【第二話】名犬カッチと三人衆
「なあ2号、前世の記憶を思い出して、よくよく考えたら、俺たち転生する直前って、大吾たちに取り憑いた幽霊みたいなものだったよなぁ」
「あっそうだね、まさしく憑依霊だね!」
俺たち双子の兄弟が今世に生まれ変わるほんの少し前の、まだ魂だけの存在だった頃、異世界は滅亡の危機にあり、その回避策として、日本の乗っ取りを目論んでいた。
それを憂いた女神さんは、まだ魂だけの存在である俺たち双子の兄弟を、大吾とその愉快な仲間たちのもとへ遣わし、大吾たちに異世界の侵攻を阻止する行動を起こさせるよう導かせた。
声に出さずとも、心の中だけで会話ができる念話と言われる魔術で、俺たちに導かれた大吾たちは獅子奮迅の働きを見せ、異世界侵攻を回避させるにとどまらず、さらには日本と異世界の国交樹立まで成立させていた。
その国交樹立から10年の歳月が経ち、今では日本と異世界は姉妹国と言っていいほど良好な関係を築いている。
「特に裕太と雄二の働きは目覚ましかったよな!」
「ああ、そうだね! あのふたりは特に頭が切れるからねぇ……あっ噂をすれば」
俺たちが立花家を出て、久保坂の本家の爺ちゃんちに帰る道すがら、前から噂の人物たちが姿を現した。
「よう!壱剛、仁業!おはようっ!」
「ふたりともおはよう! あれっ? まだ大吾くん家にいるかと思ったのに、もう帰っちゃうの?」
「おはよう! 裕太、雄二、もしかしてふたりとも朝の臨時ニュース見てないか?」
今、会話しているうちのひとり、井上裕太は中学校の先生だ。そしてもうひとりは美波雄二で弁護士の仕事をしている、こちらも先生と呼ばれる職業だ。
「えっ? 臨時ニュース? 俺たちは移動中だったからなぁ、それでなにかあったのか?」
俺たち兄弟は今朝テレビで見聞きしたニュースの内容を、ふたりに教えた。
「そっそれは本当のことなの!?」
「まさかっ…、あの立花のオヤジさんがクーデター?」
「うん、間違い無いよ立花慎一郎って、おじさんの名前をハッキリ伝えていたもの」
「そうか…、それに自衛隊の統合幕僚長といえば、大吾くんのお父さんしかいないしね…」
「よしっ雄二、これから俺の勤務先の中学校に行ってみないか? 多分、職員の誰かひとりは学校にいるはずだから、そこで情報収集しよう!」
「うん! それがいいね。今から立花家に行っても誰もいないだろうから」
「あっそれから、壱剛、仁業。今すぐどうこうなることはないだろうけど、お前たちは爺ちゃん家に戻って、なるべく外を出歩かないように! いいなっ?」
「「了解!先生」」
そうしてふたりは方向転換して慌ただしく中学校に向けて小走りに駈けていった。
「ねぇ壱剛」
「なんだ?」
「前世の記憶が戻ってわかったんだけど、もしかしたらさっきの裕太くんや雄二くんもそうだけど、大吾くんの仲間たちは、僕たちが魂だけの時に彼らを導いた1号、2号だって気づいているんじゃないかな?」
「ああ…、そうかもしれないな。そうじゃないと10歳以上歳の離れた俺たちのこと、こんなに構うわけないものなぁ…。それに今日だって、親戚でもなんでもない立花家に泊まりに行くほど仲がいいのは、そういうことなのかもしれないな…」
「なんだか、とっても嬉しいね!」
「ああ、すっごく嬉しいな!」
俺たちが生まれた久保坂の家は代々、古武術の道場をやっている。
その道場に立花兄妹は通っていて、大吾の方は悪ガキ救済の会『Z』の活動で忙しくなってしまい、途中でうちの道場を辞めているが、美羽は警察官になった今でも週一で道場に顔出している。
