【第二十話】姫姫、全ての悲しみに終止符を打つ
《おやっ? そこにいるとても前衛的なヘアスタイルの女性…もしかしたら…僕のルゥシーなのかい?》
「だっ誰が前衛的よっ!…って、その声…、その話し方…、私のことをルゥシーと呼ぶのも…、もしかしてあなたなの…?私の王様オルギウスなのっ?」
突然目の前に岩が現れ、戸惑っていた僕たちを余所に、そのロゼッタストーンは勝手気ままに念話を使ってエルフのおばさんに話しかけだした…。
今、エルフのおばさん、オルギウスって言ったよね…
《ああ…、やっぱり…、君は僕の愛しき太陽、ルゥシーなんだね…》
「ええっ! そうよっ、私はあなたの太陽、ルゥシーよ! じゃあ、あなたはやっぱり、オルギウスなのねっ……あ…会いたかったわっ!」
《今まで、ひとりにさせてごめんね…》
「グスンッ…いいのよ、今こうしてお話しできるだけでも、私は嬉しいわ…」
「えぇ〜と、二千年ぶりの再会に水を差して悪いのだけどぉ、あなた今、そこの岩の中から話しかけているのよね?」
《おおっ、これはこれは地球の女神さん、失礼したね、そうだよ、僕は今この岩の中から君たちに話しかけているんだよ》
「やっぱりそうなのね…、それじゃ、なんで今頃になって姿を現したのかしら?」
《ああっ! そうだった、そうだった! 僕は君たちに、謝りたくて、君たちの前に現れたんだったよっ、ルゥシーがスゴイ頭になってたんで忘れてたっ!》
「なっなによ! あなたは私との再会よりも、私の頭が気になったって言うのっ?」
「まぁ、まぁ、ハーゲンカクルゥシ、二千年ぶりに再会した最愛の人がそんな頭になってたら、誰だって驚くでしょ?」
「誰がこんな頭にしたと思ってるのよっ!」
《まぁ、まぁ、待ってくれルゥシー、君がどんなに奇抜な頭になろうとも、僕が君を愛する気持ちは1ミリも変わらないよ…だから、悪いけど僕の話を聞いてくれないか?》
「わっわかったわっ、ごめんなさい、取り乱しちゃったりして…」
《ありがとう…、それじゃ僕の話を聞いてもらう前に、僕の正体を君たちに明かすことにするよ》
「正体…? 私はあなたについて知らないことなんてないはず……でも、あなたはそれがあるって言うのね?」
《ああそうだよ、ルゥシー…、僕はね…僕の正体はね[混沌]のカケラなんだ…》
「「「「「えっ?」」」」」
「ちょっ、ちょっと待ってちょうだいっ! 私の知る限りでは[混沌]の理は、ふたつに割れて、[矛盾]の理になったはず…………って、あっあんた今〈カケラ〉って言わなかった?」
《ああ、君は確か[終わり]の理の女神ちゃんだったね、えぇ〜と、名前は……》
「姫姫よっ」
《姫姫ちゃん、君の気づいた通りだよ、僕は〈カケラ〉なんだ…、自分で自分をふたつに割ったときのね…》
「そうだったの…全く気が付かなかったわ…」
《ああ、僕は小さな小さなカケラだからね、元の理の状態からすると、力なんて無きに等しい存在だから、それで気づかなかったんだと思うよ…》
「そう………それであんたは私たちに何を謝りたいの?」
《今、言ったように、僕は小さな小さな存在、行使できる力なんて、ほとんど無いはずなのに、[混沌]を生み出す能力だけはあったみたいで、僕が望まなくてもその能力は勝手に行使されるみたいなんだ……。つまりそのぉ…、今回の『生き物たちの破滅』は僕が引き起こしたものなんだよ…》
「そっそれは違うわっ! 今回の『生き物たちの破滅』を引き起こしたのは、[傲慢]の理である私が引き起こしたものなのよっ!」
《確かに、起こった事実だけを見れば、そうなるかもしれないね…、でもね…今回に限らず、君と出会う前にも僕はこれまでに何度も『生き物たちの破滅』を引き起こしているんだよ…それに証拠もあるんだ…、そこの15 のカケラくんたちに聞くけど、エルフたちとの交戦中にエルフの子どもたちを助けただろ?…》
「ああ、助けたな。でも心配は無用だぞ、みんな元気だ」
《ああ、知ってるよ…、確か君は[不動]の大吾くんだったね、子どもたちを助けてくれて本当にありがとう…、だけど、あの危険極まりない場所に子どもたちを出現させたのは、僕の能力の所為なんだ…。僕の能力がエルフたちの判断を[混沌]状態にした所為でああなってしまったんだ》
「んっ? どういうことだ? あれは、そこにいるハゲた頭をしたおばさんの仕業じゃなかったのか?」
《ああ違うっ、ルゥシーは絶対にそんなことはしないっ》
「えっ? でも、核ミサイルを発射させた時は、エルフのみんなも道連れにしようとしてたよね?」
