近くにあった公衆電話で、弥呼子は例の番号に電話する。
「わ、私に憑いてる霊を退治してほしいんよ…。」
そう言って受話器を置き、公衆電話から出てくる。
「一応、私が憑いとこうかなあ…。タッチ!」
白羽が、弥呼子に憑く。
「来るかなあ…。」
「来なかったら来ないに越したことはないさ…。」
「う、うちはどうすれば…。」
「来たら弥呼子は隠れてて。」
と、そのとき。
「来たっ!」
怜斗が何かに反応する。
その目の先にはが鉄のように銀色に輝く、人型の何かが。
それを見て、怜斗は心底嫌そうな顔をする。
「げっ…。意思のないタイプかよ…。」
ギギギ…。と、軋みのような駆動音を上げながら、宙を浮いて進んでくるそれは、白羽達を見つけて止まる。
「悪霊、発見、排除、排除。」
『4本』の手にそれぞれ剣を持ったそれは、グンッと勢いをつけて白羽の方へ突進してくる。
「弥呼子は逃げて!」
白羽は、そう言うと、空間から大きめのステッキを取り出す。
「やあっ!」
ガンッという音とともに、白羽の方へ向かっていた概念体の動きが止まる。
白羽の武器はステッキだ。
霊力の行使に関して結構な特性を持っていた白羽は、ステッキを媒介として霊力を行使するのだ。
「ナイス白羽!」
怜斗は両刃剣だ。
動きの止まった概念体に、後ろから切りかかる。
「こんな街中でいきなり襲い掛かるとは…。ずいぶん好戦的だなっ!!」
怜斗の剣が迫る。
そのとき、概念体の目がジロリと怜斗を睨む。
「敵性、確認、排除、排除。」
その言葉と共に、概念体の手の関節が『逆に』曲がり、後ろからの怜斗の剣を受け止める。
「んなあほな!?」
怜斗が悲鳴のように叫び、距離をとる。
「白羽!」
「援護するよ!」
怜斗が概念体に向かっていくのに合わせて白羽がステッキを振り、エネルギー弾を撃ち込む。
「えいっ!」
白羽の放ったエネルギー弾が、概念体の腕のひとつを打ち上げる。
「もらった!」
怜斗の剣がその腕をとらえ、切り飛ばす。
「損傷、発生。」
概念体の動きが一瞬停止する。
「そんな悠長に分析してて大丈夫か?」
「私ももらったよっ!!」
その隙を逃さず、白羽はステッキを構えて、ビームのようなものを撃ち出す。
直線的に進んだそれは、綺麗に概念体の腕を撃ちぬいた。
「やった!」
「一気に行くぞ白羽!」
と、ふたりが士気を上げた時。
「強敵、認識、強化、加速。」
概念体がこう呟いた。
「これは…。」
「まずい…かな?」
ふたりは少し苦笑いをする。
「どうしよう怜斗君…。」
「決まってるだろ…。」
「やっぱり…?」
『逃げようっ!!』
概念体に背を向けて逃げる。
「無駄。」
そんなふたりに、概念体は圧倒的な速度で追いつく。
「おおう!?」
「はやいっ!?」
ふたりに向けて振り下ろされる剣。
それを怜斗が辛うじて受け止める。
白羽は、エネルギー弾を使って概念体をけん制する。
その隙に距離をとって反撃に出ようとするも、概念体が再び猛攻を仕掛ける。そんなジリ貧の戦い。
「くっそ…。」
「強い…。」
ふたりの表情に絶望の色が少し浮かんできた。
そんな戦いを下から眺める少女がいた。
「なんだかわからんけど…。白羽達が危なそうなんよ…。」
そう見ている間にも、じりじりとふたりが追い詰められていく。
「ウチにもなにかできることは…。」
そこで、弥呼子は気づく。
「そうやよ…。ここでなにかできないでなにが除霊士やよ…。」
弥呼子の目が据わった。
「はあっ…。はあっ…。」
「きっついな…。」
疲労の色が濃くなったふたり。だが、嫌でも概念体の猛攻は続く。
「あっ!?」
白羽が焦った声を上げる。
「ごめん怜斗君!!」
エネルギー弾を外してしまったのだ。
その結果、概念体の剣を抑えられず、怜斗に向けて振り下ろされる。
「うおお、避けれんっ!?」
「怜斗くん!!!」
白羽が悲鳴のように怜斗の名を呼び、怜斗は少しでもよけようと体をひねる。
が、剣の軌道から抜けることはできない。
来るであろう痛みを想像し、堪えるために眼を閉じる。
が、いつまでたっても怜斗の身に痛みが来ることはない。
『あれ…?』
白羽と怜斗が首をかしげて概念体を見ると、なにかに縛られたようにその動きを止めている。