俺たち双子と大吾たちの接点といえば、美羽がうちの道場に通っていることぐらいなのだが、俺たちが生まれてすぐに、大吾とその愉快な仲間たちは、道場にちょくちょく顔見せるようになったと、俺たちの両親から聞いている。きっと一番初めに俺たちが1号、2号だと気づいたのは美羽だったのだろう。
大吾たちの俺たち双子の可愛がり様は、両親もびっくりするぐらいで、特に母は「いつも、誰かが子守りに名乗りをあげてくれて、とっても楽できたわぁ〜」と、今でも大吾たちのことをとても好意的に思っているようだ。
俺たちも、物心がついた時から、いつも大吾たちがそばにいたから、そんなものだろうとしか感じていなかったのだが、記憶が戻った今では、大吾たちの好意が涙が出そうなくらいに嬉しく思える。
そんな感慨に耽っていると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おおっ! 壱剛、仁業、帰ってきたか〜」
久保坂道場、第27代当主、久保坂利光。俺たちの爺ちゃんだ。今朝のニュースを見て少し心配したのか途中まで俺たちを迎えに来てくれたようだ。
初めて爺ちゃんに会った人たちは、無口で無愛想な爺ちゃんに、古から伝わる武術の道場主ということもあって、とても怖い人だと思われがちだが、実を言うとこの爺ちゃん、ただただ内気な性格で口下手なだけで、本当はとても優しい人だ。
初めは畏怖の念でみていた人も、本当の爺ちゃんの人柄を知ると、そのギャップ萌えからか、急に親しみが湧くようで、町内からは「久保坂のおじいちゃん」と親しみを込めて呼ばれていて、割と有名人だ。
「ワン」
「おっカッチ!お前も俺たちを迎えに来てくれたのか?」
爺ちゃんの傍にいる、とてもデカい犬はカッチ。
子犬だったカッチは、俺たちが生まれる数日前に道場の玄関先に突然現れ、そのまま居座り続けていて、今では久保坂家の家族の一員となっている。
実はこのカッチ、町内では爺ちゃんよりも有名だ。
なぜならこの犬、警察から四枚の感謝状をもらっているからだ。
一枚目は、遺失物を近くの交番まで23回も届けた功績によるもの。
二枚目と三枚目は人命救助によるもので、いずれも救助されたのは子供で、ひとりは近くの川で溺れているところを助け出され、もうひとりは車道に飛び出したところを車と衝突する寸前に間一髪で助けたことによる表彰だ。
そして、四枚目は誘拐事件の犯人逮捕と誘拐された幼児の救出によるもの。
その誘拐事件について話すとこうだ。
事件当日、当事者であるママ友たちは立ち話をしていた。
そして、ちょっと目を離した隙に、そのママ友のうちのひとりの、3歳になる娘がいなくなっていたことに気づく。
びっくりしたママ友たちは手分けをして、その子を必死で探し回っている時、ひとりのママ友の耳に、激しく吠え立てる犬の声が聞こえてくる。
そのママ友は気になり、その声の元へ駆け出し近づいたところ、とあるアパートの一室に向かって激しく吠え立てている犬がいた。
ママ友はすぐに、その犬がカッチであることに気が付く。
その当時ではすでにカッチは有名犬だったので、そのママ友は普段吠えるどころか、鳴き声すら一度も聞いたことのないカッチのその行動にピンっと来て、もしやと思いすぐさま、警察に連絡。連絡を受けた近所の交番もカッチのことはよく知っていたので、その吠えている犬はカッチであると思い当たり現場に急行。
臨場した警官たちを認めたカッチは、吠えるの止めて、アパートの一室を微動だにせず、見つめていたとういう。
警官たちはその一室の呼び鈴を何度も何度も鳴らし、とうとう観念したのか、ひとりの青年が顔を出す。
半ば強引に警官たちは、その青年の部屋に踏み込むと、奥の部屋でテレビの幼児番組に合わせて、楽しそうに踊っていた3歳ぐらいの女の子を発見。
