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転生前の記憶

 「……あ……」


 奈緒は薄く目を開け、かすかに息を吐く。硝煙と血のにおいが鼻をつき、奈緒は顔をしかめた。空には憎たらしいほどすがすがしい青空が広がっているというのに、自分がいる地上はずいぶんと薄汚れている。そう感じた。奈緒は普段よりも重力を感じ、首だけを動かして自分の体を見る。奈緒の体の上には、先生がうつぶせに倒れていた。


 「せ、先生……起きてください、重いです……」


 とりあえず先生をどかそうとした奈緒だったが、まず手が重みで動かなかった。


 「せ、先生……」


 先生を呼んでも、彼女は身動き一つしなかった。奈緒は何とか身をよじり、少しずつ少しずつ動いていく。

 

 「ふう……。先生、大丈夫ですか?」


 ようやく自由になった奈緒は、手でうつぶせの先生を揺さぶる。なんどゆすっても、先生は息ひとつ吐かない。まさか。不安が奈緒の中に生まれた。


 『……奈緒、起きたの。もう二度と目覚めないかと思った』

 クリア。先生が起きないの。


 奈緒は必死に先生を起こそうとする。けれど、先生は動かない。


 『……奈緒、見てわからない?』

 何が?

 『……その人、下半身吹き飛んでる。どうみても……死んでる』

 そんなわけないよ。


 奈緒は心の中で何度も思った。下半身が吹き飛んで、臓物の一部がはみ出ていて、たくさんの血が出ているけど、奈緒は先生が死んでいるとは思えなかった。


 『……生きていると思える?』

 思えないよ。でも、魔法使いでしょ? 私のことを守ってくれて、悪い人を倒せたんだよ? それなのに、すごい魔法使いなのに、死ぬわけないよ。

 『死なない魔法使いもいる。でも、この人はそんな魔法を使えない。だから……』

 だからって、こんな簡単に死ぬなんて……

 『人は死ぬ』

 知ってるよっ!


 奈緒はたまらず頭を抱えた。知っている。そんなこと、わざわざクリアに言われなくても知っている。自分は死んだ。だから、ここにいる。


 『とにかく、今奴らはいない。だから、今のうちに逃げて……』

 やだっ。

 『いい子だから。逃げて。魔法もろくに使えない今じゃ、何もできないよ』

 わかってる! でも、みんな死んで、先生も死んで。そんな中で、私だけが生きるなんて……。


 奈緒はそう思いながら周りをみた。ついさっきまではごく普通の校庭だった場所は、今では死体ばかりが転がって、血と砂がまじりあった黒い砂利が大半を占める、地獄絵図となっていた。奈緒はぼやけた頭で思う。もうすぐ、自分自身もこの絵の一部になるのだ。そんな気がしてならなかった。


 「やっとこの辺終わりましたね、ボス」

 「おうよ。今度は校舎の連中片付けるぞ」


 ぞろぞろと、奈緒の後ろから声が聞こえた。はっとなって振り返ると、かなりの遠くに武装した集団が奈緒のほうへと歩いていた。


 「……ボス、まだ生き残りがいますぜ」

 「そうか」

 

 迷彩服姿の彼らは、物珍しそうに奈緒に近寄り、彼女を囲むと、何十もの拳銃を突きつけた。それだけで、彼女の全身は硬直し、思考が鈍くなる。


 「魔法使いか?」

 「杖持ってますよ」

 「……だな。ウチの娘に似てるが……魔法使いなら、仕方ない」

 

 引き金に、手がかかる。

 

 『奈緒、戦って!』

 ……けん、じゅう……


 今奈緒の視界には、黒光りする銃口しか映っていない。そこから銃弾が吐き出され、奈緒の頭を吹き飛ばす光景を彼女が幻視した瞬間――時間が止まったように感じた。すべてがスローモーションになっているように感じた。そして、その時を契機に。


 奈緒は、全てを思い出した。


 「……!」


 痛みと、苦しみ。戯れの延長で地獄を味わせられたことを。死ぬ瞬間の恐怖。そして、殺される瞬間の、『死にたくない』という強い思いを。

 そして、なぜ自分が拳銃の名前を憶えていたのか。

 男が趣味で奈緒をいたぶっていた際、ことあるごとにそれをちらつかせ、奈緒を怯えさせていた。彼は聞かれてもいないのに、嬉しそうにその銃の名前と入手先を語ったのだった。


 「……嫌だ」


 全てを思い出して、奈緒は心が壊れそうになった。感情が散り散りになって、もう戻らないように感じた。死ぬという恐怖があった。殺されるという怯えがあった。そして、それよりも、強く、強く、奈緒は思った。


 死にたくない。


 奈緒は何度も思う。殺されたくない。何にも成らず、何も為さずに死ぬのは嫌だ。せっかく生きてきたのに。せっかく生まれ変わったのに。せっかく自分を保ったまま、クリアを乗っ取ってまで生き返ったのに。なのに、こんなところで死にたくない!

 強い思いは、知らずのうちに力を持つ。

 しかし……もうすべてが遅かった。もし、奈緒がそれを思うのがもう少し早ければ、クリアが魔法を構成し、身を守れたかもしれない。事実、もうクリアは魔法の構成を行っている。

 でも、この魔法が発動するころには、すでに弾丸は放たれ、奈緒の頭蓋に穴をうがっている。……そう気づいたとき、クリアはあきらめてしまった。

 奈緒はそのクリアの気持ちを感じた。奈緒の心の一部で、諦観が生まれる。けれど、奈緒は思うことをあきらめなかった。未だ圧縮された時の中にいる奈緒は、心の中で叫んだ。


 死にたくない、助けて、だれか――!


