イヌは保護欲をオオカミには独立心を
「なぜじゃ! なぜじゃ!」
どこからか声が聞こえる。
誰の声なのかはわからない。
聞き覚えのある声なのに……。
「逆に何で不満に思うのよ」
呆れた声。
これも聞き覚えがある。
だけどやっぱりわからない。
夢うつつな感じだ。
ここが現実なのか夢なのかわからない。
体は石のように動かない。
ただ意識だけが、波間を漂う小舟のようにゆらゆらと夢うつつの世界で揺り動いていた。
気を抜けば、意識が落ちてしまう。
「回復と言えば拙者の出番じゃろう! 聖霊様の回復薬じゃから、素晴らしいことには違いない。し、しかし拙者も頑張るぞ? 実は神聖魔法の使い手なのじゃぞ、拙者」
「いや、知ってるし。最初に自分でも言ってるじゃない」
「グハッ!」
「というより、このポーションどのくらいかけたらいいのかしら? 半分くらい使ったけど、全部使ったほうがいいの、ベクトラ?」
「そんな難しいこと聞かないで欲しいのじゃ。神聖魔法の使い手であっても、そんな等級の高いポーションのことを知らぬ! 管轄外じゃ! フン!」
「なんで拗ねてるのよ」
「神聖魔法の使い手は自分の地位を脅かそうとしているポーションの存在に内心敵意を抱いておるのじゃ!」
「いいじゃない便利なんだし。低い等級のポーションなら、神聖魔法の方がずっと有用よ」
「高い等級ならばどうじゃ?」
「…………ベクトラは沢山の人を回復させると思うので、負けてないと思うわ」
「グハッ! リン殿のフォローが心にくるのじゃ! このパーティーでの働きでは全然と言われてる気がするのじゃ!」
「ひ、被害妄想よ」
「なんか、鳴り物入りで入ったのに、活躍できずに帰っていく助っ人外国人を思い出しますね。ベクトラさんからそれと同じ哀愁を感じます」
「ガハッ! 意味がわからぬが酷いことを言われてると思うのじゃ」
意識が落ちそうになるが、周りの騒がしい声で呼び戻される。
「じゃあ、もうちょっと振りかけるわよ」
その言葉と共に俺の顔にひやっとした液体らしきものがかかる。
「う……ううん」
「あ、反応がありました」
「しかし、凄いわね。見た感じ、傷は全部治ってるよね」
「くっ、神聖魔法じゃとここまではいかぬ。拙者は自分の神聖魔法の限界を見た気がする。た、旅に出よう。お、己を探す旅に……」
「旅の真っ最中でしょう。何言ってんのよ」
段々と意識がはっきりしていく。
それに伴い、体の制御を取り戻していく。
「あ……」
「目が開きました!」
暗闇がなくなる。はっきりと見えず、ぼやけた視界に映るのは……。
「リンと……ベクトラ。それに……ボブ?」
「ボブって誰ですか!?」
俺を見おろしていたのは三名の女性だった。白く耳の長い女性と褐色のこれまた耳が長い女性、それと羽が生えた小さい妖精。
「ボ、ボブは……ムキムキの、黒人……の」
「全然私と違いますよね!?」
呼吸を繰り返すうちに視界が鮮明になってきた。
そして、完全に意識を取り戻す。
「あ、アルか。すまん……つい、っていてて」
三人に心配そうに見つめられるのも気恥ずかしく、起き上がろうと床に手をついたが、腕に力が入らずに倒れる。
「だ、大丈夫!? ポーションが足りなかった?」
リンが瓶に入った青色の液体を体に振りかける。
すると、体を覆っていた疲労や痛みが一瞬で消えていく。
「アポロさん、大丈夫ですか? どこか痛みます?」
「……いや、大丈夫だ」
今度こそと、起き上がる。
そして、座ったまま腕や足を動かしてみるが、違和感はない。
「主殿、神聖魔法って一体なんなのじゃろうか?」
「いや、起き抜けにそんな意味深なこと言われても」
なんだろう、哲学?
