【第十三話】ターバンエルフの正体
「ふ〜なんとか間に合ったぜぇ」
「もうっ壱剛、あんたの所為でギリギリだったじゃないのぉ」
「まぁまぁ、姫姫ちゃん、なんとか間に合ったんだから」
「いやぁ〜すまねぇ! 客間のベッドがあまりにも気持ち良くってさぁ…」
俺たちは今、帝城にある主に政治犯などを取り調べる尋問室にいた。
そこで皇帝陛下自らターバンを取り調べることになっている。
ターバンはカッチに繋がれたまま、すでに尋問室に来ていて、さっきからソワソワしている。
俺たち兄弟と姫姫、そして12人の〈始原の理〉を持つ仲間たちは、参考人席に座り、陛下の登場を待っている。
「皇帝陛下、ご出座〜ぁ!」
衛兵の口上により、取り調べ室に陛下が入室すると、その場の空気が一瞬でピリッとした緊張感に包まれる。
「ヒッ…」
陛下の顔を見るなり、ターバンは小さな悲鳴をあげた。
「其方が異世界大誘拐に関わっていると思しき者だな? 名はなんと申す?」
「…かっ…下等生物の皇帝など、下賎な輩に申す名など無いわっ!」
「こっ! この無礼者っ!」
「まあ、待て、こやつの好きに喋らせるがよい」
「はっ御意に!」
「では、私に名乗る名は無いと申すのだな…、ふむ、それではなにかと不都合があるので、こちらで勝手に名付けをするとしよう、そうだな、其方の名はこれよりターバンと呼ぶことにする、それで良いな?」
「…………………」
「それではターバン、其方の顔立ちだが、地球の北欧の人々に似通っておるが、魔素の流れからすると、間違いなく魔物のようだが種族はなんだ?」
「…………………」
「やはりダンマリか、それなら致し方がない、衣服を脱がせて調べるしかないが、それでも良いのだな?」
「ふんっ!好きにすればいい!」
「では、衛兵、まずは、その頭に被ったターバンを脱がせてくれるか?」
「はっ!」
「やめろ! 触るな! 自分で脱ぐわっ! ほれっ脱いでやったぞ」
「っ!…まさかと思うておったが、その長い耳、間違いなく失われし種族エルフ…そして失われし『オルギウス王国』の末裔だな」
「クッ…!」
陛下のその言葉に、周りにいる魔物たちがにわかにざわめき出し、ターバンは悔しそうに顔を歪める。
「ねぇ…仁業…オルギウス王国って?」
「さぁ、僕にもわからないなぁ…」
「おおぉ、そうであったな…地球のものには聞きなれない国名だったな、では私から説明しよう」
「「「ありがとうございます! 陛下」」」
「オルギウス王国とは、今から二千年ほど前に実存した王国でな、ある非道な行いで、地球の女神から激しい怒りをかい、一夜にしてその王国民ごと、全てを消しさられたという歴史を持つ国のことだ」
「一夜にして…」
「そうだ、この史実は「オルギウス王国一夜の滅亡」として今でも、多くの魔物たちに語り継がれている、まあ日本でいう、桃太郎と同じで、異世界では誰もが知る有名な史実だな」
「それで、どんな非道を行ったのでしょうか?」
「ゲートを使って罪もなき地球の民を何万人と連れ去り、奴隷として自分たちの身の回りの世話から、過酷な肉体労働まで強要してな、挙句の果てに非業の死まで追いやっていたのだ、この所業はなにも国王や上流階級のものたちだけではなくてな、一般の国民たちも同様な所業を日常茶飯事のように行っていたのだ」
「嘘だっ! そんなはずは無いっ! 全部出鱈目だっ!」
「ほうっ? それではなにが真実だと言うのだ?」
「ああ、聞かせてやろうとも! 確かに地球から多くの民を連れてきたと言うのは事実だが、それには大きな理由があったのだ!」
「大きな理由? それはなにかな?」
「その当時に連れてこられた地球人たちは、地球の支配者階級たちから酷い扱いを受けていて、生命の危機まで至っていたところを、我らが祖先が哀れに思い、その者たちを救出し、保護するために、つれて来たと聞いておるっ!」
「ふむっ? それは誰から聞き及んだのかな?」
「オルギウス国王の血筋を持つ私の姉上たちからだ! 王家のものたちは絶対に嘘などつかぬ! これが真実だ!」
「ほうっ! 滅んだと思われたオルギウス王族の血は、実は絶えていなかったのだな?」
「そうだ! 私も王族の血を引く者のひとりだ!」
「そうか、そうだったのか…今まで血を絶やさぬように、我らが想像もつかないような大変な苦労があったのだろうな…」
「私たちは決して困難なんぞに屈したりはしないっ! 地球の女神が我が王国を襲って来た時も、女神の隙をついて巧く逃げおおせて見せたわっ!」
