【第三話】不殺のドニー・リーと異世界皇帝
「師匠! 皇帝陛下よりの使者が参られております! 何やら火急の用向きだと」
「そうか、すぐにお通ししろ」
「申し訳ない! 私ならもう来ている。不殺殿、火急ゆえ失礼する!」
「おおっ使者殿、してその用向きとは?」
「皇帝陛下が今すぐに来て欲しいとのこと」
「あいわかった! すぐに向かおう!」
なにやら不穏な空気を感じて、ワシはすぐさま飛翔術を発動させ皇帝の元へと馳せ参じた。
「窓から入室ご無礼します! 陛下! 不殺ただいま参上いたしました!」
「おおっ! 来てくれたか! ささっそこへ座ってくれ!」
「して、いかがなされました」
「たった今、伯母上…いやっ地球の女神より連絡が入り、異世界の窮地を知らせたくれたのだ」
「窮地っですか!?」
「ああ、其方、今朝方、日本で立花殿が起こした軍事クーデターのことは知っておるか?」
「えっ!あの立花殿がクーデター?」
「やはり…、不殺よ其方もそろそろスマホを持て、あれは至極便利だぞ!」
「はぁ、持てるよう尽力します!」
「尽力ってぇ……」
そう、ワシはなぜだかスマホというものが恐ろしい、特にスマホの背の部分についているレンズと言われる小さなガラスを向けられると、急に首筋が強張り、えもしれぬ恐怖が沸き起こってくるのだ…。
「まあ良いっ、でっ、その立花殿だが…どうやら別宇宙から現れた神に操られて、そのような暴挙に走ったということらしいのだ」
「かっ神……ですかっ?」
「そうだ、そしてその神はどうやらなんらかの誤解をしていて、我が異世界の魔物達を、日本の自衛隊達によって根絶やしにしようと画策しているようなのだ」
「なんとっ!」
「だが、まだ安心するわけにはいかないが、地球の女神がすでに手を打ってくれていてな、其方の弟子の中に日本の双子の少年たちがおるであろう?」
「はっ、久保坂道場の子息、壱剛と仁業のことでしょうか?」
「おお、そうだ、そのような名であったな、女神曰くその少年たちを使って、立花殿に取り憑いている神に誤解を解かせて、異世界の攻撃を止めさせると仰せなのだ、そしてその兄弟達もことの重大さをわかった上で承知していると仰っておる」
「そっそんな、あのもの達はまだ10歳の、ほんの子供ですぞ!」
「そうであろう? だから私は異世界の窮地に、日本のしかもまだ幼い子供に危険な目に遭わさずとも、私が直接その神の説得にあたると申し出たのだが、魔物の親玉である私が行くと火に油を注ぐようなものだと言われてな…それに異世界の幼児連続誘拐事件の解決で忙しいでしょっとも言われてな…」
「ああ…毎日のように幼児が誘拐されいるあの事件ですな、今では被害者が1万人に迫る勢いで増えているとか…確かに捨ておけない由々しき問題ですが…、しかし立花殿の件はなぜ、あの双子の兄弟なのでしょうか?」
「それは、私にも教えてもらえなかったのだが、女神は自信満々でな、それにその兄弟たちには十分な加護も与えているので、危険は無いと断言されていてな、どうやら女神はその兄弟の両親たちに無断で決行させようとしている節があるのだ」
「そっそれは流石にマズイでしょう…」
「そうなのだ、だから不殺、すまぬが明日の朝で構わないので、双子の兄弟とそのご両親を私の元へと連れてきて欲しいのだ。そこで双子の兄弟とご両親の真意を聞こうと考えているのだ…」
「…………と、まあ、そんな経緯でお前達兄弟と父である勝彦殿、母であるミサ殿をお迎えにあがったというわけなのだ」
「えっえぇぇっ! じゃあ、じゃあ、僕たち本当に皇帝陛下に直にお会いできるんですね! すっ凄い! なぁ壱剛」
「ああっ! すげぇ! ドキドキしてきたぞ!」
「ちょっ、ちょっと待て、壱剛、仁業。お前達、まさか本気でその立花さんに取り憑いている神様を説得できると思っているのか?」
「そっそうよ! ことは多くの異世界の人たちの命がかかった一大事なのよ!」
