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ダンジョン配信者、BANします  作者: そらちあき
第二章

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第11話、ペアでの活動

「カル様の寝床はそちらです」


 スノウが指し示したのは、奥の寝室に並ぶ二つの天蓋付きベッド。


 重厚な柱と白いカーテンが優雅に垂れ下がり、ふかふかの布団が誘うように膨らんでいる。


「俺を案内する為にここまで来たんじゃないのか?」

「いえ。わたしもここで宿泊するつもりです。ただ案内をするだけならロビーまでで十分でした」


「そういう事を聞いているんじゃない。理由だ。わざわざ同じ部屋に泊まる必要はないだろ」

「基本的にシャノワールはペアで行動を共にします。行動中も休息中も、互いの距離を近く保つのが規律です」


「初耳だぞ」

「はい。今初めてお伝えしました」


「どうしてペアで動く必要がある?」

「任務の成功率を上げる為です」


 スノウは淡々と答え、革の鞄から小さなポーチを取り出して机に置いた。


「シャノワールの任務はリスクが高いものばかりです。単独行動は不測の事態に弱い。互いが互いの目となり耳となる事で、奇襲や罠、魔獣の急襲にも即座に対応出来ます」


「まあ、理屈は分かるが……それは任務中の話だろ? 宿で寝ている時までペア行動を徹底する必要があるのか?」

「必要です」


 即答だった。


「休息中は最も無防備な時間です。敵はそこを狙う。それらの危機に即応する為でもあり、相互の信頼を育む為でもあります」


 スノウは淡々と説明しながら、手際よく自分の荷物を整理していく。まるでこの高級スイートが、最初から彼女の居場所であったかのような自然さだ。


「それに――」


 彼女は一瞬だけ手を止め、カルのほうを見やった。


「カル様を仲間として迎える以上、互いの生活のペースや癖も知っておく必要があります。寝息の大きさ、夜中に動くかどうか……そういった些細な情報も、共闘するうえで役立ちます」


「……俺の寝息まで把握するつもりか」

「当然です」


 迷いもためらいもなく言い切るスノウにカルは額を押さえた。


「……まったく、息苦しい組織だな」

「そうですか? わたし達にとっては日常です」


 スノウはそう言うと、自分のベッドの枕を軽く整え、シーツの皺を指先で伸ばす。その動作は兵士のそれではなく、家事に慣れた人間の仕草に近かった。


 カルは溜息をつきながらも、視線の端で夜景を再び眺める。窓の外の灯りは相変わらず宝石のように瞬き、部屋の中の空気を柔らかく照らしていた。


「……まさか、こんな形で女と同じ部屋に泊まる羽目になるとはな」


 ぼそりとこぼしたカルの声に、スノウは何事もなかったかのように淡々と答える。


「任務の一環です」

「……理屈で割り切れる話かよ」

「割り切れます」


 また即答だった。

 その真顔ぶりにカルは言葉を詰まらせ、肩を落とす。


「男女ってのは、こう……なんだ。寝食を共にしている内に、何かの間違いで、妙な関係になる事だってあるだろ」


 カルはぼそぼそと呟き、視線を逸らした。


 だがスノウの方は特に心配した様子はなく平然と答える。


「わたしの勘が言っています。大丈夫です」

「勘ってのは当てにならないものだ」

「わたしのは一度も外した事がありません」


 やれやれとカルは呆れたように肩を竦めてみせた。


「以前もこんな感じでペアを組んでいたのか?」

「いえ。ペアを組むのは初めての経験です。わたしも実は――少し緊張しています」


 唐突な告白にカルは眉を上げる。

 スノウの表情は変わらないが、枕を整える手が少しぎこちない。


 月明かりに照らされたエルフ耳の先端が桜色に染まっていた。


「顔に出てないだけで、内心ドキドキしてたのか」

「わたしは表情に出にくい体質ですから」


「耳にはよく出るようだけどな。少し赤いぞ」

「それは、気のせいです……っ」


 スノウは淡々と返すが耳の色は変わらない。

 むしろカルに指摘されたせいか、更に熱を帯びているようにも見えた。


「そうか? なら、このまま見続けても構わないよな」

「……見すぎです」


 ようやくスノウは表情をむっと引き締め。枕を持ってない手で片耳を隠す。その仕草が妙に可愛らしく、カルは咳払いで誤魔化した。


「規律違反ではありませんが……あまり無駄に観察されるのは、落ち着きません」

「観察してるわけじゃない。ただ少し、可愛いと思っただけだ」


「……からかわれるのは、苦手です」

「からかってるわけじゃない。ただ事実を言っただけだ」


「事実だとしても……そう言われると困ります」


 スノウは視線を逸らして手元の荷物整理に戻る。けれど、その指先はさっきよりずっとおぼつかない。


 カルはそんな様子に苦笑し、ベッドの縁へ腰を下ろした。


「お前、もっとこう……反応が薄い奴かと思っていたが、意外と分かりやすいな」

「分かりやすくありません」


 即座に否定したものの、その声は何処か早口で、余裕のなさが滲んでいる。


 出会って初日にあまり踏み込みすぎるのも良くないか――カルはそう判断して、これ以上の追及をやめた。彼女が不器用に隠そうとする仕草は、今はそっとしておいたほうがいい。


