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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第三章

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第43話、VSオーバーデス

 カルはスノウを背に庇い、一歩、前へ踏み出した。


 その僅かな動きだけで、張り詰めていた空気が流れを変える。肩越しに伝わる体温が、震えていた彼女の鼓動を受け止め、支える。


「スノウ、巻き込まれないように少し離れていろ」

「……っ、わたしも、カル様のお力になりたいのです……!」


 剣を握るスノウの指先が震えていた。

 それでも必死に前へ出ようとする姿は健気で、切実だった。


 だがカルはそんな彼女に向けて首を横に振る。


「ジンカがお前に危害を加える事を宣言した以上、仲間として俺はお前を守る役目がある。なあに……すぐ終わらせてくるさ」

「カル様……」


 スノウは今までのカルの戦いを思い出す。


 自分がミノタウロスに襲われたあの時、彼はスノウを守り強大な魔獣を退けた。


 ダンジョン10層にフロストドラゴンを始めとした強大な魔獣が群れを成した時、彼は轟音と共に迫る死の四重奏をその勇気で斬り伏せた。


 スノウの胸に蘇るのは、何度も見た彼の背中。


 どんな時も揺らがず、迷わず、ただ前だけを見据えて立ち続ける強さ。


 どれ程の脅威が前にあろうとも、彼の進む道の先には、必ず希望の未来がある。


 その確信が胸に芽生え、震える指先から力が抜け、剣を下ろした。


「……カル様。どうかご武運を」

「ああ、任せておけ」


 小さな声だったが、込められたスノウの想いは強かった。


 そんなやり取りを愉快そうに眺めていたジンカが、わざとらしく手を打った。


「ふはは……見せつけてくれるな。騎士と姫、忠義と絆、実に絵になるじゃないか。視聴者の諸君、期待が高まるだろう?」


 彼は幻影魔法で隠されたスマホに視線を向ける。


「まずは姫を守る騎士を蹂躙し、その命を食い破る……」


 ジンカの口元がいやらしく吊り上がる。


「そうして滴り落ちる絶望を、調味料としてたっぷりと注ぎ込むのだ。氷姫スノウよ、お前の断末魔はただの惨殺では終わらん。愛する者を喪った悲嘆に塗れ、心を裂かれてこそ、最高の味が引き出される」


 彼は両腕を広げ、裏の観客へ語りかけるように声を張り上げた。


「視聴者諸君! 今夜のディナーの準備は整った! 前菜は姫を守る騎士クロマ、そして絶望という調味料を添え、最後にメインディッシュ――氷姫スノウの惨劇を味わってもらおう!」


 不死の王(オーバーデス)から走る亀裂が青黒く輝き、地鳴りが森を震わせた。


 まるで調理台を整えるかのように、ジンカはこの場を舞台に変えていく。


 それと同時に大地を裂くような振動が走った。


 既に姿を現していた骸の王が、軋む音を響かせて動き出す。


 骨を積み上げた冠が揺れ、眼窩の蒼火が灼熱に燃え上がった。


 その存在だけで空気は凍りつき、生命の気配が削り取られていく。


 顎が開き、虚無を孕んだ呼吸が漏れる。


「まずは手早く調理を進めよう! 不死の王(オーバーデス)よ、その身に滾る呪いの炎でクロマの魂を焼き尽くすのだ!」


 不死の王(オーバーデス)が燃え上がらせる蒼い炎――あれは濃密な死の気配。様々な怨念、憎悪、凝縮された呪詛が形を持ち、触れた瞬間に肉も骨も魂さえもまとめて灰へと還す。


