ACT.18 魔法か?
金庫破りがはじまった
巨大な迷路に入り込んだように俺はダイヤルを回す
金庫破り作業を始めてすぐに、カネは画面を暗くした。モノトーンのテキスト画面で、俺への指示はアルファベットで「CW12(時計回りに12),CCW15(反時計回りに15),CW13(時計回りに13)……」といったそっけないものになった。声も出さない。おそらくはバッテリーを持たせる工夫だ。
作業が進展しているのか停滞しているのか分からない。言われるがまま、右に左に前に後ろに進んでいる。巨大な迷路に入り込み、自分がどこにいるかわからない感覚だ、時間が過ぎていく。途中で二回用足しに立ち、一度、少し食べた。
時間の感覚が溶けてしまったころ、カネが言った。
「開いたよ。十三時間九分五十三秒。バッテリーがもってよかったね」
カネが沈黙した。バッテリーは数パーセントほどしか残っていないようだった。
金庫を開くと、二リッターほど入りそうな濃い茶褐色の瓶が数十本ほど整然と詰め込まれていた。蓋は蝋で封じられている。一瓶だけ、封が開いていた。開けてみると、直径が四ミリほどの濃いパステルブルーの粒が六分目ほど入っていた。
俺はその瓶を抱えて、二階のアコたちがいる部屋に行った。
入口に革命軍兵士が一人立っていた。
部屋に入ると、チョーハは部屋の隅で転がって寝ている。アコは椅子に座ったまま、腕組みをして目を閉じていた。こちらも寝ているようである。
俺は二人に声をかけた。
「金庫が開きました。たぶんこれがブルーピルです」
アコが薄く目を開けた。俺はもう一度言った。
「たぶん、これがブルーピルです」
アコは一瞬こちらを見てから、ガタンと音を立てて立ち上がった。チョーハが目を擦りながら起き上がる。
「よし、持って行こう」
アコが先頭に立って、二階のオーク兵の部屋に向かう。入口立っていた革命軍兵士がドアを開ける。
オーク兵は苦しそうに喘いでいた。顔には赤黒い発疹が出ている。熱もあるようだ。
「おい、持ってきたぞ。これか?」
オーク兵が小さくうなずく。アコがブルーピルを一錠、兵士の口に入れてやる。それから、コップで水を飲ませる。兵士は少しせき込みながら、呑み込んだ。
俺たちは地下牢のオーク兵のところに行った。二人とも、へたり込んでいる。二階のオーク兵と同じように発疹が出ているようだった。トレイに水とブルーピルを一錠載せて、房に入れてやる。一人は這ってやって来て、ピルを水で呑み込んだ。もう一人は、物憂げにトレイを見るだけで、動こうともしない。目は、こちらを見ていなかった。
俺たちは二階の部屋に戻った。簡単な食事の用意がしてあった。俺たちは黙って食べた。
食事が終わった。しばらく、沈黙が続いたあと、アコが、両肘をテーブルに乗せ。頭を抱えるようにしたまま、低い声で言った。
「タケが金庫を開けてる間に、二階のオーク兵に話を聞いた。彼は素直に話したよ」
両腕で顔が隠れているのでアコの表情はうかがえない。
「オークたちは十二歳の誕生日を迎えて次の四月七日に集められて大人になる儀式に臨むそうだ。エルフの高位者に兵士として忠誠を誓わされて、エルフがそれを望むのかと問う。望まないという選択肢は事実上ない」
アコの声が次第に大きく強くなってきた。
「『望む』と答えると、ひとりずつ暗い小部屋に通されて、両腕に誓いの針が打たれる。儀式はそれで終わるが、それから七日間は試される時間だそうだ。本気で忠誠を誓わなかったものは、熱を出して、発疹が全身に出て死ぬ。……そして、生き残った者にだけ、ブルーピルが与えられる。ブルーピルは三日に一度、与えられる。ブルーピルをのまなければ、熱を出して、発疹が全身に出て死ぬ」
アコが両腕をテーブルの上に降ろし、顔を上げた。目には涙がたまっていた。
「おい、タケ。これは魔法か?」
俺は違うと思った。理系ではあるが、生体反応は専門外だ。ただ、何かを注射し、依存させている――そう考えるのが一番自然だった。
「違うだろ……。二十世紀に、核兵器という無差別兵器を作り出した科学は、今度は、人の命を直接支配する手法を作り出したんじゃないのか?……お前なら、何か知ってるんじゃないのか?」
俺はアコを見返した。はじめてアコの目をじっと見た。アコがこんなに悲しそうな無力な表情を見せるとは思ってもなかった。
「アコ、すみません。私の詳しい学問の分野とは違うので、正直言うと分かりません。でも、二十一世紀の初め頃に、ある種のウィルスに感染しても、発病を抑制して、生きていける薬はできていました。それに近いように思います」
アコは涙をぬぐい、天井を見ながら言った。
「なんてこった。二十世紀の夢と希望だった思想と科学は、支配の道具に堕ちてしまったんだな」
アコは言った
「二十世紀の夢と希望だった思想と科学は、支配の道具に堕ちてしまったんだな」