この子は君の子かな? と尋ねた警官にその青年は、立ち話をしていたママ友に黙って連れてきたと白状し、その場で現行犯逮捕となった。
その時の幼児の様子で、連れ去られただけで、他の被害は一切受けてなかったことを知った、その幼児の母親は号泣しながらカッチに抱きつき、何度も何度も「ありがとうっ! ありがとうっ!」と言っていたという。
今までカッチがもらっていた三枚の感謝状の表彰については、騒ぎを大きくしたくないとの爺ちゃんの願いもあって、内々で行われたが、今回はことが誘拐事件ということで、警察も記者たちに発表しないわけにはいかず、その事件は瞬く間に日本中に知れ渡ることになる。
そして案の定、警察発表当日から久保坂道場の前はマスコミの連中で溢れかえることになるのだが、そんな近所迷惑なマスコミたちを退散させたのが、生まれた時から俺たちを可愛がってくれていた大吾たちの仲間のうちの三人、横山、河村、是永の通称「三人衆」だった。
呑気な俺たちの家族は、そんな騒動が起こっているのを露も知らず、爺ちゃんと親父は自衛隊基地まで隊員たちの指導のために出稽古に、お袋は買い物へと出掛けていた。俺たちには家の鍵を渡していて、いつも自分たちで開錠して家に入るので大丈だろうと思ってのことだ。
そして、その当時まだ幼稚園児だった俺たちは、いつものようにふたりで幼稚園から歩いて帰ってきてみたら、家の前には大勢の人だかり。
仁業はその様子に尻込みしていたが、勝気な俺は、マスコミの連中に「そこは俺たちの家だから通してくれ!」と大声で叫んだのだが、それがマズかった。
「えっ? 君たちこの家の子?」
ひとりのリポーターが俺たちに問いかけると
「君たちの家に大きな犬がいるよね?」
「君たちの犬なの?」
「普段はどんな犬なの?」
と質問攻めにあい、一斉にマイクとカメラを向けられ、俺たちはマスコミの連中に取り囲まれてしまう。
いくら勝気な俺でも、所詮は幼稚園児だ。体の大きさが自分たちの倍以上ある大人たちに囲まれて、怖くて、怖くて、思わず泣き出しそうになる。隣にいた仁業はもう目に涙をいっぱい溜めている。
その時だった、俺の身体を包み込むような圧力を感じたのは。
圧力を感じたと言っても苦しいわけじゃなく、なんだかお日様に干していたフカフカ布団で優しく押されるような感じで、泣き出しそうだった俺は不思議な安心感に包まれ、なんだか勇気が湧いてくる。
ドサッ!
「おいっ!大丈夫か?」
すると、マスコミの輪の外側で誰かが倒れたような音がする。それと同時に仲間であろう同僚の心配そうな声が聞こえてきた。
それを合図に、俺たちを囲んでいたレポーター達の顔色が段々悪くなっていく。
ひとり、ふたり、5人、10人、20人…と俺たちの周りからマスコミの連中は逃げるように去っていき、中には気を失いかけているのか、肩を同僚に担がれてフラフラしながら去っていくヤツらもいた。
気が付くと俺たちの周りからマスコミの連中は誰もいなくなっていて、ちょっと離れた場所に三人衆がニッコリと俺たちに微笑みかけながら立っていた。
いつの間にか俺の隣にはカッチがいて一声「ワン」と鳴くと、滅多に振らない尻尾を、ゆっくりと左右に振っている。
そのカッチの行動に三人衆は
「「「ああっ、いいってことよっ!」」」
とカッチに向かって返事をすると、満足したのかカッチは道場の方に向かって姿を消していった。
「いやぁ〜久々に見たよ、三人衆の〈もの凄い殺気〉、なんだか昔より威力が増してないかぁ?」
三人衆がいる逆方向の道から声がする。
「よう!大谷、お前も来てたのかぁ、いやぁ〜あれでも手加減したつもりだったんだが、こども相手にみっともないことする大人達がいたんでな、ちょっと手加減間違えたかもしれねぇな」
