ACT.7 盗賊たちの村
俺たちはチョーハの盗賊の村に向かう 途中で篤子が俺に質問した
「2025年の世界はどうなっているんだ?」
この質問には、答えたくない……
ほんとうにささやかな腹ごしらえを済ませた後、チョーハは三人の配下を斥候にだした。俺はチョーハと一緒に洞窟の裏山に昇った。雑木が茂った山でなかなか眺望が得られなかったが、頂上に着くと何とか周囲を見渡すことができた。
少なくとも海は見えない。川沿いに平野があり、その背後は低い山になっている。遠くの方には薄っすら雪をかぶった山も見える。
「あの山の、向こう側の谷筋に俺たちの隠れ処がある」
チョーハが指した山までは、ざっと12キロくらいありそうだった。その山を越えて向こう側までたどり着くには、少なくとも8時間はかかりそうである。
裏山を下りながら、俺はチョーハに尋ねてみた。
「チョーハさんは、どうして捕まって牢獄にいたのですか?」
「ああ、ツィックマの街で目星をつけていた食糧庫を探っているうちにな、酒を隠しているところを見つけて四本ばかり盗んで、一本を飲みながら引きあげていたら、ちょっと飲みすぎて橋の下で寝てしまってなあ……」
突っ込みどころ満載の話である。そもそも親分が自ら下見というのが分からない。
「あんなに手下がいるのに、自分で下見するのですか?」
「そうとも。盗みで一番大切なのは下見だ。どんな具合になっているか、どんな奴が守っているかを知っておかなくては失敗する」
急にまともことを言いだした。
「それと、俺は、ツィックマの街に詳しい。今となっては、忌々しいが、若い頃は、町でパンピをまとめるような仕事をしていたんだ」
山を下りてみると、二人が歩哨に立っていた。他の連中は眠り込んでいる。篤子もゲーンタを抱くようにして寝ている。
チョーハは二人の手下を起こして歩哨を代らせた。そして自分も横になった。俺も疲れが出てきたのでリュックを枕にひと眠りすることにした。
俺は小突かれて目を覚ました。あたりは暗くなっていた。傍らに篤子が槍を持って立っている。
「タケ、発つぞ」
あいかわらず、篤子はそっけない。
俺は起き上がって遠くに見える山の位置を確認した。幸い、今夜は星も見えている。
斥候に出ていた三人が距離をとって先行し、俺たちは五人一組になって、少し離れて進みだした。
小一時間くらい進むと、篤子が俺に話しかけてきた。
「おい、タケ。お前、日本のどこから来たんだ?見たことがない食い物を持っていたが……」
「私が最後にいたのは長野県の松代ってところです」
「あれ?松代?俺もそのあたりにいたんだが……」
「あのー、磯さんが見たことがない食べ物を持っていたのは、来た時代が違うんです」
正直言うと、この話題は避けたかった。篤子にとっては未来の話だが、その未来は、きっと篤子の気に入るようなものではないからだ。
「んんっ?もしかして、タケ、お前、未来から来たのか?未来のいつだ?」
「……2025年からです」
「なんだと?!だから龍角散がのど飴になっていたのか」
篤子が黙ってしまった。あれこれ考えながら歩いているようだ。この後の展開が怖い。
「おい、タケ。日本で革命は成功したか?2025年の政権はどうなってる?」
いきなり、一番答えたくない質問が来た。しかし、上手い嘘をつき続けられるほど、俺は器用じゃない。
「……日本で革命は起きませんでした。2025年の政権与党は自由民主党です」
「えっ……そうか……。戦争は、第三次世界大戦、核戦争は起きたのか?ソ連とアメリカの?」
「起きていません。ソ連は崩壊しました。ロシアに戻りました」
「なんだと……じゃあ、中国、中華人民共和国と朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国はどうなった?」
「どちらも残ってます。ただ、磯さんが期待しているような国とはまったく違うと思います」
「どういう意味だ?」
「中国は、あいかわらず共産党の独裁国家ですが、国民の間でめちゃくちゃ貧富の差があります。金持ちは世界旅行を楽しんでますが、農村部は都会に出稼ぎしないと食べられない。磯さんの時代の日本の農村のようなものです」
「北朝鮮は?」
「金正日の孫が独裁しています。餓死者が出るのに核兵器を作ったり、世界中から一般人を攫ったりするとんでもない国になってます」
「ソ連はどうして崩壊したんだ?」
「私は政治のことはよくわかりませんが、ひとつには経済が行き詰ったようです。計画経済は上手くいかなかったんです。それと、人々が一党独裁で押し付けられる政治が嫌になったんだと思います。磯さんの時代に『プラハの春』ってありましたよね。あれが東ヨーロッパじゅうに広がって、最後はソ連の人たちも同調したんです」
