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第五話

 翌日。


 姫坂さんの試合を見に行くつもりはなかったものの、どうしても気になった僕はママチャリを引っ張り出して応援に行くことにした。

 幸い、試合会場は自転車で行ける距離だ。

 リストバンドを選んだ手前、行かないわけにもいかなかった。


 徐々に蒸し暑くなっていく中、僕は自転車を走らせて試合会場に向かった。


 30分かけてたどりついた市営体育館は多くの選手や観客でごった返していた。

 ごついカメラを携えた取材陣まで来ている。

 どうやらみんな姫坂さん狙いらしい。


 彼女が試合をするというだけで、こんなにも多くの人が集まるだなんて。

 改めて彼女のすごさを実感する。


 僕は体育館の2階へとつづく階段を駆け上がって観客席へと向かった。


 そこももう満杯だった。

 なんとか人の縫い目を見つけてそそくさと進み、邪魔にならないよう壁沿いに移動する。


 多くの人でよく見えないが、コート上ではちょうど安城高校の試合が行われている最中だった。


「ナイッサー!」

「オーライ!」

「いけー、真琴!」


 観客の応援とともに、選手たちの掛け声が2階の奥にまで聞こえてくる。

 そして、その声をかき消すほどのスパイク音が耳に響いた。


 まるで大砲のような低くて重い音。


 そしてその音を生み出しているのがあの姫坂さんだった。

 姫坂さんは3枚のブロックを物ともせず、強烈なスパイクを相手のコートに叩きつけている。

 相手チームも姫坂さんの攻撃を防ごうと必死だったが、ひとたび彼女にトスが上がれば100%決まっていた。

 そのたびに、観客席からも「おおおお」というどよめきの声が上がる。


 それほど姫坂さんのアタックは見る者を圧倒していた。

 すさまじい印象を植え付けていた。

 そして、そんな彼女の姿に魅入ってしまっている自分がいた。


 そうか、みんなおんなじ気持ちなんだ。

 みんなこれを見たくて集まっているんだ。


 そう思うと、僕も自然と姫坂さんを応援していた。

 姫坂さんはスパイクが決まるたびに僕が選んだリストバンドで額の汗を拭っていた。それが嬉しくもあった。


 その日の試合は余裕で勝利し、次のステージへとコマを進めた。


 僕は勝利で喜ぶバレー部のみんなに心から拍手を送ってその場を後にした。

 駐輪場に停めてあった自転車にまたがると、タタタタッという足音が背後から聞こえてきた。


「松本くん!」


 その声に振り向くと、そこにはさっきまでコート上で大活躍していた姫坂さんがいた。

 ユニフォーム姿で息を切らしながら目の前に立っている。


「ひ、姫坂さん!? どうしたの!?」


 思わず尋ねると彼女は言った。


「いや、松本くんの姿が見えたから……」


 マジか。

 すごい視力だな。


「勝利おめでとう」


 とりあえず当たり障りのない言葉を伝えると、彼女は「ありがとう」と言いながら聞いてきた。


「まさか応援にきてくれたのか?」

「うん。だって今日が試合だって聞いてたし」


 それにリストバンドを選んだ手前、見に行かないというのも気が引けるし。

 という言葉は飲み込んだ。


「嬉しい。ありがとう」


 姫坂さんは再度お礼を言った。

 心なしか顔が赤い。

 コート上では凛とした表情でボールを追っていたのに、こうして見ると普通の女の子だ。背は高いけど。


「すごかったね、スパイク。あんなにもすごいの初めて見たよ。誰も拾えなかったじゃん」

「松本くんに選んでもらったリストバンドのおかげだ」


 そう言って、恥ずかしそうに手首に巻いたリストバンドをさする。

 ていうか、リストバンド関係なくない?


「いや、姫坂さんの実力だよ。すごかった」

「……ほんとに?」

「うん、ほんとに」


 姫坂さんは嬉しそうに微笑んでいた。

 なんだろう、あの試合を見たあとの笑顔だから、ギャップを感じてドキドキしてしまう。


「あ、あの、松本くん……」

「ん?」

「ご、午後も試合あるから……応援してくれるか?」

「あれ!? 午後もあるの!?」

「うん。地方大会だから……」


 知らなかった。

 てっきり、一日一試合かと思ってた。

 そっか、そりゃそうだよね。

 これだけたくさんのチームがあったら、一日一試合だと終わらないよね。


「ご、ごめん。まだ試合があるなんて知らずに帰ろうとしてた」

「い、いや、別に松本くんが謝ることじゃ……」

「じゃあ午後も応援してっていい?」

「……うん! うん!」


 姫坂さんはコクコクと頷きながら小さくガッツポーズを決めていた。

 その動作が、なぜかとても可愛く思えた。



 午後の試合は、またもや姫坂さんの大活躍によりストレートで勝利をおさめた。

 相手はインターハイ出場経験のある強豪校ということだったけれど、姫坂さんの前では手も足も出なかったようだ。

 一度もブロックできないまま、敗退した。


 コート上で僕に向かって高々とリストバンドをはめた腕を掲げる姫坂さん。

 そんな彼女を、僕は眩しく眺めたのだった。



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