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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第三章

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第30話、英雄×氷姫

「皆さん、こんばんは。今日も始まりました。スノウのダンジョン配信のお時間です。本日もわたし、ダンジョンライブ所属のスノウ・デイライトが、世界中の皆様にダンジョンの魅力をお伝えしていきたいと思います」


「待たせたね、世界の皆。英雄イクス・オルナットが、この瞬間を君達と分かち合う為に舞い降りた。さあ、共に奇跡を目撃しようじゃないか。英雄イクスのダンジョン配信は、今宵も華やかに始まる!」


 二人の超人気ダンジョン配信者が並び立ち、同じカメラがその姿を収める。


 その瞬間、視聴者数のカウンターが弾けるように跳ね上がり、コメント欄が怒涛の勢いで流れ出した。


<夢の共演きたあああああ!!>

<氷姫様とイクス様のコラボとか豪華すぎ!>

<えっ嘘でしょ、これ本当に同じ画面!?>

<氷姫様、マジ清楚>

<イクス様がイケメンすぎて鳥肌立った>

<英雄と氷姫のコラボ配信、世界が震えてるぞ!!>


 画面の右端に流れるコメントは一瞬で視認出来なくなる程の速度で積み重なり、同時接続者数は記録的な数字を叩き出していく。


 スノウはその配信の様子を腕に着けたスマートウォッチで確かめていた。


「皆さん、熱気がすごいですね。今日は特別な配信ですから、最後までお付き合いくださいね」


「これは世界が待ち望んだ瞬間だ。――氷姫と英雄が肩を並べ、同じダンジョンを攻略する。これ以上の見どころがあるだろうか?」


「そうですね。皆様にとって忘れられないひとときとなるよう、わたしも精一杯努めます」


 スノウは真っ直ぐにカメラを見つめ、丁寧に言葉を紡ぐ。配信者としての顔、その清楚な所作にコメント欄は更に沸き立った。


<氷姫様が尊すぎて心臓止まる>

<てぇてぇが過ぎる。スノウちゃん可愛い>

<この清楚感、おれの癒しだわ>


「ふふ、流石だなスノウちゃん。君の誠実さが視聴者を惹きつけてやまない理由だ」

「そんな事ありませんよ。それにイクスさんのファンの方々も、すごい勢いで応援してくださっています」


「ははっ、確かにコメントの熱気はすさまじいな。世界が待ち望んだ瞬間だ、当然かもしれない」

「視聴者様の期待に応えられるよう頑張らなければなりませんね」


 スノウはスマートウォッチで視聴者の反応を確認しながら、少し緊張した笑みを浮かべる。


 そんな彼女の横顔にイクスはちらりと視線を送った。


 それはただ見つめられているだけ。

 けれどスノウはその中に紛れる異常な熱を感じ取っていた。


 カメラへ向ける時の華やかな笑顔とは異なる、妙に湿度を帯びた色。


 その湿度は視聴者には決して伝わらないだろうが、スノウにとっては落ち着かないものでしかなかった。


 イクスはそれから少しして、すぐに舞台俳優のような華やかさをまとってカメラへ視線を戻した。


「よし、それじゃあダンジョン攻略を始めようか。僕がスノウちゃんを守る騎士になる。世界のみんな、僕が彼女を支える姿を目に焼き付けてくれ!」


「ありがとうございます。イクスさんとご一緒出来るのはとても心強いですし、皆様にダンジョンの魅力をお届け出来るよう、わたしも精一杯頑張ります。どうか最後まで応援してくださいね」


<スノウちゃんは真面目でいい子だなあ>

<氷姫を守る英雄、イクス様かっけえ!>

<イクス様が主人公で、スノウちゃんがヒロインに見える……!>


 コメント欄は一層の盛り上がりを見せ、画面の外からも熱気が伝わってくるようだった。


 そしてスノウとイクスはダンジョンの奥へ向かって歩き始める。


 ――そんな二人の後ろを、荷物持ちであるカルは静かに歩いていた。


 配信に使われているスマホのカメラは当然スノウとイクスに向けられている。


 自分は画面の端にすら映らない、ただの荷物持ち――表向きには、そういう立ち位置だ。


(ダンジョン配信の裏方は俺含めて5人か)


