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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第二章

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第22話、二人で無事に

 ――森の出口へ。


 気を失ったズゴットを肩に担ぎ、カルは黙々と歩を進めていた。


 周囲には既に炎も氷もなく、ただ戦いの爪痕だけが残されている。


 倒木の陰を抜けた先、開けた場所に多くの人々が集まっていた。


 そこではスノウが先頭に立ち、避難を終えた冒険者達の点呼を取っている。誰一人として欠けていない。安堵の空気が漂っていた。


「……皆さん、これで大丈夫です。もう心配ありません」


 スノウは深く息を吐き、振り返る。


 そこへ静かに歩み寄る足音が響いた。


 振り返ったスノウの瞳に映ったのは、まるで戦場から戻ったとは思えぬ落ち着きを纏ったカルの姿だった。


 黒衣には焦げ跡や土埃こそ付いていたが、その身に傷はない。


 揺るぎない瞳と揺らがぬ歩み――ただその存在感だけで、彼がどれ程の強敵を退けてきたのかを雄弁に物語っていた。


 その姿を目にした瞬間、スノウの青い瞳が大きく揺れる。


「カル様……!」


 スノウの声が震える。

 気付けば彼女は駆け出していた。


 そしてカルの胸へと飛び込み、強く抱きしめる。


「カル様……ご無事で! あの魔獣の群れを相手に……本当に、カル様は凄すぎます!」


 言葉は震えていたが、瞳には喜びと安堵の涙がにじんでいた。


 カルは少し驚いたように目を瞬き、それから短く答えた。


「心配をかけたか」


 スノウは小さく首を振り、頬を赤らめながら言葉を続ける。


「いえ……わたしは、カル様なら必ず帰ってきてくださると信じていました。でも……それでも……」


 胸の奥から溢れる思いに、言葉は途切れ、ただ抱きしめる力を強めた。


 カルは小さく息を吐き、スノウの背に手を添える。


 その仕草はまるで怯えた子供を安心させるかのように、穏やかで落ち着いていた。


「もう大丈夫だ。心配しなくていい。それより、ほら。見られてるから、スノウ」

「え……っ」


 カルに促されてスノウが振り返ると、避難していた冒険者達が一斉にこちらを見ていた。唖然とした顔、微笑ましげな顔、ニヤつきを隠せない顔……さまざまな視線が、彼女を射抜いていた。


「~~~っ!?」


 スノウの顔が一瞬で真っ赤に染まり、両手で自分の頬を覆う。


「ち、ちがっ、これは……! わたしは、その……! 仲間のあ、安否を確認しただけでっ……! そ、そうです、これはただの確認です!」


 必死に弁明するが、声は裏返り、説得力は皆無だった。


 冒険者達の間から「いやいや抱きついてたよな?」「羨ましい……」「いいぞもっとやれ」などなど、ひそひそ声が漏れてスノウは更に小さく縮こまる。


 カルは肩を竦めて淡々とした声で言った。


「まあ、誰だって生きて帰ってきた仲間には抱きつきたくなるもんだろ」

「そ、そ、そんな、当たり前みたいに言わないでください……っ!」


 スノウは顔を両手で覆い隠すようにしてしゃがみ込んだ。エルフの耳が真っ赤になり、青い瞳は涙目で潤んでいる。


 カルはそんなスノウを見下ろし、口元を僅かに緩めた。


「スノウは見ていて楽しいな」

「ふぇ……?」


 間の抜けた声が、ぽろりとスノウの口からこぼれた。

 青い瞳がぱちぱちと瞬き、まるで頭の中で理解が追いついていない様子だ。


「出会って始めの頃は、冷静で必要な事しか言わない。感情を表に出すのも得意じゃないんだろうと思っていた。でも、違ったな。耳を赤くして照れたり、今も抱きついてあたふたしたり。スノウは俺が思っていたより、ずっと表情豊かだ」


