ACT.11 迎撃戦
カネの警告と作戦に従って俺たちは動き出した
夜の谷底でオーク兵がやってくるのを、ひたすら待つ……
チョーハは、戦闘能力がない女性、子ども、老人に、すぐに荷物をまとめさせた。
オークが攻めてくるという話をすると、里の人たちは悲しそうな顔をしたが、静かに荷物をまとめた。重たい荷物はすべて捨てさせた。
隊列の先頭には道を熟知したチョーハが立ち、彼らを率いて尾根伝いに北へ向かった。最後尾には落伍しそうな者を助けるためインシュンが付いた。彼らは隊列を組んで出発した。
戦闘能力がある連中は迎撃隊として、谷に向かった。俺もその中に編入された。隊長はもちろんアコ将軍である。
迎撃隊は、火矢を準備し、焚き付け材を持った。
俺たちは、日が傾きかけた中を、谷へと下っていく。もし、オークたちの動きが、予想よりも早い時には、俺たちはオークたちと遭遇戦をすることになる。敵の気配にびくびくしながら、斜面を降りていったが、幸い出くわすことはなかった。
谷の渡渉場所に着いた。隠していた橋を渡して数人がすばやくわたり、対岸の、見つかりにくいが、燃え上がりやすい場所に焚き付けを配置した。焚き付けは、こちら側にも配置する。
大急ぎで配置を終えて全員が対岸から戻り、橋を再び隠し終えたのは日が暮れだした時間になった。オークが来る前に準備を整えることができたのは幸いだった。
奴らは、ほんとうに来るのか?来てほしいような、ほしくないような、意気込みや、恐れがないまぜになった奇妙な感覚のまま時間が流れていく。こんな事態に巻き込まれて、泣きたい気分だったが、喉が詰まるだけで涙は出なかった。
次第に暗くなり始めた。身振りでは指示が出せない状況になってきた。
篤子は槍を持って谷の渡渉場所のすぐ近くの対岸からは見えない場所に隠れた。俺は篤子にはスマホを持たせ、ヘッドセットをつけてもらった。篤子は自分の周囲に、弓矢を持ったものが数人ずつに分けて、控えさせた。篤子は彼らに、火矢を放つ目標と手順について、細かく指示を与えていた。
俺は斜面を少し登った所から対岸を監視する役割を割り当てられた。昼間に充電した暗視装置のスイッチを入れると、対岸の森が緑色と黒色で見えてきた。パソコンを起動する。カネの声が聞こえだした。さすがに音量はうんと控えめである。
「やあ、タケ。よく頑張って準備したね。感心、感心」
カネに褒められると、どこかバカにされているようで嬉しくない。
「おいカネ、奴らは本当にくるんだろうな?」
「確率論的な問題だからね、来ることは来るよ。ただし、時間は確定的じゃない。もっとも確からしいのは、後3、4時間の内。その後、24時間以内なら95%以上の確率で来るよ」
「んん?それって、もしかすると27時間くらいは待つかもしれないって意味か?」
「その通り」
「もっと正確に分からないのか?」
「それは無理。奴らが、我々の痕跡に気付くタイミング、それを追跡して隠れ処の位置を割り出す時間、襲撃の準備の時間、そして実際に行動に入る時間といった不確定要素の多い積算なんだから」
「でも、もっと効率のいいやり方は……」
「あのね、こっちは遅れると壊滅なんだよ。ここでタイパを考えるのはいかがなものかと思うがね」
カネと理屈でやり合って、勝てるはずはない。話題を変えることにする。
「……パソコンをオンにしたままだと、バッテリーが持たないな。暗視装置のバッテリーも厳しいかも」
「当面、電源を切っていてもいいよ。暗い時間だと、彼らは自分らで明かりをもってやってくるからすぐわかるさ」
「なぜ、そんなことが言えるんだ?」
「彼らの考えることをトレースするとそうなるんだ。彼らはパンピやワンダラは、暴力に対しては逃げ回るだけで向かってくることは稀だと信じてる」
「でも、奴らは囲みを我々に力で突破された」
「そうとも。だけど彼らは『ちょっと油断したところ、やけくそになったワンダラに逃げられた』と考えてる。まさか『計画的に出し抜かれた』とは思っていない。まして、ワンダラやパンピに組織力や計画性があるなんて、まったく考えていない。長い間、圧倒的な力で支配してきた連中の思考に柔軟性はないよ」
俺はパソコンと暗視装置の電源を切った。
自分たちの気配を消して、ただただオーク兵が来るのを待つ。
静まりかえるのかと思っていたが、夜の森は、けっこうにぎやかだった。フクロウのような鳴き声が聞こえる。小さな獣の動き回る音、虫の鳴き声も聞こえる。生き延びるためとはいえ、もうすぐここに火を放つのかと思うと、胸が痛んだ。