 カルはカメラに映らぬ位置で歩を進めながら、淡々と周囲を観察していた。


 先頭で華やかに振る舞うのはスノウとイクス。


 その少し離れた場所を歩くのは荷物持ちの自分と、イクス側が雇った護衛の冒険者達だった。


 ダンジョン配信というものは、華やかさの裏で危険と隣り合わせにある。


 常に付きまとう不測の事態に対処する為にも、護衛の冒険者を雇って万全を期すのは当たり前の事だった。


 マネージャー役のローズはダンジョン配信に同行していない。彼女はダンジョン外のスタジオブースに待機し、配信に関する全体の管理を行っている――というのが表向きの理由だ。


 本当の理由はイクス・オルナットについての調査を進める為。


 イクスは虚喰晶に繋がる手掛かりだ。

 視聴者には決して見えない“影”を、ローズは別のルートから追っている。


 カルが裏方として現場を歩む一方で、ローズは遠隔からイクスの言動や反応を逐一監視し、積み重なった断片から真実を探り出そうとしているのだ。


 カルは視線だけで周囲を一巡し、空気の揺らぎにまで意識を研ぎ澄ませる。


(――イクスの用意した護衛の連中、妙な雰囲気だな)


 護衛班のリーダーを務めるのは全身を黒鋼の鎧で纏ったAランク冒険者の男だ。角のように突き出した二本の装飾が、顔を閉ざした漆黒の兜を禍々しく飾っていた。


 覗き窓は闇に沈み、眼光があるのかすら分からない。全身を覆う漆黒の甲冑はただ立つだけで圧を放ち、空気を沈ませる。まさしく黒騎士と言った出で立ちだ。


 続く3人は軽鎧を装備したBランク冒険者、手慣れた動きで隊列を維持しており、どれも実力者ばかりだと一目で分かる。


 そんな彼らがカルに向ける視線は冷たい。

 軽く鼻で笑うような目つきだった。


「Cランク冒険者が荷物持ちとして同行すると聞いていたが、まさか本当だったとは」


 黒鋼の鎧を纏ったAランク冒険者の声音には露骨な嘲りが混じっていた。


「オレも最初は冗談かと思ったぜ。Cランクなんて荷物運びですら務まるか怪しいだろ」

「見ろよ、歩き方からして素人臭ぇ。せいぜいおれ達の足を引っ張らねえように頼むぜ」

「そうそう。せめて邪魔にならないように、壁際でも這って歩いててくれりゃいいんだがな」


 Bランクの冒険者達から嘲笑混じりの言葉が連なり、空気にじわりと圧が広がっていく。


 配信に自分達の声が入らないのをいい事に、護衛達は遠慮もなく嘲りを重ねていた。


(……随分好き勝手に言ってくれる)


 カルは足取りを崩さず、表情ひとつ動かさなかった。


 護衛達がどう見ようとカルにとっては些末な事。

 彼らがそうやって慢心している方がむしろ裏の仕事を進めるのにも都合がいい。


 ただ――前方を歩くスノウのエルフ耳がほんの僅かに揺れたのを、カルは見逃さなかった。


 配信には乗らずとも、彼女の耳には護衛達のカルへの嘲笑が届いている。


 だが振り返るわけにはいかなかった。

 今の彼女はカメラに映っている。


 ただ真摯に配信者として振る舞い続けるしかない。


(……気を遣わせてしまっているな)


