ニセモノですから
よろしくお願いします
私の家は建国の頃から続く伯爵家だけど、一応ワイナリーは持っているけれど小規模だし、他には特産品もなく水害や冷害が起これば立ち行かなくなる…そんな弱小伯爵家。今は引退した祖父母と母が領地を守り、父と兄と私が王宮に勤めている。
弱小故に政略目的の縁談もなく、然りとて人目を引く容姿でもない私は学園でも出会いはなく、粛々と勉学に励み三席で卒業した。
おかげ様で王宮のお勤めにつく事ができ、もう3年程働いている…立派な嫁ぎ遅れである。もう無理して結婚しなくてもいいかなぁと思っている。家督は兄が継ぐし。
彼…フェリクス・フォン・ブランデンブルクは学園の同級生で、今は同じ職場で働いている。
学園時代はいつも私より上位の成績で、得意の語学でもなかなか勝てなかった。公爵令息である彼は、その立場にしては気さくで男女問わず人気があり、取り巻きが多くてあまり話した事もなかった。
私が今年外交部に移動になってから仕事を教えてもらったり、彼の仕事のサポートに入ったり関わる事が多くなった。
穏やか顔立ちと気さくな感じは変わらなかったけど、堪能な語学とどこで仕入れてくるのか、表に出ないはずの相手国の裏事情まで駆使する交渉力はまさに外交部のエースだった。
学園時代も敵わなかったけど、今はもう追い付く事すら難しい存在。もちろん婚活女子垂涎の優良物件。それなのにどうやら婚約はまだのようで、夜会のパートナーは従姉妹。
「ブランデンブルク卿はまだ婚約を考えてはいらっしゃらないの?」
「そういう君だって婚約の話を聞いた事ないけど?」
「私の事はいいのです、嫡子でもありませんし。でも貴方は嫡男でしょう?ご両親から何も言われませんの?」
「未婚の小姑がいたら兄君の婚約、厳しいんじゃない?」
失礼な、兄が結婚したら独立しますわ。幸い安定したお勤め先ですし。
実際、兄の婚約はもう決まっている。
ただそうなると夜会のパートナーをどうするかという問題がある。夜会は未婚者にとって婚活の場で、嫁ぎ遅れで半ば結婚は諦めている私が出てもしょうがないんだけど、弱小とはいえ貴族の端くれ、王家主催の夜会には参加義務がある。
「兄の婚約はもう決まりましたけど、そうなると夜会のパートナーがいなくて。お祖父様にお願いしようかしら…」
最近腰を痛めたらしく、ダンスは無理そうだけど。
「それなら、僕はどう?」
そんなあっさりおっしゃいますけど、私まだ命が惜しいので…貴方狙いのご令嬢の視線に射殺されるのは御免です。
仕事の合間のそんな戯言が現実になるとは全く思っていなかったのだけど。
秋が深まる頃、シーズン最後の夜会が行われる。兄は婚約が決まったのでもちろん彼女を伴うし、お祖父様はやっぱり腰の調子が悪くて王都まで出て来る事は叶わず…それでも各国の大使も招待されているので、外交部所属の身としては出席しないという訳にもいかず頭を抱えていた私に彼が声をかけてきた。
「僕も従姉妹の婚約が決まって相手がいないんだよ。半分仕事みたいなものだし、僕も相手がいなくて困ってるんだ」
そう、夜会は半分お仕事。やっぱりお願いするしかないか。
「…お願いします…」
「こちらこそ」
そうして出席した夜会ではやっぱり入場した時に注目を集めた。その後は担当する国の外交官の方々のフォローに専念していたので、彼を狙う婚活女子に誤解される事は…なかったと思う。
次のシーズンはどこかの国の外交官にお願するか後輩に頼もうと思っていたのだけれど…なぜか皆に断られ、毎回彼に頼む羽目になった。
「お互い婚約者もいないし、毎回パートナー探すのも面倒だから丁度いいんじゃない?」
という彼に外交部の同僚や上司まで頷いている…業務命令ですか?
パートナーとして一曲も踊らないのは不自然だと言う彼に押し切られ、毎回渋々踊れば年頃のご令嬢からの視線が痛い。勘違いで恨まれるのはツラいし、何より私が勘違いしそうなのだ。
だから私は聞いてしまう。
「あの、そろそろ本気で婚約者探さなくてよろしいの」
覚悟をしておきたいの。
「君こそ本当に結婚しないつもり?」
貴方が結婚してから考えるわ。
「お相手がいません」
貴方以上の人はいないもの。
「ここにいるじゃない、お買い得だと思うよ?」
「…お立場に相応しい方をお選びください」
…そんな心にもない事言わないで、だって私はニセモノなんでしょう?
そう心に言い聞かせながら踊るダンス。
彼の顔を見る事は出来なかった。この先を夢見てる事を悟られたくなくて。
だから見えてなかった、彼の表情を。
だから気づかなかった、彼の策略に。
いちおう最後のほうまで書き上げています
順次投稿していきます