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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第三章

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第29話、圧倒的で、規格外

 イクス邸での最終打ち合わせを終え、カル達はダンジョンへと繋がるゲートに移動していた。


 ゲート内にはダンジョン配信者専用の控え室がいくつも用意されており、控え室は白い壁に青いラインが走る清潔な内装で、舞台裏でありながら華やかさを備えている。


 そのうちの一室でカル達はダンジョンに入る支度を整えていた。


 スノウは仕切りカーテンの内側でダンジョン配信用の装備に袖を通す。


 鏡に映るのは氷姫スノウ・デイライトとしての自分だ。


 雪の結晶を思わせる白銀の胸甲に、淡い青を基調としたプリーツスカート。裾は軽やかに割れており、足さばきを妨げない形で銀糸の刺繍が走っている。


 肩には純白のマントが掛けられ、縫われた青いラインが冷気を思わせる輝きを放っていた。


 甲冑は決して重厚ではなく、必要最小限に抑えられた作り――けれど、その清らかな装いは施された魔法の力で確かな防御力を誇っている。


 冒険者に必要な確かな性能と、姫騎士を思わせる凛々しさが見事に調和していた。


 スノウは小さく息を吐き、手袋をはめながら心を落ち着ける。


「カル様、そろそろ本番が始まりますね」

「ああ、そっちの準備はどうだ?」

「今終わります」


 スノウは手袋をきゅっと締め、最後にマントの留め具を確かめると、仕切りのカーテンを静かに開いた。


 控え室の中央で荷物を整えていたカルが顔を上げる。


 そこに現れたのは、白銀と青を纏った氷姫の姿だ。


「どうでしょうか?」

「よく似合ってるじゃないか」


 カルの言葉はあっさりしていて飾り気もない。

 けれどスノウの胸の奥を、不思議なほど温かく満たしていった。


「今日の配信に向けて装備を新調したのです」


 スノウはスカートの裾を軽く摘み、くるりとその場で一回転してみせた。銀糸の刺繍が光を受け、淡い青のスカートが花のように広がる。


「以前の装備も可愛かったが、今のはもっと可愛いと思うぞ」


 カルの視線が真っ直ぐで、スノウの頬が熱を帯びる。


「これなら今日の主役は間違いなくスノウだな。天使みたいに綺麗だと、俺は思う」

「……あ、ありがとうございます」


 言葉を返す声は努めて冷静に。けれど口元は笑みで揺れ、赤く染まった頬を隠すようにくるりと振り返る。


 鏡の前で髪を直す仕草をして誤魔化しながら、胸の奥では小さな高鳴りが止まらなかった。


「カ、カル様って本当に……どうしてそんなに平然と、恥ずかしい事を言えるのですか」


 背を向けたまま思わずスノウの本音が零れる。


 少しの間を置いて返ってきたカルの声は、至って自然で、拍子抜けするほどあっさりしていた。


「俺は思っている事を口にしているだけだ」


 淡々としたその返しに、スノウの胸が一気に跳ねる。


 からかいでもなく、気取った調子でもない、ただ当たり前のように告げられるカルからの褒め言葉。それがかえって、どんな甘言よりも胸に突き刺さるのだった。


(……もう、どうしてこの方は)

 スノウは鏡の前で髪を直すふりをしながら、頬にこぼれる熱を誤魔化すしかなかった。


「と、ところでカル様。荷物の準備は済みましたか。そろそろ出発の時間ですが」

「もう終わってる」


 カルは肩脇に置いていた鞄を軽く叩いた。


 だがその大きさは、どう見てもピクニックなどに使われるレジャー用のリュックサック程度。


 スノウは瞬きを繰り返し、思わず首を傾げた。


「……あの、それだけですか?」

「それだけだが」

「あの……冒険者の荷物持ちといえば、自分の体よりも大きなカバンを担いでいるのが普通かと……」


 冒険者の荷物持ちと言えば、自分の体躯よりもずっと大きなカバンを背負うのが常識だ。数人分の食料、寝具、保存用の水、非常時の魔道具――それを数日どころか数週間分、一つの荷物にまとめて担ぐのが役目なのだから。