 最近のスノウの様子を見ていれば分かる。彼女が自分の事を非常に高く評価してくれている事くらい。


 仕事の面だけでなくプライベートでも、スノウはカルに対して特別な親しさを見せていた。


 ふとした時に視線を向けてきては、目が合うと慌てたように微笑んで誤魔化す。


 他の誰と話している時よりも、カルに向ける声が柔らかくなる――そんな瞬間が幾度もあった。


 そんな相棒のカルに向けて飛び交う罵詈雑言、それをスノウが聞いてどう思うかは明らかだ。


 実際、カルへの罵倒が始まってから彼女のトークが歯切れの悪いものになってきている。


 スノウが配信に集中出来るよう努めなくてはいけない。


 カルは小さく息を吐き、護衛達へと視線を流した。


「ご心配ありがとうございます。ですが自分は荷物持ちとしての経験をそれなりに積んでいます。仲間に迷惑を掛けた事は一度もありませんので」


 その声は淡々としていた。

 反論というより事実の確認。揺るぎのない響きがそこにはあった。


 Bランク冒険者達の嘲笑が僅かに鈍るが、彼らはすぐに鼻を鳴らした。


「へぇ、経験は豊富ってわけか。――でもよ、Cランクの枠から抜け出せない時点で知れてるだろ」

「荷物持ちが必死に誇れるのなんて“落としませんでした”ぐらいだ。冒険者としては誇れるもんでもねえよな」

「つーかなんだよ、その小さなリュックは。ピクニックに行くわけじゃねえんだぞ」


 カルの空間魔法について知らない護衛達には、彼の背負う荷物がダンジョン攻略に耐えられるようなものには見えなかった。


「どうせ中身はせいぜい着替えと干し肉ぐらいだろ。これで“荷物持ち”なんて笑わせるぜ」

「その荷物でダンジョンの30層なんて辿り着けんのか? ふざけるのも大概にしろよ」


 彼らの嘲りに空気がざらりとした緊張を帯びていく。しかしカルは足取りを乱さず、静かに口を開いた。


「ご安心を。必要なものは全て揃えてありますし、物資が足りなくなる事はないでしょう」


 抑揚を欠いた淡々とした声音。自慢でも弁明でもなく、ただ事実を述べただけ。


 けれどその確信めいた響きに、一瞬だけ護衛達の笑いが引き攣った。


「はったり言ってんじゃねえぞ」

「その小さなリュックで“必要なものは全部ある”だと? 何処に入ってんだよ」


 ダンジョン攻略における荷物持ちといえば、自分の体躯より遥かに大きなカバンを背負い、荷に押し潰されそうになりながらも必死に付いてくる姿が常識。だからこそ、カルの背負う小さなリュックは彼らにとって滑稽にしか映らなかった。


「そんな玩具みたいな袋で、どうやって人数分の物資を抱えるんだよ」

「おいおい、まさか“工夫しました”で済ませるつもりか? 笑わせんな」


 護衛達はわざとらしく肩を揺らして笑い声を重ねた。彼らにとってカルは“仕事を共にする仲間”ではなく“見下す対象”でしかないのだ。


 けれどカルは眉一つ動かさず、その小さなリュックの肩紐を指先で軽く整えるだけ。


「――このカバンは特別なんです。ギルド長から託された、空間拡張の術式が施されたリュックでして」


 カルは肩紐を軽く整えながら事もなげに告げた。


「その名を”異界の宝袋”と言います。見た目は小さくとも、中には荷馬車ひとつ分の物資を収める事が出来ます。食糧も回復薬も、寝具から何もかも――必要なものは全て揃っています」


