転生の結末
「……私はね、グラウベンが言ってた女の子なの」
「そ、それって」
奈緒はすべてを包み隠さず語る。つないだ左手から魔力を垂れ流し、それを真登香の治癒力に変えながら。
「ごめん、真登香。私、あなたの親友を……」
「だから、あなた拷問することをあんなに……。ごめん」
奈緒は目をぱちくりと瞬かせた。親友を殺した知らない誰か。そう思われて、拒絶されると思っていたからだ。
「真登香、私の心配をしてくれるの?」
「うん。クリアは、いつも言ってたから」
「え?」
奈緒の疑問は余計に深まる。
クリア、どういうこと?
『どういうこともこういうこともない! 早く魔力を流すのをやめて! もう真登香は死なないから! 立って戦うことすらできるから! だから!』
クリアに耳触りなほど心の中で叫ばれて、奈緒は魔力を流すのをやめた。
「真登香、傷大丈夫?」
「え? あ、うん。だいぶ良くなったから」
「よかった」
奈緒はにっこりとほほ笑んで、つないだ手を離した。奈緒自身の傷も、かなり治癒していた。
それで、なんで真登香は知ってるの?
魔力を流すことをやめると、クリアはもう普段通りの口調に戻っていた。
『話していたから。何度も何度も、人格を変えるたびに、私はいつか私で無くなるかもしれない。でも、私はずっとここにいる。だから、私でない私にも、普段通りに接してあげて、と』
つまり、真登香は奈緒が、いや、奈緒が来る前から、クリアがある日突然別人になることを知っていたのだ。
「じゃ、帰ろうか」
真登香は立ち上がると、奈緒のほうに手を差し伸べた。その動作によどみはなく、戦闘ができるほど回復したというクリアの言葉に嘘はないようだ。
「で、でも、私、クリアじゃなくて、全然知らない別のだれかで」
「私は、二人に言ったんだよ」
『……真登香』
奈緒はクリアのこんな嬉しそうな声を聞いたのは初めてだった。ああ、そうか。真登香がクリアの親友であるなら、逆もまた同じ。親友と話せなくなってさびしいのは、クリアも一緒だったんだ。奈緒はそう納得した。
「嬉しいみたい、クリア」
「……そう。それならよかった。奈緒、ありがとう」
奈緒を抱きかかえるようにして立ち上がらせると、真登香は奈緒を思い切り抱きしめた。
「……え?」
「辛かったね。今までひどいことさせてごめんね。私、知らなくて。だから、奈緒がまさかあんなことされてるだなんて……」
初めて、奈緒はその言葉をかけてもらえた。やさしい、ねぎらいのような言葉。真登香の優しさは奈緒の凍りかけていた気持ちをさらさらと溶かしていく。
「……ぐすっ」
奈緒も真登香を抱きしめ返し、静かに涙を流す。今まで感じてきた辛かったもの、苦しかったこと、それらが少しずつ溶け出すような、そんな感覚がした。
「……もう、奈緒は普通に暮らしていいんだよ」
「……ダメ」
ハッと、その言葉で奈緒は気づく。
「なんで?」
「私は、人殺しだから。人殺しが、人を殺していない人と一緒に暮らすのは無理だよ」
「じゃ、私も一緒だね」
奈緒はためらいがちに頷いた。後ろ暗いことがある者同士、仲良くやっていきましょう。そんな真登香の思いを感じ取ったからだ。
「奈緒は、何かしたいこととかある?」
「え?」
「ほら、完全にこっちの事情に巻き込んじゃったじゃない。だから、今度はそっちの事にも、ね?」
真登香に言われて、奈緒はしばらく逡巡して、口を開いた。
「元の世界に、帰りたい」
『ダメ!』
急にクリアに叫ばれて、奈緒はピクリと肩を跳ねさせる。
「大丈夫?」
「え、あ、うん」
なんで?
