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第2話、新たな時代

 ――地上とダンジョンを繋げる施設、通称『ゲート』。


 冒険者達がダンジョンを行き来する為の唯一の通路であり、同時に街と迷宮を結ぶ経済の大動脈でもある。


 多くの冒険者達がそこに集い、仲間達と共に決死の覚悟でダンジョンへ向かう。


 中には戦利品を手に誇らしげに帰還する者、依頼や報酬の交渉に声を張り上げる者。


 それがカルの知る日常の光景だった。


 だが今、カルの目に映るゲートは、まるで別世界の祭り場のようだった。


「さあ、今から私達『迷宮騎士団』はダンジョン攻略に向かいます。3時間の配信を予定しているので皆さんぜひ見ていってください!」


「こちら『フードハンターズ』です。今日はダンジョン内の食材を集めて、美味しいダンジョン飯の作り方をお届けします。材料は全て現地調達、スリルもグルメも満点ですからね」


 そこでは見慣れぬ装備や奇妙な魔道具を構えた者達が大声を張り上げていた。


 浮遊する小さな金属板――ダンジョン内で見た謎の物体が、各所で冒険者達の動きを追っている。


 ダンジョンに関する依頼が貼り付けられていたはずの掲示板には、「視聴数」「登録者数」「人気ランキング」と言った文字が、光を放ちながら表示されていた。


 冒険者達が『デンコーケイジバン』と呼んでいるのを耳にした。一体何だというのだ。


(何もかもが俺の知るものと違うな)


 まずゲートの造り自体が全く違う。


 冒険者達が必要とする機能だけを集めたような簡易的なキャンプ地だったはずのゲートは、そもそもが巨大な建物の一部として組み込まれていた。艶のある純白の石材で建てられた巨大なエントランス、吹き抜けの天井に光の粒が漂い、まるで王宮の謁見の間のような荘厳さを放っている。


 ゲートに集まる冒険者達の鎧や武器も、装備としての性能より衣装や飾りとしての見た目を重視しているようだ。金糸をあしらったマント、煌びやかな仮面、宝石で縁取られた杖や、羽の飾りがついた帽子。どれも戦場より舞台で映える装備ばかりだ。


「……ダンジョンへ何をしに来ているんだ、こいつらは」


 カルは静かに呟く。

 戦いに赴くというより、観客の前に立つ演者のようだ。


「おっとー! こちらミラクル☆シスターズ、今日も元気に歌って踊るダンジョン配信いっちゃいます!」

「コメント欄でお題くれたら、そのまま戦闘で試すよー! 面白かったらチャンネル登録よろしくね!」


 甲高い声と同時に、また浮遊する金属板がカルの前を横切った。


 ダンジョンという危険な場所へ向かう緊張感は一切なく、むしろ祭りのような熱気と浮かれた空気だけがそこにあった。


(ここにいると頭が痛くなりそうだ)


 カルは冒険者達から距離を取り、外へと繋がる門へと歩みを進めた。


 透明なガラスを使った扉は近付くだけで音もなく左右に開いた。


 見慣れぬ仕組みに一瞬足を止めたが、カルはすぐに歩みを再開する。


 扉の向こうには、陽光が降り注ぐ眩しい世界が広がっていた。


 外の光が視界の奥で眩しく揺れる。


 その瞬間、肺の奥に溜まっていた重たい空気が、ふっと抜けていくような感覚があった。


 青い空。

 白い雲。

 そして――地上の空気。


 だが、そこにはカルの記憶にある王都とは似ても似つかぬ光景が広がっていたのだ。


 黒い石材で丁寧に舗装された道を馬車ではなく、車輪を付けた金属の箱が魔力を噴き出しながら滑るように進んでいる。


 道の両脇には滑らかな石材とガラスが一面に張られた高い塔が立ち並び、上空を鳥ではない巨大な何かが翼を広げ轟音を響かせながら飛び去っていく。まるで空を泳ぐ船のようだ。


 行き交う人々の服装も、鮮やかな色と奇妙な素材に包まれ、腰に剣を差す者など一人もいない。代わりに手のひら程の金属製の板を持ち、忙しなく視線を動かしていた。


(またあの金属の板だ。ここにいる全員が持っているのか……?)