 その言葉に護衛達の笑いが一瞬で止まった。


 暗がりに響いていた嘲笑が、不自然なほどぴたりと途絶える。


「異界の宝袋……か。聞いた事がある、深層の宝箱から稀に出る超レアアイテムだ。ギルド長から推薦を受けたと話は聞いていたが、そんな貴重なものを預かっていたのか」


 護衛のリーダーである黒騎士の言葉を聞いた途端、他の護衛達の表情に戸惑いの色が走った。


 笑い飛ばしていたはずの視線が揺れ、互いに顔を見合わせる。先程までの侮りは消え失せ、代わりに「本物なのか」という畏れと疑念が浮かび上がる。


「馬鹿な。いくら金を積んでも手に入らねぇ代物を、こんな……Cランク風情に預けたっていうのか?」


「ギルド長と言えば元Sランクの冒険者だ。歴史にも刻まれるような数々の実績を遺してきた伝説(レジェンド)、確かに異界の宝袋を持っていてもおかしくねえ」


「……ちっ。ギルド長のお気に入りって事か。Cランクの分際でこの仕事にありつけた理由がわかったぜ」


 嘲笑は消え、代わりに滲んできたのは嫉妬と苛立ちだった。


 ただのCランク冒険者から、ギルド長に認められた“特別な存在”へ。


 その事実を突きつけられ、護衛達の口は自然と閉ざされていった。


 嫉妬の色は隠しきれずとも、先程までの嘲笑は影を潜める。


 カルは何事もなかったかのように歩調を乱さず、前を行くスノウの背へと視線を戻す。


 おかげで余計な雑音は消えた。

 これでスノウも少しは安心できるだろう。


 実際、彼女のエルフ耳の揺れは止まり、前を向く背筋も再び凛と伸びていた。視聴者に向けた会話もさっきよりずっと弾んでいるように見える。


(まあ、ギルド長から異界の宝袋を預かった、というのは嘘だけどな)


 異界の宝袋は確かに存在している魔道具の一つだが、カルの担いでるリュックサック自体は何の変哲もない普通のもの。それを彼の空間魔法で繋げて容量を拡張しているだけ。


 ギルド長の推薦というのも、シャノワールが今回の任務の為にギルド長と交渉し『推薦させた』という言った方が正しい。カルとギルド長に面識などなく信頼関係など存在しない。


 では何故こんな嘘をカルはついたのか。


 今彼が演じている『Cランク冒険者クロマ・カルダモン』が『ギルド長から特別扱いされている』という認識を周囲に与えたのに一体どんな意味があったのか。


 ――それはイクス・オルナットの本性を揺さぶる為のもの。


(やっぱりな。すぐ食いついた)


 配信に乗らずとも、カルへの罵詈雑言がスノウの耳に届いていたように、先程の会話はしっかりとイクスに聞こえていた。


 その会話を聞いた直後、前を歩くイクスの背中から空気がざらつくような気配が漂い始める。


 視聴者には決して映らない。

 隣に立つスノウも、護衛の冒険者達も気付いていない。


 だがカルの研ぎ澄まされた感覚は、その一瞬の揺らぎを確かに捉えていた。


 カメラに映るイクスは、相変わらず華やかな笑顔を浮かべ、英雄らしい芝居がかった口調でスノウに語りかけている。


 しかし、その背後に滲むのは濃い嫉妬と苛立ち。


(格下の冒険者が、元Sランク冒険者のギルド長から推薦だけでなく、貴重なアイテムを託される程の特別扱いを受けている。奴もそれを聞いただけで苛立つタイプか)


 カルは心の内で淡々と断じる。

 護衛達の嘲笑を利用し、たった一つの嘘を混ぜ込んだだけで、イクスの本性が見えてきた。


 ――イクスという男は英雄の器ではない。


 ここにいる護衛達と同様に、他者を見下す事でしか自分を保てない。ほんの僅かな挑発で苛立ちを隠しきれない時点で、その内面が脆く浅い事を証明しているのだ。


(だが……それほどの器量しか持たない男が、なぜ“英雄”と呼ばれている?)


 カルの胸中に、冷ややかな疑念が広がっていく。


 真の英雄とは、逆境に打ち勝ち、仲間を守り、誰よりも己を律する存在。


 少なくともカルの知る限り、“本物”と呼べる者達は皆そうであった。


 それに比べれば、目の前のイクスはあまりにも薄っぺらい。


 舞台俳優のように笑顔を貼り付け、大言を弄して観衆を酔わせる事しかできない偶像。


(普通のやり方で、この男がここまで成り上がれるはずがない……)


 カルの瞳が淡々と細められる。

 そこには不審と警戒が浮かんでいた。


 ――何か裏がある。


 イクスが英雄と呼ばれるに至った過程に必ず影が潜んでいる。


 いくら『ヒーロー系配信者』として活動し、ダンジョンで多くの冒険者達を助けてきたという実績があったとしても、彼が英雄と呼ばれ世界中から称えられるようになるとは思えなかったのだ。


 その影を暴き出す事が、虚喰晶に繋がる手掛かりになるのだと、カルはそう直感していた。

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