二時間くらい経った頃、俺は対岸の森の中を谷に向かって降りてくるいくつかの明かりに気が付いた。ついに彼らがやってきた。
暗視装置の電源を入れると、森の中を列をなして谷へ進む連中が見えた。パソコンの電源を入れると、カネの囁き声がした。
「来たんだね」
「ああ、カネの予想通りだ」
「カメラを対岸に向けられるかな?」
俺はパソコンのカメラを対岸に向けて、ゆっくりパンした。
「これでいいか?」
「人数を把握できたよ。45人プラスマイナス5人というところだね。指揮官はあまり有能じゃないな。斥候を出すこともせず、一個小隊全員をつぎ込んできたようだね」
「よし、火を放とう!」
「タケ、急いじゃだめだよ」
「……なんで?」
「奴らはまだ警戒している。その警戒が解けて、疲れがどっと出てきたところを狙うんだ」
「どういう意味だ?」
「彼らは、川を渡るためには工作が必要だ。たぶん持参したロープと立ち木の枝を使って簡単な橋を作る。その橋を作り上げて渡り始めた時が狙い時だね」
このカネの巧妙さと性格の悪さはたいしたものである。
俺とカネの会話は、スマホを介して篤子が装着しているヘッドセットに送られている。篤子の呟きが聞こえた。
「底意地の悪い奴だな」
カネが答える。
「アコ将軍、そこは抜け目がないと評価すべきとこですよ」
ほんとうに無駄口の多いやつである。
オークたちが大声で話しながら、渡渉工作をしている。ときおり、喧嘩をしているような怒号も聞こえる。彼らも、彼らなりに一生懸命なのであろう。
一時間くらいが過ぎた。
「アコ将軍、ぼちぼち始めようか」
カネが囁いた。
「予想通り、山風が吹き始めたね。計画通り、川の上流の遠い所と彼らの背後の斜面に火矢を放ってもいいよ。彼らは作業に夢中で気が付かないと思う」
篤子の指示で、まず川の上流部に数本の火矢が放たれた。続いて、オークたちの頭を越すように数本の火矢が放たれた。彼らに気付いた様子はない。我々は、しばらくは様子見である。
オークの作業はさらに30分くらい続いた。暗視装置で見ると、一人ずつなら渡れそうな橋桁が形になりつつあった。他方、川の上流部には森林火災が起きつつあることが、暗視装置越しに見えだした。次第に強くなる山風に煽られて火が広がりつつある。
風に乗って樹々が燃えるときの異臭が俺の鼻にも届きだしたが、オークたちは、松明を持っているためか、まだ、異変には気づいていないようで、橋桁を対岸、つまり俺たちが潜んでいる側へ架ける作業を始めた。橋桁を対岸からこちら側にじわじわ送り出して、ついにこちら側に届いた。
オークにしては小柄な奴が渡って来て、橋桁を固定しようとし始めたその時、篤子と盗賊団の数人が走り出てきた。
小柄なオークが物音に気付いて立ち上がって、こちら側に向き直ったその時、胸に槍が突き立った。そのまま、声もなくもんどりを打って川に落ちていく。対岸のオークが騒ぎ出した。
盗賊団の二人が、橋桁に焚き付けの枯草の束を放り込んだ。篤子がポカリスエットのペットボトルに布切れを詰め込んだものを手にしている。火種を持っている盗賊が篤子に近づき、布の端に火をつけた。篤子は火が付いたのを確認して、ポカリスエット火炎瓶を橋桁の上の焚き付けに放り込んだ。焚き付けから炎が上がり始めた。すぐに山風に煽られて、ロープと立ち木の枝で作られた橋桁に火が広がった。橋桁は、燃え盛りながら谷川に落ちてく。
そのころには、対岸のオークたちの背後に煙が漂い出した。オークたちが叫び声をあげて、降りてきた斜面を登り返そうとしたが、斜面の上にも火が見えだした。谷へと吹き降ろす風に乗って火がオークたちを包囲し始めた。
パソコン画面が明るくなった。カネが姿を見せた。どういうわけか、グレーの作業服のようなものを着ている。まるで、後始末に来た作業員のようだ。カネはにこにこしながら明るい声で言った。
「この現場での作戦行動は終了だね。予想より上手くいったよ」
俺はカネに尋ねた。
「オークたちの状況を確かめなくていいのか?」
「こちら岸からでは、確かめてもよくわからないよ。それより、さっさと引き上げないと、こちら側に飛び火したら、皆もひとたまりもないよ」
俺たちは、煙と炎に包まれた谷を離脱して、チョーハたちの後を追った。戦闘には勝ったのかもしれないが、まったく達成感がない嫌な気分だった。
森を焼くという大きな代償を払って、俺たちは戦闘には勝った
まったく達成感がない嫌な気分だった




