第6話、お礼と交渉
護衛の男とエルフの少女――スノウを無事にゲートへと送り届けたカル。
怪我をした護衛の男はすぐにギルドの救護班に連れられ、スノウは先に戻っていた護衛達に囲まれていた。
「よかった、スノウ様が戻られた!」
「スノウ様! ご無事で……!」
「護衛の配置が甘かった。我らの落ち度です」
護衛の三人が深々と頭を下げる。
だがスノウは首を振った。
「いいえ……あなた達のせいではありません。あれは――本来、3層に出るはずのない魔獣でした」
その視線は自然とカルの背へ向けられる。護衛達の間にひそひそとした囁きが広がっていた。
「……あの人、誰だ?」
「ギルド所属じゃないな。見た事もない」
「彼がスノウ様を助けてくださったのか?」
カルはそれらの視線を気にも留めず、淡々とギルド受付へ歩みを進めた。
革袋に詰め込んだヒーリングハーブを取り出して無造作にカウンターへ置く。
「買取だ。計量してくれ」
受付嬢は袋の中を覗き込み、目を丸くした。
「これ……全部、3層で採取されたんですか? しかもこの状態、葉も潰れてない……」
「状態が良ければ買値も上がるはずだ」
カルの声は抑揚がなく、それがかえって職人めいた重みを与えていた。
受付嬢は慌てて計量し、その金額を計算しているようだった。
スマホのような大きめの金属製の板に買取金額が表示される。タブレットというらしい。その名称の意味はカルには全く分からない。
「これがヒーリングハーブの買取額です。ギルド公式のスマホアプリはお持ちですか? 冒険者ウォレットにチャージ出来ますが、どう致しましょう?」
「い、いや、現金で。現金で頼む」
スマホアプリだの、ウォレットだの、チャージだのカルにはさっぱり分からない。だから確実な現金でのやり取りが好ましい。
カルが淡々と告げると受付嬢は紙を何枚か取り出し、それを一枚ずつ丁寧に数えてから差し出した。
(これが今の時代の通貨? ただの紙切れ……本当に使えるのか?)
カルは受け取った紙を軽く指先でしならせ、手触りと印刷の細かさを確かめた。
透かしのような模様が光を通して浮かび上がるのを見てカルは眉をひそめる。
(……ふむ。偽造防止か。見た目は薄っぺらいが、意外と手は込んでいる)
懐へしまい、踵を返そうとしたその時、カルの背後から控えめながらも澄んだ声が届いた。
「――少し、お話をよろしいでしょうか」
振り返れば、そこにはスノウが立っていた。
装備していた傷だらけの鎧を脱いで、白いドレス姿になっている彼女。
護衛達は少し離れた場所で周囲を警戒していたが、視線は明らかにカルへと注がれていた。
「何だ?」
「改めてお礼を言わせてください。あのままだったら、わたしも護衛も……助かっていませんでした」
「礼ならもう聞いた」
「いえ、それだけでは足りません」
スノウは一歩近づき、声を落とした。
「あのミノタウロス……本来、あの階層に現れるはずがありません。あなたも気付いていたはず」
「まあな」
「――もし良ければ、この件について情報を共有させていただきたいのです。ギルドにも報告しますが……こういった異常事態では、あなたのような実力者の意見が必要になる」
「構わないが、俺はこれから宿を探すつもりでな。あまり時間は取れん」
「長話になるかもしれません。ですから宿はわたしの方で準備させてください。立派な宿をご用意します」
スノウはそう言って僅かに口元を緩めた。だがその青い瞳の奥には、先程の戦闘の余韻がまだ消えていない――探るような、計るような視線が混じっていた。
「宿なら自分で探す」
カルは即座に首を横に振った。
礼を受け取れば余計なしがらみが生まれる。ダンジョンを生き抜く者にとって、それは何より面倒な枷だ。
だがスノウも引かない。
「……でしたら、せめて食事をご一緒に。話だけでも聞いていただけませんか?」
言葉は柔らかいが、これは提案ではなく半ば強要のようなものだ。
カルは一瞬だけ目を細め、その背後の護衛達を見やった。三人ともじっとカルを見つめている。
(この様子じゃ、放っておいても尾けられるか)
カルは静かに息を吐き、静かに答えた。
「……分かった。手短にな」
スノウの顔に小さな安堵が走る。
「ありがとうございます。では――こちらへ」
彼女は軽やかに踵を返し、ゲート外の通りへと歩き出した。