 カルの言葉に、スノウの肩が恥ずかしげに揺れた。


 すぐに表情を引き締め、いつもの冷静さを取り戻したかのように振る舞う。


「……わ、わたしは……ただ、当然の確認をしただけです」


 凛とした声。しかし耳の先まで真っ赤に染まっていて、説得力は薄い。


 唇を結び、視線を逸らす仕草も、取り繕おうとする不器用さを隠せない。


 カルはそんなスノウをしばし見つめ、ふっと口元を緩める。


「最初の印象とは、だいぶ違う」

「……嫌いになりましたか?」

「いや、嫌いじゃない。むしろ好きな方だ」


 感情を大きく表に出さない彼の声音には、いつも通りの静かさがあった。けれどその一言には、どんな冗談も混じっていない重さもあって。


 カルから「好きな方だ」と言われた瞬間、スノウの表情がふっと崩れる。


 青い瞳がとろんと潤み、口元は緩んでしまい、普段の冷静さからは考えられないほど無防備でだらしない顔を浮かべてしまった。


「……っ」


 はっと気づいたスノウは、慌てて唇を結び、背筋を伸ばして表情を引き締め直す。しかし頬には熱の名残がはっきり残っていて、視線も定まらずに泳ぎ続けている。取り繕おうとするその必死さが、かえって彼女の可愛らしさを際立たせていた。


「き、嫌われていないなら、いいです。わたしとカル様は、その、パートナーですから」


 言葉の途中で視線が泳いだが、スノウはすぐに真剣な顔を作り直す。


 青い瞳に揺れる感情を押し隠し、凛とした声音で続けた。


「仲が悪いと、いざという時の連携に支障が出ます。だから……その、円滑な関係を保つのは大事な事です」


 妙に理屈っぽく並べ立てながら、手元では裾をぎゅっと握りしめている。


 強がって言葉を並べているのに、その仕草がまるで自分の動揺を隠す為の拠り所のようで――。


 カルはそんな彼女を眺め、ほんの少しだけ目元を和らげた。


「ほんと、スノウは可愛いやつだな」

「……からかってませんか?」

「冗談を言う余裕があるのは、お前が無事だからだ」


 軽い口ぶりにスノウは一瞬きょとんとし、それから小さく唇を尖らせる。


「そういう言い回しが一番ずるいのです……」


 声を張ろうとしたのに、語尾が微かに揺れてしまう。


 その反応にカルはまた小さく笑って、それから周囲に向かって視線を向けた。


「ところでスノウ。よくやってくれたな。お前が冒険者達を安全な場所に誘導してくれたおかげで、被害者はゼロ。流石だよ」


 穏やかに告げられた言葉に、スノウの胸がきゅっと熱くなる。誇らしいはずなのに、真正面から褒められるとどうにも居心地が悪い。


 だがいつまでも気を緩めてはいられないと、彼女は真剣な様子で言葉を返す。


「当然の務めを果たしたまでです」


 努めて冷静に答えるスノウを見て、カルはそれ以上何も言わず自分が来た道の方に視線を向けた。そこには意識を失ったまま転がるズゴットの姿があって、カルは短く吐息を漏らす。


