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おーるぼんの怖い&怖くない話

海を彷徨うゴミ袋

作者: おーるぼん
掲載日:2026/09/25

これは僕が二十歳になったばかりの頃のお話です。


当時まだ上京はしておらず、N県にいた僕はお盆の連休中であるというのに、ぽかりと穴の空いたように何の予定も無い、とある日の午後を退屈に過ごしていました。


墓参りや、親族宅に招かれて宴会等々。言い方は悪いですがあの頃の僕にとっては億劫な、まあそのように色々な行事が随所に詰め込まれていまして。


そのせいで旅行などの計画は勿論、友達を誘い少し遠出をする、というのですら不可能に近い状態だったからです。


(事実、その日の午前中に僕は親に連れられ二件の親族宅へ挨拶に行っていました)


加えて、殆どの友人がその間にも働かなければならない職に就いていて都合がつかなかったというのもあります。


そこで悩んだ結果、僕は唯一予定の空いていた幼馴染を誘い、僕の車で海へ行く事にしました。


とはいえ、目的地などあってないようなものです。


幼馴染も正確に言えば『予定が空いている』のではなく、僕同様『やる事が無く退屈していた』というだけでしたし。


そんな二人が集った所で当然妙案など出てくるはずもなく。また、恥ずかしながら互いに持ち合わせも決して多くはありませんでしたので。


(幼馴染の方は特にです。現にあの時、彼の所持金は三百円を切っていました)


そこで無料の娯楽を求めた結果、海に辿り着いたというだけなのですから。


兎にも角にも、そうして二人共あまり乗り気でもないのに車を走らせ。


一時間半ほど後にはもう、僕達は夕暮れの中隣り合って潮風を肌に感じていました。


(僕等の家から海は近く、大体それくらいの時間で到着出来るのです)


