【第六話】姫姫の異世界との遭遇
「こんばんは〜、塩谷くん来たよ〜」
「は〜い!鍵、空いてるから入ってきていいよ〜」
「「「お邪魔しま〜す!」」」
「よく来たね!散らかってるけど、好きなところに座ってて、今、お茶でも淹れてくるから、さっき話したお客さんも、今キッチンで、晩ごはん食べてるから、食べ終わったら連れてくるよ。ちょっと待っててね」
「「「は〜いっ!」」」
そう言って、塩谷はいそいそとキッチンへ移動していく…。
「……えっ? 壱剛と仁業?……今いるっスか?……」
なにやら、キッチンからどこかで聞いたような声が聞こえてくる。どうやら俺たちのことを話しているようだ…。
「それじゃ、おいらちょっと言ってくるっス!」
「あっ!ちょっと待って!」
ドタッドタッドタッドタッドタッドタッドタッ……。
「ヤッホー! 壱剛、仁業、元気かい?…おやっ? となりにいる女の子は?」
『ぎぃっ!……』
「ぎぃ?……」
『ギィッヤアァァァ!ゴッゴッゴブリンよっ! 壱剛、仁業、はっ早くやっつけなさいっ!!』
姫姫は叫び声を上げ、すぐさまソファーの後ろに逃げ込むと、頭を抱えてうずくまり、ブルブルと震え出した…
「ちょっ落ち着け!姫姫」
「だっ大丈夫かいっ?…アッチャ〜、だから待ってって言ったのにぃ…」
「しっ塩ちゃん、ごっごめん! おいらなにがなにやら…」
「いやっ、謝るのは僕の方だ、ごめんよ…、僕が部屋の片付けを優先にせずに、まず君に説明をしておくべきだったんだ…。ところでピロッシ、ちょっと悪いんだけど、君は少し廊下に出ていてくれないだろうか?」
「えっ? ああ、そっスね! なんだかそのほうが良さそうっスね!」
バタンッ!
「姫姫ちゃん、いきなりごめんね?…でも大丈夫! 彼は決して悪いゴブリンなんかじゃないんだ。お願いだからちょっと僕の話を聞いてくれないかい?」
「…塩谷先生?…ほんとに?…本当に大丈夫なの?…」
「ああっ! 本当だよ? 彼は僕の長年の友人なんだっ、そうそう、そこにいる壱剛、仁業とも友達だよ!」
「ほんとうに?…」
「ああっ! 姫姫ちゃん本当だよ! さっきのゴブリンはピロッシっていうんだけど、僕らが、まだ小さかった時からの友達なんだよ!」
「仁業が言ったことは本当だぞ?、俺たちとも長い付き合いなんだ!」
「そっそうなの?…」
「あっそうだ! 塩谷くん、ピロッシに〈ギョギョギョ〉の話を、姫姫ちゃんに話してもらったらどうだろう?」
「うん! それはいいなっ! あの話ならこの場の空気を一瞬で和やかにできるかも!」
「よしっ! それじゃ姫姫ちゃん、まだ怖いのなら、ピロッシには廊下からその話をしてもらおう、そのお話はね、とって〜も面白んだよ! おはなしの間、僕たちは姫姫ちゃんをガードするようにとなりに座ることにしよう、それなら安心でしょ? どうだろう?」
「えっ?塩谷先生が私のとなりに座ってくださるの?」
「うんっ!」
「…わっわかりました! 私、その話、聞きます!」
おずおずと、姫姫はソファーの後ろから出てくると、そのソファーの真ん中に、浅く腰掛け、俺たちも姫姫の両隣に腰掛けた。
「すまない! ピロッシ、さっきの話聞こえてただろ? そこのドアを少しだけ開けて、〈ギョギョギョ〉の話をしてくれないか?」
「了解っス! おいらも姫姫ちゃんと仲良くなりたいから、頑張るっス!」
そして、それから5分後……
『キャハッ!キャハハハハッ!キャハ!キャハハハハッ…ギョッ、ギョギョギョって、ギョギョギョってなによっ…キャハハハハッ…』
「アハハハッ! イダッッ!…………。アハッ! アハハハッハ…」