 カルは人波の中を進みながら、すれ違う者達の手元を何度も見やった。


 その金属板は、光を放ち、映像や文字を次々と映し出している。


 時に人々はそれに向かって話しかけ、時に笑い、時に眉をひそめていた。


(……ここは本当に、あの王都なのか? だがあれは……確かに)


 見覚えのないガラス張りの塔の頂に、しかし一つだけ知っている紋章が刻まれていた。


 かつて王家の象徴であった黄金の双剣の紋。


 だがその下には、カルの知る文字で――『メテオポリス・シンジュクシティ』と刻まれていた。


 ――王都メテオポリス。

 大陸中央に位置する都市国家。


 そこは超巨大隕石によって生じたクレーターの内部に築かれた。


 地下には今も巨大な隕石が形そのままに埋まっており、そこは世界最大級のダンジョン『隕石の迷宮』として知られている。


 隕石の迷宮は『地下100層』にも続くとされる古代の大迷宮。そこには神話時代の神々が遺した秘宝が今も眠っており、煎じて飲めばありとあらゆる病を治す薬草、死者を蘇生させる宝石、人を若返らす奇跡の水など、人類の技術では到底たどり着けない奇跡の品々が存在している。


 その奇跡のアイテムを求めてダンジョンに足を踏み入れる者達を人々は『冒険者』と呼び、彼等が持ち帰る神々の秘宝によって人類の生活は支えられ豊かになっていく。


 王都メテオポリスが発展を遂げたのも、全ては『隕石の迷宮』がもたらす恵みを独占出来ているおかげ。だがいくらなんでも発展しすぎなのではないかと、カルは唇を引き結ぶ。


 この街は――自分の知る時間から、どれほど先へ進んでしまったのか。


 まるで100年、いやそれ以上の歳月を一気に飛び越えたかのようだ。


(一体……何があった)


 胸の奥で、重い塊のような疑問が渦巻く。

 この街の全てが自分の常識を置き去りにしている。


 人々の使っている言語と文字が変わっていない事だけが唯一の救いだろうか。


 カルは足を止め、深く息を吐いた。


 かつては石造りの城壁に囲まれた王都――それが今では光で覆われた巨大都市に変貌している。


 周囲の喧騒が耳に入りながらも頭の奥底でどんどん疑問が膨らむ。


(どれだけの時が流れれば、これ程の変化が起きる? ダンジョンの1000層攻略にかかった時間は体感で4年くらいのはずだ)