が、それで終わりです。


海に入るつもりでもないので水着は持っておらず、バーベキューをしようにもグリルやコンロの類は愚か、食材すら何一つとして無く。


いえ、それどころかこの海岸で火気の使用が許可されているかどうかすら分かりません。


そこで仕方なく、僕等は暫くの間は砂浜を散策したり、そこで見つけた漂流物を眺めたりしていましたが。


遂にそれも飽きてしまい、二人並んで再び訪れた退屈に耐え続けていたという訳なのです。


ですが当然、水平線を見つめているだけで気が紛れるということもなく。


これでは家でゴロゴロとしていた方が幾分かはマシなのではないかと思い始めた僕が、帰路に就くことを提案した時。


「いや、やっぱせっかく来たんだし、海入ろうぜ」


幼馴染は思い立ったようにそう言って僕の言葉を拒絶しました。


それは退屈から逃れるために捻り出された、苦し紛れの反論だったのでしょう。


「無理だって、俺達水着とかなんも持ってないじゃん。入るにしてもまた今度にしてさ、今日は帰ろうぜ?もうやる事ないしつまんないじゃん」


そう推測し、帰る方向に説得を試みる僕に幼馴染は今度はこう返しました。


「もう俺達以外誰もいないし、そこはパンツでさ。あとはゴーグルだけあれば良いっしょ。ほら、あそこにちょうど二つあるし」


「え?」


すると、唐突に彼が指さしたのは僕の車の後部座席。


そちらに目を向けると、そこには確かにピンクと赤色のゴーグルが二つ、並んで掛けられています。


「……ああ、置き忘れてったのか」


当たり前ですが、それが突然都合良く湧いて出て来るはずもなく。二つのゴーグルには勿論、僕も心当たりがありました。


僕には母と、姉が一人います。


そんな二人は同じスポーツクラブに通っていて、時間を合わせて共に汗を流す事もあるそうなのです。


また、我が家の駐車場は縦一列にしか車を止められないというのもあってか、入れ替えを面倒に思った姉が勝手に僕の車でそのまま行ってしまうことも時折。


つまり、つい最近またそのような事象があり、尚且つ二人は乾燥させる目的でそうして車内に掛けていたゴーグルを置き忘れてしまったのでしょう。


と、僕はそう結論付けました。


ですので、ゴーグルの存在を僕は微塵も不思議がることはありませんでした。


いえ、むしろ好都合とすら考えていたくらいです。


何せ幼馴染の言う通り、最悪ゴーグルさえあれば水中を自由に泳ぎ回ることが出来るのですから。


少なくとも、僕と彼にとっては。

僕等は視界がクリアになるのならば、ただそれだけで全てが事足りたのです。


なんて、言ってみたものの。

察せずとも分かるくらい、色々と問題だらけではありましたが。


そこはもう、所謂『ノリ』でどうにでも出来るというものです。


いや正確に言えば、『悪ノリ』でしょうか。


「……分かった、じゃあ行くか」


「行こうぜ!」


ですから、それを見た僕はすぐに考えを改めて立ち上がりました。


それから車内に衣服を放り捨てて下着姿になり、ゴーグルを取り出してピンク色の方を友人へと手渡してから、彼と共に夕陽を受けて輝く海へと歩き出しました。


ただ一瞬、一歩を踏み出すその直前に。


「〇〇(僕の名前です)、お盆の海は絶対に入ったらいけないよ」


というような祖母の言葉を思い出し、ほんの僅かに躊躇する自分がいたのですが。


ああ、『車は急に止まれない』とは人にも当てはまるのでしょうね。


動き出した手前、今更止まることも出来ず。

というか、幼馴染は既に歩き出してしまっていましたし。


それに何より、『退屈をどうにかしたい』という思いが強く、僕はそのような考えをすぐに放り捨てて海に向けて歩き始めました。


それから数分後、自身の決断をどれほど後悔するかも知らないまま。




移動中、例の『ノリ』がそうさせたのか。


段々と話しているうちテンションが上がってきた僕等は、砂浜ではなくそれよりも更に奥の消波ブロックへと近付いて行きました。


そこから海に飛び込むためです。


危険は百も承知でしたが、悪い意味で勢い付いた僕と幼馴染を止めるものはもう、何もありません。


ですからそのまま、「せーの」で僕達はテトラポッドを蹴り、海にダイブしました。


直後、冷水が身体を覆い、心臓を締め付けられるような感覚に襲われます。が、興奮のせいかそれもすぐに気にならなくなりました。


それから僕達二人は、暫く海中を漂うようにして泳いだり、テトラポッドに付いた貝類や、ウニらしきものを観察していたのですが。


「なあ、あっちまでどっちが早く泳げるか勝負しようぜ」


それにも退屈したのか、不意に幼馴染がそう言いました。


彼の視線の先には、二、三十メートル程の間隔を空けてまた別の消波ブロックがあります。


察するに、あそこまで先に泳ぎ着いた方が勝ちという事なのでしょう。


「いいよ」


僕は即答でその提案を受け入れました。


沖に流される危険もあると言うのに。本当に、いい歳をして愚行極まりないと今となっては思いますが。


とにかく、そこから三十秒ほど経った頃でしょうか。


手頃なテトラポッドを見つけ、それをスタートラインと決めた僕と幼馴染は隣り合い、開始の合図を待ちます。


(ちなみに開始の合図の担当は僕でした)


それからまた数秒、そして。


「スタート!!」


僕のその声を皮切りに、レースが始まりました。


すぐさま僕はテトラポッドを蹴り、海に飛び出します。


幼少期、水泳を習っていたので泳ぎは我が事ながら自信がありました。僕はクロールでぐんぐんゴールへと泳ぎ進めて行きます。


(アイツは今どこら辺だろうか)


少し経った頃、未だ隣に幼馴染の姿は見当たらず。


それに余裕を覚えた僕はふとそう思い、速度を緩めて背後を振り返ると。


「あれ?」


直後、思わずそう呟いていました。


そこで初めて、幼馴染がスタートすらしていないことに気が付いたのです。


そんな彼は今、ゴールであるテトラポッドと、現在僕のいる地点の中間辺りを惚けたような表情で眺めているばかりでした。


もしや、今更になってから怖気付いたのでしょうか?


それとも勝負とは嘘偽りで、初めからこうして一人必死に泳ぎ続ける僕を揶揄うつもりだったのでしょうか?


ただ、だとしてもその割には、今の彼の顔はあまり楽しげには見えないけれども。


とまあ、色々な思考が脳裏に過りましたが。


(それか、勝てそうにないから諦めたとか?)


