その時歴史が動かなかった
更新再開です。新章ではありませんが、リハビリがてら(生存報告を兼ねた)の短い話をどうぞ。
場面としては、アポロ達がユエルの塔を追い出された直後くらいです。
久しぶりなので用語解説。
トスカリー→聖霊。神様陣営の人。塔の試練を担当。試練をクリアした響達にいろいろな褒美を与えた。
アリエル→植物系のボス。リンの村で暴れたモンスター。
「楽しんでね」
「え……?」
トスカリーがその言葉を口にした瞬間、響達の姿はかすみのように消え去った。
「ふぅ……」
肩の荷が下りたと、トスカリーは大きく溜息をつき自分の机に戻った。
椅子に腰を下ろし、両肘をついて前にもたれる。
「お疲れのようだね」
「……神様」
突然の声。
トスカリーは目線をわずかに上に寄せる。
すると、そこには金髪の少年がニヤニヤと笑いながら部屋の入口に立っていた。
「そりゃいますよねぇ……はぁ」
「なんでそんな苦虫を噛み潰したような顔をしているんだい? 何か嫌なことでもあったの?」
「ええ、現在進行形でちょっと」
「そうなんだ。大変だね」
嫌味をさらっと流し、神は笑みを深める。
トスカリーは小さく頭を振って、姿勢を正した。
「で、何か言いたいことがあるのでしょうか?」
「ん。別に。褒美の内容は君に一任してたからね。特に文句を言うことはないよ」
響の仲間を強化することがトスカリーに与えられた仕事と言っても良い。トスカリーは最後の試練で仲間達が活躍したから力を与えたと言ったが、それは方便。最後の試練に関係なく、力を与えるつもりだった。
「まぁ、少し力を与えすぎかもと思う人もいるかもだけどねククッ」
言ってるじゃないですか、という言葉を飲み込んでトスカリーはすまし顔で神に応える。
「試練に打ち勝ったメンバーですからね。少々上乗せしても問題はないでしょう。それにどこかの偉い人も言ってました。『ただ漫然と富を受託するのが良いことなのか? 悲劇にあったという理由だけで、力を貰って良いのか? 与えるだけでは駄目なのさ。試練を突破してこその恩恵だ』って」
「良いこと言うね、その人」
「……ええ、与えられる側は可哀想な気がしますが」
元々、これは迷惑をかけた補填としての意味合いがあるのに、なんで迷惑料をあげるから試練を乗り越えてこいになるのだろうか。
……いや、わかる。
運命干渉力が動くか調べるためだ。
アリエルとの戦闘中、運命干渉力は大幅に揺れ動いた。何がキーだったのか、そしてまた動くのか。それを調べるために試練とかこつけてここへ響達を呼んだのだ。
いろいろな意味で都合が良かったのだこの試練は。
「けれど、いろいろ準備を整えたのに、運命干渉力は何もなかったね。何が運命干渉力をあそこまで促したのやら」
声のトーンを落とし、神は独りごちるように呟いた。
「アルテミス様の関与は?」
不確定要素としたら、アルテミスの関与だ。
「アリエルを倒した時にアルは現場にいたし、彼女はあの時何もしていないと断言できるよ」
神はあの戦いを見ていたからわかる。
だからこそ、あの場にいたアルは記憶も力も封じられた無力な存在だった。
「まぁ、でもアルテミスが本気で仕掛けを施したのなら短時間で見つけるのは難しいけどね」
アルテミスを慕っているトスカリーに配慮してか、神は先程の言葉をひるがえすようなことを言う。
「なら、アルテミス様を直接呼べば良いのでは?」
アルテミスが何かをしたのなら、本人に直接聞くのが手っ取り早い。
話の流れで、トスカリーはつい言ってみた。
言った後で名案だと思った。本来の姿になれば、記憶も戻る。話したいことが沢山ある。
俄然乗り気になったトスカリーだが、制するように神は緩やかに首を横に振った。
「記憶とかもいろいろ封印しているからね。聞くなら本来の姿に戻さないといけない。だけど、一時的とは言え、下手に本来の姿に戻したら何されるかわからない。いや、絶対何かするね。そもそも黙って僕の質問を答えるとは思えないし」