 そう思ってカルは話題を変える事にした。


「ところでシャノワールの規律だと二人一組が絶対なんだろ? 今までペアを組んでいなかったって。どうしてだ?」

「単純な理由です。わたしの実力に合う相手がいなかったからです」


 スノウは枕を抱えたまま、事もなげに言った。


「わたしは特殊任務が多く、必要とされる技能も幅広い。そして同時に求められる戦闘力の水準も高い。そういう条件に見合う人材は――そう多くはありません。だから護衛という形で、複数のメンバーを構成して任務に当たる事が多かったのです」


「そう言えば今日も周りに四人くらいの護衛がついていたな」

「はい。二組のペアがわたしの行動範囲をカバーしていました。表向きのわたしはダンジョン配信者として活動しているので、配信の護衛という形なら自然に同行出来ます」


「まあ悪くないやり方だ。けれどミノタウロスの襲撃には対応しきれなかった」

「……はい。実力の差を人数でカバーする方法には限界があるという事です」


「そしてようやくお前の相棒に相応しい相手が見つかったと」

「はい。あなたは前例にない程、です」


 淡々と告げるその声音には、微かに熱を帯びた響きが混じっていた。

 カルは片眉を上げ、少しだけ口元を歪める。


「買いかぶられたもんだな」

「事実です」


 カルは鼻で笑い、視線を窓の外へ戻した。

 遠くの灯りは変わらず瞬き続けているが、胸の奥に微かに重みを落とす言葉があった。


「……まあ、そういう事なら、しばらくはこの規律ってやつに従ってやるさ」

「助かります」


「しかし――こんなお姫様みたいな女の子と同じ部屋で寝泊まりなんて、落ち着かないにも程があるな」


 カルがぼやくと、スノウはベッド脇に腰掛けたまま、首を小さく傾げた。


「お姫様……。今のわたしはそういう存在ではありませんよ」

「いや、見た目も仕草も、十分すぎるくらいそう見えるって話だ」

「……そう見えるだけです。わたしは血を流す戦いの中で生きています」


 その声色は淡々としていたが、ほんの一瞬だけ視線が伏せられる。


 カルは鼻を鳴らし、壁に背を預けて腕を組んだ。


「ま、姫だろうが兵士だろうが、同じ屋根の下で寝る以上、お互い干渉しすぎない事だな」

「それはお互い様です」


 短いやり取りのあと、部屋に小さな沈黙が落ちた。

 外の夜景が窓越しに広がり、遠くで風がビルの外壁をなぞる音が微かに響く。


「さて、そろそろ休みましょう」


 スノウはそう言いかけて、ふと視線を浴室の方へ向けた。


「と、その前に――お風呂に入りませんか?」


「……風呂?」


「はい。この部屋の浴室は、このホテルでも特に評判が高い設備です。魔力で常に湯温が一定に保たれ、香草の匂いが自動で加えられます。旅の疲れも取れますよ」


「香草風呂……高級すぎて逆に落ち着かねぇな」


 カルは半ば呆れたように眉を上げたが、スノウは当然のように扉を開けてみせた。


 そこは浴室というより小さな温泉のようだった。


 磨き抜かれた大理石の床に、壁面には魔力灯が柔らかな光を投げかけている。


 広い湯船には透明な湯がゆるやかに波を立て、湯面からはほのかに甘い香りが漂っていた。


「……まるで貴族の温室だな」


「ここはスイートルームですから」


 スノウは淡々と答え、タオルや寝間着が既に整えられている棚を示した。


「ペアでの活動が義務付けられているとはいえ、流石に同時入浴はしませんので安心してください。お先にどうぞ」


「誰がそんな期待を……いや、やめとこう。突っ込んだら負けな気がする。俺は待ってるから、お前が先に入れ」


「そうですか? では、お先にいただきます」


 スノウはそう言ってタオルと着替えを手に取り、静かに浴室へと入っていった。


 扉が閉まると同時に、ほのかな香草の香りと湯気が隙間から流れ出す。


 しばらくして――しゃらしゃらと水音が響き始める。

 カルは何気なく視線を向け、そこでようやく気づいた。


 浴室の扉はすりガラスだ。

 湯気に包まれたその向こうで、淡く揺れる人影がぼんやりと映っている。


 長い髪を解き、肩越しに振り返るような仕草。


 湯気がガラスを曇らせ、細い腕や首筋の輪郭が消えたり浮かんだりを繰り返す。


 その奥で、両腕を持ち上げ、長い髪をかき上げる仕草――首筋から肩、そして背中へと流れる細やかなラインが、淡い影として浮かび上がった。


 やがて影がゆっくりと腰を屈める。


 背を向けたまま、手のひらで湯をすくい、全身に滑らせるような動き。


 スノウの豊満な双丘がたぽんと揺れたのが、ガラス越しの淡い輪郭だけでも分かった。