「ん〜、根拠はないけど、大丈夫だと思うぜ、普段おちゃらけてるけど、やる時はやるあの女神さんが言っているだから、きっと大丈夫だ!」
「ちょっと待って、なんであんた達が女神様のこと知ってるの? なんだか親しげだけど…」
「あ〜ごめんなさい、いくらお父さん、お母さんでも女神様との約束があるから、それは言えないんだ、でも本当に大丈夫だよ、おっちょこちょいだけど、とても頼りになる女神様だから」
「なんだか、貶しているのか、褒めているのかわからないけど、女神様の加護があって、あんた達もそれほど言うのなら…。それに私たちがダメだと言っても、どうせあんた達は私たちの目を盗んで実行するんでしょ?……よしっお母さんはあんた達を応援するわ! ねっ? どうお父さん?」
「そうだなぁ、お前達のヤル気はわかった、私もお前達と女神様を信じよう!…だが皇帝陛下がダメだと仰ったら、いかせることはできないぞ?いいな?」
「「了解!」」
「おおっよくぞ参られた、ささっこちらの席へ」
「そっ! そんな滅相もない! 陛下とご同席なんてっ」
「って、なんであんた達はもう座ってんのっ?」
「まあ、まあ、ミサ殿、陛下が仰っているんだ、気をもっと楽にして掛けてくれ」
「そっそう? ドニーさんがそう言うのなら…、陛下失礼致します」
「うむ、どうか楽にしてくれ。して、其方らが壱剛と仁業であるか?」
「「はい!そうです陛下」」
「フフフッ、なかなか元気が良いな……ん?…………。のぉ、双子の兄弟よ、つかぬことを尋ねるが、其方らとは以前どこかで会ったことがあるか?」
「えっと……はい! あります」
「おおっやはり! なんとも懐かしい感じがしたのでな、でもどこで会ったかの?」
「はい、前世です!」
「ちょっ! ちょっと仁業! なにを言い出すの! 陛下に失礼でしょ」
「いやっ良いのだ、母上殿…ご子息の仁業は決して冗談や、嘘を言っているわけではないようだ……。う〜む…山…山本太郎……いや違う、はっそうか! 東郷夏彦! そうだ、其方たち前世の名は東郷夏彦だな!」
「うっ!うううううぅ〜わ〜ん!」
「どっ!どうした仁業よ!なぜ泣いておる?」
「ご…ごめんなさい……僕、うっ嬉しくて、嬉しくて…。僕が初めて陛下にお会いした時に思わず名乗った偽名まで覚えていただけいたなんて……おっお会いしたかったです! 陛下……」
「すっ凄いです! 凄いです陛下! 俺たちが陛下にお会いしたのは、この世界とは違う、別の並行世界のことだったのに…なのに…なのに覚えてもらえているなんて!」
「ほう、この世界とは違う別の並行世界でのことだったのか…。でもな、なんと申すか…こう、魂に刻まれていたというか…。そうか、そうか、其方らと再び出会えて、私も嬉しく思うぞ!」
「「ありがとうございます! 陛下」」
「うむ!………そうだ! その別の並行世界でも私は其方らに頼み事をしておったな!……う、う〜む、なにを頼んだのか思い出せないが…」
「はい! その通りです陛下! その時の陛下は異世界の民たち達を救うために、僕たちにあることを命じられました!」
「おおっやはり! して、そのあることとは?」
「あの〜ぉ陛下、それはとても重大なことなので、この場ではちょっと…」
「……そうか、あいわかった。またいずれ時を設けて聞くこととしよう」
「えっ! それじゃ僕たちまた陛下とお会いできるのですか?」
「ああ、もちろんだ!」
「「ヤッター!!」」
「フフフッ、よし! 私は決めたぞっ! 久保坂勝彦殿、ミサ殿! 其方らの大切なご子息に異世界救済を任せたい! もちろん考え得る支援はどんなことでも全てするつもりだ! どうかこの通り、ご了承もらえないであろうか?」
「わっ! おっお顔を上げてください! 陛下。私たちの愚息で宜しければ喜んで了承いたします! なのでどうかっ」
「ありがとう! 父上殿、母上殿!」
コンッコンッコンッコンッ!
