世の中、白と黒でわりきれないものだから
簡単な前話のあらすじ……アイテムボックスからリバーシを取りだしました。相手が驚きました。
アイテムボックスを出したら、ヨルダさんが凄い剣幕で迫ってきた。それをまぁまぁ落ちついてリバーシをやりながら語りましょうと誘導した。
「さてと、何から話をしましょうか」
無言でゲームをすること二戦。そして、今は三戦目。
お互い落ちついた頃を見計らい、俺は話し合いを開始した。
勝負は今も続行中。俺は盤面に白の石を置いて、黒の軍勢を白に染めていく。
「聞きたいことだらけだよ。この話し合いに時間がかかると言われたが、こういう意味だったのか……てっきり私はクエストの報酬が難航すると思っていたよ」
やれやれと首を振りながらヨルダさんが黒石を置く。
リンやベクトラやアルはミステリカ嬢と面会へ行って、ここには俺とヨルダさんのみ。ヨルダさんの相手を一人でできるかという不安があるが、アル達にはミステリカ嬢の心を掴む任務がある。
「さて、まずは……先程の黒い渦からアイテムを取り出したが、あれは――」
「アイテムボックスと言われるものです」
盤面の石は黒が大多数を占めている。
だが、まだ勝負は序盤。
俺は白の石を動かし、黒を寝返らせていく。
「そ、そうか……多分、そうじゃないかと思っていたが、実際に言われると驚くね。眉唾もの、お話だけの存在かと思ってたよ」
有利だったと思えば、一瞬で不利に。ヨルダさんは目を細める。
リバーシは目まぐるしく盤面の有利不利が入れ替わるゲーム。
「そうみたいですね。俺がアイテムボックスを持っているのも偶然のお陰ですが……他の人はまず持っていないものだと自負します」
リバーシのコツは端と隅を取ること。
端と隅さえ確保すれば、序盤、中盤いくら石を相手の色に染められようが逆転できる。
このゲームを教えたばかりのヨルダさんはわかっていなかった。
ただ、自分の石を増やそうと躍起になっている。
「うん、そうだと思うよ。そこらにホイホイあっても困るものだ。しかし、私の疑問はなぜそれを今ここで私に暴露したのかということだ。君はアイテムボックスを秘密にしてたのではないのかね?」
流石、この町の領主。
アイテムボックスのことより、それを今打ち明けたことに比重を置いている。
物事の本質を見極める力が高いのだろう。
リバーシについても、一戦ごとに強くなっているのがわかる。ヨルダさんにとって、俺との話し合いが重要で、リバーシなんてどうでもいいことなのに。片手間にやっていても、これだ。無自覚にリバーシの本質を理解しようとしている。
「そうですね。アイテムボックスは便利すぎるものですから秘密にしています」
「だろうね。荷物の運搬だけじゃなく密輸に暗殺にも利用できそうだものね。実を言うと、私も君の取扱をどうしようか迷っているよ」
「でも、ヨルダさんは娘の恩人ということで手が出せずにいる。違いますか?」
白石を盤面の一番端に置く。つまり、角だ。
角は絶対に取られない場所。ここを拠点に盤面の白石を増やしていけば良い。
「ぐっ……そうだね。君は得体が知れないが悪人じゃないと思っているからね。けっして善人じゃないと言えるけど」
角の重要性はヨルダさんもこの二戦で理解しているのだろう、俺が取った角の対面の角を取ろうと躍起になっている。
数手予想してみるが、対面の角はヨルダさんに取られそうだ。
「お見事です」
「嫌味かい?」
「いえ、純粋な気持ちです。角も取られそうですし。初心者相手にここまでやられるとは思いませんでした。もしかしたら、ベクトラより強いかもしれません」
リバーシを開発したのは、この世界に来てすぐ。冒険者ギルドに登録した後ぐらいだろうか。
そこから、アルやリン、ベクトラ相手に勝負をしたが、元からリバーシの存在を知っているアルは置いといて、リンやベクトラは完全な初心者。弱かった。
だが、リンはみるみるうちに強くなり俺やアルといい勝負をするようになった。だけど、ベクトラはテーブルゲームに弱いのか、いっこうに強くならない。弱いままだった。だけど、テーブルゲームは好きなのかリンに何度も対戦をせがむ姿が目撃されている。「これ、お金賭けるようにすればベクトラさんも借金地獄にぶち込めますね」とアルが言ったことが脳裏から離れられない。
「もし、私が君に危害を加えようとすれば、ミステリカを人質にしようと思っているだろう。私がアイテムボックスの存在に呆気にとられている間、仲間達をミステリカの元に行かせた。気づいたときにはもう遅かった」
バンと盤面の角に黒石が強く叩かれた。
盤面はプラスチック製ではなく、木材だ。鈍い反響音が響く。
