教えて!ベクトラ先生!
=============================
・特別クエスト(ランク問わず)
治療・採取・収集
眠り病の治療またはカルネキの根の採取
報酬:望みうるものを領主の名のもとに最大限に優遇
*このクエストを受注すると、他のクエストが受けられなくなります
=============================
クエストにはこのようなことが書かれていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
俺、リン、ベクトラ、アル。
全員が何か思うことがあるのか無言だった。
「まず聞きたいのだが、特別クエストって何だ?初めて見るんだが」
無言のままでは何も進まないので、俺が口火を切る。
「拙者達が普段やっているクエストは通常クエストと呼ばれておる。危険性や難易度によってランク分けされておる。依頼主は主に町や村の住人やギルドが出しておる。
しかし、特別クエストは一定期間、緊急性のあるクエストじゃ。危険性や難易度を度外視にして全てのランクが受注することが出来るのじゃ。
依頼主は国の上部やそれに近い権力者が多いのう」
反応したのはベクトラだった。
そのまま、ベクトラと会話を続ける。
「……なるほどな。最後の他のクエストが受注出来ないとあるが、これも特別クエストの特徴か?」
「いや。場合によりけりじゃ。例えば、討伐系の特別クエストなら緊急性を要するゆえ、特別クエストの達成が遅れるのを阻止するために、他のクエストを受注することを禁止する場合があるのじゃ」
「しかし、このクエストは治療、採取、収集に分類されているな」
「恐らくじゃが、依頼主の意向ではないかと思えるのじゃ。
眠り病の治療はタイムリミットが存在するのじゃ。出来る見込みもないのに、報酬に釣られてこのクエストを受注する冒険者を減らそうとしているのじゃろう」
下手な鉄砲数撃ちゃ当たるより質を取った感じか。
「もし、受注してやっぱりやめるとなったら?」
「その場合も一定期間クエストを出来なくなるのじゃ。この場合、ペナルティの意味合いがある」
ふむ。最低限聞きたいことが聞けた。
もっと話したいことがあるが、ギルド内で話し合うのはギルド職員や他の冒険者の邪魔になるだろう。場所を変えよう。もっと落ち着ける場所に。
その前に。
「アル。向こうのほうにチラッとマイリヒさんが見えた。聞けることを全て聞いてきてくれ」
「ラジャー!アポロさんのそういうずるい所、私は大好きですよ」
アルは頭に手を当てて敬礼のポーズをして、ギルドの奥へ去っていった。
勿論、いち冒険者がクエスト内容をギルド長に質問することは出来ないし、受付の職員に阻まれてギルドの奥にいるマイリヒさんに会うことすら無理だ。
普段、ギルド長は別の場所で仕事をしているので、この場所にいることすら稀だ。運が良かった。
アルなら空を飛んでいるので、カウンターを乗り越えてギルド内に侵入できる。ギルド職員は顔見知りどころか友好的関係を築いているので止められない。さらに、マイリヒさんは迷える羊のプレオープン以来顔見知りだ。挨拶して雑談してもおかしくない間柄であり、雑談にかこつけて特別クエストのことを聞いてくるなんてアルにとっては朝飯前だろう。
「よし、アルが戻ってきたら場所を変えるぞ」
アルが無事マイリヒさんの元へ無事到着した。
アルとマイリヒさんはチラッと俺の方向を見た後、会話を始めた。
「わかったのじゃ」
「…………」
返事はベクトラのみ。
「リンもそれでいいか?」
「…………」
「リン?」
再度、呼びかける。
「……え!っなに!?」
リンはパッと慌ててこちらを見る。
何か考え事をしていたのか、話を聞いてなかったようだ。
「この特別クエストについて話し合いたいことがあるから、場所を変えるぞ」
「う、うん。わかった。あれ、アルは」
「アルは俺達の心の中にいる」
「アル殿……」
「話を聞いてなかったのは悪かったから、ボケないでくれる」
場所を変えて、迷える羊に。
幸運なことに、今日は迷える羊の休養日だ。