「ワハッハハハハ! オウッッ!…………。ブッ! ブハハハハッ……」
ソファの上では俺たち四人が大爆笑していた…。
笑いすぎて暴れ出した姫姫の拳や踵が、時たま、隣に座る塩谷と仁業の顔面や鳩尾を襲うが、ふたりは痛がりながらも大爆笑を続けている…。
よかった…、姫姫のすぐ隣に座らなくて……。
「キャハッ! キャハハハ…ハハハッ……フゥ……面白かったわぁ〜。でもでも、なんでピロちゃんのお友達、湖に落ちてお魚咥えて、出てきたのかしらぁ?…ブッ! キャハハ…思い出したら…またっ……キャハハハッ…ハハッ…フッフゥ〜」
「ハハハッ…なっ…ハハッ…なんでだろうねぇ?……ふう〜。ところで姫姫ちゃん、これでピロッシは悪い奴じゃ無いってこと、少しは理解できたんじゃ無い?」
「ええ…、でも…」
「でも…?」
「私…、塩谷先生にはしたないところを見せちゃったわ…おなかを蹴ったりしてごめんなさい…、あっ仁業もごめんね…」
「ハァ〜、なんだそんなこと? 全然大丈夫だよ! 僕はねっ、おとなしくてお上品な女の子はどちらかというと苦手でね。姫姫ちゃんみたいに元気いっぱいで、開けっぴろげな女の子の方が好感を持てるんだよ?」
「そっそうなの?」
「ああっ確かにそうだね、だって塩谷くんには、僕らを含めて、たくさんの仲間がいるんだけどね、その仲間の中に女子も4人ほどいるんだけど、みんな飾らないし、元気いっぱいだよね?」
「ああっ確かに! 手がつけられないぐらいに、元気いっぱいだな!」
「フフフッ、そうなんだっ、よかったぁ〜!……でも不思議なのよねぇ、ピロちゃんのお話って…。多分、他の人から聞いたら、あそこまで笑うことなんてなかったんじゃないかなって思うの…」
「ああ、それはね、ピロッシには〈言霊使い〉の能力があるからだよ」
「言霊使い?…」
「そう、その言霊使いの能力はね、大きくわけて、ふたつの効果をもたらすことができるんだど、まずひとつ目は、言葉に自分の感情を上乗せできるということ…。もっとわかるように言うと、今のお話なんかは、ピロッシが可笑しいという感情を言葉に上乗せしたから、その感情が姫姫ちゃんに伝わって、姫姫ちゃんも可笑しさが倍増してしまった。そんな感じかな…」
「へぇ〜なんだか凄い能力ね!」
「だけど、デメリットもあってね、例えばピロッシが誰かを騙そうと思って話すと、その騙そうとする感情も上乗せされるから、どんなに真実ぽいことを話しても、聞いた相手はどうして疑念に思えてくるらしいんだ…。」
「ふ〜ん、じゃ嘘なんかもつけないわけね」
「そういこと、相手に勘づかれちゃうからね」
「…………。じゃあ、もうひとつの効果ってなに?」
「それはねぇ、言語に対しての圧倒的な理解力だよ。」
「それって、もしかしたら聞いたことのない外国語でもすぐに理解できるようになるとか?」
「そう! その通り、でも会話だけじゃなくてね、文字に対しても効果があるだよ、見たことがない外国の本でも、眺めているうちに、その文字がだんだん読めるようになるとかね」
「すっすっご〜い!いいなぁ〜うらやましいわ!」
「いやぁ〜それほどでもないっスよ…」
「いいえ、ピロちゃんの凄さはわかったわ……。じゃあ、ピロちゃん! 他のお話はもう無いの?」
「えっ?…いやいや! まだまだ、あるっスよぉ〜!」
「そうなのっ? それじゃ他のお話も聞かせてくれる?…あっそれから、もう部屋の中に入ってきても大丈夫よ! ごめんなさい…酷いこと言ってしまって…」
「全然! おいらこそ姫姫ちゃんを驚かせてしまって、ごめんね…」
「フフフッ…、じゃあ私たちもうお友達ってことでいいのかしら?」
「もちろん! もうお友達っスよ!…じゃあ、次のお話はっスねぇ……」