「ヨルダ様の言う通りなら、悪人以外何者でもありませんね。それでも、私のことを信頼してくれるのですか?」
悪人じゃないと言ったばかりなのに悪人認定された気がする。
「信頼とは少し違うね。君は善人ではないが、頭は悪くない。このゲームのように数手先を読んで行動しているのだろう。私と敵対しても意味はないし、する必要もない。私はクエストの報酬を与える側だ。クエストを達成する前ならまだしも、達成した後に脅す必要もない。だからこそ、疑問に思うんだ。なぜ、アイテムボックスをだしたのか。波風を立てる必要があったのかと」
角が取られ、盤面に黒石が増えていく。
ヨルダさんは暗に、秘密にするなら秘密にしとけと言っているような気がする。アイテムボックスの存在を知らなければ、知らないままに生きていけた。俺がアイテムボックスを使い何をしようと勝手だと。だが、知ってしまった今、領主として対処する必要があると。だが、どう対処していいか困っている。
娘の恩人ということが枷になって行動できずにいる。これを甘いと判断するか義理人情に富んでいると判断するかは微妙なところ。ただ、短慮ではないと言える。
「アイテムボックスを見せたのはいくつか理由があります」
心臓は早鐘を打つように鼓動し、指が震えそうになる。それを無理矢理誤魔化しながら、殊更ゆっくりとした動作で白石を動かす。
「一つに、ヨルダ様の目の前に座っている人物がただの冒険者ではないことを理解してもらうためです」
「ハハッ、うん。それは十分に理解しているつもりだよ。アイテムボックスを持っている冒険者だからね。並大抵じゃないとわかるよ」
「それでは足りないと言っています」
「…………」
「失礼。言葉が過ぎました」
場の雰囲気を和らげようとしたヨルダさんに冷水を浴びせかけるように、強い言葉をかける。目を丸くするヨルダさんを一瞥し、慇懃に礼をする。
「君は一体何を……」
「アイテムボックスを見せた理由ですね」
ヨルダさんの言葉を打ち切って、俺は話を続ける。
それと共に、リバーシの勝負も再開させる。
「理由の二つ目は、自分の秘密をさらけ出してヨルダ様の信頼を得ること」
「…………」
空いてる角はあと二つ。
だが、いきなり角を取ることは出来ない。まずは角を取れる道筋をつけていく必要がある。
「秘密というのはアイテムボックスのことだね…………しかし、自分の秘密を打ち明ければ信頼を得られると思っているのかい?」
「隠し事を持っている相手を信頼できますか?」
「ッ!!」
友好的な雰囲気を俺が拒否したせいだろう。ヨルダさんから攻撃的な言葉が出てきた。
ヨルダさんの言葉は真実だろう。間違っていない。だが、認めてしまっては会話の主導権は握れない。話を逸して、反撃にでる。
ボードゲームも同じだ。同じ場所でばかり戦うのではなく、戦線を拡大させて注意力を拡散させていく。空いてる角一箇所だけではなく、両角の場所で戦いを広げていく。
「さて、話を戻します。なぜ、アイテムボックスを私が手に入れたかになりますが……それは私が転生者だからです」
「は?」
「私が転生者、つまり別の世界から来た人物だからアイテムボックスを持っているのです」
「は? はあああ?」
「いえ、転生者全員がアイテムボックスを持っていると誤解されたくないので否定しますが、転生者じゃなければアイテムボックスを持つことができないと思っています」
「いや、ちょっと待ってくれ。落ち着く時間が欲しい」
「次の手は限定されていると思いますが」
「リバーシの話じゃないよ!」
ヨルダさんが悲痛な声でツッコミをいれる。
そこからリバーシは一時中断。俺の身の上話をする。一度死んで、キャラクターメイキングをしてこの世界に来たこと。前世の知識があること。今は普通の冒険者をやっていること。幼なじみを探していること。いろいろなことを語った気がする。ヨルダさんは多少脱線しようが真剣に話を聞いてくれた。
話が一段落すると、ヨルダさんはふぅと溜息をついて肩を下ろした。
そして、黒石を取り盤面に置く。
ゲームの再開だ。
「とりあえずわかった。君が別の世界から来たってことがね。信じられないけど、そういうことにしておこう。その証拠となるものがアイテムボックスだと」
「いきなり別の世界の人物だと言っても信じられないでしょう。だからこそ、最初にアイテムボックスを見せました。転生者であるという完全な証拠ではないですが、信じるに足る材料にはなるかと思っています」
だが、それだけでは足りないとヨルダさんは色々なことを俺に聞いたきた。地球とはどんなところか、食べ物や文化といったものから宗教、政治といったものまで幅広く。