 だがカルのそばにそれらしい大荷物は見当たらない。


「カル様、今回のコラボ配信は日帰りではありません。ダンジョンの30層を目指すわけですから。少なく見積もっても数週間分の物資は必要不可欠です」

「数ヶ月分は持ったぞ。30層程度ならなんの不自由もなく攻略に集中出来るはず」


 そう言ってカルはリュックサックを軽く叩いてみせる。


 スノウは思わず瞬きをした。


 確かに中身が詰まっている様子はあるが、見た目はどう見ても一日分の食料と着替えなどが入れば十分という程度だ。


 それが数ヶ月分の物資――到底信じられるはずがない。


「……あの、カル様。冗談を言っているのですよね?」

「冗談は言っていない。食糧も水も、必要な魔道具も全部ここに入っている」


「ぜ、全部って……どうやって……」

「空間魔法だ。物の大きさや量、重さも無視して、好きなだけ物資を収められる」


 カルはリュックサックを開いて、中から一つの物を取り出した。


 ――ずしん、と床が揺れる。


 現れたのは、人ひとりが横になって寝返り出来るほどの折り畳み式のベッドだった。


 どう見ても冒険者の荷物には似つかわしくない代物である。


「……お、折り畳み式のベッド!? それを……どうやってリュックに……?」


 目を丸くするスノウの前で、カルは当然のように布の張り具合を確かめる。


「長期戦のダンジョン攻略は寝床の快適さが大事だからな。ついでに大型のテント、椅子やテーブルも入ってる。休憩用の湯沸かし器もあるぞ」

「え、えぇ……!?」


 想像を超えた中身の数々にスノウは頭を抱えそうになる。


 普通なら食料や水だけでもぎりぎりなのに、彼は当たり前の顔で『居住性』まで確保していた。


「一体どうやって……どう考えてもカバンの容量と、入っているものの大きさが釣り合っていません! ぜ、絶対に入りきるはずないですよね!?」


「だから空間魔法だと言ったろ。このリュックの口と俺の空間魔法を繋げて、どんな物でも持ち運べるようにしてるのさ」


「確かに空間魔法については知っていますが……」


 スノウは思わず声を震わせる。


「一般的な空間魔法といえば、せいぜい小物を収めて持ち運ぶ程度のものです。非常用の回復アイテムや、スペアの武器などを収納出来れば上等で……大きさも容量も、ダンジョン攻略のほんの補助にしかなりません」


 言いながらスノウはリュックサックと、その中から現れた数々のアイテムを交互に見つめた。


「……なのに、カル様のそれは、どう見ても規格外です。ベッドやテント、更に数ヶ月分の物資まで収められるだなんて……」


「空間魔法の収納出来る量は、術者の魔力量に比例する。隕石の迷宮の1000層を目指して攻略を進めるうちに、俺の魔力量はずっと増え続けていたみたいでな。今は多分、俺の空間魔法に容量の制限はない。ほぼ無限だ」


 それはスノウが言葉を失う程の常識外であり、しかもそれはカルの持つ圧倒的な力の一端でしかないのだ。


(……本当に、規格外な方……)