ベクトラも真面目な表情で言ってるし、冗談の雰囲気ではないみたいだ。
だが、それよりも……。
「ユエルモンスターは?」
意識がなくなる前に、俺はユエルモンスターの首を切り落とした気がするのだが、どうなのだろう?
「倒したわ」
リンが目線を離れた場所に移す。
釣られて俺もその目線の先に向けるが、そこは破壊された石畳があるだけでユエルモンスターの姿は何もなかった。
「ユエルモンスターさんは倒したら消滅したんです。試練は無事クリアですっ!」
やったーとアルは空中でクルクルとまわる。
それはフィギュアスケーターみたいな優雅な回転だった。
「そっか……」
無事倒せたのか。
良かった。
「で、トスカリー様は?」
辺りを見渡しても、仲間の姿だけで肝心のトスカリー様はいない。
どこにいったのだろうか?
「それはですね……うぷっ、吐きそう」
まわり過ぎたのか、アルは回転をやめて口元を押さえる。
「で、リン。トスカリー様は?」
「あの、吐かないので皆さん離れるのやめてくれませんか?」
会話をしながらアルから距離をとった俺達に、アルは手をあげて待ったと呼びかける。
「ええと、準備があるって言ってポーションを私に渡してさっきの部屋に戻ったわ。アポロが回復して落ち着いたら来るようにって」
アルとの距離を微妙に保ちながら、元の場所の近い位置に戻るリン。
俺もそれに倣う。ベクトラも。
アルはそんな俺達を見てシクシク泣いていた。
「なるほど」
辺りを見まわしても、この部屋は何もない。
どうするべきか。
「で、ボブ」
「アルですよ!?」
泣いていた仕草から、アルはキッと表情を変えて俺を睨む。
「すまん、心のなかでずっとボブって言ってたから。つい、な」
「一番酷いですよ!? 冗談、冗談ですよね?」
「ハハッ」
「何で否定しないんですかぁ!? ひどぉふえ……」
アルの膨らんだ頬をムギュムギュ押さえつけながら俺は笑う。
そして、アルと話していたら次の行動が決まった。
「よし、行くか」
肩や首をまわしながら、仲間に問いかける。
ここで少し休憩するのもいいが、ポーションのお陰で戦闘の後遺症はないどころか、気力も体力も完璧に回復している。あのポーション欲しいな。
「うむ」
「わかったわ」
仲間達の了承の声を聞いて、俺達は部屋を出る。
「しかし、長い試練もこれでやっと終わりね」
廊下を歩きながら、リンが言う。
「じゃのう。時間的には半日も経っとらんはずだが、密度の濃い半日じゃった」
「アポロさん大活躍の一日ですね」
「だな。よく考えてみれば、俺ばっかり大変な目に遭ってる気がする」
最初の試練では、通路の最後では罠にかかりそうになったり、二つ目の試練ではゴーレムとの戦闘。そして、アルの見極めクイズ。そして、俺の偽物当てに最後のユエルモンスターとの戦闘。
この全てに俺が関わっていた。
「……ズルい」
つい言葉に出てしまった。
「いや、試されてるのはアポロなんだから仕方ないでしょう。何で口を尖らすのよ」
「リンさんなら、率先して災難にあう役目なのにですね。わかります。この体たらくとは、エルフなのに……」
「ちょっと、エルフって言葉を理由に使わないで!?」
「エルフのリンさんなのに……」
「ニュアンスの違いじゃないから! もっと悪化してるじゃない!」
「ククッ、じゃが試練で一番大変な思いをしたのは主殿じゃ。相応の見返りもあるのではないかのう」
試練をクリアしたら褒美をくれるという話だ。
「ダンピールをどうにかしてくれるって話ですよね。どんな風になるのでしょうか?」
ダンピールは迫害種族だ。
俺に魅了のスキルがないといっても、俺が吸血鬼であることには変わらない。そして、それは人々に忌避感を抱かせるには十分な理由。
今はリンの村、リゼットだけの範囲だが、これがミシェロの町まで伝わると俺は町に住めなくなる。
「種族を変更してくれるとかでしょうか? たとえば……」
アルはそう言ってリンの尖った耳を見る。
「それは……ちょっと」
「待って! 含む意味を感じるわ!」
「なら、ダークエルフならどうじゃ? 拙者とお揃いじゃ」
褐色の耳を触りながら、ベクトラは胸を張る。