ピロッシが次のお話を始めようとしていると、塩谷と仁業は姫姫に気づかれないように、近くのクッションを引き寄せる…。
どうやら、次のお話に備えて、姫姫の拳や踵から身を守るつもりだ。
「それは、昔々、とは言っても、そんなに昔じゃない頃の異世界で本当にあった話っス……………」
ピロッシは、塩谷と仁業の防御が万全になったと見るや、次のお話をし始めた…。
そして5分後………
「うっうううっ…、なんていいお話なの…。これって本当にあったお話なのよね?」
「そうスっよ、その村を命懸けで救った三兄弟は、村人から大変感謝されててね、今ではその村には三兄弟の銅像が作られいるっスよ、みんなから親しみを持たれてて、村のシンボルになっているっスよ」
「へぇ〜、はぁ〜私、その村の三兄弟の銅像見てみたいわ!」
「来たらいいっスよ! もし時間があえば、おいら姫姫ちゃんを案内するっスよ!」
「ほんとうに? ヤッター!」
「フフフッ…姫姫ちゃんとピロッシ、すっかり仲良しだねっ」
「はいっ! 塩谷先生、どうやら私は酷い勘違いをしてました…。二回目のお話の中で気づいたんだけど、ピロちゃんの感動を共有したいという感情が、私の心に伝わってくるのがわかったの…それから私となんか仲良くなりたいと思う感情も……。それに三兄弟のお話も全く嘘をついていないことがわかった…。それって異世界の魔物たちの中にもいい人たちはたくさんいるってことでしょ?」
「ああ、その通りだね」
「でしょっでしょっ! ピロちゃんのお話を聞いていたら、今までの私の考えは間違いで、異世界の魔物たちも日本人たちと同じなんだなってわかりました!」
「そっかぁ〜、よかった! それじゃ、自衛隊派遣の話はもう無いって思っていいんだね?」
「ええっ! もちろんです! バカなことをしようとして、ごめんなさい! 塩谷先生、壱剛、仁業、そしてピロちゃん、そのことに気づかせてくれて本当にありがとう!」
「「「どういたしまして!」」」
「えっとぉ〜、自衛隊派遣ってなんの話っスか?」
「まぁ、まぁ、ピロッシ! もう解決した話だし、そんなことよりも、新しい友達にジュースで乾杯しようぜ! 俺、喉がカラっからだよ…」
「そうっスね!じゃあ、おいら用意してくるっスよ!」
「あっピロちゃん、私も手伝う!」
「それじゃ、新しい友達、姫姫ちゃんを歓迎してぇ〜かんぱ〜い!」
「「「「かんぱ〜い!」」」」
「ありがとう! みんなっ! これからよろしくね!」
「ああっよろしく! これからは気軽に僕のアトリエにも遊びに来ればいいよ、ピロッシもちょくちょく遊びに来るから、もしかしたらまた会えるかもしれないしね」
「そういえばピロッシ、最近ドニー師匠の道場で見かけないけど…もしかして師匠の付き人辞めちゃったの?」
「いやいやっ、おいらがご主人様の付き人止めるわけないでしょ! おいらは一生ご主人様に仕えるんだから」
「じゃあ、なんで最近、道場で見かけないの?」
「それはね、ご主人様のお使いをしているからっスよ」
「お使い? なんの?」
「ふたつあってね、ひとつは異世界と地球の諸外国との通訳っスね」
「ああっ!……いやでも、通訳って言っても念話で会話すればいいんじゃないの? それなら言葉の違いは関係ないでしょ?」
「そうスッね、ただの話し合いや会談ならいいんすけど、書類の受け渡しがあるときは、おいらが呼ばれるんっスよ」
「あっそうか、念話で会話はできても、お互いの国の文字までは読めないわけだ…。なるほど、そういうことね。それで、もうひとつのお使いはなに?」
