第五話 素数は寺院だった
それでも長いあいだ、人類側にはどこか思い上がりがあった。こちらが相手の未熟な初等数学を教えてやっている。そんな空気が、教育班には少しあった。
それが決定的に崩れたのは、接触七年目の共同初等数学交換セッションだった。
人類側は自然数と四則演算を。環海体側は不消節と還元則を。互いに「子ども向けの基本」を見せ合う。
志村は、丸印と簡単な図で人類の算術を説明した。環海体側は、ゆるい結び目のような位相図で不消節の分類を示した。
そして、双方が同時に相手の説明に首をかしげた。
人類は思った。こんな抽象的なものが初等なのか。
環海体は思った。こんな静かなものが初等なのか。
そのすれ違いが初めてはっきり言語化されたのは、《残響17》が珍しく割って入ったときだった。
「私たちにとって、あなたがたの素数や乗法は原始的ではありません。むしろ高度です」
解析室がざわつく。志村は慎重に訊いた。「どこが?」
返答は長かった。
「そこでは、一、対象の境界が安定している。二、異なる対象が交換されずに追跡できる。三、合成が一意的に分解できる。四、その上で、孤立した還元不能性が定義できる。からです」
「つまり、素数はあなたがたには基本ではない?」
さらに長い沈黙。それから、後に有名になる返答が来た。
「寺院に近いです」
半ば笑った者もいた。だが志村は笑えなかった。
寺院。美しくて、荘厳で、人を圧倒する。しかし建てるのに膨大な工程と前提がいる。素朴な草原に暮らす者が、いきなり中に入っても意味が分からない。
《残響17》は続けた。
「非常に美しい。しかし、多くの前提の上に建てられた建築です。私たちの幼い相は、その中へ直接は入れません」
人類側に走った動揺は深かった。自分たちが当たり前だと思っていた初等算術が、別の文明には高度で特殊な結晶に見える。逆に、こちらが抽象的で難解だと思っていた不消節が、向こうには幼年期の感覚だ。
「やさしい」とは、宇宙のどこで育ったかに依存する。
◇
だがここで終わりではなかった。《残響17》もまた、万能ではなかった。
人類の物理学を翻訳しようとしたとき、より深い断裂が見えた。
量子力学がそうだった。
人類にとって、量子力学は離散の数学だ。エネルギーは飛び飛びの値を取り、状態はベクトルで書かれ、観測は固有値として跳ねる。物理学科の学生は、この離散的な構造を「自然の基本法則」として学ぶ。
だが環海体にそれを伝えたとき、彼らの反応は意外なものだった。
「これは……高度な近似ですね」
志村は目を見開いた。
「近似? 量子力学はかなり基礎的な理論ですが」
「あなたがたの側面では、そうなのでしょう」
《残響17》は長く沈黙してから、こう続けた。
「あなたがたの母星は、硬い。岩があり、境界が安定し、温度も圧力も、膜を引き裂くほどには激しくない。その条件の下で、離散性がきれいに立ち上がる。エネルギーの飛びも、粒子の区別も、状態の重ね合わせも。しかし私たちの母星の圧力と温度と粘性の下では、同じ現象がまるで違う様相を見せます。あなたがたが基本だと思っている離散的な記述は、ある条件下での安定した見え方にすぎないのかもしれません」
志村は、しばらく何も言えなかった。
物理班の桐山がこの会話記録を読んで、顔色を変えた。「量子力学が近似だと? 冗談じゃない」。だが数日後、桐山は志村のもとに来て、ぼそりと言った。「環海体の母星の条件を入れてシミュレーションしてみた。確かに、離散的な固有値構造が不安定になる領域がある」。それ以上は何も言わなかった。言えなかったのだろう。
量子力学のテンソル計算。状態の離散的な分解。固有値の飛び。それらが「普遍的な基礎」ではなく、地球型の惑星環境で安定しやすい、ローカルな記述の仕方だったとしたら。
ちょうど、一般相対性理論と量子力学の統合が人類にとって困難であるように、環海体の数学と人類の数学のあいだにも、根本的な言語の断裂があるのかもしれない。
それでも《残響17》もまた苦しんでいた。志村がある夜、「引き算」と「失うこと」の違いをどう扱うのかと訊いたとき、翌日に返ってきた答えは途中で三度も修正注がついていた。
「申し訳ありません。私は前の相の癖を混ぜました。あなたがたの"なくなる"には、局所保存と記録保存の区別があります。私たちはそこを長く混同していました」
志村は個人チャネルで訊いた。「あなたも、私たちを理解するのに苦しんでいるんですか」
返答は珍しく早かった。
「はい。あなたがたの"物"が消えないことが、いつも驚きです」
「消えないことが?」
「私たちの世界では、保つことの方が努力です。あなたがたの世界では、変えることの方が努力に見えます。それは私にとって、とても不思議で、ときどき美しいです」
つまり、難しさは一方向ではなかった。ただ人類の側は、最初それに気づいていなかっただけだ。




