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こはる日和

作者: なつめ
掲載日:2026/02/17

なつめです。


この世界には、七日間だけ死者が戻れる奇跡が存在します。


でも、その代償として人々は大切な記憶を少しずつ失ってしまう。

私、透は“死神”と呼ばれる存在。

泣けない心を抱え、失った妹のことを胸に刻みながら、人々の七日間を見守っています。


これは、私が見た七日間の奇跡の記録。

泣き笑い、そして少しの切なさが混ざった物語です。

読むあなたの心にも、小さな春の光が届きますように。


第一章 泣けない仕事


 人は、七日あれば十分だと思う。

 やり残した言葉を伝えるには。

 触れられなかった手に、もう一度触れるには。

 さよならを、ちゃんと終わらせるには。


 ——七日で足りる。

 足りるはずだ。


 透は、白い封筒を机の上に置いた。

 差出人も消印もない。

 ただ一行だけ、整った文字で書かれている。


 《復活申請 承認済》

 依頼者名:佐伯 真琴

 対象者:佐伯 真琴

 死亡理由:交通事故

 享年:十七歳


 窓の外では、夕方の光がビルの隙間をすり抜けている。

 この街のどこかで、また誰かが泣いている時間だ。


 透は立ち上がる。

 感情は、仕事の邪魔になる。

 ——そう教えられた。


 病室は静かだった。

 白いカーテン。

 消毒液の匂い。

 規則正しい電子音。


 ベッドの上で、少女は眠っている。

 事故から三日。

 脳死判定。

 家族は、まだ現実を受け入れられずにいる。


 透は枕元に立つ。

「佐伯真琴。七日間だけ、戻れる」


 まぶたが微かに震えた。

 ゆっくりと、目が開く。

「……ここ、どこ?」

「病院だ。君は、一度死んだ」


 少女は数秒沈黙したあと、天井を見つめる。

「……そっか」

 叫ばず、取り乱さず。

 ただ、小さく息を吐く。

 そういう人間は多い。


「七日間だけ、生き返れる」

「どうして?」

「ルールだ」

「代わりに、何か失うの?」


 透は少し視線を落とす。

「……家族は、君との思い出を失う」


 空気が止まった。

「全部?」

「ああ」


 少女は笑った。

 泣きそうな、でも穏やかな笑顔。

「それなら……ちゃんと、さよなら言えるね」


 胸の奥が、わずかに軋む。

 でも、それが何なのか、透には分からない。


 母親が病室に入ってきた。

「……真琴?」

 震える声。

「お母さん」


 七日間の奇跡が、静かに始まる。

 三秒後、思い出は消え、また日常が戻る。


 透は廊下を歩く。

 次の依頼。

 次の七日間。

 胸の奥の痛みは、まだ癒えない。


第二章 壊れた優しさ


 透は封筒を握りしめ、薄暗い街を歩く。

 依頼先は、自殺で亡くなった二十歳の青年、立花拓也の部屋だ。


 扉をノックすると、低く荒い声が返ってきた。

「……誰だ」

 透は淡々と告げる。

「立花拓也。七日間だけ、生き返れる」


 沈黙。

 やがて、扉が開いた。

 黒い髪の青年は影を宿した瞳で透を見つめる。

 怯えでも怒りでもなく、ただ深い絶望だけがそこにある。


「……泣かないんだな、お前も」

 青年は笑った。

 透は胸の奥がギリッと痛むのを感じる。


「泣けないんじゃない。泣けない自分に慣れただけだ」

 声は低く、機械的に出た。

 胸の奥が少し痛む。

 ——七年前のあの日の痛みが、薄く影を落とす。


「壊れてるんだな」

 青年は吐き捨てるように言う。

「でも、俺は……やり直したい」


 その言葉に、透は視線を落とす。

 ——救うことと、守ることは違う。


 部屋には散らかった原稿や未送信の手紙。

「全部、残したかったんだ」

 青年の指先が震えながら紙を触る。

 透はそっと封筒を差し出す。


「……ありがとう」

 声に、わずかに希望が混じる。


 夜、透はアパートの屋上に立つ。

 街の灯りが瞬き、風が髪を揺らす。


 七日間の奇跡は今日も静かに始まる。

 でも、救うことは失うことと背中合わせだと知っている。


 胸の奥の痛み。

 涙はまだ出ない。

 しかし、心は少しずつ揺れている。



第三章 かすかな記憶


 透は封筒を握り、薄暗い病室に入った。

 余命宣告を受けた中学生、白石悠斗の部屋だ。

 机には描きかけの漫画原稿、少し古いぬいぐるみが置かれている。


「……あなた、誰?」

 悠斗は目をこすりながら訊ねる。


「七日間だけ、生き返れる」

 透は淡々と答える。

 手の中の封筒に感情は押し込めたままだ。


 悠斗の瞳が透の顔をじっと見つめる。