 あの蒼炎に触れれば最後――Sランク冒険者ですら魂ごと焼き払われ、生きた証すら残せない。人類最強の存在をも容易く葬る絶対の死だった。


 その奔流が、真正面からカルへと吐き出される。

 視界を埋め尽くす程の青白い炎が森を薙ぎ払い、世界ごと呪詛に塗り潰していく。


「――カル様!!」


 スノウの悲鳴が響いた。

 目に焼きつくのは、蒼炎に呑み込まれていくカルの姿。


 スノウの絶叫が喉を裂く。

 伸ばした手は届かず、彼の背中は蒼炎に溶け、視界から消えていった。


 焼かれるのは肉体だけではない。魂さえも灰に変える災厄の炎。


 輪郭が揺らぎ、彼そのものが死の業火に溶かされて、消えていくようにさえ見えた。


「そんな……嫌……! カル様、カル様……!」


 涙が滲み、足が竦む。理性では分かっていた。あの蒼炎に呑まれたら、生きて戻れるはずがない。けれど心は認められず、必死に叫ばずにはいられなかった。


「そんな……カル様が……!」


 スノウの青い眼に熱い涙が溢れそうになる。


 そんなスノウの様子をジンカは見逃さなかった。


 肩を震わせると、ついに堪えきれずに高らかな笑い声をあげる。


「はははははははっ!! 見たか、諸君! これぞ死の蒼炎だ! 魂ごと焼き尽くし、痕跡すら残さずに消し去る……あのクロマとやらも、この通り一瞬で灰燼と化した!!」


 裏配信の向こうで無数の視線が食いつくのを確信し、ジンカは芝居がかった動作で両手を広げた。


「氷姫スノウ! お前の目にも焼きついただろう! 必ず守ると誓った男が、呪いの火に呑まれ、魂ごと消え果てたのだ! はははっ、実にいい! 泣け、叫べ! その絶望の涙が、私の配信に最高の演出を加える!!」