 驚きは尽きない。けれど胸の奥にじんわり広がるのは安心感だった。


 どれほど深い層へ潜ろうとも、この人と一緒ならきっと無事に帰ってこられる――そんな確信を抱かせる程に。


「……カル様と一緒だとダンジョンの攻略が、冒険なのか旅行なのか分からなくなってしまいますね」


 スノウは戸惑いながらも口元に自然と笑みを浮かべていた。


 カルと共にいると、緊張ばかりの任務でさえ不思議と柔らかい色に染まってしまう。


「俺ひとりなら、ここまで用意はしないさ」


 カルは簡易ベッドを再びリュックサックに収めながら何気ない調子で言った。


「俺ひとりなら最低限の食糧と水、それに武器があれば十分だ。寝床も地面で構わない。必要なものは全て現地で調達する」

「……では、どうしてここまで?」


 問いかけにカルは肩を竦める。


「スノウが一緒だからだ。快適に休めなければ集中出来ないだろう。無駄な疲労は配信にも任務にも響く。だから準備する。それだけだ」


 あまりにもあっさりとした言い方にスノウは返す言葉を失った。


 氷姫として扱われる時に視聴者から浴びせられる甘言でも、英雄が投げかける執着じみた言葉でもない。


 ただ当然のように、自分を仲間として気遣ってくれる。

 その率直さが、胸の奥に熱を広げていく。


「……本当に、カル様はずるい人です」


 小さく呟きながら、スノウは頬を赤く染めて視線を逸らすしかなかった。


 その様子を気にも留めないように、カルはリュックサックの口をしめて支度を整える。


 そんな当たり前の仕草を見ているだけでもスノウは頬が緩みそうになって、そんな自分を諌めるように小さく咳払いをした。


 危ない、こんな顔を見られたら、きっとからかわれてしまう。


「……け、けれど」


 気を取り直し、スノウは真面目な声色に戻る。


「カ、カル様の空間魔法はあまりにも規格外です。どんなものでも無制限に収納出来るだなんて。も、もしイクスにそれを知られてしまったら、ただのCランク冒険者では通せなくなってしまうのではありませんか?」


「この力も上手く活用するさ。英雄イクスの本性を知るのに役立ちそうだからな」


「英雄イクスの本性……ですか?」


 スノウが問い返すと、カルの眼差しはさっきまでの柔らかさを消し、冷徹な光を宿した。


「さっきイクス達と最後の打ち合わせをする前の事だ。どうもCランク冒険者のクロマ・カルダモンの事が気に入らないみたいでな。随分と面倒な歓迎を受けたよ」


「……面倒な、歓迎?」


「まあ威嚇に近いな。言葉の端々に“釘を刺す”つもりが滲んでいた。Cランク冒険者風情が、スノウの隣に立つ事を許さないと。荷物持ちの分際で調子に乗るなってさ」


「……あの時にそんなやり取りが。確かにわたしと握手をした時も、様子が変だとは思いましたが」


「やけに過剰な握手だったな。奴はどうにもスノウに対してご執心らしい。俺とスノウが親しい様子を見せただけで苛立ちを隠せていなかった。スノウやローズに見せる英雄の顔はあくまで表向きの仮面。俺に向けた嫉妬深い姿が、奴の本性の一端なんだろう」


 淡々とした声色の裏に、計算された冷たさが潜んでいた。


 その一言は、まるで氷の刃で切り裂くように鋭い。


「その嫉妬深さを上手く利用すれば、あいつの本性を探る事が出来るはずさ」


「しかし……どうやって、それを空間魔法で?」


 スノウが思わず問い詰めると、カルは意味深な笑みを浮かべた。


「――それは、後のお楽しみさ」


 それ以上を語ろうとせず、カルは話題を断ち切るように扉の方に視線を移した。


 ちょうどその時、控室の扉がノックされる。


「二人とも、そろそろ出発の時間よ」


 ローズの落ち着いた声が向こうから響いた。


 時計を見れば配信予定の夜8時に近付いている。


「時間みたいだな」

 カルは立ち上がり、肩にリュックを背負う。


 スノウも慌てて姿見の前で最後に髪を整え、深呼吸をひとつ。氷姫としての顔を整えると静かに頷いた。


「はい、行きましょう」


 扉を開けると廊下でローズが待っていた。彼女は微笑みを浮かべながら軽やかに促す。


「準備は整ったみたいね。それじゃあ、ダンジョンの中へ向かいましょうか」


 緊張と高揚が入り混じる空気の中――カルとスノウは隕石の迷宮の内部へと歩を進めるのだった。

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