「やっぱり色物種族はちょっと……」
「主殿が一番偏見を持っとるのじゃ!」
勿論、冗談なのだが。
なんだろう。ダンピールではなくなるのは、嫌なのだろうか。
喉に棘が刺さったようなではないが、それに近い感じがする。
何かが引っかかる。その何かはわからないが。
「ダンピールでなくなると血が吸えなくなりますものね」
「あ……」
思わずリンの首筋を見てしまう。鎖骨が綺麗な白くてスベスベした肌。
俺はあの肌に牙をつきたてたのか。
「まじまじ見つめられとるな、リン殿」
「えっち……」
リンはバッと吸血した部分を手で隠す。
ううーと涙目になりがらも上目遣いで俺を睨むのは怒っているのに可愛らしかった。
「す、すまん!」
「白い肌に吸血の跡がエロチックでしたもんね、見つめたくなる気持ちもわかります」
「ベクトラに治してもらったから! そんな傷跡消えてるから!」
「リン殿が胸がないのに色気で主殿をたぶらかしてるじゃと!?」
「ちょっと人聞きが悪いわよ! それに、胸がないってなによ!」
「主殿、主殿。こちらの世界はやわっこいぞー」
「うわっ、腕が! アポロさんの腕が胸に沈んでいきますよ、リンさん!?」
「ちょっと、ベクトラがたぶらかしてるじゃない!?」
「リン殿みたいに艶声が出せないから、苦肉の策じゃ」
「人のこと痴女みたいに言うな!」
「あの、その……腕離して……」
女性三人寄ればかしましいではないが、騒ぎながら廊下を歩いた。
男の俺は空気なようで、俺を半ば無視しながら会話をしている。
「……ついた」
そして、トスカリー様が待っている部屋に到着した。
到着と同時に静かになり、ベクトラも俺の腕を離す。
少し勿体無く思ってしまうのは男の性か。
そんなことを思いながら、俺は扉をノックをする。
「ノックの回数によってその人のマナーがはかられますよ。二回はトイレのノックですよ」
「そんな就活みたいな注意を言われるとは思わなかった」
注意するならば、ノックをする前にして欲しい。叩いてる最中に言うとは。
「どうぞー」
部屋の中からトスカリー様の声がする。
俺はドアノブをまわす。
「お疲れ様ー。傷は……大丈夫そうだね。うん、じゃ座って」
トスカリー様は正面の机で何かの書類を記入していた。
俺が入ってくるとまず顔、腕、足と順番に見つめ怪我がないことを確かめてにっこりと笑った。
「では、失礼します」
すすめられるがままに、ソファーへと座る。
俺を真ん中に、リンとベクトラが左右を。そして、アルが俺の頭へ着地する。
「ちょっと待ってね。まだ事務作業が残っているから」
サラサラと淀みなくペンを滑らせながら、書類を書いていくトスカリー様。
神様なのに事務作業をしているのは、考えてみればおかしなことではないが、違和感を受けてしまう。指を鳴らすだけで色々できるのに、地味な作業もするのだなぁと。
「ん。できた」
トンとペンで紙を叩く音を最後に、トスカリー様は立ちあがる。
「待たせたね」
トスカリー様は俺達の正面にあるソファーに座る。
「んじゃ、早速用件といこうか。
お待ちかねの褒美の件だ」
長かった試練を超えて、今報われる時が来た。
いや、リゼットの村に来てから運命というか、起こる出来事に流されっぱなしで落ち着く暇がなかったので褒美と言われても今までしっくりこなかった。
だが、今褒美という言葉が目の前に来て少し動悸が乱れる。心臓の鼓動が大きくなり、脈拍が早くなる。
「えっと、好きなものを貰えるのでしょうか?」
恐る恐るといった感じでアルが手をあげる。
確か、この部屋に来た当初トスカリー様は似たようなことを言っていた。
「ん。ま、私のできる範囲内でだけどね。ただ……」
トスカリー様は俺の目を見る。
何かを探るように目の奥底を覗くように。
「こちらで勝手に決めようかなと思う。いいかな?」
そして、クスリと笑い曲げた指を口元につける。
挑発的な仕草。
「……ええ、お願いします」
楓のことが喉から出かかったが、出さなかった。
そんな俺の葛藤をトスカリー様はおかしそうに口角をあげる。
「この部屋では直感のスキルは働かないというのに、君は凄いね」
「なにがでしょうか?」