「ほうっ! あの女神を出し抜いたのか? なるほどオルギウス王族は知勇に優れておったのだな! それで、いまの今までどこで暮らしておったのだ?」
「ワハハハッ! 恐れ入ったか魔物の皇帝よ! 教えてやろう! 我らの祖先は女神の襲撃を見事振り切り、異世界大陸の北の端にある高山地帯で、反撃の狼煙を上げるまで、じっと耐え忍んでいたのだよっ! そして今から10年ほど前にだ、聞いて驚け、なんとこの宇宙では無い、別の小宇宙に移り住んでおるのだ! 下等なオマエたちには到底できない芸当だろぉ! フハハハハッ!」
「なんとっ! 別の小宇宙にっ? して、その小宇宙にはどれほどの民が暮らしておるのだ?」
「そうだなぁ、我らオルギウスの末裔たちが二千人ほど、そして哀れな魔物の子どもたちが一万人ほどだな」
「ふぅ〜む…はっ! もしやオルギウス王族たちは、今回も哀れな異世界の子どもたちを救うために、大掛かりな連れ去りを実行しているのではないのか? 其方らが住む、小宇宙という楽園にて保護するために!」
「ほぉ〜お! いくら下等生物とはいえ、流石はその頂点に立つ男であるなっ! それに気が付いたか! そうだ! その通りだっ! それに未だ明かしていない、重大な事実がある、それはこの異世界と地球の消滅に関することだ! だが私はオマエが気に入ったぞ! オマエが私たちオルギウス王族に忠誠を誓うのであれば、オマエとここにいる者どもは、始祖様に口添えして助命してみせるが、どうだっ?」
「それは、誠にありがたい申し出だなっ! だが、助命していただけるとしても、我らも故郷を捨てる覚悟が欲しい! できれば少しだけ質問に答えて欲しいのだが…」
「うむ、なるほど、オマエの言い分も尤もだっ、よしっ申してみよ!」
「まず、この異世界や地球はどのようにして消滅に追い込まれるのであろう? 去るとはといえ生まれ育った故郷だ、最後はどうなるのか知りたい」
「う〜ん、それがだなぁ、私もよくは聞かされていないのだ…ただ、姉上たちから、異世界と地球を消滅させるとしか聞いておらぬからな…すまぬがその質問には答えられないなぁ…」
「そうか…ならば仕方があるまい、では、先程聞かせてもらった始祖様とは? 我らの助命の暁には、その方にも忠誠を誓わねばならないだろ? どんな方か知っておきたい」
「うむっ! 良い心がけだな! だが、すまぬ…その始祖様とは私も直接お会いしたことがなくてな、ほとんど謎のお方なのだ、だが心配はいらぬぞ! 私の三人の姉上たちは、その始祖様の巫女を務めておるのだ、常に姉上たちの誰かが始祖様のお側に控えておる、私から姉上たちに願い出れば、必ずやオマエたちの助命はなされる! これだけは約束しよう!」
「かたじけない! それでは最後の質問なのだが、ここにおわす小さき女神だが、ターバン殿はお迎えに参られていたと聞いた、何ゆえに参られたのであろう? 我らもこの小さき女神に使える身、もしもこの小さき女神と敵対する事態になるのであれば、その時の身の振り方を考えねばならぬ、ぜひお答え願えるか?」
「いや、いや、重ね重ね申し訳ないが、私は姉上たちから、ただお迎えに上がるよう仰せつかっただけなのだ…、ただこれだけは言えるぞ、姉上たちの態度から見ても、そこにおわす、女神様にも始祖様と同様の畏敬の念が表れていた、だからこそ他の誰でもなく、第一王子たる私にお迎えに行くよう仰せられたのだ、敵対する気は毛頭ないと思うぞ」
「そうかっ! あいわかった! ならば私はこれから、ここにいる者どもに、これからオルギウスの楽園に移り住んだ時に、王族に無礼の無いよう、礼儀を教え込むとしよう。ターバン殿はだいぶお疲れであろう? 賓客用の客間を用意してあるので、その客間にて疲れを癒やされればよかろう。その大きな犬はダーバン殿の護衛として連れて行ってくれば、我らも安心なのだが、そうしてくれるかな?」
「ふ〜む、確かこの犬にはなにか酷いことをされたような…。まあ良い、確かにこの犬なら、万が一の事態が起こっても、この大きな体で私を守ってくれそうだからな。よし、皇帝よオマエの言う通りにしよう!」
「そうかっ、安心したぞ。それでは宰相よ、こちらのターバン殿を最上級の客間へご案内してくれるかな」
「はっ畏まりました、それではターバン殿、こちらへ」
「ふむ、案内いたせ」
「すっ…凄い! すごかったですっ陛下!」