(いやでも、アイツの性格的に〝そういう事〟をやりそうかそうでないかと言えば、まあやりそうだな)


等々、考えた上で僕は幼馴染のその行為を『最初から揶揄うつもりだった』と結論付け。


数秒の後、意地になった僕は一人でも最後までこのレースをやり抜こうと決め、再びゴール目指して泳ぎを早めて行きました。


そうして泳ぎ進め、目標のテトラポッドがあと五、六メートルくらいにまで近付いた時です。


僕はあるものの存在に気が付きました。


それはゴミ袋です。


海中をふわふわと漂う白く半透明な袋が一枚、突如として僕の目の前に現れたのです。


とはいえ、驚きはしませんでした。


唐突に姿を見せたと言ってもたかが袋。それにこの場所は潮の流れが早いですから、付近で漂流していたゴミが一瞬のうちに移動して来るというのは想像に難くありません。


ですので何の疑問も持たず、僕はごく当たり前のように。その袋に、そしてその先にあるゴールへと近付いて行きました。


もしも顔に触れそうであれば、払い除けるくらいの気持ちで。


それが大きな間違いでした。


着々と移動を続け、袋が鮮明に見えるようになった頃。僕は泳ぐのを止めていました。


今頃になってから漸く、その袋がただのゴミ袋ではなく海月《クラゲ》であることを知ったからです。


何もかも勝手に決め付け、深く考えずに行動してしまった結果の遭遇。その時の僕は実に、実に浅はかでした。


僕は目が悪く、裸眼では両目を合わせても0.6くらいです。そんな者が目前の何かを断定した所で、何の保証にもならないというのに。


というか、よくよくと考えてみれば。


恐らくではありますが、海で出会う白く半透明な物体などむしろ〝そちら〟の方が多いでしょうし。


本来ならばもっと早く、その可能性を考慮しておくべき……いえ、おかねばならなかったのです。


まあでも、出会してしまったものは仕方ありません。


幸い、クラゲとはまだある程度の距離がありましたし、刺された様子も痛みも無い。


という訳で僕はそこで漸く、素直にゴールするのを諦めて引き返すことを決断しました。


またそこからも分かるように、僕は人生初となる『生身でのクラゲとの遭遇』に対し、意外にも冷静に対処出来ていました。


まあほんの一瞬、クラゲの毒に侵され、海底に沈んでゆく自分の姿を想像したりしてしまいましたし、なので『恐怖なんてものは一切感じなかった』と言えば嘘になります。


しかし、所詮はただ一匹のみのクラゲがそこに漂うだけ。近付かなければどうということもないはずだと、その時の僕はそう考えていたのです。


それどころか、そんな風にして心に余裕があったせいか、少しだけクラゲを観察する暇さえありました。


本当に、本当に馬鹿でした。


それは余裕ではなく油断であったと、今ならばはっきりと言えます。


そうして、僕は最後まで選択を間違えてしまったのですから。




間近で観察していると、それもやはり生き物だということを、より深く実感しました。


単に流されるだけではなく、傘をふよふよと動かして荒波に精一杯抵抗している。


そんな健気にすら感じるその様を眺めていると、愛着さえ湧いて来そうな漂う袋がそこにいた。


と、そのような感想を最後に。僕はクラゲに別れを告げるようにして海中で身体を反転させ、幼馴染のいる方へと戻り始め。



ようかとしていた、まさにその時でした。



沖から押し寄せる波を受け、ふとそちらに視線を移したその時、その瞬間に。


十や二十どころの話ではなく。いえ、視界のほぼ全てを埋め尽くすほどでしたから何百、もしかすると何千といたのかもしれません。


とにかく、それほどまでに大量のクラゲ達が潮の流れに乗り、自身の目と鼻の先に迫っていたことを僕は知りました。


そこで初めて、僕は恐怖を覚えました。


いえ、あの時の様子は、『総毛立っていた』や『恐れおののいていた』と、言った方がより正しかったでしょう。


何せ、猛獣でこそないとは言え、最悪の場合人命を奪う可能性のある生物の大群と邂逅してしまったのですから。


途端に僕の身体は、例えるならば蛇に睨まれた蛙のように。文字通り生命の危機を前に硬直し、どう足掻いても言うことを聞きませんでした。


と、言いますか。お恥ずかしいのですが正直に言うと動くどころか、『逃げる』だなんて考え一つ浮かびませんでした。


もうおしまいだ。


ここで僕はコイツらに殺されるんだ。


「〇〇、お盆の海は絶対に入ったらいけないよ」


