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転生した、その意味は?

 何も考えず走って、気がつけば周りの景色がすっかり変わっていることに気がついた。閑静な住宅街から、何もない大きな道に。奈緒の正面には校門らしき門柱があり、そこには仰々しい文字で『国立魔法・超能力学園』とあった。


 「……ふわあ……」


 奈緒はその胡散臭い名前に驚くと同時に、学園の敷地の広さに目を奪われた。右を見ても、左を見ても、次の曲がり角は遥か遠くにあって、それまでは平坦な一本道が続くばかり。少し視線を上げると、まるでビルのような建物が敷地内にいくつも点在している。まるで、一つの街のようである。


 「……クリア。久しぶり」

 「え?」


 急に肩に手をかけられて、奈緒は振り向く。

 振り向いた先には、子供のような身長の少女がいた。頭の赤いリボンや、白い薄手のキャミソール、白磁のように白く、細い全身が幼い印象を一層強める。


 「……どうしたの? 私のこと、忘れたみたいな顔をして。何かあったの? あなたがこの前言っていたように、また趣味がはじまったの?」

 「え、え?」


 小さく、儚い声だが、その勢いは強かった。それに気圧され、奈緒は戸惑うことしかできない。


 「……そう。何があったの? 私に全てを見せて。ね?」

 「え」


 す、と少女は右手を奈緒の額に当てた。


 「……見えない。やはり私にサイコメトリーはないのね。ほしい能力なのに」

 「な、何の話?」


 サイコメトリー。奈緒はそれを聞いたことがあった。手で物や人に触れて、過去の事象を読みとる能力のことだ。それが、『ほしい』? 奈緒には、少女が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。


 「とりあえず、中に入ろうよ。そろそろ授業が始まってしまうよ」

 「え、あ、うん……」


 優しく奈緒の背を押しながら、少女は学園の敷地に入っていく。

 

 ブウン。

 

 二人が門をくぐったと同時に、そんな音が奈緒と少女の頭の中で響いた。


 『魔法・超能力科、クリムネア・スターライトの登校を確認』

 『超能力科、たたり 真登香まどかの登校を確認』


 祟 真登香。奈緒は少女の名前をもう一度心の中で復唱する。どう考えても漢字の名前である。奈緒が転生したのはクリアという西洋風の名前なのに、なぜだろう。『クリア(自分)』が特殊なのか、それとも祟 真登香が特殊なのか。


 「……やっぱりこれ、頭に響いて嫌だね」

 「え、そ、そうかな?」


 奈緒にはむしろ心地いいくらいの音と声だったのだが、少女はそうではないようだ。


 「クリアは魔法使えるからかな。きっと、頭の中に異物が入ってくるのに慣れてるんだと思う」

 「……そんなことないよ」

 「そうかな? でも、やっぱり魔法適性ある方が今便利だから」


 奈緒にとって、自分が魔法を使えるようになっただなんて初耳だし、慣れるどころか今初めて聞いた声だったのに。

 敷地内に入ると、あらゆるものが外から見たときよりもずっと大きく見えた。ビルにしても、広さにしても、だ。なぜだろうか。と奈緒は疑問に思う。二人は、広々としたグラウンドの端に整備された道を通り、おそらく校舎であろうビルに向かった。



 「……やっぱり、魔法科や魔法・超能力科の人はいいなぁ、魔法使えて。最近、魔法研究ばっかり進んで、魔法技術が溢れてるのに、私の魔法適性がゼロだなんて。これじゃあ卒業しても就職見つかるかな……」

 「え」


 超能力云々を言っているが、悩みの内容はまるで、奈緒が元いた世界のようだった。この学科で就職はあるのか、この先どうなるのか。奈緒が想像していたような、異世界の超能力や魔法を使って日々訓練する少年少女の悩みとは全く違って、なんだか不思議なような、可笑しいような。


 「クリアはどう思う?」


 ビルの中に入りながら、祟 真登香が奈緒に聞いた。ビルの中は、掲示板やお知らせ、地図などが進歩している以外には奈緒のいた世界と変わらない。ただ、高さと広さがけた違いだったが。


 「え、ええっと、私も、不安かな、やっぱり。いくら魔法を使えても、就職できるとは、限らないし」

 

 そのけた違いの広さと高さを驚く暇は奈緒になかった。それよりも、突然話しかけられた祟 真登香との会話に集中することの方が大切だった。いきなり話しかけて、そしてここまで会話をしてしまった以上、無下に断って嫌われたくない。けれど、自分が異世界から転生したことを知られるわけにはいかない。その間に揺れる奈緒が、会話を片手間に校舎の違いを楽しめるはずがなかった。


 「……やっぱり、魔法・超能力科最強でも、そう思うのかぁ」

 「う、うんうん」


 魔法・超能力科最強という単語に引っかかったが、奈緒は深く突っ込まれた。『なんで知らないの?』と訊かれてぼろをださない自信がなかったからだ。


 「やっぱり、魔法特化社会に変わりつつある世の中、魔法科の人間が一番就職率高いのかな……」

 「う、うん、そうなんじゃない……?」


 魔法特化社会とかよくわからない単語も、今は流す。家に帰ってからインターネットで調べればいいや、という軽い見通しだったが、今の奈緒は、それのおかけでボロを出さずに済んでいるようなものだ。