「ハハハハッ、それはそうと壱剛、仁業、お前達大丈夫か?」
「大谷、それと三人衆、ありがとう! 俺たちは大丈夫だ! ところで俺たちを心配してきてくれたのか?」
心配そうに尋ねてきた大谷に、俺はそう聞き返す。
「ああ、昼飯食ってたらニュースでお手柄犬の報道があったんでな、こりゃあ、久保坂道場のカッチのことだなって、ピンときて様子を見にきたんだが、どうやら来て正解だったようだな」
「ありがとう! おかげで助かったよ、僕なんか泣き出す寸前だったんだから」
「ところで大谷が言っていた〈もの凄い殺気〉ってなんだ?」
「ああ、それか? それならお前達も見てただろう、大の大人達が顔色真っ青にして逃げ出すところを、あれはそこにいる三人衆の必殺技でな、ようは殺気を相手にぶつけるだけなんだが、それがただの殺気じゃぁないっ! 俺も中学一年の時に、そこにいるヨコからぶつけられたことがあるんだけど、そりゃもう半端なかったぜ! 恐怖で血の気が引くっつうか、ちびりそうになるっつうか、そんな感じの状態になるんだよ」
「へぇ〜、それはスゴイね!…でも僕たちはその殺気をぶつけた集団のど真ん中にいて、その「気」? みたいなものも感じたけど、逆にその「気」で安心したというか、力をもらった感じになったんだけど?」
「やっぱり仁業もそう感じたんだな、俺も感じたよ」
「えっ?お前達の〈もの凄い殺気〉って、そんな凄いことになってんの?」
「ああ、ドニー・リー師匠のところで修行してたら、いつの間にかできるようになってたなぁ…」
「ああ、〈不殺〉の師匠かぁ、理屈はわからんが、なんとなく納得したぜ」
「ドニー・リーって、あの異世界の英雄、不殺のドニー・リーのこと?」
「おうっ! そうだっ、とってもかっこいい人だぞ」
コレが自慢げにそう話していたのを思い出す。
そうだった…。その時からだ、いぶし銀なカッコよさを持つ、三人衆に影響を受けて、ドニー師匠に師事したいと思いだしたのは。
その後、三人衆と大谷はお袋が戻るまで久保坂家にいてくれて、俺たちと遊んでくれたっけぇ…………。
「おっそうだっ、ドニー殿からおまえ達への手紙を預かっているぞ」
俺がカッチにまつわる思い出に耽っている時、爺ちゃんが俺たちに話しかけてきた。
「えっ師匠から?なんだろう…」
仁業が爺ちゃんから手紙を受け取ると、その場で封を切って中身を確認する。
「壱剛、明日の早朝迎えに行くから、久保坂道場の異世界支部で待っていて欲しいって書いてあるよ」
「一体なんだろう? でも、師匠の頼みだから無視するわけにないかないよな、そういうわけで爺ちゃん、寝坊したらまずいから、今日は異世界の家に戻るよ」
「おお、そうか、そういうことなら仕方あるまい。またそのうち遊びに来たらいい」
「「うん、わかった!」」
異世界と日本で国交が盛んになった今、魔術で作ったゲートと呼ばれるトンネルのようなもので、気軽にお互いの国に行き来ができるようになっている。
そのゲートは日本と異世界の至る所にあり、ちょっとした検問所があるが、ほとんどの人はフリーパスで行き来できる。
俺たちも昨日から、異世界の実家から日本に住む、立花家と爺ちゃん家に遊びにきていたのだが、電車で2、3駅先の親戚の家に遊びに行くような感覚で来ている。
本来なら明日の朝にそのゲートを通って異世界にある実家に戻るはずだったんだが、師匠の頼みなら仕方がない、すぐに準備を済ませて異世界に戻ることにする。
女神さんの頼み事も気になるが、まだそれぐらいの猶予はあるだろう。
その時は、そんなふうに割と気軽に考えていた。
だけど、明日の朝、戻った異世界でびっくり仰天な出来事が俺たち兄弟を待ち構えていたんだ……。