「ああ美羽、そのことなら私が答えてあげるわ、あの時、ハーゲンカクルゥシが作った暗号結界を私が書き換えたじゃない?その時に見たの、エルフたちに万が一のことが起こった時は、直ちにゲートを発現させて、全員、異世界のどこかに避難させるプログラム結界があったのをね、だから、あの時ハーゲンカクルゥシはエルフたちを道連れにしようとは思っていなかったのよ」
「そうだったのかぁ、ごめんよハゲのおばさん、俺たち勘違いしてたようだ」
「フッ、いいのよ、だけどハゲのおばさんはやめてね…」
《どうだい、わかっただろ? ルゥシーはそんなに酷い女性ではないんだ…今回の『生き物たちの破滅』を起こしたのも、僕が二千年前に地球の女神に殺されたことが原因で、怒りに我を忘れたルゥシーが、僕を愛するあまりに引き起こしたものなんだよ…。殺された僕自身はやっとあの苦しみから解放されて喜んでいたぐらいなのに…》
「………ねぇ、ちょっといい? オルギウスさんはさっき、他にも『生き物たちの破滅』を引き起こしたって言ってたけど、他にはどんなことがあったの?」
《おおっ! いいことを聞いてくれたね! えっと君は…》
「サチコよ」
《ああ、君はあのもの凄い植物の…確か[連鎖]の子だったね、それについては、このエルフ版ロゼッタストーンに書き連ねているよぉ、かなりの自信作なんだ、ただ単に起こったことを書き連ねているんじゃなくってね、ちょっと物語風にしてみたんだ、[空想]の…確か塩谷くんだったよね、君には是非とも読んでみて欲しいんだっ!》
「ハハハッ! わかったよ、是非読ませてもらうよ!」
《ありがとうっ! それを読んでもらえたら、僕の言っていたことは、すべて間違いではないと分かってもらえると思うんだ……。でもね、これだけは覚えていて欲しいんだけど……》
「なぁに、オルギーちゃん?」
《オっ、オルギーちゃんっ?、うっ嬉しいよ! こんな僕に愛称をつけてくれるなんて! 君は確か[発見]の美奈ちゃんだったね、ありがとう!……そのぉ、こんな最悪を撒き散らす、僕が言うのもなんなんだけど……、僕はただただ人間や魔物たちの側にいて、その成長を見守りたかっただけなんだ…。心の底からみんなには幸せに生きていて欲しいって思ってた…ただそれだけなんだ…、それだけは、みんなに覚えていて欲しかったんだ……》
「覚えていて欲しいって…、オルギーちゃんはどこかに行ってしまうのか?」
《うん……これまで僕は、僕の能力が生き物たちに悪影響を及ぼさないように、いろんなことを試してきたんだ…、二千年前に死んでしまって魂の状態になった時も、僕は誰にも見つからないように、誰とも関わらないようにと、結界をかけた部屋に閉じこもっていたんだ、でも…やっぱり僕は生き物たちに悪影響を与えてしまった…。だから僕は…、僕の魂ごとすべてを消滅させてしまおうと思っているんだ……》
「「「「「えっ?」」」」」
「いっ! 嫌よっ! 絶対に嫌っ! ダメよっ、絶対にそんなことはさせないわっ!」
《ルゥシー………、君には本当に済まないと思う…、だけど僕のわがままをどうか聞き入れて欲しい…、僕も君と会えなくなるのは、身を切られるように辛い…、だけど僕の所為で君がまた悪の道に突き進んでしまうことの方がもっともっと辛いんだ……それに、君が悪の道に進まなくても、僕がいる限り『生き物たちの破滅』はまた必ずやってくる……、そんなのは僕にとっては地獄でしかないんだ…だから……》
「そっそんなぁ…、お願いっ! 誰かっ! 誰か助けてっ!…お願い…おねがいだからぁ…」
《ルゥシー……》
「分かったわ、ルゥシーおばさん、私があんたの願いを叶えてあげる」
「えっ?」
エルフ版ロゼッタストーンにすがり付いて泣きじゃくるエルフのおばさんの側に、いつの間にか姫姫ちゃんが立っていた。
なぜだか、姫姫ちゃんの全身は淡く光を放っている。
僕たち兄弟は、そんな姫姫ちゃんの姿に引き寄せらるように、姫姫ちゃんの両脇に静かに控える。
「今から私たちが、あんたたちの苦しみを[終わり]にしてあげるっ! さぁっ壱剛っ仁業っ! 不殺の槍で、その岩を真っぷたつに割ってしまいなさいっ!」
《なっ! ダメだよっ! そんなことしたら、また[混沌]のカケラが生まれてしまうだろっ! やめるんだっ!》
「やれやれ仁業…、どうやらウチのお姫さん、俺たちにまたまたムチャブリしてきたようだぜっ」
「フフフッ、そんなこと言いつつも、本当は自信満々なんでしょ? 壱剛」
「ああっ、全く失敗する気がしねぇなっ」
「あんたたちっ! やっちゃいなさいっ!」
「「おうっ!!」」
スパァァァァァァァァァンッ!!!
