ACT.16 革命宣言
チョーハが町の人々を前に、事態の説明をはじめる
エルフ、オークを倒したが誰も喜ぼうとはしない、怒りだした
チョーハが軍の施設の入口の少し高くなっている段に上がり、両手を高く掲げた。群衆のどよめきが小さくなった。
「みなさん、わしをご存じの方もおられようと思うが、クーマサック・チョーハです。七年前まで、この町で配給や世話係をしていましたが、その後、盗賊になりました。オークどもが守っている倉庫や、搬送隊から食料や物資を奪って、このワンダラたちと生きていました」
町の連中はチョーハの言葉に耳を傾けている。
「わしらは、昨晩、この町の駐留軍施設を襲撃して、町を支配していたエルフもオークもやっつけました」
町の連中が落ち着きをなくし、どよめき出した。
「わしらは、憎くてエルフやオークを襲ったわけではありません。わしらは、近頃まで、こそこそ盗みを働いていましたが、とうとう見つかって追いかけられて山に逃げ込みました。オークたちは山までわしらを追ってきました。そこでやむなく、彼らを倒し、町に戻りました。食べていけないからです。それだけの理由です。ただ、エルフやオークがわしらを許すはずもなく、やむを得ず、彼らを倒したのです」
町の連中が声をなくした。起こったことを、受け入れられないでいるのだ。一人が質問した。
「お前たち、盗賊団が、あの五十名ものオーク兵の軍隊を全滅させたのか?」
「そうだ、全滅させた」
「町に残っていた衛兵も、殿下と呼ばれていたエルフもやっつけたのか?」
「そうだ、やっつけた。だから、こうして、この駐留軍施設の前で話している」
再び、町の連中がどよめき出した。
「なんてことを、してくれたんだ!俺たちは……生きていけないぞ!」
先ほど、質問した男が叫んだ。
どよめきが、叫び声の嵐になった。叫び声は次第に広がり、怒号と泣き声が入り混じった。
町の人々は、恐怖と混乱と絶望の入り交じった顔をしている。
チョーハは両手を広げ、必死に声を張り上げた。
「落ち着け!落ち着いてくれ!わしらは、みなを苦しめるつもりはない!」
しかし、群衆の動揺は収まらない。
「どうやって生きていくんだ!」
「オークの軍が来たら、俺たちは皆殺しだ!」
「お前ら盗賊が勝手にやったことに、なんで俺たちが巻き込まれなきゃならん!」
怒りと恐怖が渦巻き、群衆は一歩、また一歩と前へ押し寄せてくる。チョーハの声はかき消されそうだった。
そのとき、アコが前に出た。いつのまにか赤い鉢巻をしている。軍施設の段の上に立ち、群衆を見下ろすようにして、静かに手を上げた。その動きだけで、ざわめきが少し弱まった。
アコの目は、怒りでも恐怖でもなく、ただ真っ直ぐに町の人々を見据えていた。
「俺は作戦の指揮を執ったアコだ。迷惑をかけることになってほんとうにすまない……お前たちの気持ちは分かる」
アコの声は大きくない。だが、不思議とよく通った。
「約束する。俺たちは七日間以内に、この町を出る。ただ、心苦しいが、俺たちワンダラに食料と物資を分けてほしい。見ての通り、我々は武器を手にしている者だけでなく、老人、女性、子どもがいる。飢え死にはさせたくないんだ」
アコが町を出ることを最初に約束したためか、町の人たちの興奮は収まってきた。
「お前たちは懸命に働いて、働いて、食べ物を手に入れている。大変なことだ。ワンダラを見て思っているだろう。『働かざる者は食うべからず』と。皆、働いて、食べ物を手にしているのに、働かずに食べ物をくれとか、足らないと言っている奴には腹が立つ。それはわかる。ただ少しだけ、想像してほしい、思い出してほしい。病んだり年を取ったりした自分を。小さかったときの自分を」
町の人々はかなり鎮まってきた。アコは、群衆の顔を一人ひとり確かめるように見回した。
「俺たちはエルフ、オークと戦い倒した。しかし、俺は、お前たちを戦おうとしない臆病者だとは思わない。ここで生きるしかないと腹をくくって、生き続けてきた。毎日をやり過ごしてきた」