 「そういえば、昨日の事件、聞いた?」

 「え、何?」


 急に時事的な話題を振ってこられても、と奈緒は思ったが、この世界の時勢を知る絶好の機会だと、話題を変えさせないようにする。


 「あれ、知らないの?」

 「うん、昨日、ニュース見てなかったから」


 この世界にもテレビはあった。おそらく今でもニュースで情報を仕入れている……はず。奈緒はそう考えた。もしそうでなかったら終わりだが、分の悪い賭けには思えなかった。


 「そうなんだ。元、学園魔法科のOBが一家惨殺事件を起こしたの」

 「……学園魔法科?」


 学園って、どこの学園? 何も知らない奈緒は、素直に聞き返してしまう。


 「そう。ここの魔法科の、しかもエリートが、魔法も超能力も使えない一般人に魔法を使ったの。そこら辺の三流学校が起こした事件なら、『監督不行き届き』で済ませれたんでしょうけど、さすがに国立出の魔法使いが事件起こしちゃね……」

 「どうなるのかな?」


 奈緒は当たり障りのない程度に質問をする。


 「さあ。多分、運が悪かったら、じゃなかった、裁判の結果次第じゃ『魔法や超能力は使ってはならない力だ』っていう考えが一般人の間で浸透するかも」

 「そんなことになったら……?」


 どうなるのだろう? 奈緒は全く想像がつかない。


 「想像を絶する事態になると思う。きっと、私たち『魔法使い・超能力者』狩りが始まるわよ。……といっても、魔法も超能力も持っていない連中が一体何を武器に向かってくるのかわかんないけど」

 「……その、科学兵器とか」


 奈緒が恐る恐る言うと、祟 真登香は鼻で笑って否定した。


 「そんなのあるわけないでしょう。科学なんて、弱いし非効率だし。利点って言えば『誰にでも、理屈を知らなくても使える』一点だけ。しかもその利点が仇になって、誰も努力しなくなったから廃れたみたいなものよ? 誰が好き好んで使うのよ」

 「……でも、核とか」

 「核? ……クリア、昨日SFでも読んだ? それこそまさしく諸刃の剣じゃない。使った瞬間世界が滅ぶ、だなんて」


 奈緒が魔法や超能力について無知、あるいは偏見があるように、祟 真登香、いやこの世界の人間は科学について無知、あるいは偏見があるようだ。


 「そうだよね、諸刃の剣だよね」


 嘘は言っていない、と奈緒は自分に言う。核や科学が諸刃の剣であることは確か。なら、嘘を言っていることにはならない。生前は正直なことが原因で死んだにも関わらず、奈緒は生き方を変えようとは思わなかった。そもそも『クリア』だと名乗ることそのものが嘘であるのだが、奈緒はそれを『もう自分はクリアだ』と思いこむことで忘れていた。

 廊下をしばらく歩くと階段があった。魔法使いでも階段を使うのか、と疑問に思いながらも奈緒は祟 真登香に連れられ階段を上る。


 「そうそう。そもそも、今の世の中魔法から離れて暮らすことなんて不可能よ。水の供給にでさえ魔法使ってるんだから」


 科学技術と魔法がそっくりそのまま入れ替わったような世界だなぁ、と奈緒は思った。

 四階まで上がると、広い廊下にいくつも教室が見えた。その中のうちの一つ、二年三組の教室に祟 真登香は向かう。

 彼女は教室の扉を開けた。


 「おはよう、みんな」 

 「お、おはよう」


 教室は奈緒が生前通っていた学校とは少し違っていた。大きな丸い窓には、ガラスではなく虹色に光る何かシートのようなものがはめ込まれていた。電灯はなく、あるのは大きな魔法陣だけ。魔法陣が綺麗に輝いていて、明りの代わりをしているようだ。床も壁も、廊下と同じ材質でできていて、整った印象を持つが、どうも温かみがない。各人に与えられるものだけが奈緒の生前と同じく、木の椅子と木の机だった。

 奈緒が挨拶をすると、何人かが彼女のことをいぶかしげに見た。


 「ど、どうしたのかな?」

 「クリアが変わったからでしょ」

 「……え」


 変った? それを、知っているの? 奈緒は不思議に思った。変ったと思っているのに、どうして祟 真登香は離れたり、質問したりしないのだろうか。


 「……今回はそんなキャラ?」

 「な、なにが」

 「……やれやれ。趣味もいいけど、いちいち付き合わされるこっちの身にもなってよね」


 奈緒が不安そうに聞くと、祟 真登香は肩をすくめて首を振った。


 「あなた、定期的に性格を一変させる趣味を持ってるのよ。……これで満足かしら、クリア?」

 「え、あ……その」


 知らなかった。自分がそんな趣味を持っていただなんて。

 ……と、そこまで思って、奈緒は気づいた。気づいてしまった。

 ……あれ。そう言えば、どうして私、こんなに居心地が悪いんだろう。

 その理由は何か。考えてみれば簡単だ。

 もとからある程度成長していた。元から学校、その他社会的地位を持っていた。いきなり友達のような関係の少女がいた。『クリア』は趣味を持っているという。

 ……まさか。

 奈緒はいまさらながらそれに気づいて、多大な恐怖と罪悪感に包まれた。


 ……『奈緒』が『クリア』になる前も、『クリア』は生きて、生活していた? ……つまり、『奈緒』は『クリア』を……乗っ取った?


 奈緒の背筋に冷たいものが流れた。

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