「あれっ? 岩、割れてなくねぇ?」
「いや、よく見てみろよコレ」
「ありゃりゃっ? いつの間にかど真ん中から…」
「ああ、そうだな、左右真っぷたつの白黒岩の出来上がりだなっ」
「んっ? 岩の下の方、岩に刻まれた文字、また新しいのが増えていってないか?」
「おっ! 増えていってるよ!」
「なんて書いてあんるんだ? あっそうかピロッシに読んでもらおうぜ!」
「えっと、ちょっと待って、僕がピロッシを保護してるから……〈出よ!ピロッシ〉」
「ん〜……なんっスか? もう異世界に着いたっスか?」
「いや、すまないがピロッシ、そこのロゼッタストーンの最後の三行だけでいいから読んでみてくれないか?」
「お〜! でも、アレっ? 前に見た時となんだか色が違うような…」
「まあ、それは後で話すから…」
「わかったっス、それじゃえ〜と、なになに………」
《我[混沌]の理のカケラは、[終わり]の女神と我が兄弟たちの力を借りて、永遠とも思われた永き苦しみに、今ここで終止符を打つこととなる》
《生まれ変わった我はふたつでひとつの[矛盾]となり、輪廻の輪を経て、いつかまた最愛の人の元へと舞い戻ることであろう》
《我は宣言する『生き物たちの破滅』はここに永遠に終結したことを》
「とっまぁ、そんな意味のことが書かれてあるっスねぇ…」
「そっかぁ〜、オルギーはやっと苦しみから解放されたんだなぁ」
「えっ、ちょっと待ってちょうだい、それじゃ、私のオルギウスはもうこの岩の中にはもういないのっ?」
「ええ、そうね、オルギーちゃんは、もうそこにはいないわ、今頃は輪廻の輪の中に入っているんじゃないかしら」
「そっ…そんなぁ……」
「大丈夫よ、ルゥシー、オルギーちゃんは、きっとあんたのところに戻ってくるわ、それも、そう遠くないうちにね」
「ああっ、そういえば壱剛、仁業の時も早かったなぁ」
「そうそう、ふたりとも、いきなり私たちにお別れを言いにきて、さよならしたと思ったら、すぐに双子の赤ちゃんで生まれてきたもんね」
「そうなのっ?」
「そうよぉ〜、だからルゥシーもメソメソしないで、オルギーちゃんが望む、人に優しいおばさんにならないとね」
「わかったわっ、私オルギウスに喜んでもらえるように、優しいおばさんになるわっ!」
こうして、『生き物たちの破滅』の元凶だった、[混沌]のカケラも消え去り、[矛盾]のカケラを持つ新たな生命としていつか僕たちの前に姿を現すことになるのだろう。
自衛隊のクーデターから始まり、気づけば、見知らぬ別宇宙の小惑星にいて、なんだか目まぐるしい数日だったが、誰ひとり死ぬどころか、大したケガを負った者もなく、『生き物たちの破滅』はここに永遠に終止符を打った。
完敗を喫して、すっかりおとなしくなったエルフの民たちは、誰も彼も、まるで憑き物が落ちたような穏やかな表情を浮かべている。
オルギーが言ったように、今まで[混沌]の能力に振り回されていたと、確かにそんな風に思えるなんとも穏やかな表情だ。
地球の女神であるヒミコおばさんは、姫姫ちゃんが生まれた宇宙、(リトルコスモ)と名付けられたこの宇宙を、ルゥシーおばさんに管理するよう命じ、ルゥシーおばさんもそれを快諾したのだが、サチコちゃんとサキちゃんから待ったがかかる。
どうやらふたりは、ルゥシーおばさんが扱う、暗号結界術やゲート展開術などに興味があり、それを教わりたいと申し出たのだ。
どうしようかと、みんなが思い悩んでいる時、青鬼の赤ちゃんが、ルゥシーおばさんの補佐を務めようと申し出てくれたので、ルゥシーおばさんは地球とリトルコスモの往復で、管理と先生の両方を兼任することになった。
