第三話
文芸部室は2階廊下の奥まった場所にある。
もともとはかなりの部員がいたらしく、文芸コンクールにも応募してそこそこの賞をもらっていたそうなのだが、いまではその部員も減り今や僕だけとなっている。
部としての存続が危ぶまれているが、数々の賞をもらった実績があるだけに学校側もなかなか廃部という決断にはいたらないらしい。
でも、それはそれでありがたく、僕はたった一人の文芸部員活動を満喫している。
「はい、どうぞ」
6畳くらいの広さの教室に本棚がビシッと立ち並び、その中にいろんなジャンルの本と過去の先輩たちの書いた作品が入れられている。
といっても、正直全部読んだわけじゃない。
過去、賞をとった人たちはこのすべてに目を通し、小説の書き方の土台を作った上で独自の作品を書いて受賞したというが、僕はそこまで熱心なほうではなかった。
「すごい本の数……。松本くんは全部読んだのか?」
姫坂さんは感嘆の声を漏らしながら聞いてきた。
「まさか。全部なんて読めないよ。週に2、3冊かな」
「でも、こういうところで本を読んでるんだろ? 想像すると……なんかカッコいいな」
「そ、そう? ありがと」
なんだか嬉しくもあり恥ずかしくもあった。
姫坂さんは自分の言葉にハッとしたのか、慌てて訂正した。
「あ、べべべべ別に変な意味で言ったわけじゃないからな! オシャレというか、そういう意味だからな!」
「う、うん。わかってる」
「普段はカッコよくないっていうわけじゃなくて、むしろ普段もめちゃくちゃカッコいいし、素敵だし、男前だし、抱きしめられたい……あわわわ、何言ってるんだ私」
言えば言うだけドツボにハマっていく姫坂さん。
なんだこの人。
「う、うん。言いたいことはわかったから、とりあえずご飯食べよっか」
僕はあたふたする姫坂さんをなだめつつ、トンと中央に置いてあるテーブルに弁当を置くと、木の椅子に座った。
姫坂さんは顔を真っ赤に染めながら
「ううう、はい……」
と言って僕の倍はある弁当をその向かいに座る。
座った瞬間、「ん?」と言って椅子に目を向けた。
「硬くてがっちりした椅子だな」
「ああ、この椅子安物なんだ。長時間座ってるとお尻が痛くなるんだよね」
「こういうところに座って本を読んでるのか? 大変じゃないか?」
「いや、本を読むときは立ち読み」
そう言って「タハハ」と笑う。
文芸部室のくせに座って本を読めない使えない部室である。
「立ち読み?」
「うん、その窓辺に立って……」
ガラス窓を指差すと、姫坂さんがその場所を見て静止した。
「……?」
そして何も言わずにジーッとその窓辺に釘付けになっている。
「姫坂さん?」
「………」
「姫坂さん?」
「………」
「あの、姫坂さん!?」
「え? あ、ご、ごめん」
パッと振り向く姫坂さんの顔が赤い。
またよからぬことでも考えていたのだろうか。
「す、素敵だな松本くん。いつも窓辺にたたずんで本を読んでるだなんて。なんだかモデルみたい……」
やっぱりよからぬこと考えてたー!
変な姿、想像してたー!
ていうか姫坂さん、どんだけ僕を美化してんの!?
窓辺で本を読んでるっていっても、超ダラけた体勢だよ!?
場合によっては、かなりトリッキーな姿勢してるよ!?
イケメンが窓辺で優雅に本を読んでる姿を想像してたのかもしれないけど、それあり得ない設定だからね!
「ねえ姫坂さん、僕のこと誤解してない?」
「え? 誤解?」
「だって、よく見てよ。僕そんなにカッコよくないじゃん。身長低いし。頭も悪いし。性格だって明るくないし。男としての魅力ゼロだよ?」
「そ、そんなことないぞ! 松本くんはカッコいいぞ!」
「へ、変なお世辞はやめてくれる?」
「お世辞じゃない! 誤解してるのは松本くんだ! 松本くんは学校中の誰よりもカッコいい! 輝いてる! 最高の男子だ! 私にとっての王子様だ!」
「お、王子様……?」
ポカンとしてると、姫坂さんはまた「あ!」と言って顔を両手で隠した。
ひいい、という金切り声まで聞こえてくる。
「例えば! 例えばの話だ! 王子様と言った方がわかりやすいから!」
「あ、う、うん……」
「今のは忘れてくれ!」
「う、うん……」
姫坂さんは本当に純情だなーと思いつつ、とりあえず机に置いたお弁当を広げる。
両親ともに共働きの我が家は、自分でできる事は自分でやることにしている。
持ってきた弁当も、今朝僕が作ってきたものだ。
といっても、冷凍食品を解凍して詰め合せたものばかりだが。
対する姫坂さんのお弁当は肉を中心としたこってりしたおかずが満載だった。
これ、全部一人で食べるの?
ただでさえ、僕より大きいお弁当。
なのに、ひとつひとつの具材が重すぎる。
思わず見惚れていると、姫坂さんが恥ずかしそうに手でお弁当を隠した。
「や、あんまり見ないで。恥ずかしいから」
「あ……ごめん」
とっさに顔を背ける。
何やってんだ、僕は。
ただでさえお弁当の中身を見られるのなんて恥ずかしいだろうに、自分のと見比べるなんて最低だ。
「いただきます」
僕はあえて姫坂さんのお弁当を見ないフリして自分のおかずを口の中にかき入れた。
その姿に安心したのか、姫坂さんも手で隠したお弁当の中身を箸でつまむと、その大きな口に放り込んだ。なかなか豪快な食べっぷりだ。
そうして口に入れたおかずをじゅうぶん咀嚼するとゴクンと喉をならした。
見ているだけで美味しそうに思えてくる。
「姫坂さんは……」
「ん?」
「食べるの、好きっぽい」
「な、なんだ。いきなり」
「いや、なんだか美味しそうに食べるなあって」
「だだだだ、だから見るんじゃない!」
そう言いながらサッと背中を向ける姫坂さん。
ああ、やっぱり可愛い。
クスクス笑いながら背中を向けてご飯を食べる姫坂さんを見やると、夏場で濡れた制服から黒いスポブラが透けて見えた。
キュッと引き締まった背筋と色気のない下着。
あ、ヤバい。
なぜか僕はそれを見てドキドキしてしまった。