ACT.20 亀裂
ツィックマからの離脱作戦が進められる
計算できないのは人の心だ
チョーハの指揮で移送隊の準備が進められた。予想していたことも、意外だったことも、いくつか同時に起きていた。
山の隠れ里からツィックマの町まで一緒に行動したワンダラは百人ほどだったが、このうちの半数は町にとどまりたいと言い出した。エルフの支配が戻り、ワンダラであった過去が知れると不利な処遇を受けることを覚悟している。老人の中には、自分らが一緒だと迷惑をかけるからという者もいた。
他方、町の住民の中から十数名が革命軍に加わりたいと言って来た。俺たちがオークやエルフを町から追い払ったと聞いた時に「なんてことを、してくれたんだ!」と叫んだ男もその一人だった。これはこれで、厳しい逃避行に耐える覚悟が本当にあるのか不安である。
アコとチョーハが話し合い、離脱第一陣は、女、子ども、老人と荷運びに徹する壮年の男たちで構成し、すぐに町を離れることにした。
第二陣は、革命軍の本隊だ。やることが多い。町に偽装を施し、残留する町民に食料を配り、エルフ・オーク隊が町に入って来ても、食料や水の調達に支障をきたすように工作する。
俺はアコとともにカネを呼び出して作戦を具体的に詰めていた。今日のカネのいでたちは、技術者がオフィスで羽織っているようなベージュの作業服である。
現状の人数について俺がまとめを述べると早速にカネが言い出した。
「いやー、第一陣が五十名ほどになったのは助かりますね。人間は太陽光じゃあ活動できない、必ず食べ物、飲み物が必要ですから。年寄りが減って、人数が半減すれば、機動力は三倍くらいになるでしょう」
俺はどうもカネの目的第一主義が気に入らない。
「あのさ、一緒に行くのが嫌だった人ばかりじゃないんだ。足手まといになるからって言って、あきらめた人もいるんだ」
「合理的判断ですよ。一緒に行って辛い目に遭うか、残って辛い目に遭うか。体がもたないなら、後者が最適解です」
「……もうこの話はやめよう」
「はい、それがいいですね。じゃあ、遠足のコースについて話し合いましょう」
AIにジョークのTPOはどうプログラミングされているんだろう……
ツィックマの北西には比較的大きな川があり、木の橋が架かっている。この橋を渡り、北西の山中に進むことにする。この隊は、チョーハが率いる。
アコが率いる革命軍本隊は町でオーク軍の足止め工作した後で第一陣を追う。橋を渡ったら、橋に火をかけて焼き落とす。
いきなり、階下で騒ぎがはじまった。大声が聞こえ、物が倒れたり、壊れる音がした。アコは傍らの槍を取って、俺はパソコンを抱えて、階段を駆け下りた。
以前、オーク兵たちが使っていた一階は、離脱計画の準備をする場所になっていた。俺たちが駆け付けたときには、すでに立ち廻りは終わっていて、インシュンが一人の男を羽交い絞めにしていた。インシュンの左目のあたりは紫色になりつつある。椅子にチョーハが座っていて、口元から血が滲んで、手も怪我をしているようだ。インシュンが捕まえている男は、以前に「なんてことを、してくれたんだ!」と叫んだうえで、革命軍に加わると言った男だった。
アコがチョーハに尋ねた。
「なんでもめてるんだ?」
チョーハが男をうんざりしたように見ながら答える。
「こいつがね、自分は何故、第一陣ではないんだって怒鳴り込んできたんだ。革命軍は年齢、体力を考えて役割を与えていると説明しても、嫌だって言うんで、じゃあ町に残れと言ったら、この暴れようでね」
アコは男に向き直った。
「俺たちには規律が必要だ。従えないなら来るな」
男は羽交い絞めを振りほどこうとしながら言った。
「じゃあ、エルフやオークども何が違うんだ!」
アコはしばらく男を見て、インシュンに言った。
「しばらく、地下牢に放り込んでおけ」
アコと俺は部屋に戻った。
パソコンを開くとカネがにやにやしている。
「やっぱり、出てきましたか、困ったちゃんが」
「ああ、出て来たよ。『小人は養い難し』だ」
「おや、アコが論語を引くとは意外な」
「俺は儒学者、磯淳の家系だぞ」
「そうでしたね。おみそれしました」
四日目の夜中、第一陣が町を出発した。馬と荷車があったので、荷物はできるだけそちらに積んで、北西の橋を目指す。
本隊は二班に分かれて活動する。
第一班は、食料の配給である。町の食料庫にあったありったけの食料を、町に残るパンピとワンダラに分配する。皆よろこんで受け取っているわけではない。エルフたちが戻ってきたら、取り上げられるかもしれないと、薄々は感じている。配る方も、心苦しい。
第二班は、町の偽装と妨害、離脱工作である。旗を立てたり、遠目に、見張りや弓手がいるように見えるようなものを配置する。町のあちこちにバリケードを積み上げて市街戦をやる気のように見せかける。そのうえで、武器の類は、町を離脱するコースにあらかじめ持ち出しておく。さらに、斥候を町の周囲に送り出して、襲来に備える。
なんとか準備が整い、エルフ・オーク軍の補給路を叩くための別動隊を編成する用意を始めたのが六日目の朝だった。
出していた斥候の一組が、息せき切って戻ってきた。
「奴らが迫って来てます!」
おい、カネ!一日早いよ。
奴らがやってくる! まだ準備は整っていない