「……泣かないんだね」

 胸の奥にギリッと痛みが走る。


 ——妹、小春の声。

 七年前の夏の日の笑い声が、フラッシュのように脳裏をかすめる。

 庭の砂場、笑顔、そして事故の瞬間。

 透は、手を伸ばせなかった自分を思い出す。


「泣かないんじゃない、泣けないだけだ」

 透は自分に言い聞かせる。


 悠斗は小さく笑った。

「でもさ……あなた、優しいよ」

 七年前の小春を思わせる笑顔。


 夜、透は窓辺に立つ。

 街灯の光が悠斗の顔に淡く映る。

 七日間の奇跡は今日も静かに始まる。

 ——自分自身の過去とも向き合わなければならない。



第四章 忘れられない笑顔


 七年前。


 小春は七歳。

 夏の陽射しが庭の砂場に降り注いでいた。


 透は自転車で庭を走る妹の後ろ姿を見ていた。

「こはる、気をつけろ」

 声は届かない。


 赤い車が飛び込んできた瞬間、世界が止まった。

 小春の笑顔は、砂場に倒れ込む直前まで見えた。

 透の手は、ただ空を切った。


 病院。

 医師の声は遠く、意味をなさなかった。

「……手遅れです」


 これが透が泣けなくなった理由。

 助けられなかった罪悪感。

 胸の奥の欠落を、涙では埋められなくなった。



 今日、透は再び病室の封筒を握る。


 封筒に書かれた名前——小春。


 胸の奥が鋭く痛む。

「……お前か」

 言葉にならない声が喉から出る。


 小春は笑っている。

 七年前と変わらない、元気で天然な笑顔。


「……もう一度、守れるのか」

 透は自問する。


 七日間。

 彼女を守れるのか。

 失わずに、全うできるのか。


 夜。

 透は静かに息を吐く。

 街灯の光が肩に落ちる。

 七年前の夏の光に似て、痛みと温かさが混ざる。


 ——泣くことはまだできない。

 でも、心は少しずつ揺れている。


 七日間の奇跡が、始まる。

 透は、もう逃げられない。



第五章 こはる日和


 透は白い封筒を握りしめ、病院の廊下を歩く。

 手の中の文字は簡潔すぎるほど簡潔だった。


 《復活申請 承認済》

 対象者:朝霧 小春

 死亡理由:交通事故

 享年:七歳


 扉を開けると、小春は笑っていた。

 七年前と変わらない、天然で元気な笑顔。


「お兄ちゃん?」


「七日間だけだ」

 透は淡々と言う。

「ルールだからな」



 一日目。


 小春は無邪気に笑い、透は見守るだけ。

 「触れてはいけない」と自分に言い聞かせる。

 だが、胸の奥の痛みが増す。

 守りたい——それだけで胸が熱くなる。


「ねえ、お兄ちゃん」

「何だ?」

「ここ、ちょっと退屈だね」

「……そうか」

「じゃあさ、ここに小さなパン屋作っちゃおうか!」


 小春の瞳が輝く。

 透は胸の奥で笑った。



 二日目。


 小春は看護師とお菓子作りごっこをして遊ぶ。

 透は静かに見守る。

 手を出す必要はない。

 そばにいるだけで十分だ。


「ねえ、お兄ちゃん、この名前どう思う?」

 ノートには丸くて可愛い字で——


「こはる日和」


 透の胸が熱くなる。

 七年間失っていた何かが、わずかに動いた。



 四日目。


 小春は少し疲れた様子だが、泣かずに笑う。

 透は手を握る。

「お兄ちゃん……全部知ってた?」

 透は息を止める。

「……知ってたよ」

 声は震えるが、心は静かに満たされる。


「ふふっ、だよね!」

 小春は楽しそうに笑う。



 最終日。


「お兄ちゃん……ちゃんと、生きて」

「……もちろんだ」


 最後の七秒。


「店の名前さ」

「……?」

「“こはる日和”にしよっか」


 小春は春の光のように笑う。

 透も笑う。


 そして——

 小春は消えた。

 春の匂いだけを残して。


 透は空を見上げる。

 いつか、どこかに“こはる日和”というパン屋ができるかもしれない。

 それはきっと、春の匂いがする。


 透は歩き出す。

 今日も誰かの七日間が、始まる。

 忘れないために。


物語を書き終えて思うのは、七日間という時間の尊さです。

人は、ほんの一瞬でも誰かと向き合うことで、大切な何かを取り戻せる。

小春の笑顔、透の胸の痛み、そして「こはる日和」に込めた希望。


読んでくれて、ありがとうございます。

あなたの心のどこかに、春の匂いが残りますように。

そして、もし現実で誰かを思うとき、今日の七日間を思い出してほしい。

奇跡は、決して大きなことばかりじゃない。

小さな笑顔や優しさにも、確かに息づいているのです。




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