「ええ、ええっ、全くだわ! 私たちがなんの合いの手を入れることもなく、あんなにペラペラと話を聞き出すなんて、本当に凄いわ!」
「いや、壱剛それに小さき女神よ、褒めてくれるのは嬉しいが、相手はあの残念な男だったからな、それほどまで褒められることはしていないと思うぞ…」
「いいえ! 二世ちゃん、私も警察署で非行に走る少年たちの調書を取る時があるのだけど、なかには残念な少年もいるわ、でも、二世ちゃんみたいに話を聞き出すなんて、私にはとても無理だわ!」
「ハハハハッ、そうか、ならば今日の私の取り調べが、少しでも美羽の参考になったのであれば、嬉しい限りだな」
「うんっ! ありがとうっ、とても参考になったわ!」
「して大谷よ、オマエのターバンの見立てはどうだったかな?」
「うん、そうだなぁ、魔素の流れ、心拍数、呼吸、体温、目の動き、あらゆる視点でターバンを観察していたけど、嘘や誤魔化しは一切無かったようだよ」
「と言うことは、ダーバンの姉ちゃんたちが言っていたという、異世界と地球の消滅…これが本当のことなら、やっぱり『生き物たちの破滅』はすでに動き始めているってことか…」
「ああ、それに異世界大誘拐とも繋がっているようだしな…」
「これは、是が非でも女神ちゃんのいた小宇宙に行くしか無いようだ」
「そう言うことだな」
「サキ、ゲートの逆探知、座標調整はうまくいきそうか? ってあれっいない?」
「ああ、サキならもう研究室に向かって行ったぞ」
「サキが言うには、大雑把な位置特定までは割と簡単だけど、そこからの微調整となると途端に難しくなるって、言っていたからなぁ」
「そうか、それじゃここからはサキに頑張ってもらうしかないな」
コンッコンッ
「陛下、ターバンの案内、済ませてまいりました」
「おお、ご苦労であった、してターバンの様子はどうだったかな?」
「はい、大層ご機嫌な様子で、オマエたちは私が必ず守るから、だとか、なにも心配することはない、だとか、終始、私に声をかけているような状態でした。今は入浴中だと思われます」
「ふ〜ん、もしかしてターバンは、そんなに悪いヤツではないのかもしれないわね」
「うむ、私もサチコに同感だな、特に魔物の子どもたちを救うの話しのくだりには、魔素の流れに使命感のような感情が溢れていたからな」
「ああ、それは俺も感じたよ。それじゃターバンは、このままいい気分にさせて、勾留ってことでいいんだよな?」
「ああ、そのつもりだ、ヤツにはまだ聞きたいこともあるしな」
「うん、そうね、でもカッチは大丈夫? 確かにかなり賢い犬だけど、重要参考人の監視でしょ? 任せて大丈夫かしら?」
「ほう、あの大きな犬はカッチという名なのだな、サチコの心配もわかるが、なにっ大丈夫だ、あのカッチはただの犬ではなく『霊犬』だからな」
「「「霊犬っ?」」」
「ああ、そうだ、元をただせば『妖怪』だな、其方等は聞き及んだことはないか? 日本の九州北部にいた『羽犬』の名を」
「はいぬ?」
「そうか知らぬか、羽に犬と書いて『羽犬』、その昔、豊臣秀吉が九州平定の際に九州に上陸してすぐにこの『羽犬』と戦うことになり、智勇に優れた『羽犬』たった一体に、豊臣軍はかなり苦戦をさせられておるのだ」
「ヘェ〜、それじゃターバンの監視なんて、カッチにとってはワケないってことなんだね、でも、なんで名前に羽がつくの?もしかして空を飛べたりして?」
「その通りだ、この『羽犬』空を飛び回ることができる」
「えっ? じゃあカッチは空を飛べるかもしれないの?」
「ふむ、カッチは『妖怪』から『霊犬』へと昇華しておるので、その変化の際に空を飛ぶ能力がそのまま残っておるかどうかまではわからぬなぁ」
「でも、やっぱりカッチって只者じゃ無かったのね、納得したわ!」
「それでは、陛下、そろそろみなさんのお食事が出来上がる頃なのですが、いかがいたしましょう?」
「おおっ、もうそんな時間か! それでは、食事は特別会議室に運んでくれるよう伝えてくれ、ああ、サキの分だけは、研究室に持って行ってくれるか? おそらくあの状態になったサキは平気で食事抜きで没頭してしまうからな」
「承知いたしました、ではサキ殿の食事は私が運びましょう、ちゃんとお声がけしないと、食事の存在すら気づかないでしょうから」
「フフフッそうだな、そうしてくれ、では他の者たちは、ゆっくり食事をすることが出来ないかもしれないが、なにせ時間が惜しい、食事をしながらでも今後の作戦を練っていきたいと思うておるが、それで良いかな?」
