第六話
我が安城高校が誇る女子バレー部のエース・姫坂さんには、どうやら片思いの相手がいるらしい。
そんな噂が飛び交ったのはそれからしばらくしてのことだった。
うちの高校のみならず、全国でも名の知れているスーパースターの秘密に学校中が大騒ぎとなった。
「どうやらうちのクラスの生徒らしいよ」
「二人で仲良くサイクリングしてるのを見たって人もいるんだって」
「この前の試合中、応援席に向かってガッツポーズして合図送ってたって話もあるよ」
みんながひそひそとささやく中、当の姫坂さんは我関せずという感じで次の授業に向けて教科書を開いていた。
「ねえねえ姫坂さん」
すると案の定、こういう話には人一倍関心の高い女子グループが声をかけてきた。
「姫坂さん、このクラスに好きな人いるんだって?」
その言葉に、姫坂さんは持っていた教科書をスポンと落とした。
寝耳に水というのはこのことを言うのだろう。
手は教科書を持っていた状態のまま、見事に硬直してしまっている。
顔がいつものように無表情なのが面白い。
「な、な、な……」
「誰、誰? 教えてよー。応援してあげる」
「だ、誰がそんなことを?」
「誰って、学校中その話題で持ち切りになってるよ?」
「……!?」
とたんに顔を真っ赤に染める姫坂さんに、女子たちは口に手を当てて「やだ!」と声をあげた。
「もしかして気づいてなかったの!? いやん、姫坂さん。超かわいい~」
「体育会系の天然って可愛さ倍増するよね。ずるいわー」
「で!? で!? 誰!? 誰が好きなの!?」
グイグイ詰め寄ってくる女子グループに押されて、姫坂さんは困惑した表情でチラッとこちらに目を向けた。
思わず目と目が合う。
と、次の瞬間、姫坂さんはクワッと目を見開いて立ち上がり、そのまま教室を出て行ってしまった。
「え? え? 姫坂さーん!」
女子たちは慌てて姫坂さんのあとを追って教室を出て行った。
※
それからというもの、姫坂さんはあまり僕とは会話をしてくれなくなってしまった。
いや、元の姫坂さんに戻ったというべきか。
お昼も文芸部室で一緒に食べなくなったし、隣の席にいるにも関わらず目を合わせようともしてくれない。
ちょっと寂しかった。
「ねえ姫坂さん。聞きたいことがあるんだけど」
お昼休み。
僕は意を決して隣でお弁当を食べている姫坂さんに話しかけてみた。
姫坂さんはビクッと身体を震わせて僕を見る。
明らかに警戒心むき出しの表情だった。
な、何かしたかな、僕……。
「………」
箸を口に咥えたまま黙ってこちらを見つめる姿が気まずくて、僕も目をそらす。
なんてこった。
自分から話しかけておいて目をそらすなんて……。
「……なんだ? 聞きたいことって」
チラッと見ると姫坂さんは視線を戻してまたお弁当を食べ始めていた。
よかった。
ホッと胸をなでおろす。
「次の試合、いつやるの?」
「試合?」
「また応援に行こうと思って……」
できれば今度はもう少し近くで見たい。
姫坂さんの活躍する姿をもっと見たい。
そう思った。
僕の問いかけに姫坂さんはボソッと答えた。
「……今度の日曜」
「今度の日曜だね! 応援に行くよ!」
俄然やる気が出てきた。
もう少し早く行っていい席を確保しておかなきゃ。
と思っていると、姫坂さんから意外な言葉が出てきた。
「松本くんは……来なくていい」
「え?」
「来ると……迷惑かけるから……」
「め、迷惑?」
迷惑って?
