表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

第一話

“超高校級”という言葉がある。


 おもにスポーツなどで高校生レベルをはるかに超える身体能力を持つ者に対する褒め言葉である。

 しかしそれはごく一部の限られた人間だけであり、僕は今までそういうのはテレビの中だけの世界だと思っていた。

 平凡な自分には無関係な存在で、身近にそんな人がいるだなんて想像もしていなかった。



 安城あんじょう高校女子バレー部エース、姫坂ひめさか真琴まこと



 身長180㎝のしなやかな体躯たいくから繰り出されるアタックは、どんなブロックをも弾き飛ばし、どんなレシーバーでも止められなかった。


 学校総出で応援に行った全国大会。

 日本中の猛者が集まるその場所で、一年生でありながらバシンバシンとスパイクを決めていく彼女はまさに“超高校級”だった。


 結果は準優勝だったものの、見事MVPに輝いた姫坂さんはコート上では光り輝いていた。

 誰もが羨望の眼差しを向けていた。



 そんな姫坂さんが、進級時のクラス替えで隣の席になった時、僕は思った。


「うそーん!?」と。



     ※



 5月のゴールデンウィーク明け。


「あ、しまった」


 久々の登校で通学かばんを広げながらそうつぶやいしまった僕は、慌てて口をつぐんだ。

 あまりに自然に出てしまった言葉だけに、誤魔化しようもなく、口を手でおさえながらチラッと隣の席に目を向ける。


「………」


 案の定、隣の席に座る姫坂さんが「どうした」という顔で僕を見つめていた。

 相手チームをビビらせるほどの鋭い眼光が、今まさに僕に向けられている。


「ひ、筆記用具……忘れちゃって」


 聞かれてもないのに答えざるを得ないこの迫力。

 きっと誰もが彼女の前ではウソをつけないだろう。


「………」


 姫坂さんは僕の言葉を耳にしたはずなのに、無表情でこちらを見つめ続けている。

 正直、心臓に悪い。


「シャーペン余ってたら貸してください」の一言が言えたらどんなにいいか。


 ジーッと見つめ続けられてオドオドしていると、おもむろに1本のシャーペンが視界に飛び込んできた。


「……?」


 見ると、隣の姫坂さんが無表情のまま僕にシャーペンを差し出している。

 これは貸してくれるということなのだろうか。

 姫坂さんは何も言ってこない。

 僕は恐る恐る手を伸ばし、シャーペンを受け取った。


「あ、ありがと……」


 精一杯の声でお礼を述べると、彼女は何事もなかったかのように前を向いた。

 借りておいてなんだけど、めっちゃ怖い。なんか言ってほしい。



 その日の授業は、シャーペンを壊さないことに全神経を集中させていたためほとんど聞いてなかった。





 姫坂さんは不思議な人だった。


 サラサラのショートヘアに整った顔立ち。

 どちらかというと美人な部類に入るほうだが、何をするにも無表情で、楽しいんだか楽しくないんだかよくわからない人だった。

 とはいえ無気力というわけではなく、自分の役割はきっちりこなすし、勉強もできる。

 スポーツにいたっては、どんな競技でもクラスのみんなよりも抜きんでていた。


 あまりしゃべらないためかクラスの誰とも絡まないが、かといって浮いてるわけでもなく、むしろ好かれていた。


「ねえねえ、姫坂さん! 今日の体育のバスケ、一緒のチームになろうよ!」

「あ、ズルい! あんたこの前も一緒だったじゃない!」

「この前はこの前だもん。ねえ、いいでしょ姫坂さーん」

「ダメ、今日は私のチームよ!」


 そんなやりとりが僕の隣で連日行われていた。

 姫坂さんはそれに対して嬉しそうな顔もせず、ただただ無表情に彼女クラスメイトたちを見つめている。で、結局、話し合い or ジャンケンで決着がついた相手のチームに入って大活躍をするというパターン。

