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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第二章

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第18話、魔獣暴走――スタンピード

 洞窟を抜けた先、湿り気を含んだ冷たい空気は途切れ、代わりに眩しい程の光と乾いた風が二人を包んだ。


「着いたか。ダンジョンの10層、森林エリアだ」

「ここはいつ来ても良い天気です。視界も広く取れますね」


 スノウの声は相変わらず落ち着いているが、その瞳は細められ周囲の状況をくまなく確認していた。


 青く澄み渡る空の下は切り立った崖と、その向こうに見えるのは緑の海――濃淡入り混じる樹海が一面に広がっている。空から降り注ぐ太陽に似た光で森は青々しく煌めいており、時折吹く風が木の葉を揺らした。


 しかしここは確かに地下深くに眠る隕石の内部。


 見渡す限りに広がっている大森林は魔獣達の巣窟であり、ここは古の神々によって生み出された巨大な異空間なのだ。


 ダンジョンに人間の常識は通用しない。神々の奇跡によって生み出されたそれは、隕石の中であろうと外の世界と同じ大自然が存在している。


 太陽に似た星が浮かび、青々とした空が雲を纏っていた。


 隕石の体積よりも膨大な空間が広がっていて、森や海、雪山や砂漠、沼地や荒野、自然界に存在する様々な環境が何層にもなって連なっている。


 そんな神秘的な空間をカルとスノウは慣れた足で歩く。


「洞窟の暗さからいきなりこれだと、目が眩むな」

「まずは状況確認からですね。ダンジョン10層はかなり広いエリアとして知られていますから」


 そう言いながらスノウは小型の双眼鏡を取り出し、崖下と遠方の樹海を順に観察する。


 カルも視線を走らせ崖の際に立った。

 下方には断続的に岩場と立木が混ざり合い、その間を細い獣道が走っていた。


「……少し様子が変だな」

「わたしにはいつも通りにしか見えませんが」


「魔獣達が殺気立っている。森全体から異様な雰囲気を感じるだろう」

「……確かに。普段と音が違います」


「気付いたか」

「はい。風に混じって……木々を揺らすのとは別の、低く唸るような……これは魔獣の鳴き声です」


 スノウは双眼鏡で再び森の奥に視線を滑らせた。そこでは赤黒い魔獣と爬虫類に近い見た目の魔獣が異様に密集し、互いに牙を向き合っていた。


「普通じゃないですね。あの距離で魔獣の群れ同士が衝突するのは稀です」

「まるで元いた縄張りを追い出された魔獣同士が、新しい縄張りを探して彷徨っているようだな」


「まさか。あの赤黒い獣はキラーベア、ダンジョン10層の生態系の頂点です。それと相対しているのはアーマードリザード、同じく頂点クラスの捕食者。あの魔獣達の縄張りを追いやれるような存在は10層には生息していません」


 崖下の開けた岩場で人間の倍以上もある二種の魔獣が牙を剥き、地面を踏み鳴らしていた。キラーベアの赤黒い毛並みは逆立ち、鋭い鉤爪が土を抉る。対するアーマードリザードは、全身を覆う硬質の鱗を軋ませながら尾を振り、地響きのような低い唸りを上げていた。


「いいか、スノウ。キラーベアとアーマードリザードは同格の魔獣だ。奴らは互いの縄張りに踏み入るような事はしない。それがダンジョンで種を繋ぐ強者同士の生存戦略だ。だが今はそれが崩れている」


「……では本当に縄張りを追われて衝突したと? ですがこの規模の生態系の乱れは自然発生では考えにくいです」


 スノウは考え込むように桜色の唇に人差し指を当て、細い肩を僅かに揺らした。


「一つ、思い当たる可能性があります」

「聞こうじゃないか」


「この階層には本来存在しない、強大な魔獣の出現です。その魔獣がキラーベアやアーマードリザードを、縄張りから追いやったのではないでしょうか?」

「そうだな。俺もその可能性を予想していた」


「そして今回のものと似た事例をわたしは知っています。ダンジョン配信者の間で起こっている異変。カル様もご存知だと思います」

「この前のミノタウロス襲撃事件か」


 それはカルとスノウが出会うきっかけとなった事件。


 ダンジョン3層という浅い階層に突如として現れた、ミノタウロスという強大な魔獣。それは本来30層以降の迷宮エリアにしか出現しないはずの存在であり、ミノタウロスに襲われるスノウをカルが助けたおかげで事なきを得た。