次にエルフの三姉妹についてだけど、異世界に迷惑をかけたのだから、異世界で罪を償いたいとの申し出があったので、三姉妹の沙汰については、異世界皇帝である青鬼二世陛下の預かりとなった。
この頃には、その存在をすっかり忘れていたターバンも三姉妹と同様に陛下から沙汰が出るとこのことだ。
ちなみにこのターバン、本名はタンバーンというらしく、今更、呼び方を変えるのが面倒臭いので、それ以降もみんなターバンと呼んでいる。
あと、残されたエルフの民たちは、リトルコスモの(リトルプラネット)と名付けられたこの惑星を、ルゥシーおばさんと青鬼の赤ちゃんの号令のもと、住み良い場所に変えるべく尽力するようにと、ヒミコおばさんに命じられ、やる気に満ちた表情で、その沙汰を受け入れた。
「俺たちが前世の記憶を取り戻してから、まだ10日ほどしか経っていないっていうののに、一年ぶりぐらいで戻ってきた気がするな、この街…」
「ああ、そうだねぇ、いろいろあったもんねぇ…」
僕たち兄弟は、あれからすぐに日本へと帰ってくることができて、まずは久保坂のおじいちゃに元気な顔を見せてあげようと道場に向かっている。
他のみんなは、事後処理がまだあるといって、リトルプラネットにまだいるみたいだけど、小学生の僕たちをそんなに長く親元から遠ざけることは出来ないという理由で、無理やり地球に帰されたんだ。
「姫姫ちゃんは、いつ頃、地球に戻ってくるのかなぁ?」
「まぁ、あいつも小学生だけど、もともとはあいつの生まれた宇宙だもんなぁ、いろいろエルフたちに伝えないといけないことがあるって言っていたから、当分は戻って来ないんじゃねぇか?」
「そうだね……」
「お〜い!いっちご〜う、にぃご〜う」
「ヤッホー、ふたりともっ!」
「あれっ?姫姫ちゃん、それにヒミコおばさんも?」
「どうしたんだ、もっと時間がかかると思ってたぞ?」
「それがねぇ〜、私たちが早く戻ってこれたのは、ピロちゃんのおかげなのよ!」
「ピロッシが? なにしてくれたの?」
「ピロちゃん凄いのよぉ〜、私がエルフのみんなに伝えなければいけないこと、全部ピロちゃんが書き出してくれたのよっ!」
「えっとぉ、どういうことだ?」
「ピロちゃんがね、私にエルフたちへの伝えなければいけないこと、思いつく限り、自由に喋ってくれって言い出しのね、それで、私、言われるままに喋ったの、そしたらピロちゃん、それをもの凄いスピードで紙に書き出してくれてね、しかも、私が喋った言霊を読み取ってくれて、私が忘れてたことや、気づかなかったことまで、的確に、そんでもって、とってもわかりやすくして、全部書き出してくれたのっ!」
「へぇ〜、それでこんなに早く戻ってこれたんだぁ」
「俺たち15のカケラたちの能力も結構凄いと思ってたけど、地味だけど一番人に役立つ能力はピロッシの能力だったりすのかもしれないなっ!」
「そうそう! 私もそう思ったわぁ」
「ところで、ヒミコおばさんは戻ってきてもよかったの?」
「いいの、いいの、だってみんなやる気が漲ってて、私がいなくても自ら進んで、とっとと行動していくだものぉ、かえって邪魔になりそうだから、これでよかったのよ、それに私は地球でやらなくてはいけない、大事な用もあったしね」
「んっ、大事な用ってなんなんだ?」
「ほら、今更だけど、地球に新しい女神を迎え入れることになったでしょ? 今の児童施設が危ないってわけじゃないんだけど、でも、姫姫ちゃん普通の子どもたちとは立場が違うでしょ?」
「ああっ確かに、ターバンみたいな不審者がまたまた、姫姫ちゃんに近寄ってくるかもしれないしね」
「そうなのっ! だからね、姫姫ちゃんは信頼のおける家に引き取ってもらおうって思っているのよ」