その言い伝えみたいなものは、『幽霊が〜』とかいう、オカルトチックな話だけじゃなくて。そう言えば確か、クラゲのことも暗に伝えていたんだっけ。


ああ、どうしてそれを失念していたんだろう。


どうしてその言葉の意味をもっとよく考えてみなかったんだろう。そうしていたら、お盆に海に入るだなんて馬鹿な真似はきっとしなかったはずなのに。


もう少しきちんと祖母の話を聞いておくべきだった。

軽はずみな行動は控えるべきだった。勢いで動くんじゃなかった。


もっと、生きたかった。


と、そのように。

死の恐怖、後悔、生への渇望、等々。


走馬灯に代わり、その時僕の脳裏では、そんなような想いばかりが浮かんでは消えを繰り返していました。


ですが、彼等が見逃してくれるはずもなく、当然ですが待ってくれることもなく。瞬く間に僕はクラゲ達に取り囲まれました。


しかしそれでも尚、身体は動かず。

まあ恐らくは二、三分くらいでしょうか。


そのまま暫くの間、僕もクラゲ達と同じようにして海を漂っていたのをよく覚えています。


ただ、体感では人生の中で最も長い数分でしたが。




しかし、その間僕は一度も刺されませんでした。


事実痛みなどは全く感じず、毒によって痺れるような感覚さえありません。


もしかすると、このクラゲは触手か、はたまた毒を持たないタイプのものなのかもしれない。


そして、そう考えられるくらいの頃になると。

僕は今までのことがまるで嘘のように、すっかりと落ち着きを取り戻していて。


今ならば身体も問題無く動かせるだろう。

そう、確信出来ました。


(……とにかく、陸に上がらないと)


同時に、自身の今置かれている危機的状況を思い出した僕は。


すぐさまクラゲ達の横を抜け、幼馴染の待つテトラポッドへと向かい始めました。


とはいえ、まだここにいるクラゲ達に毒がないと決まった訳ではないので。


移動は本当になるべくゆっくりと、当たらないように慎重に、だったのですが。




そこからは、特筆すべきことはなかったように思います。


それは何故か。とは言っても、僕がこの話をしていることからも分かるとは思いますが。


以降を話すとしても、『あの場所から僕が生還した』という、ただそれだけで終わってしまうからです。


要するに、蛇足とも言えるそんな話などは、何の面白みもないのでする必要は無し、という訳ですね。


まあ、『それはあまりにも投げやりなのではないか』と、感じる方のためにもう少しだけ詳しくお伝えするにしても。


クラゲから何とか逃げおおせた僕は、すぐさまテトラポッドへとよじ登り。それからまたすぐに幼馴染と共に車へ戻り。そのまま着替えて海を後にした。


と、これくらいでしょうか。


とにかく、そうなのです。

そうして僕は生き延び、幼馴染と共に無事帰宅することが出来たのです。


ちなみに言うと、幼馴染の表情の訳は何となく予想していた通り、『ゴールの方に何か見えたような気がしたから』というものでした。


(もう一つちなみに言うと、それを聞いた直後に「だったら止めてくれよ!」と僕が八つ当たりしたことで彼とは少し揉めました)


また、僕はクラゲの大群を掻き分けた訳ですが。その際には意外にも、一度たりとも刺されることはありませんでした。


やはり、もしかすると予想したように。

あのクラゲ達は、毒針を持たないタイプのものだったのかもしれませんね。


まあ、詳しくは分かりませんのでこれ以上は何とも言えませんが。


しかし。


例え本当に、そうなのだとしても。

僕の覚えた不安が、全て杞憂だったのだとしても。


あの時感じた恐怖は本物でした。

それだけは、それだけははっきりと言い切れます。


ですので、これを見終えた皆様も。

この愚かな僕の体験談を、是非心の片隅にでも残しておいて頂けると幸いです。


そして、これだけは覚えておいて下さい。


お盆の海に入ってはならないと。

若気の至りや、悪ノリだけで馬鹿な真似をしては決してならないと。


でないと僕や幼馴染のように、強烈なトラウマによって暫く海に入れなくなるかもしれません。


別に何も、恐怖は幽霊や妖怪といった非現実的なものからだけでなく。


この世に実在するものからでも。

齎される場合なんて充分にあるのですから。

ここまでお読み頂きありがとうございます( ´∀`)

また別の自作でもお会いできたら嬉しいです( ̄∀ ̄)マタネ

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