話の本論ではないので簡潔な説明になったが、ヨルダさんには俺が異世界人であることがわかるには十分な話だったようだ。全ての話に興味を持っていたが、魔物や魔法、神や聖霊が地球にはないことに驚いていた。いや、神はいるか。あの小憎たらしい金髪の少年を思い浮かべるが、地球のほとんどの人にとって神は空想上の産物だ。特定な人達の特定な常識を披露してはいけない。
ヨルダさんはもっと話を聞きたがっていたが、それはまた後でということで話を本論に戻す。
「ヨルダ様には私が異世界人であることを念頭に置いて、頼むことがあります」
「それはクエストの報酬と取っていいのかな? それとはクエストの報酬とは別にかな? 君のパーティーは三人いるからね。大したことがない要求なら三人分でも構わないのだが……どうにもそうではなさそうな気がするからね」
「クエストの報酬でお願いします。そして、仲間の許可は取ってあります。俺の願いがパーティー全体の報酬と受け取って欲しいです」
「ふむ。そうなると、とてつもない要求なんだろうね」
顎をさすりながらヨルダさんはうそぶく。笑ってはいるが、目が笑っていない。
俺はそんなことないですよと、白石を角に置く。二つ目の角をゲットした。黒石がどんどん白石になり、勝負を優勢に傾けさせる。
「商会を紹介して欲しいのです」
「…………ん?」
黙って聞いていたヨルダさんが目を白黒させる。
俺の言葉が続くと思っていたら、そこで止まったからだ。
「勿論、条件があります」
「そうだよね。ただの仲介役だけなら拍子抜けしたからね」
勝負はもう終盤、石を置けるスペースは少なくなり、勝敗が決しようしている。
パチリと白石を置く。
まず一手。
「一つ、それなりの規模の商会であること」
パチリ。
もう一手。
ヨルダさんの打てる手は限られている。俺は黒石を勝手に置き、ゲームを進める。ヨルダさんは何も言わない。
「一つ、交渉相手は信頼出来る者であること」
パチリ。
最後の手。
「最後に――――――であること」
「なに…………?」
石を置くスペースがなくなった。
白石が盤面の七割を超えている。数える必要なく俺の勝ちだろう。
視線をヨルダさんに向け、拳でコツンとリバーシを叩く。
「商談材料はこのボードゲームです。以上の条件で商会に話をつけて欲しいのですが、出来ますか?」
「………………」
ヨルダさんは苦笑いをしようとして口元がヒクヒクしているが、どうしても真顔になってしまうという珍妙な顔で瞬きしながら俺を見ていた。
多分、仲間がここにいたら俺が白い目で見られていただろう。
……俺は悪くないと小さく反論したい。
アポロとの話し合いが終わった後、ヨルダは執務室で一人物思いにふけっていた。
考えることはただ一つ、アポロが要求したこと。
もともと、ヨルダは要求がなんであれ可能な限り要求を飲もうとした。金でもいい、貴族の地位でもいい、要職につきたければ与えよう。人としての行いに逸脱しない範囲であれば自分の力の及ぶかぎり叶えようとした。
クエスト達成者は娘を救った恩人であるのだから。クエストの報酬である以上にその恩に報いたい気持ちはあった。
だが、これは想定外だった。
アイテムボックスから始まり、異世界から転生したとは。実は異世界からの来訪者というのは王都でちらっと聞いたことがある。ヨルダは小説にあった話か馬鹿げた空想だと判断して気にも留めなかった。そのことをヨルダは後悔する。ヨルダはその話を伝えてくれた商人に連絡しようかと考えたが、迂闊な事はできないと首を振った。
「ふぅ…………」
ヨルダは頭が痛いと眉間を摘む。
アポロの要求したことの全てが具体的なものではなかった。それなりの規模の商会とは具体的と言えば具体的なのかもしれないが、規模についての実際の数値を言われなかった。従業員の数なのか、商店の規模なのか、それとも権威や権利を持っている商会なのか。
信頼にしてもそうだ。何に対して、誰に対しての信頼できるなのか。
商人は利己的だ。儲け話とあれば食いつき、時に自分の命さえ賭けて商談を成功させる。大多数の商人は契約には忠実だが、契約以外のものは破っても良いと考えている。
例えば、小麦の量り売りでは重りに細工をするのは当たり前で、小麦に混ぜものをしたりかさを増やして取引しようとする商人もいる。
契約を結べばその内容を守るが、その契約についても酷いものがある。難解な文章を使い、細かい文章で相手の理解度を下げ、商人が言うがままに商人有利な契約を結ばされる。契約する文言は守るが、その文言や結ぶ前は騙して良いと思っているのだ。
悪質と言えば悪質なのだが、商人の大部分は騙される方が悪いという共通認識がある。弱肉強食の世界であるがゆえに、ただの善人では餌にされ淘汰される。
商人の、地位が上の者にいくに従って悪鬼羅刹に近くなる。