「えっ? ヒミコおばちゃん家で引き取るんじゃないのか?」
「ええ、それも考えたけど、私はまだ現役の自衛官で、家にはなかなか居られないし、ダーリンだって、総理大臣でもって自衛隊統合幕僚長でしょ? もう時期辞めるかもしれないけど、辞めても暫くはマスコミの人たちに付き纏われることになるじゃない?」
「そうだね、そうなることは間違いないだろうね、で、誰に引き取ってもらうの?」
「田所家よっ」
「ああっ! なるほどっ、それは納得だなっ!」
「えっとぉ、私もその田所さんのこと聞いているけど、そんなにいい人たちなの?」
「うんっ! 他には考えられないぐらいに、いい夫婦なんだ、大吾くんや美羽ちゃんの第二の両親って言っても過言ではないし、裕太くんだって、しばらく田所家の子ども同然に世話になってたんだよっ!」
「それに、結構お金持ちだしなっ!」
「へぇ〜、そうなんだっ! 私、なんだか早く田所のお父さん、お母さんに会いたくなっちゃった! でも言っておくけど、お金目当てじゃないからね!」
「わかってるって、でも無いより、あったほうがいいでしょ?」
「まぁ、それはそうだけどぉ」
「でも待てよ、田所家に住むっていうことは、小学校は俺たちが通っていた小学校に転校するってことになるんだよなぁ、それもいいと思うぞ、なにしろ先生も生徒もみんないいヤツばかりだからなっ、安心してていいぞっ!」
「あらっ? なにを言っているの壱剛ちゃん、あなたも姫姫ちゃんと同じ小学校に通うことになるのよ? もちろん仁業ちゃんもねっ」
「嘘っ? なんでそうなるの?」
「あらら、仁業ちゃん、あなた姫姫ちゃんの騎士を辞めちゃうつもりなの?」
「そんなことはないよっ、姫姫ちゃんの騎士はちゃんと続けるよっ!」
「だったら、同じ小学校に通ってほうが、姫姫ちゃんを守りやすいんじゃないの? 大丈夫よ、ふたりのお父さん、お母さんにも事情を話して、了承ももらってるし、久保坂のおじいちゃんにも、もちろん了承もらってるわ」
「そっそうなの? いつの間に…、でも、それならそれで、なんだかワクワクしてきたよっ! だろぉ壱剛?」
「ああっ! 毎日退屈しなくてすみそうだっ!」
「フフフフッ、これからもよろしくねっ! 壱剛、仁業」
「「ああっ! よろしくっ!」」
ワンッ! ワンッ!
「おおっカッチ! 迎えにきてくれたのか?」
「でも、滅多に鳴かないカッチが珍しいね、あれっ? 尻尾もブンブン振ってない?」
「そうね〜いつもの無愛想と違ってとっても嬉しそうだわ? ってカッチ、ヒミコお姉様をガン見してない?」
「ああ、言い忘れてたけど、カッチって大昔に私が助けた犬なのよ」
「ヒミコおばさんがっ?」
「そうなの、カッチって実は、その昔は結構有名な犬だったのよ」
「ああ、そういえば、皇帝陛下が仰っていたなぁ、確か豊臣秀吉軍と戦った『羽犬』だって」
「そうよぉ〜、カッチって、とお〜ても強かったのよぉ〜、でもね、いくら強くてもたった一匹でしょ、多勢に無勢で、二千の軍勢の前に負けちゃってね、大怪我を負ってしまうんだけど、たまたまその場にいた私が、カッチを介抱してあげたらね、なんだかとっても懐かれちゃって…」
「それならなんでヒミコおばちゃん家じゃなくて、うちの道場にいるんだぁ?」
「それは、私がカッチにお願いしたの、壱剛と仁業を守ってあげてってね」
「はぁ〜そうだったんだぁ、今まで守ってくれてありがとうね、カッチ!」
ワンッ!
そうだ、そうだった…、僕ら兄弟は生まれてから今まで、たくさんのいろんな人たちに守られて育ってきたんだ。
今更ながら、感謝の念が込み上げてくる。
そして、これからは、僕らも守る側に…
少しだけ一人前になれた気がして嬉しい気持ちになる。