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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第三章

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第31話、戦場に咲く白い花

 ダンジョンの5層、古びた遺跡が広がる空間。


 そこに突如としてゴブリンの群れが現れ、配信を続けるスノウ達に襲いかかっていた。


 緑色の小鬼達が武器を振りかざし、耳障りな咆哮を上げながら押し寄せてくる。


「――っ!」


 スノウは瞬時に剣を抜き、魔法剣で白焔を纏わせる。


 次の瞬間、剣閃がひときわ強く輝いた。


 舞い散る火花と白銀の閃光。


 スノウの戦う姿は、月に照らされて舞い踊るかのようで、優美でありながらも鮮烈で、美しいのに猛々しく、勇ましくも儚げだった。


 華麗で苛烈な白銀の閃光が軌跡を描いて、迫り来るゴブリンの群れを一閃のもとに斬り伏せる。


 その姿に視聴者達は大興奮だった。


<氷姫様かっけええええ!>

<斬撃が美しすぎるだろ!>


 だがゴブリンの群れは止まらない。


 獣のような咆哮を上げて雪崩れ込んでくる。


 その数は三十を超え、普通の冒険者ならば恐怖に足を止める規模だった。


 だが――スノウの瞳には微塵の怯えもない。


 白焔を宿す剣をゆるりと構えると、すっと一歩前に踏み出した。


 ひと振り。

 細い腕が風を切ると、剣先から白い光の弧が溢れ、数匹のゴブリンがまとめて斬り伏せられる。


 ふた振り。

 腰を回すように放たれた一撃は、まるで夜会で舞い踊るのように滑らかで、敵を斬り裂きながらも優雅さを失わない。


 更に三歩。

 軽やかに踏み込む度に白焔の花弁を舞い散らせた。


<踊ってる?>

<斬撃が花びらみたいに散ってる!>

<氷姫様、ダンジョンで舞踏会を開いてるんだ……>


 スノウが敵の刃をかわす度にマントの裾がひらりと翻り、白銀の髪が三日月のような弧を描く――次の一閃でまた数匹のゴブリンが倒れ伏した。


 舞い、斬り、そして舞う。


 一連の動作には一片の無駄もなく、全ての斬撃が流麗な舞踏として繋がっていた。


 そしてスノウは更に剣を振り抜き、滑らかに回転する。白焔が軌跡を描き、数匹のゴブリンが一瞬で倒れ伏す。


 その拍子に、短いスカートの裾が大きく翻った。


 スカートがふわりと広がり、美しく白い脚線が眩しく露わになって、柔らかな太ももがカメラに映り込む。


 配信画面に広がった艶やかな光景に、視聴者達はコメント欄で爆発した。


<うおおおおお!?むちむち太もも見えた!!>

<清楚なのにエロすぎるってどういう事!?>

<氷姫様、ありがとうございます!!>


 怒涛の勢いで流れるコメント。


 スノウは慌ててスカートの裾を両手で抑えて頬にかすかな朱を宿した。


 世界中の視線が自分のスカートの中に注がれている事はわかっている。


 けれどスノウが胸を焦がすように意識してしまうのは、彼らの視線ではなかった。


(……カル様に、見られていないでしょうか……?)


 後方に控える青年の存在を意識した瞬間、更に頬へ赤みが差す。


 視聴者に太ももを晒した事よりも、彼に見られたかどうか――それだけが羞恥を生み、心臓を早鐘のように打たせていた。


 世界を熱狂させる絶世の美少女。

 そんな彼女の心は、ただ一人の青年の視線に揺れていた。


<なんか今日の氷姫、色っぽい>

<いつもはもっと無反応なのに今日はすごく照れてる>

<うおおお!いつも可愛いけど今はもっと可愛いぞ!>

<スノウ様の照れ顔でおれ尊死>


 ほんの僅かな羞恥と甘い動揺が、彼女の所作をどこか艶やかに変えていた。


 普段とは違う様子を見せるスノウに、コメント欄は熱狂の坩堝と化す。


 そんな視聴者の盛り上がりを見たイクスは黄金の剣を高々と掲げた。


「ふっ……流石はスノウちゃんだな。ならば僕も応えよう!」


 彼がそう声を上げた刹那、剣身から龍の咆哮が響き渡り、眩い光が形を成す。


「――舞い上がれ、黄金の龍!」


 それはイクスが得意とする剣術スキル、龍剣。


 剣から放たれたのは、炎と雷を混ぜたかのような光の龍。一直線に群れの奥へ飛び込み、群れの主である巨大なボスゴブリンへ突撃すると――轟音と共に爆散した。


<英雄きたあああああ!>

<黄金の龍かっけえええ!>

<ボスゴブリンが一撃で消し飛んだ!?>


 スノウの白焔と、イクスの黄金龍。


 まるで二つの光が交わるように戦場を照らし、配信画面は圧倒的な光景に包まれていく。


 黄金の龍の爆炎と共に、戦場を覆っていた咆哮がぴたりと止んだ。


 配信に映るのは瓦礫と煙、ゴブリンの群れの残骸、そして剣を構える二人の姿だけ。


 剣を鞘に納めたスノウはイクスの方へ振り返る。


「この遺跡を縄張りにしていたゴブリンの群れは一掃出来ましたね。周囲も安全になりましたし、配信時間もそろそろいい頃合いです。一旦、一区切りつけますか?」


「ああ、それがいいね。かなりハイペースで5層まで来れた。予定していた配信の終了時間も近付いているし、スノウちゃんの言う通りにしよう」


 二人は視線を交わし合い、同時にカメラへ向き直った。


 先程まで戦場を照らしていた緊張感とは違い、今のスノウは配信者としての柔らかい表情を浮かべている。


「皆さん、それでは本日の配信はここで一区切りといたします」


 スノウは胸の前でそっと手を重ね、丁寧に一礼する。


「氷姫と英雄の共闘、楽しんでいただけましたでしょうか? ダンジョンの奥へ挑む姿を、そしてわたし達が歩んでいくダンジョンの魅力を、これからも皆様にお届け出来ればと思います」