「ククッ、なんでもないよ」
教えてくれないらしい。
試練が終わったのに試されているのだろうか。
「さて、君には今問題があるね」
空気を入れ替えるようにトスカリー様は真面目な口調になる。
眼鏡の奥の瞳が俺を見通すように俺の目を覗きこむ。
「ええ。俺の種族がダンピールであることがバレました」
「うん。ま、それをどうにかするのが君への褒美にしようと思うんだ」
半ば予想していた褒美の内容。
本当にそれでいいのかと欲望という名の悪魔が囁きかける。
「奴隷ハーレムとかの方がいいのでは……むぎゅ」
アルの頬をつまみ、喋れないようにする。
本当に俺の脳内悪魔が具現化した存在だな、アルは。
「俺もそれでいいと思っています」
トスカリー様に返事をする。
楓のことは惜しいが、元々こちらで見つけられるように手を打つつもりだった。まずは、安全を確保しておいたほうが良い。楓と再会しても、俺がダンピールで危険人物であったのなら一緒にいるだけで危険なのだ。先々まで考えるとトスカリー様の提案の方がいい。そう、心を納得させる。
「で、どうするかというと手段は色々あってね。まず一つは、種族を変更する」
「おぉ!」
「エルフが三人になるのじゃ!」
仲間達から喝采があがる。
しかし、種族が変更できるのか。本当に目の前に座っている人物は神様関係の人なのだと実感する。
「ハハッ、別にエルフじゃなくてもいいけどね。お好みなら、ゴブリンでもいいし」
「いや、それはちょっと」
何で難易度ハードからベリーハードにしなくちゃならないのだろうか。
もっとイージーな難易度にしたい。
「ふふっ、冗談だよ。キャラクターメイキングと同じようにって言ってもポイント云々はないけど、選択肢内なら自由に選んでもいいよ」
そう言って、トスカリー様は俺の目の前に小さなウィンドウを表示させる。空中に表示される青白い背景のウインドウ。
そこに書かれていたのは……。
「わぁ!」
「おおぉ!」
「アポロさん、これって?」
「ああ。俺が異世界に飛ばされる前に種族を選んだやつだ」
十を超える種族。
既視感のある内容。それは、キャラクターメイキングで俺が悩んだ種族のページだった。
「あっ」
「消えたのじゃ」
「ま、そのままダンピールがいいっていうなら別の案もあるけど」
マジマジと仲間達が見つめる中、トスカリー様は話をすすめる。すすめる最中、ウィンドウを消したので仲間達から悲鳴があがったが。
「別の案というのは?」
「フフッ秘密」
「……試しているのでしょうか?」
つい、心に苛立ちがつのる。
この人秘密主義すぎではないのか。
「そんな意図はないさ。説明しにくいってだけで。ただ、どっちの選択肢を選んでも悪くはならないと保証はするよ。種族変更で起こるゴタゴタはこっちで処理するし」
種族的特徴が出る場合、俺の元の種族を知っている人物に齟齬がでないようにしてくれるということか。本当に悪意はなさそうだから、やっかいだ。
「……はぁ」
暖簾に腕押し。
答える気はなさそうなトスカリー様の態度に溜息をつく。
「リンさん、リンさん。もしアポロさんが獣人になるならどんなのがいいですかね?」
「んー、イヌかなぁ」
「あ、いいですね!」
「でしょ! へにゃってたれ耳のアポロとか見てみたい!」
「うわっ、それ最強じゃないですか! 身長も小さくしたら完璧です!」
「拙者はオオカミ耳の主殿を。こちらは耳は垂れてるのではなくピンという感じで」
「ちょ、やばいですってそれベクトラさん! なんちゅーことを言ってくれるんや! これと比べるとリンさんの案はカスや!」
「ひどくない!? 悪くないと思うし……フンだ。アルの馬鹿」
俺の変更後の姿を妄想しているのか、アルの鼻息が荒くなる。ついでに言葉も乱れる。
あとリンが拗ねる。
「……ゴホン。あ、アポロさん? ここは一生の問題ですからね、安全策を取るのも悪くないかと」
小芝居やめろ。
今までの会話横で聞いてたんだぞ。
それに、イヌとオオカミの違いって何だ。違いがわからんぞ。
「そうね。皆が憧れるエルフってのもいいわね。長寿の種族で美形になれるわよ?」
今の俺を否定するのはやめて!