ヨルダも領主として彼らを相手にするが、常に細心の注意を払っている。何気ない日常会話から金になるものを察知し、時にこちらを誘導しようとするのだ。
商人として信用はするが、信頼は絶対にできない相手。
それがヨルダの商人に対する認識だ。
ヨルダは視線をリバーシに向ける。
これが金にならない物だったら、簡単だっただろう。ミシェロの領主である自分とツテを持ちたい商人を紹介すれば良い。相手の商人はヨルダを無下にはできずにアポロ達に誠実な対応をするだろう。
だが、これは金の卵を生む鶏だ。
ヨルダにとっても、商人がどう扱うのか予想できない。最悪、自分さえも裏切る可能性すらある。
そして、最後の条件。
ヨルダは考えるのを放棄して天井を見上げた。
領主というのはなんでも知っている神様的な存在とアポロは勘違いしているのだろうか。
民衆の一部はヨルダをそう思っているかもしれない。いや、だからとってヨルダは自分のことを偉いと思ったことはない。崇めろと言った覚えもない。自身の成したことで尊敬は受けてもそれは過去の業績であり、自分ができると思ってやったことだ。なんでもできるわけではない。
「……………」
ではアポロの要求を断るのかと言われたら、またそれも頭を悩ます。
要求は難解ではあるが、不可能とは言えない。
恐らく適当な相手を紹介しても問題はないだろう。具体的な基準は存在しないのだから、全てはヨルダの主観だけで判断しても良い。
つまり、求められるのは良心。胸を張って最善を尽くしたと言えるかどうかだ。もし、そうならばアポロからの要求はクエストの報酬に値するとも言える。
そして、アイテムボックスを持つ異世界人。
彼はまだ何かあるような気がする。裏切ったら何をされるか。冒険者としても、ランクはまだ低いが実力は確かだとギルドマスターは太鼓判を押している。いや、冒険者としての実力以上にそれ以外のことで魅力があると言っていた。
迷える羊のオーナーであることがそれを示している。予約制の飲食店。飯も美味ければ、従業員の資質が素晴らしい。着ている作業服は一流の品で、貴族の着る物であると言われても信じられるだろう。それを庶民、いや下働きに値する者が着ている。
動きは華麗で流麗、川の流れを連想させるほど淀みはない。注文を言おうとしたら、呼ぶ前に声がかけられ、水が欲しいと思ったらグラスに注がれていたというのは当たり前で、皿を誤って落としてしまった時、皿が地面に着くまでにキャッチしたという逸話もある。
ヨルダもアポロと会う前に一度お忍びで迷える羊を訪問したが、噂以上に噂通りだった。美食に舌鼓を打ち、従業員の研ぎ澄まされた対応に舌を巻いた。
この店を作りあげたのはアルという妖精なのだが、ギルドマスターはアポロを推していた。噂話と乖離しているのかと思って本人に聞いてみたが、うまい具合に流されてしまった。
自分だろうが仲間だろうが、彼のパーティーが成したことであることは間違いない。商売においても一家言はあるのだろう。
「お茶の産地も見事に言い当てたしね……」
敵にまわせば厄介な存在なのかもしれない。
だが、味方にすれば心強いというのかと言われれば首を捻る。
彼の成したことは一個人としては立派だが、この町を統括する領主には及ばない。配下に知己のある者でも彼に見劣りしない功績がある者がいる。
この場合、アイテムボックス保持者であること、異世界人であることが短所にもなっている。国王や公爵に報告、あるいはとある商会にでも情報を流せば一財産を得られるだろう。
それぐらいアイテムボックスは魅力的であり、裏を返せば危険なものである。
味方となれば、守らなければならないだろう。アイテムボックスを使い、利益を得ることもできるが、ヨルダは平穏を好む。商人みたいに自身の命をベットに賭けて、高みに登ろうという欲求もない。
端的に言って、アイテムボックスは非常に困る存在であった。
「とりあえず彼の人となりを知る必要があるか……」
これから長い付き合いになるかもしれない。
アポロが突きつけてきた条件も吟味しないといけない。そして、彼が何を望んでいるか理解しないといけない。
そして、ミステリカが彼のパーティーを気に入ってまた会いたいと駄々をこねている。
親馬鹿であるヨルダは娘のお願いに断ることができない。寝たきりで暇をしている娘の唯一のお願いなら尚更。
アポロにまるで誘導されているかのように感じる。まるでリバーシで打つ手が限られているようなものだ。
「ハハッ……」
なら、状況を打破するために少し動こうかとヨルダは笑った。
これはリバーシじゃないのだから。ヨルダはリバーシに負けた意趣返しかのようにニヤリと口端を歪め立ちあがった。