どういう意味か聞こうとしたけれども、姫坂さんはお弁当をガツガツかき込んでそれ以上話しかけられないオーラを醸し出していた。
※
日曜日。
結局、僕は姫坂さんの言葉を無視していつもの試合会場に向かった。
あれ以来、またまともに話しかけられなかったけれど、やっぱり目の前で応援したかった。
姫坂さんに迷惑をかけられるようなことは何も思いつかなかったし。
朝から観客席の前の方に陣取り、うちの高校のチームが来るのを待つ。
そうこうするうちに観客や報道陣がどんどん押し寄せ、あっと言う間に観客席はいっぱいになった。
地区予選もまだ中盤だというのにこんなにも人が集まってくるなんて、やっぱり姫坂さんはすごい。
いや、この場合姫坂さんのいる安城高校女子バレー部がすごいのか。
何はともあれ楽しみだった。
姫坂さんの活躍をまた生で見られる。
ウキウキした気分で待っていると、続々と予選3回戦進出を果たしたチームがやってきた。
さすがは1、2回戦を突破しただけのことはある。
どのチームも背の高い女子ばっかりいて強そうだった。
少し遅れて姫坂さんたち安城高校チームがやってきた。
報道陣が一斉にシャッターを切るのがわかった。
露骨にひいきされてるのが肌で感じるけど、逆にいえばそれだけ姫坂さんたちは注目されてプレッシャーもかけられているということだ。
僕は両手を握り締めて「頑張れ、頑張れ」と心の中で応援し続けた。
やがて、いくつかのコートで試合が始まった。
姫坂さんたちのチームもウォーミングアップを済ませて試合開始となった。
相手は1、2回戦の相手とは比べ物にならないくらい背の高いチームだった。
身長180cmの姫坂さんが何人もいるかのような強そうなチームだ。
いや、実際相当強かった。
姫坂さんのアタックがことごとくブロックされている。
今まではどんなにブロックされていてもそれをかわして相手コートにスパイクを叩きつけていたのに、このチームはそれすら許さない。
おそらく徹底的に姫坂さんを研究し、マークしているのだろう。
姫坂さんはあげられたトスを全力で打ちにいっているのに、どれも防がれていた。
ザワザワと観客席がざわつき始める。
当然だ。
僕だってまさか姫坂さんがこんなにも苦戦するなんて思ってもみなかったのだから。
姫坂さんはアタックが防がれて相手に得点が入る度に、苦しそうな表情をして肩で息をしていた。
その姿を見るたびに胸が痛む。
そうこうするうちに25点先取されて1セット取られてしまった。
2セットめも姫坂さんは徹底的にマークされていた。
一人時間差やバックアタックもことごとく防がれていた。
明らかに敗色ムードが漂っていた。
仲間チームからも元気がなくなってきている。
僕はいてもたってもいられなくなり、席から立ち上がると大きな声で姫坂さんの名前を呼んだ。
「姫坂さん、ファイトーーー!!」
瞬間、姫坂さんがこちらを見上げる。
大きく目を見開いて僕を見つめていた。
「姫坂さん、頑張って! まだ終わってないよ!」
声を振り絞って叫ぶ僕に、姫坂さんはなぜかほほ笑んだ。
そして僕の言葉が通じたのかコクンと頷く。
そうして前を見据えた姫坂さん。
僕の目の錯覚だろうか。
さっきよりも一回り大きくなった気がする。
相手チームのサーブを拾い、トスが上がる。
そして姫坂さんが跳ぶ。
いや、飛んだという表現が合っているかもしれない。
姫坂さんは相手チームのブロックの上からスパイクを叩きこんでいた。
もう現実離れしているとしか思えなかった。
ブロックの上からスパイクを叩き込むなんて、普通できるのだろうか。
会場中がどよめいていた。
相手チームも呆然としている。
姫坂さんは僕が選んだリストバンドで額の汗をぬぐうと、僕に拳を突き出してガッツポーズを見せてくれた。
「か、か、か、カッコいい~~~」
そんな姫坂さんを見て、僕は一人つぶやいていた。
※
「松本くん、今日は応援ありがとう」
試合が終わったあと、帰ろうとする僕の前に姫坂さんが駆け足でお礼を言いに来た。
あの後、姫坂さんの怒涛の攻撃であっという間に逆転。
3回戦、4回戦ともに勝利をおさめていた。
さすがは姫坂さんだ。
「勝利おめでとう。途中ヒヤヒヤしたけど」
「うん。松本くんのおかげだ」
「いや、僕は何も……」
「松本くんの応援でいつも以上の力が出せた。礼を言う」
「よしてよ。照れるじゃん」
姫坂さんからそんな風に言われるとむずがゆくなってしまう。
姫坂さんはモジモジしながら言葉を続けた。
「そ、それと……今まで無視してすまなかった」
「え?」
「クラスの女子たちに好きな人は誰かと聞かれたとき、松本くんに迷惑がかかると思って距離を置こうと思ったんだ……」
「迷惑だなんて、そんな」
超高校級の姫坂さんに片思いの相手がいる。
確かにそれはそれでセンセーショナルなニュースだろう。
僕に迷惑がかかると思うのも不思議じゃない。
「これからは周りの目なんて気にせず、堂々としていこうと思う」
「うん。僕の事なんて気にしないで、いつもの姫坂さんでいてよ」
「そ、それでだな。松本くんさえよければ……その……これからも……応援に来て欲しい……」
「うん! 絶対行くよ!」
「試合だけでなく、プ、プライベートな部分も……」
「プ、プライベート?」
「プライベートな部分も応援していただけないだろうか」
「よくわからないけど……いいよ! 応援する」
「ほ、本当か!? じゃあ、この後ふたりで映画でも……」
「え、映画?」
試合のあとなのに?
「いや、その、あれだ! 映画を見て疲れを癒そうかと。そしてそんな私を近くで応援して欲しいという意味だ」
「言ってる意味がわからないけど……うんわかった! 姫坂さんがそうしたいなら」
「よし! よし!」
何がいいのかガッツポーズをする姫坂さん。
僕は笑いながら思った。
こんな姫坂さんも素敵だなと。
僕はこれから先もずっと姫坂さんの近くで応援しようと心に誓った。
完
最後までお読みいただきありがとうございました。
体育会系女子×草食系男子というものを書いてみたくて書きました。
やっぱり体育会系女子は最高ですね!
いつか機会があったら二人のその後を書いてみたいです。
最後まで本当にありがとうございました。