「ははっ、僕もスノウちゃんと共に戦えて最高に楽しかったよ。世界の皆も僕らと奇跡の瞬間を分かち合ってくれてありがとう!」


「次の配信は明日の朝9時からを予定しています。これから毎日ダンジョン配信を続けていくので、明日の配信もぜひ見てくださいね」


<お疲れ様あああ!>

<最高のコラボだった!>

<氷姫様と英雄、最強コンビ!>

<明日の配信がもう待ちきれない!!>


 画面の端には視聴者の惜しむようなコメントが溢れ続ける。スノウはそれに静かに微笑み返し、清楚な声で締めくくった。


「最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。次回もぜひご一緒ください」


 小さく手を振るスノウと、英雄らしく大げさに両手を広げるイクス。


 そうして世界を熱狂させた配信は幕を閉じ、ダンジョン内の遺跡に静けさが戻った。


 ――休憩の時間だ。


 カルは無言で荷物を降ろし、手際よくテントを設営していく。


 布地を広げ、杭を打ち、空間魔法で拡張されたリュックサックから椅子や食糧を取り出す。


 その動きは淀みなく、手慣れた作業である事が一目で分かる。


 スノウは剣を収めながら、ちらりと彼の背に視線を投げた。


 戦闘中の一幕――スカートの裾が大きく翻り、視聴者が騒然となったあの瞬間が、頭から離れない。


(……カル様に、見られてしまったのでしょうか……)


 胸の奥がきゅっと熱を帯びる。

 視聴者に騒がれるよりも、彼に見られてしまった可能性の方が、何倍も気恥ずかしかった。


 意を決してスノウはそっと声を掛ける。


「……あのクロマさん。さっき……その……」


 イクス達の前ではカルはクロマ・カルダモンというCランク冒険者を演じている。


 だからスノウはカルではなく、クロマと呼んで声を掛けた。


 その呼び声に振り返ったカルは静かな瞳で淡々と答える。


「お疲れ、スノウ。配信よく頑張ったな」

「あ、ありがとうございます、クロマさん」


「テントの設営はもうすぐ終わる。食事の用意も任せて欲しい。すぐ横になって休めるようにするから」

「え、えっとですね。そのお話ではなくて、さっきの配信の事なのですが……」


 スノウはもじもじと指先を胸元で組み合わせ、視線を泳がせながら切り出した。


 カルはそんな彼女の様子を気に留める様子もなく、無駄のない動きで椅子を並べながら口を開く。


「――ああ、見ていた。スノウの立ち回りは見事だった」

「……えっ」


「剣捌きには一切の無駄がない。迫り来るゴブリンの群れを確実に仕留めながら、常に次の動きを予想して最善手を打ち続けていた。あの戦いは見事だった。本当に大したものだよ」


 静かな声音。けれどそこに嘘やお世辞はなく、ただ淡々とした事実の評価があった。


「はぇ……」


 思わずスノウの声が裏返る。本当に言いたかったのは――戦いの途中、翻ったスカートの事。


 けれどカルはそんな事など一切気にしていない様子で淡々と続ける。


「そして舞うように戦うあの剣技、あれには俺も見覚えがある。エルフに古くから伝わる幻の剣技――『(つるぎ)(まい)』だな。攻撃と回避を一つの流れに織り交ぜる、攻防一体の洗練された剣術。見るものを魅了する可憐さと艶やかさを併せ持ちながら、敵を圧倒する苛烈さを秘めている。その剣の舞を完全に使いこなすとは、本当にスノウは凄いと思う」


「……っ」


 胸の奥がじんわり熱を帯びる。

 自分の使っている剣技を、ただ美しいだけでなく、確かな実力と価値ある技として評価された事が――こんなにも嬉しいとは思わなかった。


 本当は『スカートの中、見えてしまいましたか?』と遠回しにでも聞きたいのに、こんなにも真剣に褒められてしまっては口に出来ない。


「どうした? その歯切れの悪い感じ。もしかして別の話だろうか?」

「い、いえ……も、もういいです。これ以上お話したら、わたし……恥ずかしくて死んじゃいそうです……」


 結局スノウは視線を逸らし、真っ赤になった頬を隠すように俯いてしまう。


(……もう、どうしてこんなに……!)


 スカートの事を確かめる勇気も出せず、代わりに戦いを絶賛されるばかり。そのギャップが胸の奥でぐるぐると渦を巻き、答えの出ない羞恥と甘い動揺だけが残るのだった。


 ――そしてスノウは気付かない。


 褒め言葉を口にしていたカルの声音が、ほんの僅かに上擦り、普段よりもずっと早口になっていた事に。翻ったスカートの奥から一瞬だけ覗いた艶やかな太ももが、彼の脳裏に鮮やかに焼き付いて離れなかった事にも。


 カルは小さくため息をつき、胸の高鳴りを静かに誤魔化すのだった。

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