そしてその下には、地面に謎の言語を書きつつ、謎の呪文をつぶやく弥呼子が。
「白羽!ウチも手伝うんよ!」
そう言った弥呼子を概念体がジロリとみる。
「敵性、認識、追加。」
概念体が力を入れ、再び動き出す。不意を突かれて動けなかっただけのようだ。
だが、先ほどよりは明らかに遅い。
「ウチの親友に悪いことする霊は…。許さないんよっ!!」
弥呼子の呪文にも力がこもる。
「あいつすごいな…。」
「ありがとう弥呼子…。」
「よし、あんまり時間かけないようにしよう。」
「そうだね。」
ふたりも再び展開する。
白羽は、怜斗のサポートをできる場所に移動しつつ、チラッとたくましくなった親友の方を見る。
「弥呼子!」
「白羽?どうしたんよ!?」
再びこうして言葉を交わせて、同じ方向を見られている。そんな喜びに心をふるわせつつ、白羽は叫ぶ。
「今の弥呼子、すっごく不審者だから気を付けて!!!」
「なんで今そんなこと言うんよ!?」
弥呼子は涙目だ。
だが、実際に今の弥呼子は地面に謎の文字を書き、謎の言語をつぶやき、見えないなにかと会話している変態である。
実に遺憾である。
「えいっ!!」
「おらああああああ!!!」
みるみるうちに、概念体の腕がそがれ、白羽達が概念体を追い詰め始める。
「怜斗君!今だよ!!」
「よっしゃ、ラストっ!!」
白羽によって作られた隙、弥呼子がその動きを封じる。
それを見た怜斗が、剣に霊力を込める。
炎をまとった剣を振りかぶった怜斗が、概念体に迫ろうと動く。
『いっけえええええ!!!!』
そのとき、
「白羽さん、怜斗さん!!助太刀に参りましたわ!!」
桃華が怜斗の後ろに現れる。
『間に合ってます!!』
だが、ふたりはやんわりと断った。
「ひどいですわっ?」
桃華は涙目だ。
だが、ムードをぶち壊すようにやってくる、タイミングの悪い彼女自身のせいで間違いない。
「おらっ!」
桃華のせいでテンションがダダ下がった怜斗が、無言でさくっと剣を振り下ろし、概念体はその姿を消す。
『チッ』
白羽と怜斗が舌打ちをしながら蔑んだ目で桃華の方を見る。
「私が何をしましたの!?私が何をしましたの!?」
「いや、なんというか…。」
「わかんないならいいよ…。桃華ちゃん…。」
『はあ…。』
まるでわかっていない桃華の様子に、ふたりはため息をつく。
「謝りますからおしえてくださいまし!!!」
このあと、桃華をなだめるのに数分を要した。
「はあ…ですわ…。そこの方。」
少し気を取り直した桃華が、弥呼子の方を見る。
「ウチ?」
「そう、あなたですわ。紙戸弥呼子さん。」
「ウチの名前を…?」
「あなたは、正確に言うとあなたの一族は、こちらではとても有名ですの。今回の助力感謝しますわ。また、よろしくお願いいたしますの。」
そう言って、桃華は白羽達の方を見る。
「さあ、おふたりとも帰りますわよ。」
「えっ、でもまだお盆だよ…?」
「スサノオ様に報告しなきゃですわよ?」
「うう…。わかったよぅ…。」
白羽は、しぶしぶといった様子で唇を尖らせつつも頷く。
「じゃあ弥呼子、またね。結構な頻度でこの辺にいるから、見つけたら声かけてね。」
「うん、わかったんよ。」
「それじゃあ、またね!」
その言葉と共に、白羽は黄泉へのゲートを作り、潜った。
帰りのゲートの中、白羽達は短かったお盆を振り返る。
「いやー、短いお盆だったな…。」
「帰りはやっぱり茄子の牛なのかな…。」
「そうですわよ?」
「うわあ…。乗りたかったなあ…。」
「育てている牧場がありましてよ?今度一緒に行きまして?」
「いくっ!!」
「え、牧場なのか…。」
お盆最後の衝撃が怜斗を襲う。
「あ、怜斗君のご両親に挨拶できなかった…。」
白羽が思い出したように呟く。
「いや、ほんと普通すぎるから…。」
「でもぉ…。」
白羽は心底残念そうだ。
そんな白羽を見て、怜斗は苦笑いしながら頭をなでる。
「これが最後のチャンスじゃないんだ。今度また行こうぜ。」
「うんっ!!」
「あの…。おふたりともわたしのこと覚えてまして…?」
黄泉。死後に人々がたどり着く場所。
ここでは今日も、死者たちが愉快な日々を生きている。