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後ろの人

作者: パンター

初参加です。少しひねった視点で書いています。お楽しみいただければ幸いです。

 誰かが肩を叩いた。 

 少し驚きながら振り返るとKがいた。

「脅かすなよ」私がKに言うと軽く笑った。

「ビビりすぎだろ。いくらここが有名な幽霊屋敷だと言っても、ここには十人以上のスタッフが常駐しているんだぜ」

「そうなんだが、やっぱり気持ち悪いだろ。スポットライトが届く範囲以外は真っ暗なんだぜ」

 今はまだ午後7時過ぎだが、山奥の人気のないペンション跡。電気はとうに送電線から送られていない。

 持ち込んだ小型発電機数機で発電した電気で照明を点灯し放送機器を動かしているのだ。

 8時から2時間生放送される夏の特番心霊スポット中継のためにここにいるのだ。

 私はこの番組の放送作家なのだが、副業でホラー小説を執筆している関係でよくこういう番組にコメンテーターとして出演することもあった。

 Kは今回の中継現場のディレクターだ。この手の番組で何度か組んだことのある気の知れた同業者だった。

 三十過ぎの独身のオッサン同士で仕事の愚痴を肴に酒を酌み交わす友人でもあった。

「いまさら何を怖がる。似たような所何度も行っているじゃないか」

「まあそうなんだが。ちょっと気になってな」

「何だ。ここには何かあるのかよ」

「いいや。下調べの段階ではよくある都市伝説レベルだった。廃墟マニアが散策中に黒い影を見たとか。肝だめしにやって来たバカカップルが変な声を聞いたとか」

 本当に危険なものには手を出さないのが放送での鉄則だ。もし手を出してヤバイものが写れば放送出来ない。心霊は科学的に証明されていないものであり、それを肯定するような放送は放送倫理に反するのである。

 胡散臭いものが放送OKという矛盾に満ちた選定基準が今の放送業界の倫理なのである。

「なら大丈夫だろ。ここの放送時間は9時過ぎに10分程度。自称霊感が強いと吹聴しているバラドルの小娘にキャアキャア悲鳴上げさせて終わりの中継さ。楽勝だろ」

「ああ。あとはおれがそれっぽい陰に驚いてうやむやな展開で終わる、だろ」

「そうそう。視聴者もそれを楽しんでいるんだから」

 ディレクターは私の肩を叩いてリハしているADの方へ指示を出しに向かった。

 そうだ。私はいつものやり方で仕事をやっつけていけばいいのだ。

 だが、何だろう。気になるのだ。霊感のない私が経験上感じる直感のようなもので感じるのだ。

 この建物に入った時に感じた違和感。戦慄にまで至らない恐怖が心を揺さぶったのだ。

 こういう風に感じた場所には本当にいる可能性が高い。だが経験上せいぜいラップ音程度で済む場合が多いのだ。または白い影がレンズの隅を横切る程度。ちょうどいい具合の演出になって放送が終わるから見過ごしておいた方がいいと思ったのだ。サプライズがあったほうが面白いだろ。

「そうね」

 え。何だ。耳元で女性がさ囁いたような。

 振り向いたが、近くにはスタッフは誰もいなかった。女性スタッフもいるが、せわしなくリハを行っている。しかも私がいる休憩スペースからは少なくとも2メートルは離れている。耳元では話せない。

 おいおい。来たか。来たのかよ。

 こんなのは初めてだが、面白いものが撮れる気がしてきた。

 その5分後、自称霊感が強いバラドルの小娘がやって来た。

 邪悪な霊気を長く触れていると体調が悪くなるというので外の小型自家用車で待機していたのだ。その車はマネージャーが運転してきたもので、いつも乗車してくるワンボックス車が道が狭く入れないため小型車でペンション前までやって来ていたのだ。

 あの小娘にここの霊が邪悪かどうか分かるわけないだろ。だがそんなことは大した問題ではない。

「ここ、いますね」いきなり眉間にシワを寄せて周囲のスタッフに吹聴しだした。いつものことだった。

 あっちこっちに行って「ここにいます」とか言って女性スタッフを怯えさせている。

 本当は見えていないくせに。その証拠に信用のおける霊媒師3人が何もいないと太鼓判を押した廃病院で一人騒いでいやがったからな。

「ここは悪霊の巣です」とか言って。まあこちらも仕事だから、盛り上げてくれるのはありがたいのだ。

「あー。Tさん。おはようございます」

 私とスタッフは先に現地に入っていたから確かに彼女と会うのは今日は初めてだ。

「おー。今日も宜しく。しっかり盛り上げてよー」

「はい。頑張ります」

 元気だけが取柄の子だが、こういうロケにはテンションが上がるので必要なムードメーカーなのだ。

 ディレクターとの打ち合わせを始める。だが台本なんてあってないようなものだ。

 適当に歩きまわって悲鳴を上げて逃げ回ればいいのだから。後で私が適当にコメントして終わり。

 だがそれだけでは終わらない、だろうな。さっきの声…

 そろそろ中継の時間だ。外はすっかり闇に包まれていいムードになってきている。

 そして闇に飲み込まれた廃墟の一角のみ煌々と照明が灯っていた。まるで闇の住人を誘う誘蛾灯のようにも思えた。

「スタジオさーん。◯◯◯でーす」バラドルのテンションを上げた声で中継が始まった。

 中継は概ね順調だった。

 天然のバラドルのリアクションが番組として盛り上げているはずである。

 今回の中継では玄関から2階の奥の出るという客間までのルートで幾つかのポイントを設けて「いた」を叫ぶわけである。本人は見えていると思っているので、ここで見えますよと暗示を与えておくのだ。すると面白いことにその近くで「います」と言うのである。本人は誘導させていると思っていない。霊感少女としてのプライドが見せているのだ。