誰かが、つばを呑み込み、唇を噛みしめた。
「ただな……一つだけ、はっきり言う」
アコは、声を少し低くした。
「お前たちは、守られていたんじゃない。飼われていただけだ」
ざわ、と空気が揺れる。
「働け。従え。黙っていろ。そうすれば、生かしてやる。それが、この町にあった“秩序”だ」
否定の声は、まだ出ない。
「それに慣れすぎたんだ。 殴られないことを『優しさ』だと思わされ、殺されないことを『恩』だと思わされ、怒らないことを『美徳』だと思わされてきた。そして、考えることをやめていた」
静寂が落ちた。
「安心しろ。俺は、お前たちに戦えとは言わない。繰り返す。俺たちは七日で出ていく。この町を俺たちの拠点にすることはない」
アコは少し沈黙した。そしてゆっくりと言った。
「ただ、これだけは覚えておけ」
アコは、低く、しかし明瞭だった。
「エルフは神じゃない」
どよめきが起きかけた、その瞬間――
「連れてこい!」
アコの前に、エルフが引きずり出され、座らされた。下着姿の半裸体で縛られている。アコがエルフと引っ立ててきた男の腰から大きなナイフを抜き、エルフの長髪を左手でまとめて掴み、顔を起こさせた。
「お前たちは、この町の支配者の顔を、明るいところでしっかり見たことがあるか?」
群衆の目がエルフの顔に集中する。エルフの顔には恐怖の色が浮かんでいる。
「こいつが、神なら、魔法が使えるなら、こんなざまを晒すことはない。いいか、よく見ておけ」
アコは、右手のナイフをエルフの頸もとに当てた。エルフが目を固くつぶり、歯を食いしばる。次の瞬間、アコはエルフの長髪を根元近くからナイフで切った。髪を掴んでいた左手を放すと、茶色っぽい髪の毛が、足元に散乱した。
群衆は静まりかえった。エルフはわなわなと唇を震わせている。
アコは辺りを見渡し、転がっていた百五十センチほどの長さの棒きれを拾った。エルフを引っ立てている男たちに言う。
「縄を解いてやれ」
縄が解かれた。エルフは座ったままだ。アコは棒切れをエルフに差し出した。
「杖だ。これがあれば歩けるだろう。立て。歩いてこの町を出ろ」
エルフは杖を突いてよろよろと立ち上がった。群衆が、黙って道を空ける。エルフは、下着姿で、裸足で、ザンバラ髪で、足を引き摺りながら、検問所の前を通り、町を出て行った。
群衆は黙って見ていた。
エルフが町の外に出るのを待って、アコが続けた。
「いいか、支配は相手が強いから生まれるんじゃない。正しい、神聖だ、強いと思い込まされて、相手に膝をつくときから始まる。そして日々、慣らされていくんだ」
町の人々は声もなくアコを見ている。
「今日、お前たちは何かを変えなくてもいい。戦わなくてもいい。俺たちについてくる必要もない」
アコは、赤い鉢巻に手をかけた。
「ただ一つだけ、覚えておけ。考えようとしなかったことも、選ばなかったことも、選択だ。そして、次に何かを奪われそうになったとき、今日のことを思い出せ。『奪う側も、逃げる側も、同じ人間だ』ってな」
一息ついて、アコは横で口を半ば開いて見ていたチョーハに言った。
「おい、チョーハ。お前やその仲間は盗賊なんかではない。皆が生きるために正しいことをしていただけだ。そして、俺、アコと、タケと、カネが加わった」
アコは正面を向き直った。
「俺たちは革命軍だ」
アコはゆっくり頭を巡らせ、パンピの群衆を、チョーハが率いてきたワンダラたち全員を眺めた。群衆たちの視線が集まる。アコが右手を掲げた。
「ここに、革命の開始を宣言する。革命軍は七日後、町を出て進軍を始める。きっと危なく辛い旅になる。しかし、もはや俺たちはエルフやオークの言うがままにはならない。ついてきたい奴だけついてこい」
アコは言った
「支配は相手が強いから生まれるんじゃない。正しい、神聖だ、強いと思い込まされて、相手に膝をつくときから始まる。そして日々、慣らされていくんだ」
革命の開始が宣言された