今まで働き詰めだったから、軌道にのった今休んでも問題はないだろう。
広々としたホールで他の冒険者に聞かれることなく話合いが出来る。
今日はついてるな。リサさんにはクエストが貰え、クエストの話を聞くにはうってつけのマイリヒギルド長がいて、パーティーで話し合う場所まである。
「…………」
スパルダさんが無言で温かいお茶を各人の元へ置いてくれた。
「ありがとうございます」
スパルダさんは休みだと、厨房にこもり料理の研究をしていた。料理人の鏡だ。それに、料理の研究中なのに俺達にお茶を振る舞う優しさ。本当に再建を成功させて良かった。
「…………では」
スパルダさんは小さな声でそう言って、厨房の方へ去っていった。
それを見送った後。
「じゃあ、話し合うか。
アル、マイリヒさんから聞けたことを報告してくれ」
「アイアイサー。
依頼主は領主です。領主の娘が眠り病にかかったために、今回のクエストを出したとのこと」
「ふむ。ならば報酬も信用出来るな。眠り病ってなんだ?」
ギルド内で聞こうと思って忘れていた。
名前からすると……。
「それは拙者から説明しよう。
眠り病とは難病じゃ。眠り病にかかった者は、絶えず睡魔に襲われ、眠っても眠気が覚めず、日毎に睡眠時間が長くなり、やがて目を覚まさなくなる病気じゃ。普通の薬や神聖魔法では回復できぬ」
「それを回復する手段がカルネキの根ということか?」
なぜかリンが小さくだが、びくっと肩を震わす反応をしめした。
そして、俺を恐る恐るという感じで見てくる。
なんだ?
一瞬疑問に思うが、今はそれどころではないので無視をする。
「うむ。眠り病を治す唯一の手段と言われておる。カルネキの根を煎じて飲めば回復するとな」
ベクトラはふぅと小さなため息をついた。
この世界の回復魔法である神聖魔法の使い手のベクトラにとって治せぬ病気には自身の無力さを実感させるものらしい。
「なるほどな」
だから、クエストに眠り病の治療かカルネキの根の採取、収集なのか。もし、カルネキの根以外の治す手段があればという訳か。
「そのカルネキの根は普通には手に入らないものなのか」
特別クエストを出して、報酬に糸目をつけないほどだ。
「うむ。名前の通りカルネキという植物から取れるのじゃ、アスタロ山というここから遠く離れた山、それも頂上付近にしか生えておらぬ植物じゃ。そこの山には強い魔物がはびこっておって普通の冒険者じゃ手に入らぬ」
「だからそれを取りに行ってこいというクエストか……。だが、眠り病を回復する唯一の手段なんだろ。市場に流通しないのか?」
いかに高価と言え、領主が手を出せないほどなのか。
「カルネキの根は眠り病の治療以外では役に立たぬものじゃ。
そして、眠り病は原因不明の難病ではあるのじゃが、発症する人は稀なのじゃ。数万人に一人とも言われておる。それも毎年頻繁にかかるものではない、忘れた頃に出てくるような病気じゃ。結果として、アスタロ山に登っても採取する人は稀なのじゃ」
低すぎる需要。
高い難易度。
両者が合わさって今の状況が作られるわけか。
「もし、今からそのアスタロ山に俺達が向かうとして、取ってこれる可能性はあるか?」
ベクトラは顎に手を当てて少し考えた後、重たい表情で首を横に振った。
「無理じゃろうな」
やはりか……。
期待してはいなかったとはいえ、心にくるものがある。
もしかしたら、もしかしたらとつい思ってしまうのだ。
「理由は?」
未練がましく、ベクトラにそう判断した根拠を聞く。
「まず、眠り病にはタイムリミットがあるのじゃ。
発症しておよそ3つの月を超えるまでに治さぬならばならぬと言われておる。
アスタロ山は遠く、行って登って帰るだけでタイムリミットは超えるじゃろう。
それにアスタロ山はAランクの実力者が複数いて登ることが出来る。悔しいが拙者達のパーティーにその実力はない」
「そうか……。なら他に手に入る手段はあるか」
「掘り出し物が出てくる王都のオークション会場や、何処かの町や村でひっそりと売られているかもしれぬし、ご家庭にあるかもしれぬ。
