第20話、雷と毒の二重奏
カルがズゴットへ向けて迫る中――。
空に雷鳴を轟かせていたサンダーバードが翼を翻した。鋭い爪が煌めき、稲妻を纏った巨体が一直線にカルへと急降下してくる。
巨大な嘴を開き、ばちばちと雷光を迸らせた。それはサンダーバードが得意とする雷撃の前兆だ。
19層に広がる雷鳴轟く山脈の王として、数多の冒険者を葬ってきた災厄の魔鳥。その雷撃はまさしく空から降り注ぐ稲妻そのものであり、直撃すれば人間など黒焦げと化してしまう。
そして今、サンダーバードから稲妻の一撃がカルへと放たれた。
しかしカルは一切怯む事なく、鈍い光を宿らせた剣を構える。
「うるせえ鳥だ」
一直線に落ちてきた雷撃を――カルは剣の一振りで“斬った”。
紫電を裂く為に振り抜かれた漆黒の剣閃。空を割って落ちてきた稲妻は、まるで布切れのように真っ二つに裂け、轟音と共に消え去った。
サンダーバードの目が大きく見開かれる。
空の王者として君臨するはずの魔鳥の稲妻が、いとも容易く防がれたのだ。
そしてカルが怯むサンダーバードへ狙いを澄ませ、地を蹴ろうとした瞬間――突如として地響きが起こり、彼のいた周囲を揺らした。
大樹の根が裂け、地面がせり上がる。崩れた土砂の中から現れたのは、黒曜石の甲殻に覆われた巨大な蠍――ブラッドスコルピオだった。
尾の先端の毒針が鈍く妖しい赤光を放つ。
それは僅かなかすり傷でさえ死を招く、ダンジョン22層の死神。
鋭い毒針の先端をカルに向け、同時にブラッドスコルピオは口から毒霧を吐き出した。
深い紫に染まる瘴気が森の中を一瞬で満たしていく。
草木が触れたそばから枯れ、葉は黒ずみ、やがて灰のようになって崩れ落ちる。呼吸すら許さない死の霧――。
「面倒なやつだな」
カルは舌打ちし、迫る毒霧へと剣を振るう。漆黒の斬撃が大気を裂き、毒霧を真っ二つに割った。彼の放った斬撃の衝撃波で瘴気は霧散して風が吹き抜ける。
だが今度は頭上から雷鳴を纏ったサンダーバードが急降下していた。
カルは迷いなく地を蹴り、毒針を振り下ろすブラッドスコルピオの頭上を跳躍する。
雷光と毒針が交差する瞬間――。
「まとめてぶった斬る」
カルの剣が唸りを上げて振り抜かれる。
斬撃は雷と毒の狭間を貫き、サンダーバードの片翼を裂き、同時にブラッドスコルピオの毒針を斬り飛ばした。
甲高い悲鳴が森を揺るがす。
雷鳥は片翼を失い、バランスを崩して樹海へ墜落。
蠍は切断された毒針から毒液を撒き散らし、地をのたうち回る。
その隙をカルは決して見逃さない。
最速最短の踏み込みでサンダーバードの首を落とし、地に伏したブラッドスコルピオの核となる頭胸部を渾身の一撃で貫いた。
轟音と共に、巨体二つがほぼ同時に地へ沈む。
その場を覆っていた雷光も毒霧も、一瞬にして消滅した。
上位ランクの冒険者達でさえ苦戦必死の二体を、殆どまばたきする間もなく屠った。
だがカルの呼吸は一つも乱れていない。むしろその眼差しは更に研ぎ澄まされ、次の標的を探すように周囲を射抜いていた。
「やはりこの魔獣、操られているのか」
眼差しは森の奥へと向けられていた。二体の強大な魔獣が偶然同時に襲い掛かってくるなど、ましてや呼吸を合わせて仕掛けてくるなどあり得ない。
明確な意志と支配の力――そこに人為を感じざるを得なかった。
「飼い主を潰さないと話にならないな」
カルはそう吐き捨てると森の奥へと歩を進める。
湿った大地に雷と毒が染み込み、枯れた草木の匂いが鼻をついた。
更に奥では氷が爆ぜて、炎が燃え上がった。
轟音と爆裂の余波が枝葉を吹き飛ばし、灼熱と極寒が交互に森を破壊している。
しかしカルはそれらに目もくれず、事の首謀者であるズゴットの気配を感じる方へ迷いなく歩を進めた。