 裏配信の視聴者達はスノウへ釘付けだった。

 蒼白な頬、こぼれ落ちる涙、絶望に染まった瞳。

 その一つひとつが、裏の視聴者達にとって痺れる程の愉悦を与える。


 最高の演出だと声を荒らげ、コメント欄は狂乱の渦と化した。


〈見ろ! 氷姫の絶望だ!〉

〈泣け、もっと泣け! その顔を待っていた!〉

〈これぞ裏配信の真骨頂だ!〉


 流れ込む罵声と喝采が、配信に使われているスマホを介してこの場に響き渡る。


 まるで数万の亡霊がスノウを嘲笑っているかのようだった。


 ジンカはその声を全身で浴びながら、酔いしれるように頭を仰け反らせる。


「はははは! いいぞ、もっとだ! 涙で世界を濡らせ! 姫君よ、お前の慟哭が視聴者を狂わせる! 私の舞台を、史上最高の娯楽に変えるのだ!」


 彼の眼は血走り、唇の端からは涎が零れ落ちる。歓声と罵声の入り混じるコメントの奔流に、ジンカの心は更に愉悦で狂っていく。


 その横でスノウは崩れ落ちそうな足を必死に踏ん張った。


「カル様……わたしを置いて、いかないで……」


 彼女の青い瞳から零れた雫は地面に落ち、音もなく弾けた。


 ――だがその刹那。

 蒼炎の海の中心から、重く確かな足音が響いたのだ。


 灰を踏む音。

 燃え盛る炎を裂き、影が浮かび上がる。


 やがて炎の帳を裂き、姿を現したのは――無傷のまま立つカルだった。


 衣の端すら焦げておらず、蒼炎の呪詛など最初から存在しなかったかのように、その歩みは揺るぎない。


「……くそ」


 カルは肩を竦め、前髪を指先でつまんで眺める。


「少し毛先が焦げたみたいだ。あとで整えておかないと、みっともないな」


 平然とした声音。戦場に似つかわしくない程に日常的な言葉。


 だがその落ち着きが、逆に彼の異常な強さを際立たせていた。


 スノウの青い眼が大きく見開かれる。


「カル様! ご無事で……!!」


 頬を伝った涙が、今度は震える笑みへと変わっていった。


 そして同時にジンカの顔から血の気が引く。


「ば……馬鹿な、不死の王(オーバーデス)の蒼炎だぞ!? 人類最強のSランク冒険者でさえ、一瞬で魂ごと焼かれるはずの……!!」


 叫びながらも後ずさるジンカ。

 その動揺の全てがカルの揺るぎなさを一層鮮烈に浮かび上がらせていた。


 カルは視線を蒼炎の残滓に投げ、ゆったりと息を吐く。


「不死王の蒼炎、か。確かに凄まじい炎だ。魂ごと存在そのものを焼き尽くす呪いの炎。普通ならあの炎を浴びれば一溜りもない。普通ならな」


 彼の声音には焦りも誇示もなく、ただ当然の事実を述べるだけの冷静さがあった。


 カルの圧倒的な余裕が、ジンカの恐怖を煽っていた。


 ジンカは血走った眼を大きく見開き、喉が裂ける程の声を張り上げる。


「馬鹿にする気か! 死の蒼炎だぞ!? 人類最強の四英雄でさえ、一瞬で灰と化すはずの炎だ! それを……それを無傷だと!? 笑わせるなぁッ!!」


 顔は怒気に歪み、口端から泡を散らす程の激情。

 震える手で武器を構えながらも、その指先は恐怖で痙攣している。


「な、ならば不死の王(オーバーデス)よ!! 死の霧で奴の命を根こそぎ奪え! 魂を喰らい尽くせッ!」


 ジンカの叫びに応じるように、骸の王が大きく顎を開いた。


 眼窩に揺らめく蒼火が脈打ち、胸郭の奥から溢れ出したのは、闇よりも濃い漆黒の靄。


 ――死の霧。


 吐き出された瞬間、森の緑は音もなく崩れ落ちた。葉は枯れ枝に変わり、樹皮は粉となって剥がれ落ち、巨木そのものが数呼吸のうちに白骨のように立ち枯れる。足元を覆う草花は色を失い、しおれ、跡形もなく土へ還った。


 大地も死の霧からは逃れられない。

 濃霧が触れた大地は栄養を奪い尽くされ、肥沃な黒土がみるみる白砂に変わっていく。硬い岩ですらひび割れ、瞬く間に風化して砂粒と化した。


 生命も物質も等しく蝕み、残すのは滅びだけ。


 それが不死の王(オーバーデス)の呪い――存在の根を断ち切る破滅の吐息だった。


「カル様……っ!」


 スノウは胸に手を押し当て、必死に声を絞り出した。


 震える瞳でカルの背を追い、ただ祈るように呟く。


「どうか……どうかご無事で……!」


 ジンカは口端を吊り上げ、狂気に満ちた嗤いを零す。


「はははっ! 見ろ、見ろ! 命を削り、魂を枯らす死の吐息だ! 燃やして駄目なら奪い尽くせばいい! 英雄だろうと怪物だろうと、存在の根を断たれれば終わりだ!」


 黒霧は渦を巻きながらカルへ迫る。


 森は死に絶え、大地は白砂と化し、空気すら淀んで息苦しくなる。あらゆる存在を枯らし尽くす呪いの奔流――その中心に立つカルの影を呑み込もうとしていた。


 だがカルは一歩、また一歩と歩みを進めた。


 怯える素振りはない。むしろその瞳には、死の霧など塵芥に等しいとでも言うような冷静さが宿っている。


「息を吐く度に死をばら撒くか。品がねえな」


 次の瞬間、剣が閃いた。


 それは剣技でもスキルでもない。ただ自然に振り抜いた一振。


 だが刃先から奔った光は黒霧を真っ二つに裂き、更に広がりを見せて全てを薙ぎ払った。


 命を枯らすはずの呪いは、ただ一息で払われた埃のように、世界から跡形もなく消滅した。


 訪れる静寂。

 枯れた森の只中に、ただ一人の剣士が立つ。


 カルは剣を収めるでもなく、肩に軽く担ぐようにしながら息を吐いた。


「さて、次はどうする?」


 その余裕すら挑発と映り、ジンカの顔は絶望と焦燥で歪んでいくのだった。


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