「……さて、問題はこいつだな」

「カル様、ズゴットを捕縛して連れてきてくださったんですね」


「まあな。ちゃんと指示通りに生け捕りにしておいた。しばらく目を覚ます事はないだろ」

「お見事です。ズゴットには聞かなければならない事が山程ありますから。後は“専門家”に奴を引き渡します」


「専門家……か。なるほど。餅は餅屋って言うように、任せるべきところに任せるのが一番だな。だがその前にちょっと見て欲しいものがある」

「カル様、それは?」


 カルはコートの中に手を差し入れ、ゆっくりと何かを取り出した。布に包まれたそれは、まるで瘴気を孕んでいるかのようにじわりと空気を歪ませる。


 包みを解いた瞬間、覗いたのは黒紫に輝く小さな結晶だった。


 見ただけで胃の奥を冷たく握られるような不快感が走り、スノウの眉がぴくりと震える。


「ズゴットが持っていた。担いでいる道中に落とすと厄介だから、先に回収しておいた」


 カルの掌に乗った小さな結晶は、まるで呼吸をするかのように淡く脈動している。見る者の精神を侵すような不快さを放ち、空気そのものが澱んでいくようだった。


「これは……魔石? いえ、それにしては……」


 スノウが顔をしかめる。

 結晶の表面に走る黒紫の光は、ただの魔力の輝きではなく、禍々しい意思のようなものすら感じさせた。


「魔石はダンジョン内に充満する魔力が結晶化したもの。俺のいた時代でも日常生活のあらゆる所で使われていた。人間の文明を支える資源そのものと言っていいだろう」


「ですね。わたし達の時代では車の燃料や、電気の発電など、文明の根幹に欠かせないものとなっています」


 スノウが真剣な面持ちで頷く。

 しかしカルの掌にある黒紫の結晶は、そうした“文明を支える魔石”とは明らかに違っていた。


「こいつは魔石に似ているが、全くの別物だ」


 カルの言葉にスノウが目を瞬く。

 掌に乗った黒紫の結晶は、ただ魔力を宿しているだけではなかった。


「魔石は魔力の塊だが、これは“意思”を持っている。……ズゴットが所持していた理由も納得だ。これは召喚石――魔獣を封じた石だ」


「召喚石……!」


 スノウの瞳が大きく見開かれる。


 それはダンジョンが生み出した忌まわしい遺物。封じられた魔獣は石の中で眠り続け、主が解放すれば現世に顕現し、召喚主の指示に従う傀儡と化す。


「どうしてダンジョン10層に階層外の魔獣が出現したのか、その魔獣が何故ズゴットに従っていたのか、こいつで全て説明がつくな」


「それだけではありません。各層で相次いでいた階層外の魔獣の出没――あの異常現象の全てに、この召喚石が関わっている可能性があります」


「そうだな。ダンジョンのルールを無視した魔獣の出現は、この召喚石の存在を前提にすれば全て辻褄が合う。だが問題は――この召喚石をズゴットがどうやって手に入れたのかだ」


 掌の上で淡く脈動する黒紫の結晶を凝視しながら、カルは吐息と共に言葉を落とした。


 召喚石、それは古の伝承に名を残す忌まわしき遺物だ。一介の冒険者が独力で手に入れられる可能性は限りなくゼロに等しい。


「つまり……ズゴットの背後に、召喚石を与えた者がいる……」


 スノウの声には胸の奥の不安がそのまま音に滲み出ていた。そう、ズゴットはただの操り人形に過ぎず、真に糸を引いている存在は別にいる――。


「その可能性は高いな。だが断定は出来ない。奴のスマホも回収済みで、事件の首謀者のズゴットも捕縛した。後は”専門家”に任せて、必要な情報を吐かせるだけだ」

「ですね。ズゴットのスマホも組織の解析班に回します。召喚石も徹底的に調べてもらいましょう」


 スノウの言葉にカルは小さく頷く。

 黒紫の結晶は掌の上で淡く脈動を続け、まるで魔獣の心臓が石の中で鼓動しているかのようだ。


「今回の件の後処理はギルドに任せる手筈になっています。避難した冒険者達の保護についても彼等に一任しましょう」


「そうだな。表の仕事はギルドの役目、裏の仕事は俺達――シャノワールの領分だ」


 ギルドが担うのは人々の前に立つ“公の役割”。だが召喚石を巡る陰謀の糸を断つのは、シャノワールに課せられた使命だ。


「ズゴットの背後に誰がいるのか……それを暴くのはわたし達の務めですね」

「ああ。黒幕を突き止めなければ、同じ悲劇が繰り返されるだけだ」


 カルは結晶を布で丁寧に包み、腰の鞄の中に収めた。

 そこに込められた魔獣の気配はなおも空気を重くし、息苦しさをまとわせる。


「戻ろう。黒猫亭に。アンゴーラへ報告だ」

「はい」


 二人は互いに視線を交わすと、無言のまま黒猫亭へと歩みを進めた。


 カルの瞳が鋭く細められる。

 彼の視線の先には、深く広がる闇――まだ姿を見せぬ“黒幕”の影があった。

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