 長い吐息がガラスの向こうから微かに届き、そのまま湯の中で肩まで沈める仕草が見える。


 それからシャワーの音が途切れ、湯の中へ沈む気配。


 そして、ゆっくりと立ち上がったその影は、湯気の幕に包まれながらも、しなやかな脚線とくびれをはっきりと描き出した。


 一瞬、ガラスの曇りが薄れ、彼女の体のラインがより鮮やかに――


「……宝箱の中にもう一個、宝箱があった気分だ」


 そう呟いたカルは大きな溜息を吐いてから、心臓の鼓動を鎮めるように深呼吸を繰り返す。しかし、浴室から漂う香りと水音が、彼の意識をやたらと引き寄せ続けていた。


 やがて浴室の扉が開いた。


 湯気がふわりと溢れ出し、その中からスノウが姿を現す。


 薄手の寝間着が、まだ湯気を含んで柔らかく体に沿っている。湯上がりの銀髪は滴をまとい、首筋を滑り落ちて鎖骨へ消えていく。頬はいつになく赤みを帯び、彼女の冷たい印象が嘘のように柔らかい。


「お待たせしました」


 その声すら、湯で温まったせいかほんのりと柔らかく、耳に心地よい。


 カルは無意識に視線を上から下へと移し、慌てて窓の外へと逸らした。


「……ずいぶん、印象が変わるな」

「そうですか? 湯上がりは血行が良くなっていますから、顔が少し赤く見えるだけです」


「顔だけじゃないんだがな。それに……その寝間着、ずいぶん薄くないか?」

「ホテル備え付けのものです。軽くて動きやすいので好都合です」


 そう言ってスノウは着ている寝間着は上質な絹のような滑らかな質感の、白いワンピース型のものだった。


 薄手の生地は湯上がりの熱を逃がす為か、肌に沿うたびに淡く光を反射し、その下の肢体のラインをうっすらと透かしてしまう。


 襟元はゆるやかに開き、鎖骨から胸元へと続く曲線を自然に見せる造り。袖は肘までの七分丈で、細い手首や白磁のような肌を際立たせていた。


 裾は膝上までの軽やかな丈で、歩く度に裾が揺れ、しなやかな太腿の輪郭が一瞬ごとに覗く。


 濡れた銀髪の滴が布地に染みを作り、、柔らかな輪郭を際立たせていた。


 カルの視線の先で、スノウは寝間着の紐をゆるく結び直す。首筋から鎖骨、そして布越しに形を主張する豊満な胸元まで――否応なく目がいってしまう。


「視線、感じます」


「それは……まあ、仕方ないだろ」


「見すぎです」


「……悪かったよ」


 スノウはくすりと笑って、濡れた髪を軽くタオルで押さえた。


 それはいつもの冷静さとは違い、どこか柔らかくほどけた笑みだった。


「今回のは確かに仕方ないとして。ですが……少し、恥ずかしいですね」


 そう言って彼女はベッドの端に腰掛け、タオルでまだ湿った銀髪を丁寧に拭き始める。


 その仕草は一見いつも通り淡々としているのに、耳の先は湯上がりの赤みを残したままだ。


「お風呂、どうぞ。本当に最高の湯加減でしたよ」

「いや……俺は後でいい。今湯船に浸かったら茹で上がってもおかしくない」


「熱湯ではありませんよ。ちょうどいい温かさでした。入らないのは損です」

「……そういう事じゃねえ」


「どういう事ですか?」

「分かって言ってるだろ」


 カルは視線をそらしたままぼそりと呟く。


 スノウはまたくすくすと小さく笑った。その笑い声は湯上がりの余韻を含んだ湯気のようにじわりとカルの耳に残る。


 それからスノウは乾いた髪をまとめ、後ろで軽く結わえた。白銀の束が光を帯び、まるで柔らかな糸のように煌めいた。


「ではベッドで休みましょう。湯は常に温度が保たれていますから、後から入っても気持ちいいです」


 スノウはベッドの方へ向かうと淡いランプの明かりを調整し始めた。暖色の光が次第に弱まり、部屋は月明かりと外の夜景だけに照らされる。


 カルは自分のベッドへ向かって腰を下ろした。柔らかすぎるマットレスが尻を押し返し、ふと眉を寄せる。


「……沈み込みすぎて落ち着かない」

「高級品ですから」

「俺は板の方が落ち着くんだがな」

「では床で寝ますか?」

「冗談だ」


 そう言ってカルは毛布を引き寄せた。

 ベッド越しに、スノウが静かにシーツへ潜り込む音が聞こえる。


 微かな衣擦れと、整った呼吸のリズム。

 互いに言葉はなく、それでも相手の存在感が近すぎる程に伝わってきた。


 カルは天井を見上げ、小さく息を吐いた。

 ――やれやれ。本当に息苦しい規律だ。

 だが、その息苦しさに、少しだけ救われている自分がいた。

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