 「クリアッ! 今助ける!」


 救いの手は、差しのべられた。奈緒に拳銃を向けていた男の一人が、奈緒の視界から消える。誰かに蹴り飛ばされて、吹き飛んだのだ。蹴られた男は二、三十メートル宙を舞ったあと、何度か跳ね、鈍い音を幾度かさせてから止まった。

 それをしたのが奈緒と同じくらい、いや、奈緒以上に華奢な少女がやったのだというから、男たちは騒然である。


 「な、なんだこいつ……!」

 「私の名前は崇。 崇 真登香。『鬼神』の祟。知らないとは言わせないわよ?」


 名乗った瞬間、男たちの間にざわめきが広がる。


 「ふざ、ふざけんな! お前が、お前がそんなわけないだろうが! お前が『鬼神』なわけが……」

 

 うろたえる男をしり目に、奈緒は自分の心の声を聴く。クリアの澄んだようなきれいな声を。


 『我は守護者。我は『万能』の守り手なり。知よ、力となりて『苦痛』を払いたまえ。『時』よ、癒しとなりて『終焉』を防ぎたまえ! 発動するは最強の盾……『イージス』!』

 

 一瞬まばゆく光が奈緒と真登香を包む。奈緒は、これは防御の魔法だということが簡単に理解できた。つくづく、クリアの頭のよさに助けられてる奈緒だった。


 「私は鬼神、祟 真登香。私の友達にかすり傷一つつけさせはしない!」


 一瞬で動き、次々に男たちを彼方へと吹き飛ばす。銃弾を避けようともせず、魔法で硬化した身体で受けて一直線に敵へ向かう。思い切り振りかぶり、必殺の一撃で敵を屠る。その姿はまさしく鬼神だった。


 「すごい……」


 魔法に守られながら、真登香に護られながら、奈緒は感心していた。すべての恐怖を、死を吹き飛ばすのではないかと思えるほどの、圧倒的な力。自分があれほど恐れていた拳銃を意にも介さず、自分があれほど怯えていた男たちをいともたやすく吹き飛ばしている。

 なれるだろうか、あんなふうに。

 奈緒はちらりと、そう思った。


 「……大丈夫、奈緒?」


 全ての敵を沈黙させたあと、真登香は駆け寄ってきて、やさしく奈緒に話しかけた。


 「うん。……でも、先生が、私のせいで……」


 奈緒は視線を落とした。無残な姿になった先生が、そこには横たわっていた。


 「あなたのせいじゃないわ。悪いのは全部、そこらに転がっている男たち。……今ならやれるよ。復讐してくる? 道具も貸すよ?」

 「い、いいよ、そんな……」


 奈緒は力なく首を振った。彼女は殺されるのも嫌だが、殺すのも嫌なのだ。


 「そう。でも、今回は本当に危なかったわよ。演技なんてしてる場合じゃないの、わかってるでしょ?」

 「え?」

 「……まあ、いいけど。じゃ、軽く話聞くからそこらへんにいるの何人か攫ってきて」

 「え?」


 奈緒は何を言われているのか全く理解できなかった。対する真登香は、気絶した男たちを何人か担ぎながら、奈緒に言った。


 「いや、だから、話聞かなきゃいけないでしょ? 道具も必要ね。奈緒、あなたの家に道具あったっけ?」

 「な、なんのこと……」


 ひゅ、と真登香から何かが投げられた。奈緒はそれをキャッチすると、それをよく観察する。


 「こんな道具。いっぱいあるでしょ?」

 「……!」


 奈緒は全身が凍りついたように動かなくなった。奈緒の手にあるそれは、自身も一度使われたことのある『道具』。


 「ま、真登香! こんなのって……!」


 それは、爪を剥ぐための道具だった。奈緒はそれを遠くに投げ捨てると、真登香に詰め寄った。


 「こんなのって、何?」

 「こんなのだめだよ! これ、すごく痛いんだよ!?」

 「わかってるわ。だから効果あるんじゃない」

 「効果って、なんの……」

 「拷問。やるしかないでしょ。私だって嫌だけど、ここまでやられたんなら、やるしかないでしょ」


 真登香は破壊された校庭を見た。先生の遺体だけでなく、たくさんの生徒の遺体が転がっている。何のためにここに来たのか、武器はどうやって調達したのか仲間はいるのか。

 それらを聞き出すためにも、彼らに話を聞くことは絶対に必要なのだ。


 「……でも」


 奈緒は、それでも嫌だった。自分が受けた苦しみを、だれかが受ける。そんなのは、絶対に。


 「……はあ。わかった。じゃあ、明日。明日までにインテリジェンスロッドと話して、覚悟決めてきて。明日までは、私もこいつら縛っただけで我慢しとくから」

 「我慢って……」


 奈緒は思わず顔をしかめたが、真登香はそれ以上に強い憎悪を男たちに向けていた。


 「こいつらは私の学園を壊したの。顔も名前も知らない先生と生徒だけど、おんなじ学校に通う学生。その人たちを殺されて、復讐したくないわけないじゃない。……もし奈緒が明日もうだうだ言っているんなら、私が一人でやる。……それじゃ」


 そういって踵を返すと、真登香はどこかへ向かっていく。

 あとには、呆然と立ち尽くす奈緒と、杖に宿ったクリアだけが残された。

 

 

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