「もうひとつは、異世界の各地にある児童養護施設への訪問でね、おいらちびっ子たちにお話を読み聞かせしてるっスよ。それで、話のネタに塩ちゃんが書いたショートストーリーや塩ちゃんが所蔵している絵本なんかを、見せてもらうために、ちょくちょくここに来てるんっスよ」
「なるほど、それで今日も塩谷んとこにいたんだ…」
「ええぇ〜! いいなぁ〜! ねぇピロちゃん、その読み聞かせは日本の児童擁護施設には来ないの?」
「いや、そんなことは無いっスよ、でも、ご主人様のお使いで、ちょっと読み聞かせの他にもやらないといけないことがあってね、そのお使いが全てすんだら、日本の施設にも行きたいと、考えているっスよ」
「そうなのね! わかったわ! それじゃウチの施設長の先生にピロちゃんのこと話しておくわ、もしもピロちゃんが日本にも来れるようになったら、真っ先にウチに来てもらえるように!」
「ちょっと待て、姫姫、おまえ今ウチの施設って言ったよなぁ、もしかして、おまえの家は児童養護施設なのか?」
「ええっそうよ! なんで施設にいるのかは、長くなるからまた今度話すけど、ウチの施設は最高なの! そこに暮らすこども達も、先生たちも、すっごく良い人ばかりなの!」
「へぇ〜、そうなんだぁ…ところでその姫姫ちゃんが住む施設はどこにあるの?」
「えっとねぇ、あっそうそう、みんな久保坂道場って知ってる? あの日本で唯一、異世界に道場の支部がある、有名な道場なんだけど…」
「ええっ? 知ってるもなにも、その道場の総師範は俺たちの爺ちゃんで、俺たち、ちょくちょく、その道場に顔を出しているぞ。それで姫姫の施設はその近所にあるんだな?」
「あらっ! そうなの! そうよ、その道場から歩いて10分ほどのところにあるわ!」
「ヘェ〜、これは驚いたなぁ、俺たちが前に通っていた小学校の隣の校区だよ! そういえば、爺ちゃんがその施設のこども達に護身術を教えたって言っていたなぁ…」
「うっそ〜! 私が教えてもらった護身術、あんた達のおじいちゃんから教わっていたのね!」
「いやぁ〜世間って、狭いもんだねぇ〜………って、あっもうこんな時間!」
「本当だ! そろそろ戻らないとヒロシが心配するかも…」
「そうだな、早く戻らないと、ヒロシのやつ、暇を持て余して立花のおじさんの寝顔に落書きしているかもしれないぞっ」
「ハハハッ、あり得る! あり得る!」
「一時はどうなるかと思ったけど、ピロッシのお陰で一件落着したし、戻るか!」
「ああ、ピロッシがうちに遊びに来ててくれて助かったよ!ありがとう」
「そうスッか、お役に立てたのなら嬉しいっスよ!」
「塩谷くんも、どうもありがとう! お陰で異世界も救われるよ!」
「いやぁ、僕はなにも…、でも、また何かあったら必ず僕にも知らせてくれよ、微力ながらも、精一杯手助けするから、いざとなったらゲートで、どこにでも助けに行くからね!」
「「「ありがとう!」」」
そうなんだ、塩谷やヒロシも移動術特別発動の権限を皇帝陛下と日本政府承認のもと与えられていた。
それはなぜかというと、塩谷やヒロシは大吾たちと共に、異世界の日本侵攻を阻止し、そして両国の国交まで樹立させてた立役者のひとりで、皇帝陛下と日本政府はその功績を称え、両国の架け橋としての特使の名誉職を与え、両国を自由に行き来できるよう計らったからなんだ。
「じゃあ、また来るねぇ〜」
「私も絶対また来ます!」
「そんじゃあ、またな〜」
こうして、俺たちは無事に異世界攻撃を阻止することができて、急ぎもといた総理の執務室へと戻っていくことにした…。
ん〜なんか、まだ重大なことがあったような気がするけど…。
まっいいか! そのうち思い出すだろう。