本気だったんですか?
策士策に溺れる
…なんかさっきよりダメージを受けているみたいね…
まるでこの世の終わりのような雰囲気を醸し出している彼の隣に座るべきか迷っていると
「ハイデマリー嬢はこちらに」
夫人が座っていたソファに座るよう促される。
「申し訳ないけど、このバカ息子にも言い分があるみたいだから聞いてやってくれないかしら?アデル、私達は少し席を外しましょう」
あ、置いていかないでください…
え、なんで侍女長も出て行っちゃうの?
しばらくしてやっと頭を上げた彼が何か呟いている。
「…まさか…これほど…」
もう、言いたい事があるならはっきり言えばいいのに…全然話しが進まない。
「あの、私にもわかるように説明していただきたいのですが…」
私のほうから切り出してみる。
「ただの夜会のパートナーだった私がなんで婚約者に?」
「…ただのじゃない」
ただの、でしょう?
「君の兄君の婚約を仲介したのは僕だ」
は?それ初耳です。
「従姉妹の好みは騎士だ。近衛の有望株を騎士団長に紹介してもらった」
そうなんですか…生憎、人様の婚約とかの話に疎くて存じ上げませんでした。
「…君が移動してきた時からバーンスタイン伯爵に婚約を打診していた」
…それも初耳ですわ。
「昨シーズンの最後の夜会だって、本当は一緒に踊ってずっと君と居たかったのに、君ときたら関係者のサポートに行ってしまうし」
だって半分お仕事だって言ったの貴方でしょ?
「今シーズンもパートナーでいるために、他国の外交官や学園の後輩に『求婚中』だから君が頼んできても断るようにお願いして回ったんだ」
それで誰もパートナーになってくれなかったのね。
「それなのに君はダンスどころか『まだ婚約しないのか』とか言ってくるし、僕がどうって言っても本気にしないし」
え、『僕がいるじゃない』は本気だったんですか?
「君に申し入れてもきっと冗談にされると思ったから、父上とバーンスタイン伯爵にお願いして話を纏めてもらった」
さっきもそう言ってたわね。
「…ねえ、まだ『丁度良いから』婚約したと思ってる?」
…違うみたいね。でもなんでそんな策を弄してまで私を手に入れたかったのかがわからないわ。
「あのさ、僕が君の事が好きだからってまだわからない?」
だって貴方、そんな事ひと言も言った事ないじゃない?
「…言ってなかったっけ?」
いや、言われた覚えはないわよ。『僕がいるじゃない』が『好き』って事だったの?
彼は立ち上がると私の近くに来て跪き、右手を取って口付けた。
「そうだね、君を手に入れる為にいろいろと策を弄してばかりで、肝心な事を伝えてなかったよ。ハイデマリー・バーンスタイン嬢、『丁度良いから』じゃない、君の事が好きだから結婚して欲しい」
…黙って婚約決められた事はまだ納得はしてないけど、どうせもう後戻りはできないんだし、何より格好つけて跪いてプロポーズしているくせに、ちょっと泣きそうな顔してる彼の言う事を信じてみよう。
「…はい」
そう答えた途端、ホッとした笑顔が近づいてきて…額に、頬に、そして唇に口付けられて抱きしめられた。
しばらくして満足したのかやっと彼の腕から解放された。
「…ああ、もう、すぐ結婚したい」
いやいや無理ですって。式場とかドレスとか仕事どうするかとか、いっぱい決めなきゃならない事あるし。
「ねえ、もう仕事辞めて夫人教育を受けるって口実でここに住んだらいいんじゃないかな?」
ほらまた勝手に決めようとしてる…
「ん、んん、フェリクス、また先走ってるのか?」
開いたままのドアから閣下が入ってくる。慌てて居住まいをただし、立ち上がって礼をする。
「そうよ、あれ程自分勝手に話を進めるなと言ったでしょう?」
「お兄様、もっと余裕をお持ちになったら?」
…皆様、辛辣ですね。
「ごめんね、ハイデマリー。でも早く結婚したいのは本当だからね」
普段見せない情け無い顔の彼が可愛く見えたのは内緒にしておこう。
それからは怒涛の日々で…
夜会のドレスの試着…淡いベージュのシンプルなドレスにスミレ色の刺繍って、思いっきり彼の色じゃない。それに何故かほぼお直し無し…解せぬ。
合わせるお飾りはアメジスト…ここまで主張しなくてもいいんじゃないかしら?
孫の婚約を聞き付けて領地から早々と出てこられた前公爵ご夫妻との会食。
外交部の上司や同僚、担当する国の外交官の皆さんへ報告に行けば、行く先々で彼の所業を聞かされ、生温かい目で見られ…恥ずかしくて仕方なかった。
夜会当日は私のドレスの色を見たご令嬢やご婦人方がちょっと引いていたり、男性陣には『逃げ切るに賭けてたんだけどやっぱり無理だった?』と言われたり。
夜会が終わっても、忙しさは続き…
式場の予約、婚礼のドレスに披露パーティーのドレスの手配、式の後に住む離れの内装の相談、先に婚約していた兄や彼の従姉妹の結婚式への参列、アデル様の婚約、仕事の引き継ぎ…忙しすぎて倒れるんじゃないかと思った。
それでも婚約が決まってから半年後には退職し、次のシーズンが始まる春に
私達は結婚した
この日のために仕立てられた真っ白なドレスには白の刺繍、何か古いものは母から譲り受けた真珠の首飾り、何か借りたものは公爵夫人…いえ、お義母様の真珠の髪飾り、何か青いものはサファイアの耳飾り。
彼の装いは白の礼装で、ピンやカフスには琥珀が使われている…私の瞳の色。
「君が隣にいるだけで幸せなんだ」
そう囁く彼に根負けして、一足早く同居を始めた結果…私のお腹には新しい命。
ニセモノだったはずなのに
彼の策に嵌って捕まった時は
一生の不覚と思ったけれど
こうして隣で笑い合う日々が
幸せだと思えるから
やっぱり良かったんだろう
ハイデマリー視点終了です
拙い文章をお読みいただきありがとうございました
フェリクス視点も書きたいけど何も手をつけてません
しばらくは連載中にしておきます