藪をつついて蛇を出すではないが、本当にあるかもわからないことを調べるより今の現状を維持しておいた方がいい。
リスクとリターンの問題。
そもそも99%ありえないことなのだ。
例え、アルテミスの関与があったとしても、そこには害意や悪意はないのだから。
本来の姿に戻すことによって得られるリターンよりもリスクを考えれば、放って置くのが一番だと神は結論づけた。
神はアルテミスの性格を知り尽くしている。
トスカリーは二人が揃った姿を頭に描き、溜息をついた。
「この親子は本当にもぅ……」
「待って! アルテミスは娘じゃないし!」
バンと机を叩き、神は立ちあがる。
「アルテミス様は神様の影響を受けすぎている気がします。はっきり言って悪影響かと」
「待って! 僕はあんな引きこもりで内弁慶じゃない!」
「悪戯好きなのところと世話焼きなところはそっくりだと思います。わざわざアルテミス様の姿を変え、記憶を封印してまでして、転生者につけたのですから」
記憶を封印された影響で引きこもりと内弁慶なところは、今のアルテミスには見られない。ベースとなった妖精の性質に引きづられているのだろう。
そして、隠されていた性根の部分が姿を見せている。その露わになった性格が神を彷彿とさせるのだ。世話焼きで意地悪で甘くて優しくて、でも性格が悪いと言える。そんな気性が。
今回のことだってそうだ、謝罪とはいえ響の仲間を強化させたり、記憶を封印するとは言え、今回の騒動を話した。神なりの思惑があるのだろうが、律儀というか素直じゃない優しさが根底にあった。
指摘されたくない部分を言われたのか、神は身振り手振りでトスカリーの言葉を否定する。
「グッ……それは、そう! あんな性格のままじゃ将来婚期を逃すかもしれないからさ! いや、恋人どころじゃないね! 恋人はまだ早い! そう、社会に出ても問題がある! うん、それだ! 上司としても動かざるはえなかった!」
引きこもりで内弁慶なんて、ハードルどころではない。高くそびえ立つ壁のようなものだ。
そして、能力があるからこそ自分の世界に引きこもれる。いくらこちらが言っても、上手く躱してしまう。なら、無理矢理にでも外の世界へ連れ出さないといけない。
神が熱弁する。
「それが親っぽいのだと思います」
アルテミスと神の両方から気に入られている響は、可哀想なのか恵まれているのかわからないなとトスカリーは思った。
羨ましい反面、自分が当事者になると聞かれたら二の足を踏んでしまう。
「いえ、考えてみれば……私もですね」
気にいっているのは自分もなのかもしれない。
トスカリーは、神の声をバックミュージックとして物思いに耽る。
初め響を敵視していた。それがいつの間にか、敵愾心がなくなり心配するまでに。
だからトスカリーは彼に期待して、選択を委ねた。
思えば、あの時だ。
偽物当ての試練、トスカリーの本質が真面目と言われた時。
言われた瞬間、心臓が掴まれるような思いをした。
……あれは、アルテミス様にも言われた言葉。「真面目だね~」と、アルテミス様に呆れたように言われるあの言葉。
……私はあの言葉を聞くのがひそかに好きだった。
口調も性別も違うのに、彼に言われた時、トスカリーはアルテミスに言われた昔の記憶がフラッシュバックした。
内面に不満を抱えていただけにその衝撃は大きかった。
不満という火が消けされたのに、不思議と気分が良かった。そして、ある願望も生まれる。
彼がアルテミスと共に何をするのか見てみたい、と。
キャラクターメイキング異世界転生二巻が発売決定しました。
発売日は5月11日(木曜日)です。
そして、活動報告にて「キャラ転ができるまで」、別作品「けんぽう部」も更新しています。
よろしくお願いします。
けんぽう部のアドレスも置いておきますね。
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