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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第三章

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第36話、VSワイバーン

「イクス様、お待ちください! まだ――!」


 ジンカの制止も聞かず、イクスは獲物を狙う獣のような瞳でワイバーンへ突撃した。


 3体のワイバーンを前にして、イクスの中に込み上げてきたのは恐怖ではなく歓喜。


(……僕はツイている! なんて運がいいんだ!)


 心臓が激しく脈打ち、胸の奥から熱がせり上がる。

 まるで天が自分に味方したかのようだった。


(8層にワイバーンの群れだと!? 前代未聞のイレギュラー! これを僕が討ち倒せば――昨日の失態も、さっきの不様さも、全て帳消しになる!)


 握りしめた剣に力がこもる。

 配信画面に映るイクスの瞳は、まさしく『勝利を確信した英雄』の輝きを帯びていた。


 そして視聴者達もまた熱狂する。


 英雄イクスが強大なワイバーンの群れに正面から飛び込んでいく――その光景は視聴者の心を強烈に惹きつけた。


〈うおおおおお! イクス様かっけええ!〉

〈待ってました英雄ムーブ!〉

〈これだよ、こういうのが見たかったんだ!〉

〈3体同時を相手に突っ込むとか痺れる!〉


 コメント欄は熱狂に包まれ、空気は最高潮に達していた。

 光を背負った英雄が、強大な敵にただ一人で立ち向かう――誰もが息を呑む絵面だった。


 しかし――カメラに映らない舞台の外では。


 突如ワイバーンの一体が翼を翻し、常識外れの軌道で滑空する。

 イクスの突撃に反応し、急旋回してジンカ達に襲いかかったのだ。


「バゼル、下がれ!」


 ジンカの叫びよりも早く、鋭い爪がBランク冒険者の脇腹を切り裂いた。

 鮮血が飛び散り、バゼルが呻き声と共に地に倒れ込む。


「エント、回復を急げ!」


 ジンカの声が飛ぶ。

 布陣は一気に不安定になり、戦況は危うく揺らぎ始めた。


 しかし――イクスは振り返らなかった。

 仲間の悲鳴が響く中、その背中は一切揺るがず、ただ前方の獲物だけを睨み据えていた。


 まるで『傷を負うような雑魚は最初から不要だ』と、言葉にせずとも態度で語っているかのように。


 その冷ややかな背中と対照的に、仲間の危機に真っ先に立ち向かったのはスノウだった。


 青い瞳が揺れ、彼女はジンカ達を狙うワイバーンの前に立ち塞がる。


「このままじゃ……!」


 彼女の視線はカメラではなく、苦悶に顔を歪める仲間達へと注がれていた。


 血の匂いが漂い、崩れかけた陣形の穴から更に爪牙が迫る。


 視聴者の歓声など今のスノウの耳には一切届いていない。


 ――守らなければ。

 それは氷姫と呼ばれる仮面を被った配信者としての義務ではない。


 一人の仲間として、同じ場に立つ者を見捨てられないという素朴で強い想い。


 彼らは握手を交わし、共にダンジョンへ挑もうと誓った、スノウにとって確かな仲間達だ。


 彼らを救いたい。


 その想いに突き動かされ、スノウは剣を構えたのだった。


 一方で、配信という表舞台に立ちながらワイバーンへ突撃するイクス。


 黄金の光をまとった剣閃が空を裂き、轟音と共に爆ぜる。

 その派手な光景に、コメント欄は歓声で埋め尽くされていく。


〈やばい! 一人で押してる!〉

〈イクス様が主役すぎる〉

〈これが本物の英雄か……〉

〈これぞ伝説の冒険者イクス!〉


 称賛の声が洪水のように押し寄せる。

 それはイクスの胸を更に熱くし、視線を獲物へと釘付けにさせた。


(……見ろ、この反応を! やはり僕こそが英雄だ!)


 頬を伝う汗さえも勝利の証のように思えた。

 胸を焼く焦燥は、今や視聴者の熱狂を浴びて確信へと変わっていく。


(昨日の失態など帳消しだ! スノウちゃんもきっと僕を見直してくれている! 今この瞬間、僕は誰よりも英雄なんだ!)


