ACT.23 ルーサー
革命軍は山に逃げ込んだ
楠木正成に倣って要塞を作り始めた
俺たちは北側の山が連なる地域に入った。
移動の途中から、荷車は使えなくなった。荷物は、馬と人の背に乗せて運ぶ。
俺はときどき立ち止まっては、方向を確かめながら周囲の風景を動画撮影する。カネはこれをもとに、詳細な地形図を作成し、進むべき方向を示してくれる。
俺が地形図を確認していると、アコとカネが勝手に打ち合わせをはじめた。
「千早城みたいなのがいいなあ。崖の上に立つ城ってのが憧れだったんだ」
アコが言いたい放題言っている。
「いいんですか?革学同が楠木正成にあこがれても?」
カネがにやにやしながら答える。今日のカネは、でかい図面台を前に作業服で座る設計者風だ。
「お前は歴史を安直な右翼左翼思想で、二分化してるんじゃないのか?正成は、あの時点では圧政者だった鎌倉幕府に対するレジスタンスだぞ。まさしく俺じゃないか」
「なるほど、反権力という観点では一貫性が維持されてますね」
最終的に拠点を置くことにしたのは樹木に覆われた頂だった。この頂は、三方が崖になっていて、残る一方向は東の方の山に連なる尾根筋になる。俺たちが渡ってきた川の方から、この尾根に出るには大きく回り込まなくてはならない。苦労して拠点へと続く尾根に出ると、尾根幅が狭く、縦一列にならなくては通れない。しかも、この痩せ尾根は拠点側からは丸見えになっている。
カネによれば、これがアコの千早城だそうだ。
まず初めに食料と水である。食料は、少なくとも、三十日以上は供給がなくても耐えられることを確認した。カネとアコが注意していたのが「水の手」、つまり水の供給源だった。崖の下には川があるが、尾根から南側に少し下った所と、崖の一か所から水が湧いていた。
カネが計画を出して、要塞化がはじまった。
これと並行して進めるのが石を集めることだ。この要塞の最大の武器は高さだ。攻撃側は低いところから見上げることになる。ビルの六階の高さは二十メートルくらいだが、この高さから落とされた石は時速七十キロくらいに達する。少し大きめな石であれば直撃すれば大怪我になる。
さらに積み上げているのは焚き付けになる乾いた草木や落ち葉だ。これらに火をつけて落とせば焼夷弾になる。大なべも用意した。これで熱湯を作り浴びせることもできる。
カネはチョーハに次の段階の作業指示を出した。
「チョーハは皆を率いて道を作ってください」
「えっ?!道を作ったら、奴らが助かるだけじゃないか」
「いえいえ、彼らを混乱させる道を作るんです」
カネが指示したのは、攻め手をミスリードする道である。突っ込んでいくと崖に出たり、どんどん山頂からは離れて行ったり、狭くなって行き止まったりする。
カネは俺には特別の任務を用意していた。
「タケはちょっと工学っぽい仕事をお願いします。三十キロぐらいの石を百メートルくらい飛ばせる投石器の製作をお願いしましょう」
「投石器?」
「まあ、タケは、軍事技術は分かってませんから、図面を出しますよ」
カネは模式図を示した。乱暴に言えば、投石器は大きなシーソーのようなものだ。発射するものを板の片側に乗せ、反対側を、強い力で素早く押し下げる。物理的原理はてこの原理で中学生でもわかる。支点部分の摩擦抵抗さえ実験的に確認できれば、かなり正確に弾道計算ができて狙いが付けられるだろう。
「カネ、ちょっと聞きたいんだが、これは塊って攻めて来る相手には役に立ちそうだけど、山の中のようなところでばらばらの相手に役立つのか?」
「もちろん、役に立ちます。まあ、説明は、アコも交えておいおいしますから」
知識量ではAIには敵わない。ただ、こういう言われ方をすると腹が立つ。
要塞化を進めながらも、俺たちは、エルフ・オーク軍の襲来には備えなくてはならない。基本は斥候と見張りだ。
アコ千早城の高い位置に見張り台を設け、交替で四方を監視する。これは、いわば鳥の目である。その一方で、斥候部隊が哨戒活動を続ける。こちらは虫の目である。
数日が過ぎた。
雲が低くなり、少し寒く、霧雨が降る午後に、哨戒に出ていた者が吹く呼子の音が響いた。革命軍は工事を止め、武装して走り出した。
そして、オーク兵を一名捕まえて戻って来た。しかし、そのオーク兵は我々を追って来たものではなかった。さらに、そのオーク兵は、オークの子ども二名を連れていた。ずっとこの世界の住民である革命軍兵士もチョーハも、オークの子どもを見るのは初めてだった。
革命軍兵士が、尋問するために、子どもを引き離そうとしたが、子どもはオーク兵に固くしがみついて離れない。引き離すのは後にして、とりあえず尋問をするために、要塞に設けた一室に彼らを連れて行った。
尋問にはアコがあたる。
「おまえ、どこから来た? ツィックマからではないようだが」
「ここの南東にあるオークのキャンプからだ」
「名前は?」
「LU4596212。仲間はルーサーと呼んでる」
ルーサーは二人の子供を抱えるようにして座り、アコの目をしっかり見ている。
「その二人の子どもはおまえの子か?」
「わからない」
「……どういう意味だ?」
「オークは生まれて三歳になった日に親元から集団キャンプに移される」
「子を親から引き離すのか?!」
「そうだ。俺の子も五年前に集団キャンプに移された。ちょうどこの子らと同じくらいの年齢のはずだ」
「お前の妻はどうしているんだ?」
「妻?俺の子を産んだ女なら子どもが集団キャンプに移る日に分かれた。オークは三年間子育てをすると分かれる」
「つまりオークには、親も子も妻も夫もいないのか?」
「そうだ。戦士のオークが命を惜しまぬように、そう決まっている」
思いもよらない話である。さすがのアコも絶句してしまった。
「……では、なぜ、お前は、この二人の子どもを連れて、キャンプから遠い山の中をうろついていた?」
「この二人の子どもは、集団キャンプから逃げ出したんだ。集団キャンプは、食べることも寝ることも訓練することも、すべて決まっている。決まっている通りにできないものは、できるまでやらされる。できなければ殴られるし、食べ物を減らされる。たまに耐えられなくなって逃げ出す子どもが出てくる。俺は捜索隊の一員として、こいつらを探していた。そして崖の下の藪で縮こまっているのを見つけた」
「それで、連れて帰るところだったのか?」
「見つけるまでは、そのつもりだった。しかし、見つけた瞬間にワケが分からない気持ちになった。こいつらの怯えた目とちっちゃく震えている体を見ているうちに、三歳で別れた息子が出てきた。気がついたら抱きしめて泣いていた。そんな場所などないと分かってるのに、何とか安全で生き延びることができる場所まで連れて行こうと、心に決めてしまった」
「つまり、お前も脱走兵になったのか?」
「いや……まだ脱走したことにはなっていないと思う。捜索に六日間かけて良いと言われた。今日は四日目だ」
「お前らはブルーピルがないと三日間で死ぬんじゃないのか?」
「そうだ。捜索に出るときに一粒呑んだ。それと一粒を支給された」
とんでもない奴を捕まえたというか、飛び込まれたというか……俺もチョーハも声が出ない。
ルーサーが言った。
「俺からも訊いていいか?」
アコが答える。
「答えられる質問なら答える」
「お前たち、この二人の子を助けてくれないか?」
二人の子どもが、必死にルーサーに縋っている……。
子どもを連れたオーク兵
とんでもない奴が来てしまった




