ACT.22 それ、誰?
俺たちは、橋を落としてエルフ・オーク軍を振り切った
奴らはすぐに追ってくるのか……
橋を焼き落としてから八時間、俺たちは飲まず食わずで行軍して、夜になって、チョーハ率いる移送隊に追いついた。
ようやく一息つけると言いたいところだが、ツィックマの町を再占領したエルフ指揮官が優秀であることも踏まえて、今後の動きを再検討しなくてはならない。
とりあえず、飲み物と食い物を腹に押し込んだ後、俺はアコとカネと話し合いに臨んだ。
「やあ、お二人さん。晩飯は食ったかな?」
今回のカネは、山小屋の暖炉の前の椅子に座っている。ノルディック柄のセーターを着ているが似合っていない。
「ああ、食べたさ。人間は食わないわけにはいかない」
アコがつまらなそうに言う。
「早く、話を始めましょう。バッテリーが心配なんだから」
俺は、いつもこの役割だ。
カネがにやにやしながらうなずく。どうして、ここで笑顔になるのかAIのロジックが謎だ。
「そうですね。まず、追撃される可能性から話しましょうか?」
アコが応じた。
「すぐに追いかけて来るんじゃないのか?俺が奴の立場ならそうするが」
俺はアコの意見に完全に同意だ。
「タケ、町を出る前に、あちこちにブルーピルをばらまいてきましたか?」
「ああ、言われたとおりにやったよ。目立つところ、思いがけないところ、危ないところなど、だいたい十数か所にはばらまいてきたよ」
「いいですねえ。そこができているようなら、即時の追撃は避けられるでしょう」
「えっ?どうして」
「町に入り込んだオークたちは眼の色を変えて、まだどこかに隠してるんじゃないかと探し回るからです。橋まで追撃してきたオークたちも、まだ落ちているんじゃないかと思っているでしょうし、たくさん拾えた者とほとんど拾えなかった者の間で確執が起きるでしょう」
「そうかなあ……?だって、三日ごとにエルフから貰えればいいんだろ」
「いえいえ、あれはオークにとっては命そのものですよ。一粒あれば三日間はエルフの恐怖から抜けられる。これは切実です」
「うーん」
「エルフ側から考えると分かりやすいです。ブルーピルは手綱です。これまで、きっちり引くことでオークをどんな辛い状況にも駆り立てることができた。しかし、今、手綱は緩んで絡んでいる。命令は実行されるかもしれないが、躊躇する者や、小さく背く者が出てくる恐れが高い。最悪、反乱が起こって、自分が管理しているブルーピルが奪われるかもしれない」
「でも、手元のストックがなくなれば、オークたちはやはりエルフに頼るしかないんだろう?だとしたら、やはりエルフの命令にはおとなしく従うんじゃないの?」
「タケ、思い出してください。今日、橋のあたりでブルーピルをぶちまけたときのことを。エルフの指揮官の言うことを、オークたちはおとなしく聞いていましたか?」
俺はあの時の光景を思いだした。
「人間は目の前にいきなり差し出される快楽とか安心とか、しばらく辛さや恐怖を忘れることができるものには弱いんです。たとえそれが、根本的解決にならないと分かっていてもね」
カネの人間分析は正確で嫌らしい。
アコが尋ねた。
「オークたちをブルーピル支配から解き放つ手は何かないのか?」
「同じものを我々が供給してやることができればいいのでしょうが、それは、今のところ無理ですね」
「そうだよな」
「もうひとつ手があるとすれば……」
「何かあるのか?」
「エルフのブルーピルの供給力を破壊することです。オークたちはエルフに従う理由がなくなる。ただ、皆、死んじゃいますけど」
もう、こいつは、平気でひどいことを言いだすんだから……。
「というわけで、ちょっと時間が稼げそうなので、次の行動は山岳地帯に逃げ込むのが妥当でしょうね。人数が減って動ける者の割合が増えているので、少しばかり辛いコースでも行けるでしょう」
アコが尋ねる。
「たしかに山は部隊を動かしにくいから、エルフ軍を牽制するにはいいんだが、最終的には前回と同じく、逃げ出すことになるんだろうな。今度は、焦土作戦には引っかからないだろうから、どうしたものかな?」
「たしかに最後には逃げ出すことになるかもしれませんが、今回は時間があるので要塞化戦術がとれます。これは相当に効きますよ」
俺はどうも、この辺が分からない。
「具体的に言ってくれないかな?」
「楠木正成に真田昌幸です」
「それ、誰?」
「日本史、勉強しましたか?」
「いや、取ってない」
「二十一世紀の初頭で、この名がもう忘れられたというのは寂しいです」
「もったいぶるなよ」
アコが口を挟んできた。
「楠木正成に真田昌幸か。それ、いいな。ちょっと楽しくなってきた」
なんで最新AIと昭和革命戦士が話が通じて、俺には分からないんだ……。
楠木正成に真田昌幸……誰、それ?