 みんなから好かれるわけだ。



 そんな姫坂さんだけど、無口というわけではない。

 クラスの誰かから話しかけられたらハキハキとしゃべるし、言葉づかいも丁寧だ。

 内容もわかりやすいし、発音もしっかりしている。

 単に自分から話しかけることはしないというだけで、コミュニケーション能力は高い。


 ……はずなんだけど。


 なぜか僕との会話はほとんどない。


「お、おはよう」


 朝、そんな言葉を投げかけても会釈されるだけ。


「昨日のテレビだけど……」


 勇気を振り絞って話しかけても、彼女は僕の方をチラッと見るだけで何も言ってこない。


「今日のテスト、どうでした?」

「………」


 しまいには無視される。 



 はっきり言って、嫌われてると思った。

 他の人たちとはきちんと会話をしているのに、僕とはまともに口をきいてくれない。

 嫌われるようなことをした覚えはないのだが、高校バレーのスーパースターが僕に対して超絶に冷たい。


 正直ショックだった。


 もしかしたら、進級時の初顔合わせの時に隣の席で萎縮していたのを快く思わなかったのかもしれない。


「一年間、よろしく」

 と挨拶する彼女に

「ひ、ひゃい! よよよ、よろしくお願いしましゅ!」

 とガチガチに緊張して噛みまくってしまったのだ。


 そういえば、その時ポカンという顔をされてしまった。

 それ以降、彼女との絡みはほとんどなく。

 気づけば6月に入ろうとしていた。



 僕にとって大事件が起きたのは、そんな時だった。



     ※



「好きだ。松本くん」


 その言葉に僕は自分の耳を疑った。

 所属している文芸部の部室に向かう途中の廊下で声をかけられ、振り向いたらいきなり告白されたのだ。


 そこにいたのは、可愛らしい女の子……ではなく。

 身長180㎝もあるあの姫坂さんだった。

 身長165㎝の僕は、見上げる格好だ。


「え、と……」


 思わず返答につまった。

 ぎろりと見下ろすその顔は、さながら獲物を捕まえたハンターのようにも見える。

 その鋭い眼光で多くの不良たちを土下座に追い込んだという噂は本当かもしれない。


 ゴクリ、と僕は唾を飲みこんだ。


「同じクラスになった時から好きだったんだ。付き合ってほしい」


 姫坂さんはグッと近づき、無表情でそう言ってきた。

 告白という僕にとっては初めての経験なのに、なぜか異様な緊張感が漂っている。


 これは……ごめんなさいと言ったらヤバい雰囲気だ。


 そもそも、姫坂さんは僕のこと嫌いだったんじゃないのか?