 あの時の記憶が一瞬蘇り、スノウの細い肩が小さく震える。


 ミノタウロスの巨体が退路を塞ぎ、振り下ろされた戦斧が地面を粉砕した音。耳の奥に今も残り続ける骨まで響くような獣の咆哮。


 震えるスノウの肩に、カルは優しく手を伸ばした。


「大丈夫だ。あの時は俺がいた。今も俺がいる」


 カルの確かな声色に、スノウは瞳を伏せて胸の奥で小さく息を整えた。


「……ありがとうございます、カル様」

「礼はいらん。だが今は震えている暇もない」

「はい、カル様の仰る通りです」


 カルは鋭い視線を森の奥へ向けた。


 遠方では今も尚キラーベアとアーマードリザードが威嚇を続けているが、その動きには何処か落ち着きがない。まるで見えない何かに怯えているようだ。


「……あれだ。見えるか、スノウ」

「――っ、あれは!」


 その瞬間、森の奥から切り裂くような咆哮が轟いた。


 地面が震え、鳥の群れが一斉に飛び立つ。


 木々の間をなぎ倒して現れたのは、純白の分厚い鱗に覆われた巨大な竜――全身から蒼白い冷気を漂わせ、赤い双眸が不気味に輝いている。


「……フロストドラゴン」


 純白の竜から吐き出された冷気が森の一帯を一瞬で白く染め上げた。


 霜が草木を覆い、木の葉は音もなく砕け散る。空気そのものが刃のように肌を裂き、肺を刺す冷たさが走った。


「10層に……ドラゴンが出現するだなんて。あれは本来、36層以降に広がる氷雪の領域にのみ棲むはずの存在です」


 スノウの声は冷静だったが、微かな震えが混じっていた。


 フロストドラゴンの巨体が一歩踏み出すごとに、地面は氷に閉ざされ足元から霜の避ける音が響く。


「キラーベアと、アーマードリザードが……」


 スノウが視線を送る先で、キラーベアとアーマードリザードが氷のブレスでいとも容易く氷像と化していた。その魔獣の氷像をフロストドラゴンは巨大な口で砕き、まるで硬い飴玉を噛み砕くような音を響かせる。


「この階層の頂点捕食者ですら、あのドラゴンの前じゃただの餌だな」

「カル様、このまま放置すれば、この階層は一晩で氷漬けです」

「氷漬けで済めばいいが。見えるか、他にもやばいのが盛りだくさんだ」


 カルがそう言って指差す先。


 全身を溶岩のように真っ赤な甲殻で覆う巨大な蛇の姿があった。その胴体は大木のように太く、槍のように鋭い牙を生やし、その岩のような眼球は赤く爛々と輝き、吐き出す息は熱波となって周囲の木々を焦がしていく。


「……あれは、フレイムバジリスク。ダンジョン28層の火山地帯にしか生息しないはずの魔獣です。階層外の魔獣の同時出現という事ですか?」


「ああ。他にも俺が確認したのはダンジョン19層の山脈に出現するサンダーバード、22層の砂漠に出てくるブラッドスコルピオ。他にも複数、森の中に紛れている」


 フロストドラゴンの冷気が森を凍らせる傍らで、フレイムバジリスクは樹木を炎で焼き払い、サンダーバードは枝を打ち砕きながら雷光を散らしている。砂のように乾いた風が吹いたかと思えば、ブラッドスコルピオの毒気を孕んだ尾が草木を枯らしていく。


「おいおい、こいつは動物園か何かか?」

「悪夢ですね。この規模の異常魔獣の同時出現……初めて観測しました」


 スノウの手が恐怖で震える。

 双眼鏡のレンズ越しに見える光景は、常識の全てを嘲笑うかのようだった。


 そして事態は更に加速する。

 何処かから笛のような音が聞こえたかと思うと、暴れ回っていた魔獣達に異変が起こったのだ。


 フロストドラゴン、フレイムバジリスク、サンダーバード、ブラッドスコルピオ、四体の魔獣が一斉に同じ方向へ翻ったのだ。まるで見えない指揮者に操られているかのように、一糸乱れぬ動きで同じ方向に前進していく。


 その行く先にはダンジョン配信を行う冒険者パーティーの姿があって、彼らは強大な魔獣達の接近に気が付くと悲鳴を上げて逃げ出した。


 同時に森の中にいた他の魔獣達が一斉に動き出し、彼らの背後に魔獣の群れが雪崩のように迫った。地面が割れ、木々が弾け飛び、耳を劈く咆哮と轟音が大気を震わせる。ダンジョン10層全体が狂乱の渦に巻き込まれていく。


 それはモンスタートレインなどではない――かつてない程の大規模な”スタンピード”だ。


 スタンピードとはダンジョン内に存在する全ての魔獣が、何らかの要因で暴走し一斉に動き出す事を言う。スタンピードを行う魔獣達は極度の興奮状態にあり、目に入ったもの全てを襲って冒険者達に甚大な被害をもたらす。


 今回のスタンピードの原因は間違いなく階層外の魔獣達。


 フロストドラゴンを始めとする強大な存在に触発され、10層に生息する本来の魔獣達が連鎖的に暴走を始めたのだ。


 大規模なスタンピードの様子を目で追うのと同時に、カルは森の奥で響いた笑い声を捉えた。


「ハハハハ! 見ろよ視聴者! これがオレ様の配信の”特別編”だ!」


 森の中にいる男が両手を広げて高らかに叫ぶ。男の傍に宙を浮かぶスマホは、その様子を裏の世界に向けて配信していた。


 ――間違いない。

 今回のターゲット、ズゴット・ヴァンスの姿がそこにあった。


「退屈な10層を、最高の娯楽に変えてやった! 氷と炎と雷と毒の四重奏――生き残れる冒険者がいるなら挑んでみろ! オレ様が用意したのは地獄のエンターテイメントだァ!」


 カルの拳が音を立てて握り締められる。

「……くだらん」


 怒りを押し殺した声。

 彼の眼差しは、氷と炎と雷と毒が渦巻く地獄の舞台を越え、その中心で配信を続ける男を射抜いていた。


「カル様、どうしますか?」

「決まっている――」


 カルの声は雷鳴のように重く響いた。


「――ぶっ潰す」


 スノウは静かに双眼鏡をしまい、カルの隣に立った。


「了解しました。カル様、行きましょう」


 二人は目配せ一つで頷き合い、音もなく崖下へと身を投じる。


 氷の咆哮と雷鳴を纏う風、炎を渦巻く嵐と毒が荒れ狂う森の中で、影の世界の住人達が動き出した。

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