自分でもイケメンとは思ってないが、他の人から言われると傷つくから!
「……もう一回、ウィンドウ出してもらえますか?」
「ん……はいどうぞ」
俺の目の前にステータスウィンドウが表示される。
「あ……灰色になってる部分がある」
「本当じゃ、なぜじゃろう」
ステータスウインドーをよく見ると、種族が白文字で書いてあるのだが、一部の項目が灰色になっていた。
確かめる意味で、灰色の部分をタップしてみるがチェックボックスは反応しない。
「……選べないということだろうな」
「王にはなれないということですね、アポロさん。ドンマイです」
「……いや、別になりたくないから、い、いいけど」
王になったらなったで、できることも多そうでいいが、その分大変そうだ。
「うん。ダンピールに対しての救済措置みたいなものだからね。常識の範囲内での種族変更になるんだよね」
種族変更が常識なのかはわからないが、言いたいことはわかる。
「どうするの、アポロ?」
「しかし、いろいろな種族を選べるのう」
「もふもふ! もふもふ!」
「え、えっと……」
というより、横一列で正面にステータスウィンドウを見ているわけで。それも、このウィンドウが小さい。手のひらサイズに近い。
だから、その画面を見るためにリンとベクトラが俺に身を寄せている。体がぴったりとくっついているどころか、顔のすぐそばにリンの頭とベクトラの頭がある。こちらを向いて喋れば吐息が肌にかかるし、なんかいい匂いがするし、逃げようとしてもアルが俺の頭でうつ伏せになっているので動けないし。
「ねぇ」
「まぁ、そう急くでないリン殿。気になるのはわかるが、主殿の考えもある。一生の問題じゃ。ゆっくりと考えてもらおう」
いや、それよりも体離して……。
女性のやわらかい体つきどころか、女性の中で一番やわらかい部分が腕に!
それも、廊下までとは違い意識してやってないのが一番くる。会話の最中、呼吸や身じろぎ等で俺の腕の中で胸の形がどんどん変わる。押しつぶれたり、触れるか触れないかの微妙なラインになったり。
「ん、そうね。ごめんね、アポロ」
「あ、ああ……」
リンはリンで腕と腕がピタッとくっついてるのはいいのだけど、なんで手を俺の太ももに置くの? それにごめんねと言いながら、手を優しくさするのがやばい。
なんというか、やばい。
神妙に謝る言葉とのコンボがやばい。流し目が色っぽいのもやばい。自分がなにを言ってるのかもわからないくらいにやばい。
わざとでやっていないのが、普段の付き合いでわかるのだが。なんでそんな無防備なの、この人たち!