「陛下! 会談中、ご無礼いたします!」
「「さっ宰相さん!?」」
「んっ? いかにも私は宰相だが……んんっ?……おっ…おおおっ! なんなのだこの懐かしく、そして嬉しい感情は……何はともあれ、よくぞ参られた! 名もまだ知らぬ、懐かしき友よ!」
「「うっうううっ…うわ〜ん!宰相さ〜ん!!」」
「ハハハッ! 宰相…其方もそう感じたか……でっ宰相よ、用向きはなんだ?」
「はっそうでありました! 日本の国営放送より、昨日のクーデターの続報が放映されておりますっ」
「そうかっ、では早速そこのモニターに映し出してくれ!」
「はっ! ただ今っ」
『引き続き、内閣府および総理官邸包囲事件の続報をお伝えします!…昨日勃発した自衛隊、統合幕僚長、立花慎一郎氏主導によるクーデターと思われる軍事行為のその後の動向ですが、先ほど入りました内閣府の発表によるところ、内閣総理大臣、内藤日和氏が辞任を表明し、後継として立花慎一郎氏を第112代内閣総理大臣に任命するとのこと。内藤内閣は本日中に辞任を受理され、明後日までには立花内閣が成立する見通しであると発表されました。
引き続き、内閣府および総理官邸包囲事件の続報をお伝えします!…………』
「やはりそう来たか……」
「それじゃ陛下!僕たちは早速行動にっ!」
「まぁ待て、そう慌てるでないぞ、其方らには私より渡したいものがあるのだ」
「えっ!なんでしょう?」
「ふたりとも手を出してみよ」
「はいっ……えっちっさ! なんですか、この小さな巾着袋は? 僕の手のひらにすっぽりおさまるんですけど」
「この巾着袋はな、日本にある大学の研究グループと共同開発したものだが、この小さな袋には、其方らの一年分の食料と飲料水が入っておる。この袋の中では時間の経過が無効となっておるから、食料も腐ることはないぞ」
「はぁ〜、こんな小さな袋にぃ?」
「まあ、そんなに長丁場にはならぬと思うが、念には念を入れてだ。食料以外にもまだまだ入っておるぞ。これも大学の研究グループと自衛隊の知恵も借りて開発したものだが、ヘルメットやグローブ、胸当てなどの防具が一式入っておる。それに其方らがとても喜ぶものも入っておるぞ」
「喜ぶもの!なっなんでしょう?」
「不殺の槍だ」
「「えええぇぇぇっ!?いいんですか?師匠っ?」」
「うむ、ワシのお古で悪いのだが、なにせ急だったものだっのでな」
「いやいやいやいやっ! お古がいいです! 絶対にっ! だってこの槍達は師匠がなん度も使ったことのある槍なんでしょ?」
「そうだ、ワシとなん度も戦ってくれた槍のうちの二筋だ」
「やっヤッター!!! ありがとうございます! 師匠! 一生大事にします」
「まあ、その槍の出番がないのが一番いいのだが、もしもの時は存分に振り回すのだ。お前達も知っておろうが、その槍は絶対に人を殺めることは無い、お前達はまだまだ未熟ではあるが、不殺の精神は十分に宿っていると見える、きっと万が一の時、その槍はお前達を守ってくれるだろう」
「「はいっ!!」」
「其方ら喜んでいるところ悪いが、まだ私の話の続きがあるぞ」
「えっ? はいっなんでしょう?」
「おい、おい、まだその巾着袋の使い方を説明しておらぬだろう」
「あっそうでした」
「まずは袋の中身を確認するのだ、口の紐を解いて口を広げて、右目でも左目でも良いから覗き込んでみよ」
「うわぁ! なんだか色々なものが入っているのが見えます!」
「なんで? こんなに小さな袋に!」
「ふふふっ、凄いであろう? それで、その袋の中にあるものを、どれでも良いから、頭にイメージするのだ」
「はい、できました!」