 配信の画面越しに送られてくる賞賛の声。

 それはイクスにとって何より甘美な力となり、仲間の悲鳴を掻き消していった。


 彼の耳にはもう、後方で飛び散る血の音も、護衛達の必死の声も届いていない。


 ただ『英雄としての自分』を見つめる視聴者だけが、彼の世界を満たしていく。


 イクスは目の前のワイバーンに執着し、その剣を振り抜き続けていた。


 視聴者の歓声は止まない。だが――。


 イクスと戦っていたワイバーンの片方が翼を大きく広げ、鋭い眼光で戦場を見渡す。


 そして次の瞬間、翼を翻してジンカ達へと牙を剥いた。


 何故イクスではなく、ジンカ達を狙ったのか。


 ワイバーンは愚鈍な魔獣ではない。人間並みの知能を持ち、常にその状況を見極めている。


 ――目の前のイクスは確かに強敵だ。容易には崩せる相手では無い。


 一方、ジンカの側には既に負傷者が出ている。布陣も乱れ、守りは手薄だ。


 ならばどうするか。

 まずは弱っている方を仕留める。

 それが最も効率的で、群れ全体に有利をもたらす。


 ワイバーンはそう判断したのだ。

 実際、イクスの前に立つ個体は意図的に攻勢を抑え、猛攻ではなく時間稼ぎに徹していた。


 その間にジンカ達を屠り、戦線を瓦解させる。

 それがワイバーンの狙いだった。


「……来るぞ!」


 ジンカが鋭く叫ぶが、彼の背後には負傷者が横たわっている。


 庇うように盾を構えるも、複数の仲間を守りながら反撃する余力はない。


 他の護衛も負傷者の援護に追われ、布陣は崩れかけていた。


 だがそれでもイクスは振り返らない。

 彼の視線は、配信の演出になる獲物のみに注がれていた。


(くっ……このままじゃジンカさん達が。でも……っ)


 スノウは前へ踏み出しかけて、胸が締め付けられるのを感じた。


 ワイバーンと真正面から相対するのは初めてだ。


 いくら自分が幾多の戦場を経験してきたAランク冒険者であっても、これほど巨大で狡猾な飛竜を一人で受け止める自信はない。


 しかも守らねばならない仲間が背後にいる。

 自分が一手でも間違えれば、命がこぼれ落ちてしまう。


(カル様には……頼れない、わたし一人でなんとかしなくちゃ……っ)


 カルは今、あくまでCランク冒険者としてこの場に立っている。


 その正体は決して明かせない。

 虚喰晶を操る黒幕を追う為に、彼はスノウの影となって潜入している。


 この場でカルが戦って力を示せば――全てが台無しになってしまうのだ。


 青い瞳が揺れ、心臓が早鐘のように脈打つ。


 頭では動かねばと分かっているのに、足が重い。


 恐怖ではない

 仲間を守れなかった時の未来を想像してしまう、その責任の重さが心を縛っていた。


(わたしに……本当に出来るの……?)


 額を冷や汗が伝い、喉はひりつく。

 剣を握る手に力を込めようとしても、僅かな震えが残る。


 ――その時だった。

 そっと背に触れる、温かな手のひら。


 振り返らずとも分かる。カルだ。


 彼は炎と咆哮が渦巻く戦場のただ中で、驚くほど穏やかな声を落とした。


 他の誰にも届かない小さな声で、スノウに優しく語りかける。


「大丈夫だ。俺がお前を支える」


 その声音は不思議な程にスノウの胸へ沁み渡る。

 硬直していた肩の力がすっと抜け、早鐘のように乱れていた鼓動が落ち着いていく。


 ――カルが側にいてくれる。


 そう思った瞬間、張り詰めていた恐怖が霧のように薄らいだ。


 カルの手がスノウの背中を支える。

 微かな光が彼の手のひらから零れ、波紋のように広がってスノウを包み込んだ。


 淡く、けれど確かな律動。


 光は心臓の鼓動と共鳴し、血流を駆け抜けて筋肉の一つ一つを震わせる。


 世界が鮮明に研ぎ澄まされていく感覚に、スノウの青い瞳が大きく見開かれた。


「――共鳴加速(オーバーリンク)


 囁くようなカルの声と共に、その魔法は完成する。


 それは派手な閃光も轟音も伴わない。


 ただ静かに、だが圧倒的に、カルの持つ絶大な力がスノウへ託されていく。


 注がれた力が全身に馴染んでいき、筋力も反応速度も、魔力の総量すら桁違いに跳ね上がる。


「……っ、これは……!」


 呼吸が軽い。

 剣を握る手に迷いはなく全身に力が漲り、世界の色が鮮烈に変わった。


(カル様は、いつだってわたしの隣で戦ってくれているんだ!)


 彼女の脳裏に駆け抜けるのは驚きと確信。


 Aランク冒険者である自分が、一段も二段も上へ引き上げられたのを直感する。


 ――まるで、Sランクをも凌ぐ領域へ。


 スノウは深く息を吸い、震えの消えた手で白銀の剣を構えた。


 目の前で咆哮する飛竜を睨み据え、青い瞳に強い光が宿る。


「……行きます!」


 鋭い風切り音。


 赤き炎を纏う飛竜と、氷の姫に託された煌めき。

 相反する二つの力が、激突の瞬間を迎えようとしていた。

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