ACT.13 前夜
俺たちはオーク兵の一団を壊滅させた
その夜、篤子が俺に話しかけてきた
オーク兵の襲撃部隊を壊滅させたあと、俺たちは移送隊に再度合流した。
その日の夜、俺たちは北西の尾根を少し下った山裾で野営することにした。移送隊の年寄りや女性、それに子どもたちは俺たちがどんな戦いをしたのか知らない。追撃隊に加わった者たちもも、合流した後も、戦いについて話そうとはしなかった。
乏しい食料で貧相な食事を摂った後、俺は、焚火を棒きれで所在なくつついていた。
篤子がやって来て、俺の右前に座った。
「おい、タケ、いろいろ訊きたいことがある」
先日の2025年の日本と世界の情勢についての話ならできるだけ避けたいんだが……。
「はい、何でしょうか、磯さん?」
「お前はなんで俺と話すとき、目を逸らすんだ?なんか、やましそうに見えて仕方ないんだが?」
もっと、話したくない話題が出てきた。
「あのですねえ……私は子どもの時に『外で女性と話してはいけない』と厳しく教えられていて……」
「なんだそれ?イスラム教徒か?」
「いいえ、違います。会津の子どもだったからです。会津の男の子たちは、『什の掟』というのを叩きこまれます。『什』というのは仲間という意味で、数の十じゃないです」
「それで?」
「その掟というのが、
『一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
そのうえで、ならぬものはなりませぬ』
となっているんです。だから、私は磯さんと話をするときとか、外で食べるときは、なんか後ろめたいんです」
篤子は一瞬言葉に詰まった。そして急にケタケタ笑い出した。
「そうだったのか、うん。うん、その教えいいじゃないか!六番目と七番目はちょっと難ありだけど、最後の『ならぬものはなりませぬ』は最高にいい!」
俺は、小さく頭を下げた。自分のキャラを説明するのは、なんだか裸を晒すような気分になる。
篤子はちょっと、腕組みをして考えた。そして言い出した。
「これから、俺のことは、お前も『アコ』と呼べ。婦人だと思うからやましいんだろう。同志と思え」
「そんな、急に……」
「『什の掟』の第一番はなんだ?」
「年長者の言うことに背いてはなりませぬ」
「いい教えだ」
やはりこうなった。だから、この話題は嫌だったんだ。
「あのー……アコさん」
「アコと呼べ」
「では……アコ」
「なんだ?」
「私は自分のことは話しました。アコはどんな人なんですか?革学同とか書記とかじゃないアコは?」
「そうだな、話さないと公平じゃないな」
「ええ」
「俺はな、九州の筑豊の出身だ。親父は炭鉱の鉱夫で組合の委員長だ」
高校の近代史で習った。1960年代から1970年代の炭鉱……エネルギー源が石炭から石油に急速に変わっていた時期で、炭鉱は斜陽産業になり、事故が増え、労働争議が多発していた。
「すごいじゃないですか、そんな厳しい家庭から東大なんて」
「俺の家はな、もともとは学者の家系なんだ。反骨の」
「……どういうことか、教えてもらえますか?」
「お前、秋月の乱って知ってるか?」
たしか、明治の初めに福岡県で起きた不平士族の反乱の一つだったかな……。
「その乱の指導者の一人が儒学者で俺の祖父の叔父、磯淳だ。彼は自決したが、一族は筑豊に逃げた。俺はその血を継いでいる。良くも悪くもな」
すごい家系である。五世代にわたり、反権力の指導者だ。
「今夜はいい話ができた。早く寝ろ。休めるときは全力で休め」
篤子、いやアコはさっと立ち上がって、行ってしまった。確かにそうだ。俺も寝ることにした。
明日はツィックマか……全力で寝よう