「次は、その取り出すものをどこに出現させるのか頭の中で設定して、声に出さぬとも構わぬから、心の中で、出よ!と叫び、そのものの名前を呼ぶのだ」
「「出よ!不殺の槍!」」
「「でっできました!ちゃんと手の中に出てきました!」」
「ハハハッ! ふたりとも、やはりその槍を選んだか、だが声に出さずとも良いのだぞ、もしも敵が目の前にいる時に、なにかを出したことがバレぬようにな」
「へへへっ、すみません、どうしても一度は叫んで出したかったもので…」
「ワッハハッ! 気持ちはわかるぞ!…では、せっかく出したところ悪いが、次は巾着袋に仕舞い込む方法を教えるぞ…、なに、後でまた出せば良いでは無いか、そんな顔するな…。ではよいな、しまう時だが、先ほど袋の中を覗いた時、袋の中にはまだまだ、空いたスペースがあったであろう? 今度はそのスペースに収まることをイメージして、入れ!不殺の槍!と叫ぶのだ」
「「入れ!不殺の槍!」」
「「あっ消えた!ちゃんと戻りました!」」
「うむ、うむ、なにか新しいものをしまい込みたい時は、今やった要領で同じようにすれば、その巾着袋に収まる。まだまだ容量は余っておるから、其方らの衣服や生活用品を追加で入れるとよいぞ、だが、そのうち袋の中の空白スペースをイメージできなくなる時がくる、その時は袋のスペースがなくて、もうこれ以上は収納できないということだ」
「「はい!わかりました!」」
「でも、この巾着袋、こんなに小さいと落として無くしてしまわないか心配だよね…」
「大丈夫だ、袋の外側に輪っかがついておるだろ? その輪っかにこの紐を通して首からぶら下げておけばいい。そうすれば其方らが外したいと思わない限り、どんな状況でも其方らの首から離れることは無い」
「「ありがとうございます!」」
「でも、思ったんですけど、この巾着袋、入っているものを取り出す時の場所設定なんか、ゲートの出現場所のイメージ設定と似ていますね」
「なっなんと! 其方らその歳で、もうゲートの術式を知っておるのか? いったい誰に教わった?」
「「え〜と、陛下から教わりました」」
「ほう、なるほど、なるほど、前世の別世界での私からだな? でも、それを聞いて手間が省けた。これから其方らに私から最後に授けるものがあったのでな」
「「えっ? まだなにかいただけるのですか?」」
「ああ、この任務の期間中に限られるが、其方らに移動術特別発動の権限を与える」
「えっ! それって、異世界や日本のどこにでも、自由にゲートを発現させても良いって許可のことですよね?」
「ああそうだ、この許可を持たぬものは、異世界や地球上に張り巡らせた、結界によって、ゲートの発現が不可能になっておるのだが、許可を得たものは、その結界の効果を無効とする能力を得ることとなる、だからどこにでもゲートを発現できるようになるのだ。本来、日本政府の許可も必要とするのだが、この混乱時だ、やむをえまい…」
「「ヤッター!!」」
「フフフッ、其方ら、この話を聞いて、なにか良からぬことを企んでおるのではなかろうな?」
「も〜う陛下、やだなぁ、僕たちがそんなこと企むわけないじゃないですかぁ〜」
「「「プッ!ハハハハハハッ!!」」」
「おい、母さん…」
「なに? お父さん」
「俺は夢でもみているのか? 俺たちの息子達が、皇帝陛下となんだかとても仲良しに見えるんだが?」
「あら? 奇遇ね、どうやら私たち夫婦で同じ夢を見ているみたいよ…」
こうして、僕らは兄弟は、正式に皇帝陛下からの異世界救済の任を受け、早速日本へ移動することにした。
まずは日本の作戦本拠地として久保坂道場本家へ向かうことにする。
待ってろよ、正体不明の神様!
あなたの愚行は僕ら兄弟が、絶対に阻止してみせる!!