『魔力がぎりぎりなの! 今あなたあとどれだけ寿命が残ってると思ってるの!? あと三週間くらいしか生きられないのよ!?』
異世界……私の世界の戻るには、どれくらいの魔力がいるの?
『わからない! わからないからダメって言ってるの! もしかしたら異世界に行こうと時空の壁引き裂いた瞬間死ぬかもしれないのに、させられるわけないじゃない!』
……そう。
じゃあ、と奈緒は口を開いた。
「私、もう少しだけしたいことがあるの」
「帰らなくていいの?」
「帰るために、必要なことなの」
真登香は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに真摯な表情になって、真登香を見つめる。
「じゃあ、何が必要なの?」
「私の魔力を補給する方法を、どこかから探さないと」
驚いたのは真登香だけではなかった。
『奈緒? 何考えてるの?』
三週間で、見つけないと。クリアの体に魔力を供給する方法を。
「……魔力、補給できないの?」
真登香は全然別のことで驚いていた。今度は奈緒が驚かされる。クリアのことは何でも知っているものだとばかり思っていたからだった。
「う、うん。でも」
「……何がなんでも見つけないと。あとどれくらい魔力残ってるの?」
「え、えと、あと三週間分……」
奈緒の言葉を聞いて、真登香は目を見開いた。奈緒の肩をつかみ、必死の形相で睨む。
「なんで今まで言わなかったのよ! あと三週間!? さあ、今すぐ準備しに行くわよ!」
「ど、どこに?」
「どこへでもよ! 古今東西ありとあらゆる方法を試して、魔力が補給できるかどうかを試さないと! さあ、行くわよ奈緒!」
そのまま真登香は奈緒の手をひっつかみ、コテージを出て、ずんずんと森の中を進んでいく。
「ま、まって、真登香!」
奈緒はそう言って戸惑うが、その表情は明るかった。本気で真登香が心配してくれているのがわかったからだ。
「……とにかく、何が何でも見つけるのよ。魔法も超能力も異世界もあるんだから、魔力を補給する方法くらい、簡単に見つかるはず!」
真登香は奈緒の手をつかんだまま、森の中を学園の方向に向けて歩いていく。
「……ありがと、真登香」
微笑んだ奈緒の表情は、まるで生前のように明るかった。
見つかるだろうか。奈緒は少しだけ疑問に思う。もし、最後の三日になっても見つからなかったら、どうしよう。暗いことは次から次へと思いつく。
大丈夫だよ。クリアもいるし、真登香もいる。二週間あれば、私だって少しくらいは。
けれど、明るい希望も同時にあった。
『……奈緒』
なあに?
学園の校舎に入る前、クリアが奈緒に語りかけてきた。
『その体は、あなたの物。私のじゃない。だから、魔力を供給する方法がわかっても、私に返そうなんて思わないで。わかった?』
え、あ……。
『わかった?』
……うん。
有無を言わせぬ強い口調に、奈緒は思わずうなずく。
『私が探したことのあるのは言っていくから、少しは効率よくなると思う』
ありがと。
奈緒はお礼を言うと真登香のほうに話しかけた。
「ねえ、真登香、もういいよ。ありがと」
「何が? まさかあきらめたんじゃないわよね?」
奈緒は首を振った。
「手、ありがと」
「え? ……あ、ご、ごめん、つい夢中で……」
真登香はあわてて手を離した。あわあわとする真登香の様子をほほえましげに見つめながら、奈緒は言った。
「私、あきらめないから。だから、ちょっとの間だけ、わがままに付き合ってね」
「お安い御用よ」
真登香はにっと口角だけを上げて笑うと、学園の中に入っていった。
奈緒も、それに続く。
『クリムネア・スターライトの登校を確認』
『祟 真登香の登校を確認』
この不思議な名前も、最後には慣れているといいな。
奈緒はそう思うと、真登香のほうへと歩いていった。
時は流れる。最後の願いを、叶えるために。