「うぅ…………」
二人の体温が違うせいで嫌でも意識してしまう。
温かいベクトラの肌と、少しひんやりとするリンの肌。
どちらの温度も心地よく、ずっと触れ合っていたいと思ってしまう。
「そういえば、ステータスは変化するのです?」
頭上から声が。
アルだ。アルは身を乗り出してステータスウィンドウを見ているので、俺が動くと落っこちそうだ。
だから、俺は石像のように固まるしかない。
そう、固まるしかないのだ。
「うん。少し能力は弱体化するね。種族特性のスキルも変化するよ。ダンピールではなくなるからと思って欲しい」
「そこまで美味しい話ではないですか」
「うん。まぁ、でも強化できるし、ポイントも余ってるからそう不便ではないとは思うね」
「ふむ。悩ましいの」
ベクトラの息が首筋をくすぐる。身をよじらせようとするが、リンとベクトラの肌の感触とアルのおっとという、慌てた声が俺の動きを止める。
動きたいのに動けない。
悩ましい問題だ。
「どうすればいいか悩むわね、アポロ?」
うん。どうしよう。
このウィンドウでっかくできないのかな。大きくすればリンもベクトラも離れてくれるはずだ。
いや、男としては幸せな状況なのかもしれないけれど、これは。
でも、仲間としてリンとベクトラをそういう目で見るのは……というより、楓が……でも楓は恋人でもないから怒られるいわれは……駄目だ、その考えはいけない。
待て、俺が真ん中にいるから駄目なのだ。真ん中にリンかベクトラにすれば、接触しないし、するとしても片方だ。よし、それでいこう。
あ、でも、真ん中は誰にする。リンかベクトラ。接触しないように気をつけられるが、ウィンドウは小さいので意図せずに接触するかもしれない。ええっと……。
「アポロ?」
「主殿?」
「へ?」
気がつけば、リンとベクトラが俺を見ていた。
え、なに? 何があったの?
「ククッ。ごめんね。ウィンドウが小さくて見にくかったね。大きくするよ」
正面のトスカリー様が茶目っ気たっぷりに片目を閉じて口端をあげる。
「おっ!」
「見やすくなったわね」
ウィンドウの大きさがでかくなる。すると、自然とリンとベクトラの距離が離れる。近いと言えば近いのだが、ぴったりではなくなった。
「ええと、スキルが変化すると言いましたが、具体的には何がなくなって何が増えるのでしょうか?」
距離が離れたことにより、俺も落ち着きを取り戻す。
記憶を遡りながら、トスカリー様の言ったことを反芻する。
「うん。とりあえず吸血のスキルはなくなるね。精神異常耐性は残るけど……あとは、スキルにはなってないけど、自己治癒力は大分さがるね」
「では、増えるのは?」
「種族によって違うよ」
と言って、トスカリー様は各種族の種族特性を説明してくれる。
その説明がしばらく続き。
「ふむふむ。エルフを選んでも、精霊魔法を覚えているので新たなスキルを取れないのですね」
「ちょっと! エルフをクローズアップさせるのはやめて!」
「…………」
大体わかった。
ステータスは落ちるが、種族を変えるとスキルが手に入る。
こちらが失うのは吸血のスキルのみだ。種族が変われば血を吸う必要はなくなるので、スキルを失っても影響はない。
「で、どうする響君? ダンピールのままでいるか、それとも種族を変えるか」
「ダンピールを選んでも、悪くはならないようにしてくれるんですよね?」
トスカリー様が言った言葉をそのまま使い質問する。
トスカリー様は眼鏡のブリッジを指で押し当て、薄く笑う。
「ああ。種族変更ほど、危険性が皆無ってわけではないけどね。そういう意味では、あんまりおすすめはできないかな」
「…………」
チラリとリンとベクトラを見る。
「好きに選んでいいわ。どの選択を選んでも、アポロはアポロだもの。それは変わらないし、私達の関係に変化はないわ」
「うむ。ゴブリンになっても拙者の忠義は変わらぬ」
「ありがたいが、ゴブリンにはならないからな」
「私はゴブリンだったら、ちょっと……」
五秒前の言葉は!?
気持ちはわかるけど!
「私はアポロさんの決断で良いと思いますよ。理由はわからないですが、そんな気がします」
そして、頭上からアルの声が。
アルには俺が何を選択しようかわかっているようだった。
俺の背中を押してくれる。
「では…………」
トスカリー様の瞳をまっすぐ見つめ、俺は口を開く。
「俺はダンピールのままでいこうと思います」
今月にもう一回更新予定です。
キャラ転発売日決定しました。
2016年10月8日です。詳しくは活動報告にて。
よろしくお願いいたします。