 体感で4年。だが、ここには100年――いやそれ以上の遥かな変化がある。


 石と木と魔法で成り立っていた世界は、光と金属と謎の道具に覆われていた。


「考えすぎて……腹が減った」


 ぐぅと腹が鳴る。


 そういえば地上へ戻るまでの間、まともな食事は一度も口にしていなかった。


 最後に食べたのは、ダンジョンの深層で倒した魔獣の干し肉と、癖の強い苦草を煮た汁だけだ。あれから何日も経っている。


 ふらつく足取りで通りを歩くと香ばしい匂いが鼻を突いた。


 振り返れば道の脇に滑るように走っていた金属の四角い箱が停まっており、大きく開いた窓から男が商いをしていた。


 金色の油がじゅうじゅうと音を立て、鉄板の上で肉が踊っている。


 香辛料の匂いと、焼けた肉の脂の甘い香りが、空腹の腹を一気に刺激した。


「――いらっしゃい! 本日のおすすめはグリル・ボアサンド! 熱々でジューシー、SNS映えも間違いなし!」


 威勢のいい声と同時に、分厚い肉が鉄板の上で裏返される。断面から溢れた透明な肉汁が、熱に触れて白く弾け、香りが一層強まった。


 カルの喉が、ごくりと鳴る。

 異様な街並みも、人々が手にする金属板も、今はどうでもよくなる程――腹が限界だった。


 カルは店の方へ向かうと、腰に下げていた小袋を探った。


「グリル・ボアサンドを一つ。いくらだ?」

「あいよ! 一つ980円だ!」

「980エン……?」


 カルが小袋の中から取り出したのは、くすんだ銀貨と銅貨の混じる硬貨数枚。


 彼の時代の通貨だ。


「……これで、足りるか?」


 恐る恐る差し出すと屋台の男は一瞬だけ怪訝そうに目を細めた。


「おっと、こいつはアンティークコインか?」

「これでは駄目だろうか?」

「駄目ってそりゃ駄目だろうよ」


 軽く笑いながらも、男は目の前の肉を返す手を止めない。


 カルは眉をひそめた。


「使えない……?」

「物々交換は駄目だねえ。現金がないならキャッシュレス決済でも構わんよ。うちはメテオペイか、クリスタルコインに対応してる。クレジットカード決済も出来るぜ」


「メテオペイ、クリスタルコイン、カード、キャッシュレス……ぐ、頭が」

「持ってないのかい? じゃあスマホは? アカウントの作り方でも教えてやろうか?」


「……すまない。何ひとつ分からん」

「おいおい、どこの田舎から来たんだよ……。最近じゃ子供でもスマホくらい持ってるぜ」


 カルは黙り込む。どうやら彼の持つ銀貨や銅貨は、この時代の経済では物々交換の対象――つまり通貨としての機能を完全に失っているようだ。


 その事実が、じわじわと腹の底に冷たいものを落としていく。


 人々が持つ金属板や街を埋め尽くすガラス張りの塔がどれほど異質であろうと、腹を満たす方法は変わらないはずだった。


 金を払えば、食べ物が手に入る。それは人間の営みの根幹だと、カルは信じていた。


 だが今、その前提すら崩れている。


(……この世界で、俺は何も持たない流れ者だという事か)


 腹が鳴る。

 空腹は鋭い針のように意識を刺し続ける。


「……すまない、迷惑をかけた」


 短く頭を下げ、カルは屋台から離れようとした。


 だが、その背に声が飛んだ。


「おい、待ちな。食いもんが欲しいだけなんだろ?」


 振り返れば、屋台の男がにやりと笑い、鉄板の上の肉を器用に転がしている。


「働ける腕があるなら、手伝ってくれりゃタダで一つくらい食わせてやるよ。皿洗いでも荷運びでもな」


 カルは一瞬、返事をためらった。

 しかし次の瞬間、焼けた肉の香りが脳を溶かすように広がり、口が勝手に動いていた。


「……やる。何をすればいい」


「いい返事だ。ほら、そこの箱を運んでくれ。肉の仕込みに使う」


 言われるまま、カルは両腕で茶色の紙の箱を抱え上げる。


 かつてダンジョン深層で魔獣の死骸を運んだ日々に比べれば、軽いものだ。


 屋台の男は、その様子をちらりと見て感心したように笑う。


「かなり詰め込んでいて重いはずなんだが、随分と力があるみたいだな。筋肉使った配信でもやったら稼げるんじゃねぇの?」


「……筋肉、ハイシン?」


「まあいい、後で教えてやるよ。腹、空いてんだろ?」


 鉄板の上でジュワァと音が立ち、肉の表面に香ばしい焼き色が走る。


 その匂いだけで、カルの胃は悲鳴を上げた。


(労働と引き換えに食事が得られる……これだけは変わらぬ常識か)


 カルは異世界に置き去りにされた感覚の中で、ようやく一つだけ確かなものを掴んだように思えた。

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