 あれだけ話しかけても無視してたのに。

 挨拶すらもまともにしてくれなかったのに。

 話しかけられるのを避けている節もあった。


 にも関わらず、彼女は僕を見つめて……いや、見下ろしてこう言っている。


「付き合ってほしい」と。



「返事を聞かせてくれ」


 無表情な姫坂さんが、無感情の声でそう尋ねてくる。

 ヤバい、めっちゃ怖い。

 ヘビに睨まれたカエルって、こんな気持ちなんだろうか。


 マジマジとその顔を見つめ返していると、ほんのりと姫坂さんの目じりの下が赤くなった。

 ずっと見つめていなければわからない変化だが、思えばこんなにも長く彼女の顔を見つめたことなんてなかった。


 こうして見ると割りと……いや、かなり可愛い。


 サラサラのショートヘアに、化粧っ気のない顔。

 手入れもしていない太い眉毛にカサカサの肌。

 イマドキの女子高生がやっているであろうことを一切していないにも関わらず。



 なんだかものすごく可愛かった。



 切れ長の目の奥に光る少し茶色がかった黒い瞳。その奥に映る僕の顔。

 ああ、これは……真剣な告白だ。


 しかし。

 しかしだ。


 自分で言うのもなんだが僕はあまりカッコよくはない。

 たいして面白くもないし、運動音痴だし、勉強も飛び抜けて出来るわけでもないし、友達いないし、クラスの中では浮いてるし。

 そんな僕のどこが好きなんだろう。


「あ、あの……」


 僕がようやく言葉を発したのが嬉しかったのか、姫坂さんの目じりの赤みが少し増した。


「えっと……僕らってあまり話したことないよね?」

「ああ」

「絡んだこともないよね?」

「ああ」

「家だって近くないし」

「そうだな」

「部活も違うし」

「私はバレー、松本くんは文芸部だな」

「えと、その……気持ちは嬉しいんですけど、あまり接点がないのになんで? っていう疑問の方が強くて……」

「……つまり理由が知りたい、と?」


 そう答えた姫坂さんの周りに異様な空気が漂いはじめた。


 お、おおう……。

 もしかしたら聞いてはいけないことを聞いてしまったのかったのかもしれない。

 僕を見下ろす目の瞼がピクピクと痙攣している。

 めっちゃ怖い……。


「あ、いえ……別に言いたくなかったらいいです……ご、ごめんなさい」


 そそくさと逃げ出そうとする僕の耳に、ポツリとつぶやく姫坂さんの声が聞こえた。


「……からだ」

「はい?」


 逃げる態勢をやめて、姫坂さんを見る。


「……コいいからだ」

「は……は?」


 つぶやくような声に耳を傾けると、そんな僕の耳元で彼女は叫んだ。


「カッコいいからだああああああああああああぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!」

「ぎゃああああっ!!!!」


 耳をつんざくバカでかい声。

 思わずその場で尻餅をついてしまった。

 あまりの声量に、耳がキンキンする。

 階下の職員室まで聞こえたんじゃなかろうか。

 よかった、まわりに誰もいなくて。


 じんじんする耳を押さえつけながら彼女を見ると。

 姫坂さんは両手を顔に当てて恥ずかしそうに「何度も言わすな、バカ」と言っていた。


 な、なにこの人……。

 顔はめっちゃ怖いのに、もしかしてものすごい純情乙女系?


 僕が腰を抜かしたまま呆けていると、それに気づいた彼女が慌ててしゃがみこんで僕の身体を支えてくれた。


「あ、ごめん。大丈夫か?」

「う、うん……」


 僕のより大きいその両手でグイッと軽々しく引っ張りあげられる。

 行動はどう見ても乙女ではない。


「こっちこそゴメン。びっくりしすぎて……」

「だって……理由を知りたいって言うから……」


 うつむきながら今度は頬を赤く染める。

 なんか、どんどんいろんなところが赤くなっていくんですけど。


 いや、それよりも。


 カッコいいから好きだって?

 マジか。

 マジでか。

 親にも言われたことないよ、そんなこと。


 なんか嬉しい。猛烈に嬉しい。


「ごめん。緊張しすぎてかしすぎた。返事はいつでもいいから」


 そう言って去ろうとする姫坂さんの腕をむんずと捕まえる。

 わっ、すごい筋肉質!

 じゃなくて……。


 なんだろう。

 さっきからドキドキしている自分がいる。


 まともに話したこともない相手なのに。

 怖いと思ってる相手なのに。


 知らなかった一面が妙に可愛すぎて、思考がおかしくなっている。

 これがギャップ萌えっていうやつなのか? よくわからないけど。


「ま、松本くん……?」


 僕が腕を掴んだことで、姫坂さんの態度がよそよそしくなる。

 真っ赤に染まった顔が一層可愛い。


「あ、あの……。僕、あまり姫坂さんのこと知らないし、絡んだりしたこともないし、好きかどうかもよくわかってないし、これから好きになるかもわからないけど……僕でよければ……お友達からお願いします」

「……え? い、いいのか?」

「うん。正直、断ろうと思ってたんだけど……なんか途中から姫坂さんが可愛く見えて」


 その瞬間、彼女の顔から「ボンッ」という音が聞こえた(気がした)。

 顔中を真っ赤に染めて、心なしか頭から湯気が出ているようにも見える。


「あ、ありがとう」


 姫坂さんはそう言ってニッコリと微笑んだ。


 あ、好きかも。


 初めて見た彼女の笑顔に、僕はそう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