前者は今回の件を聞きつけて、高値で売ろうとする輩が。後者は需要が低いゆえに売れ残っていたり、残されているかもしれぬ」
「オークションか……」
迷える再建のために、手持ちの金をほとんど使った。
再建も成功しているので、いずれ返ってくるお金だが、今すぐ返って来るわけではない。
オークションと言えば資金力の勝負と言っても過言ではない。俺達には勝てないだろう。
残っている手段は町や村を練り歩き、売っているか、それとも残されているかもわからないカルネキの根を探すしか無いのか。
「厳しいな……」
厳しいというより、お手上げだ。
場が暗く重くなる。
「まぁ、まぁ。落ち込んでいても進みませんよ。
ベクトラさんに解説役を取られましたが、私からも報告が残っていますよ」
アルはつとめて明るい声を出して、場の空気を払拭しようとする。
駄目だな。報酬に目が眩んで場の空気を悪くしてしまった。
駄目で元々なんだ。降って湧いたクエストなんだ。高嶺の花ということで見なかったことにして、愛すべき日常を謳歌しようじゃないか。
「お、まだあったかのか」
恐らくアルの報告を聞いても、俺達がカルネキの根を手に入れることは出来ないだろう。もし、あるのなら途中でアルが会話に入ってくるはずだ。
だから、今からはクエストを受けるかどうかではなく雑談話となる。
「ふっ、私を誰だと思っているのですか。
マイリヒさんから色々聞き出しましたよ」
アルは胸を張って報告を始める。
「領主なんですけどね、パスタが好きらしいですよ」
「一体何を聞いてるんだ、お前は」
「待つのじゃ主殿。きっとこっからじゃ。
こっから重要なネタをアル殿は言うはずじゃ。その前振りなのじゃ」
「ベクトラさんが、フォローのようでハードルをあげてきますね。
でも、負けませんよ。むしろ、その通りだと言いましょう」
アルは鼻息あらく、力強く宣言する。
「領主はミシェロの町の支配者と言って過言はありませんが、善人で良い支配者なんでしょうね。ユーモアがわかる大人。遊び心を理解し、情に溢れされど情に流され過ぎず、政治をしています」
「ああ。だからこそ、俺達がここに拠点に構えようとしたんだよな。一番上のトップのおかげか住人も善人ばっかりで住みやすい」
一番最初に辿り着いた町から動かない理由。
転生者という部外者が少しでも住みやすい町。場所だけなら、王都がベストなのかもしれない。一番都市が発展していて、住む人も多い町。
だが、人が多ければ危険も増し、トラブルが起こる確率があがる。
「その領主のただ一つのウィークポイント。それが家族。
家族愛というか娘にぞっこんラブ!
10歳の娘が愛おしくてたまらない。その最愛の娘が眠り病にかかったために今回のクエストを出したのですね」
「くそぅ。有益な情報だからケチつけられない!」
「なんで悔しがってるんですか!?」
「芸人ならもっとどうでもいい情報を出せよ。領主はどこから体を洗うかとかさ」
「すごい理不尽な要求な来ましたよ、これ!
それマイリヒさんが知ってたら、色々やばくないですか!?」
よし、いつも通りの雰囲気になった。
ご飯を食べて、いつもどおり通常クエストを漁るとするか。
「まぁ、その情報があっても俺達が特別クエストを出来るわけじゃないんだけどな」
さて、飯でも食べてと続けようとしたら。
「あ、あのね………」
それまで一言も喋ってなかったリンが、おずおずと自信なさげに手を挙げた。
「ん、どうしたリン?」
「あのね。違うかもしれないけどね、あのね?」
リンは自分の腕を抱きしめさすりながら、俺を最初に見て、ベクトラ、アルに目線を動かす。その目線の動きは早く、何かを恐れているかのようだった。
思わず、アルと顔を見合わせる。
リンは一体どうしたのだろうか。アルも首をかしげた。アルもリンの挙動不審の理由がわからないらしい。
「………えっとね」
リンは幾多の言い訳をしながら、自信なさげでボソボソと声が小さい声で
「……もしかしたらね。カルネキの根、私の村にあるかもしれない……かな、なんて?」
爆弾発言をしたのであった。