篤子は黙り込んでしまった。目がすわって、ひどく不機嫌に見える。俺としては、当面、会話は避けたい感じだ。
なんどか休憩を取りながら進み、俺たちは雑木林に入った。視界はなくなったが、先行する者たちは迷わず進んでいる。どうやら、このあたりからが彼らのテリトリーなのだろう。
次第に山が険しくなってくる。やがて夜が明けてきた。登ったり下ったりを繰り返すうちに幅は狭いが深い渓谷に出た。盗賊の一人が指笛を鳴らした。音が渓谷にこだまする。少し時間をおいて、遠くから、別の指笛らしい音が聞こえた。ゲーンタが首に下げた犬笛を取り出し、ひとしきり鳴らした。しばらく耳を傾けて、再度鳴らした。
渓谷の対岸の森に動きがあった。木が何本か大きく揺れたかと思うと、大きな梯子が現れた。蔦や葉のついた木の枝で偽装されている。その梯子が倒されて橋になった。まずゲーンタが渡り、続いて二人ずつ渡る。俺は篤子に続いて渡った。森の中には四人の男が待っていた。篤子と俺を見て不審そうな顔をしている。
でかい槍持ちが一人で橋を渡ってきた。最後はチョーハである。あたりの様子を確かめた後、チョーハも橋を渡った。橋はすぐに起こされて森に隠された。
谷から尾根へと登っていく。足元が悪くてとてもきつい。尾根伝いに少し登ってから、再び谷へと下っていく。チョーハが言っていた通り「山を越えて向こう側」である。とうとう森の中に小屋のようなものが立ち並んでいるのが見えてきた。ここがチョーハたち盗賊の村なのであろう。
村に入ると村人が集まってきた。あまり若い者はいない。年寄りと中年の男女、それに子どもが多い。年配の者が帰って来たチョーハの配下を抱きしめたり、子どもが飛びついたりしている。俺と篤子はチョーハに導かれて、小屋の一つに入った。部屋の中央に大きなテーブルがある。部屋の壁際には武具や得体のしれないガラクタが並んでいる。
「約束だ。旨いものを食わせてやる!」
チョーハが得意そうに言った。安心すると空腹に気づいた。思い出してみると、昨日、ほんの一口の干し肉や干飯と、龍角散のど飴を一個食べただけなのである。
俺たちはテーブルについた。中年の女性と小学生くらいの少女がパンのようなものと油のようなものを持ってきた。チョーハは皿に油をたらし、パンのそれにちょいちょいと浸けて食べ始めた。俺と篤子も真似て食べ始めた。絶品とは言えないが、そこそこに旨い。やがて肉や野菜も運ばれてきた。
食べながらチョーハが言った。
「この後、夕暮れになってから皆を集めて、お前たちを紹介する。なんせ、お前らのおかげで、エルフが指揮するオーク兵の囲みを破って、無事に逃げられたんだ」
確かに、そういわれればそうかもしれない。
「そこでだ、お前らの名前は、アコとタケでいいか?」
まあ、ここでフルネームできっかり呼ばれても何もいいことはない。
「私は、タケでいいです」
「……俺もアコでいい」
篤子はちょっと元気がない。心なしか投げやりだ。
「それと、どんな者かも説明せんとならんのだが、ダイガクとかカクガクドーとか言っても皆わからんから、アコは“将軍”、タケは“参謀”と紹介する。いいな」
なんだかヘンな肩書をつけられた。しかし、他の肩書は思いつかない。俺はうなずいた。篤子はどうでもいいという感じである。
「……それから、お前らの寝泊まりするところだが、タケはインシュンと一緒の小屋だ」
「インシュン?」
「さっきまで一緒だったデカいやつだよ」
俺はでかい槍持ちと同部屋になってしまった。願わくは部屋がそれなりに広いことである。
「アコは、ゲーンタとスーゲ婆のところを使ってくれ」
篤子が尋ねた。
「スーゲ婆って誰だ?」
「ああ、ゲーンタの祖母だ。ゲーンタの両親は亡くなって、祖母と二人暮らしなんだ」
「そうか、いいだろ」
夕方になった。チョーハは村の真ん中にある大きな樹の下に村人たちを集めた。そして、ツィックマの街での今回の活動が不首尾に終わったこと、捕まったが篤子と俺と一緒に脱獄したこと、さらにオーク兵に囲まれたがなんとか振り切って戻ってこれたことなどを説明した。そのうえで、オーク兵との戦いでは篤子の戦術指導がすごかったこと、俺の作戦提供がすぐれていたことを説明し、篤子はアコ将軍、俺はタケ参謀ということになった。
チョーハは村の者からはしっかり信用されているようで、俺と篤子についての説明も、村の連中に素直に受け入れられているようだった。
盗賊村で俺は参謀、篤子は将軍になった
その将軍がチョーハに話があるという……




