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めだかの学校

作者: 壊れた靴

「とうとうここも廃校か」

 俺の声は閑散として寒々しい教室を僅かに震わせて消えた。

「時代の流れってことなのかな」

 隣で彼女が寂し気に呟く。

「昔は、生徒か教師かも分からないくらい、大勢いたみたいだけど」

「何世代も前の、本当に昔のことだろ。俺たちにとっては歴史上の出来事だな」

 苦笑する俺に、彼女も苦笑を返した。

「色々あったみたいだからね。それまで見たこともなかった生き物が突然現れ出したんだよね」

 それらの生物は、俺たちにとっては確かに脅威ではあるのだが、今となっては当たり前の存在になってしまった。

「アイツらよりは、環境自体が生活できるものじゃなくなったことの方が、影響としては大きいらしいけどな」

 彼女はゆっくりと頷くと、遠くを見つめた。

「この学校が賑やかだった頃みたいな景色を、また見られる日は来るのかな」

「以前よりは俺たちの住める環境が増えているとは聞くから、いつか見られるようになるんじゃないか?」

「また、何世代も後のことになるんじゃないの?」

「かもな」

 彼女が小さく笑った。

 その時、教室が揺らいだように感じる程の集団が押し寄せてきた。友好的ではあるが、とにかく数が多く、広いはずの教室もすぐに満たされた。

 彼らは見た目には俺たちとさほど変わらないようだが、どこかが決定的に違うように思える。

 彼女が望んでいたはずの、誰が生徒か教師かも分からないくらい賑やかになった教室に、けれど彼女の顔にも喜びは現れなかった。

 俺は彼女を背後に隠すように教室を見回しながら、不吉な予感を拭えなかった。

 

「みんな、めだかは放流できたかな?」

 拡声器要らずと同僚の先生方に笑われる私の声が青空に広がっていく。

「はーい」

 しゃがみ込んで川を見ていた児童のほとんどが立ち上がって私の方を向き、声を合わせて元気よく答えた。

 川を覗き込んだまま顔も上げなかった一人の児童に近付く。

「どうしたの? 何かあった?」

 その児童は立ち上がると、手にしたバケツを私に突き出して答える。

「先生、これ、この川のメダカじゃないです」

 バケツを受け取って中を覗いてみたが、そこに泳ぐ数匹のめだかと、川に泳いでいるめだかとの違いは私には分からない。

「そう? 同じめだかでしょ?」

 私はそのままバケツをひっくり返し、めだかを川に放流した。

 児童は驚いたように私を見たが、その目はすぐに私を非難するようなものに変わった。

 私はただ、昔のように、大勢のめだかがこの川に泳ぐ姿を見たいだけだ。

 すっかり少なくなっためだかに仲間を増やしてあげるのだから、感謝されこそすれ、非難されるようなことは何もない。

 何か言いたげに私を睨み続ける児童から離れ、みんなを見回す。

「みんなのおかげで、すぐにこの川にも、めだかの学校が出来るからね」

「はーい」

 私たちは元気に歌いながら、その場を後にした。

 

「すまない。お前を、俺たちの最後にしてしまったな」

 苦し気に眠っていた父は僅かに目を開くと、僕に向かって、今にも掻き消えてしまいそうな細く掠れた声を上げた。

「父さん!」

「俺なりに、お前を育て上げたつもりだが、母さんは笑ってくれるだろうか」

 かすかに微笑んだ父は、再び目を閉じると、静かに息を引き取った。

 父を母の隣に埋葬し、せめてもの祈りを捧げる。僕の両親のためにも、奴らの流儀による葬儀など、挙げてやるものか。

 一層静かになってしまった家の中に戻り、いつもと変わらず活気に満ちて賑やかな通りを眺める。

 父が平和な民族浄化と呼んだ、奴らの策は見事な成果を上げている。

 元々この地に住んでいた僕らの同士は奴らとの混血が進み、古くからの血脈を残すのは、父の言葉通り、とうとう僕だけになってしまった。

 伝え聞いたところによると、他の地域でも同様に、僕らのような古い民族は奴らに取って代わられ、次々と失われているらしい。

 静まり返った家に、扉を乱暴に叩く音が響いた。

「ねぇ。こんな暗いところに閉じこもってないで、私とどこかに遊びに行かない? 楽しませてあげるから」

 蜜をぶちまけたような甘く粘ついた声が耳に障る。

 父を亡くしたばかりのせいか、いつもなら聞き流せるはずのその声に、強い憤りを覚えた。奴らが敵意も悪意も持っていないのは分かっているが、それでも、こみ上げる感情を抑えることが出来ない。

 怒りに任せて声を上げたくなるのを何とかこらえ、扉の前から気配が消えるまで黙ってやり過ごす。

 静けさが戻り、溜息をつく。けれど、このままここで日々を終えていっても、何も変わらない。

 望みは薄いだろうが、僕らの同士がどこかに残っているかもしれない。何もしないよりは、きっと、ずっとマシだ。

「父さん、母さん、行ってきます」

 僕は、故郷に別れを告げた。

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