「ああ、もちろん異論などないよ」
「そうね! 姫姫ちゃんが言った通り、『生き物たちの破滅』をとっとと終息させないといけないもんね!」
「ああ、俺たちも大丈夫だ」
「陛下の御意のままに」
「ああ、それから、壱剛と仁業、そして小さき女神は、食事が済み次第自室に戻って休息するように、出来るだけ早めに床に着くのだぞ」
「はいっ! わかりました陛下」
「「は〜い」」
「ねぇねぇ仁業、壱剛は陛下の言うことだけには、本当に素直な良い子になるのね」
「フフフフッそうだね、ビックリするぐらい良い子だね」
「なんだよぉ、別にいいじゃねぇか〜」
夕食も終わり、俺たち三人は自室に戻っている。
大人たちは、引き続き作戦会議で知恵を絞り出しあっていて、なんだか申し訳ない気持ちになるが、陛下の言いつけだ、絶対に守らないといけないからな。
まだ、ベッドに着くには少し早いので、俺たちはまた、リビングの中央にあるソファに座って話をしている。
「ねぇ、今までずっと思っていたんだけど、みんな誰もピロちゃんのこと話題にあげないでしょ? 心配じゃないのかしら?」
「ああ、そのことかぁ…それはだな、みんなピロッシの教えを守っているからさ」
「ピロちゃんの教え?」
「うん、ピロッシが言うにはね、人でも魔物でも誰ででも、その人の口から出た言葉には〈言霊〉、つまりその人の魂が宿るらしいんだ」
「ふん、ふん、それで?」
「その〈言霊〉は、その人の思いが強ければ強いほど、発した言葉に大きく乗っかることになる、その思いが良いことだろうと、悪いことだろうと関係無くな…」
「そこでピロッシは、みんなにこう教えたんだ、『その思いが良いことだと思うなら、どんどん口に出して言いなさい、でも悪いことだと思うならそのまま口をつぐみなさい』ってね。何故だかわかるかい?」
「う〜ん、なんとなくだけど…、なんで?」
「それはだなぁ、口から出された強い思いってぇのは、言った本人だけじゃなくて、それを聞いた周りの人たちにも強く影響するからさ」
「はっ! わかった! あの時、私が[終わり]の理だと打ち明けた時と同じね!」
「そう! そう! まさに同じだね!」
「はぁ〜! 今ならピロちゃんの教えが、ものすご〜くわかる! だってあの時、私の口から出た[終わり]の言葉には、とっても悪い思いが強く強く乗っていたわ、でも、ヒロシちゃんや雄二ちゃんたちから言われた[終わり]の言葉には、とっても前向きな力強い思いが乗っていたと思うの!」
「ああ、その通りだなっ!」
「私、ヒロシちゃんたちから[終わり]の言葉をもらう前までは、まるで酷い吹雪の中を裸足で投げ出されたように、辛くて辛くてたまらなかったのに、その言葉をもらった途端に、真っ黒だった空は、すっかり晴れ渡って、打ちつけてくる風雪は、いつのまにか暖かくて気持ちのいい風に変わっていたの」
「その言葉、もらえてよかったね!」
「うんっ! でも、ようやくわかったわ、みんながピロちゃんのこと口に出さない理由が、本当はみんなピロッシのことが心配で心配でたまらないのね! だから心配な気持ちで言葉を口にしてしまうと、つい悪いことを言ってしまいそうだったから、みんな口をつぐんでいるのね?」
「うん! わかってもらえて嬉しいぜっ」
「ピロちゃんは大丈夫よ! 元気でみんなが助けに来るのを待っているわ! 女神である私が強く強くそう思って言っているのだもの、これは絶対よ!」
「おうっ! その通りだぜっ」
「ああっ! そうだね、絶対にピロッシを助け出そうね!」
「みんなありがとうっ! 今までピロちゃんを心配で不安だった心がすっかり晴れたわ」
「よしっ! サキも頑張ってることだし、明日にはピロッシの救出に向かえるかもしれないぜ! だったら俺たちは万全の体調を整えるために、とっとと寝るとしようぜ」
「フフフッちょっと気持ちが昂って、すぐには眠れないかもしれないけど、子どもの僕たちが足を引っ張らないためにも、陛下の言う通り早めに寝るとしますか」
「うんっそうね、それじゃ壱剛、仁業おやすみ! 明日も頑張るわよ!」
「「ああっ明日も頑張ろう! おやすみ」」
こうして俺たちは、少し早いけどベッドに潜り込むことにした。
みんなと話したことで、良い方向にしか進まない気がしてならない。
よしっ! 待ってろよ、ピロッシと攫われた子どもたち!
絶対に俺たちが救い出して見せるぜ!