「こんなものだな」ディレクターのKがモニターを見ながらバラドルの表情を追っている。

「ああ。いいんじゃないか」私はコメントの内容を考えながら適当に見ていた。

 そしていよいよ最終ポイントにたどり着いた。

「やはりここには何かがいるみたいです。ですがこれ以上留まると私達が危険になりそうなので、これで中継を終わります」

 ここでバラドルの出番は終わりだ。後は幾つかのポイントで見つけておいた怪しい影に私がコメントをつけたら中継は終了である。だがここで少し離れた場所に駐車している中継車からスタッフが飛び込んできた。

「中継は開始数分で中断されました。放送事故、みたいなんですが…」

 何かはっきりしない理由だ。というよりインカムでKと会話していたんじゃないのか。

「そんな話初めて聞いたぞ。さっきまで良好だと言っていたぞ」とKディレクター。

「そんなはずは…中継が始まる直前にスタジオと現場同時に通信が途切れてしまったのですが、スタジオの方はすぐに復旧したにもかかわらず現場の方は意味不明の声が錯綜したままでした。取り敢えず中継の映像と音声は来ていたのでそのまま放送していたんです」

「はあ?何を言って…」そこまで言ってKの顔色が青ざめていった。

「まさか…そんな…じゃああれは一体誰の声…」

 思い出してみると確かにその声は少し変だった。違和感は抱いていたのだ。だがまさかあの声が割り込んできた何者かの声だったとは。Kは私の方を見て意見を求めた。

 私は何も答えられなかった。黙って首を左右に振った。

「で、早急に撤収だそうです」と中継車のスタッフ。「スタジオの方がパニック状態だそうで、収拾がつかないみたいです。で、プロデューサーもパニクっていて、とにかくそこは危険だから撤収しろと指示がきました」

「危険、だと。どういう事だ?」

「さあ…とにかく撤収です」

 一応ビデオも収録していたので後で何が起こったのか確認できるだろう。どのみち中継はほぼ終わっていたので撤収準備が始められていた。バラドルはマネージャーの運転して来た車で先に帰らせた。

 私とKは最後まで残ってスタッフの最後の一人がこの廃屋から出ていくのを玄関前で見送った。

 唯一の照明はKの手にある懐中電灯のみだった。一気に闇が私の側に近寄ってきた。

 そんな時だ。

 誰かが肩を叩いた。

 しかし私は振り向かなかった。

 もう生きた人間は私の後ろにはいないはずだから。

「楽しみだね」

 今度は男の声だ。耳元で囁いてきた。

 楽しみじゃねえよ。こっちは仕事なんだよ。やり過ぎは困るんだよ。

 案の定放送された中継はほんの数分で打ち切られていた。

 中継が始まった途端、いきなり局の相談室に電話が鳴り出した。

「◯◯◯さんの後ろにいるのは誰ですか?」

「時々肩越しに顔を出す女性と男性は人間ですか?とても顔色が悪くて気持ち悪い。ヤラセならとても不快だ」

「見ていた子供が泣き出した。こんなに怖いものを放送しないでください」

 クレームが殺到したらしい。やはりな。こうなると思ったんだよ。やりすぎだ。

 スタジオの制御室にいたプロデュサーはインカムで通話しようとしていたのだが、変な声のようなものが聞こえてくるのみで通信は不通状態だった。

 さらに中継の間、カメラの前を白い何かが何度も横切ったらしい。それにも問い合わせがあった。

 だが答えようがなかった。仕込みの予定はなかったから、あれは本物だとしか答えられなかったからだ。

 しかし幽霊ですとは言えなかった。

 スタジオは騒然となっていた。司会のアナウンサーもゲストのタレント達も、スタジオ観覧者スタッフさえも中継の映像に戦慄した。

 中断する直前には凄まじい状態になっていた。映しだされた窓や扉から青白い顔のようなものが現れては消え、また現れる。それが少なくとも数体分常時映しだされているのだ。

 さらにオーブと呼ばれる白い球体の発光体が天井から雪のように降り注いでいるのだ。

 異音も凄まじかった。現場では全く聞こえなかったのに、スタジオでは人の泣き声、悲鳴、怒声のようなものが途切れことがなかったようだ。後で録画を見たが、ハリウッドのB級ホラー映画を見ているような感じだった。当事者なのに全く他人事のような視点しか持てなかったのだ。

「すげえな」Kもそんな感想しか口にできないらしい。現場では実感していないのだから。

 バラドルは個人で録画していた番組を見て卒倒して数日寝込んだらしい。別に呪いということではなかったようだ。今では逆にそれをネタにしてバラエティーに出演している。

 こういうことはたまにある。ここまでとは思わなかったが。

 囁いてきた連中からは邪気は感じられなかった。むしろ面白がっているようだった。

 私には霊感はないが勘は働く。直感とも言いかえられるものだ。鋭い勘は超常も感じられるようになると勝手に信じていた。だがもしかしたら、それが私のそばにいる誰かからもたらされているのだとしたら。そいつはおれにとって何なのだろう。私を破滅に追い込む悪霊か?それとも…

「これはあれで残念な結果になったが」とK。

「今度はセルビデオでヤバイトンネル巡りやるんだが、どうだ?」

「…あ、ああ。いいな。やらせてもらうよ」と私。

 今囁いたのだ。私の側の幽霊(ゴースト)が。

「M県のYトンネルなんかどうだい?いいもの撮れそうだぞ」


 

 

最近こういう番組が減って悲しいですね。

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