知らない感情
訳が分からない。
外に出るのもいけないとは、もう子どもじゃないんだぞ、なんて冗談めいたことを言いながら本当に外には何かいるんじゃないかと思うぐらい茜ちゃんの声には迫力があった。ただ、あんな小娘に言われたところでそれを律儀に守るほど俺は大人じゃないんだ、目を盗んでどこかのタイミングで外に行ってみよう。
と、外に対する興味が出てきたところでふとそれに気付いた。通常ではこんなことはありえないことだ。建築家が見れば奇声をあげながら後ずさりして壁にしこたま頭を打ち付けて失禁するほどの違和感に今さら、そう、今ら気付いた。
この家には窓というものがないのだ。
一昔前、それこそ現実世界に読んだあの奇妙な家を思い出す。あの、窓がない子供部屋のことを。しかし、あれはフィクションであり、架空の物であり、なにより読み物だ、そんなもの現実にあるわけがない。いやまぁここは現実のようで現実ではない世界なんだけど。あぁ、めんどくさいな、どっちがどっちだ。
朝食を終え、間借りさせてもらっている部屋に帰った俺は、窓のない部屋を眺めながらそんなことを考えていた。これからどうしよう。
あの兄妹に言われるがまま、この家で生きていくのか、そうだとしたらいったいいつまで続くのか。もしかして俺は一生このままなのか。
先の未来のことを考えると頭が痛くなる。それはも不安以外の何物でもなかったが、俺はとりあえずそれを考えないことにした。分からないものはいますぐどうにかなるわけではない。とりあえず情報を集めて、この家から脱出する。それを当面の目標にしよう。そのためにはあの兄妹からの監視から逃れる必要がある。それ以上は、まぁ、おいおいだ。後回しってことで。
そんな感じで頭を整理させたところで、そういえば俺は何不自由なく食事をもらっているが、あの食材はいったいどこから供給されているんだろう。普通に買い物をしているからだと思っていたが、あの様子を見るにおいそれと外には行けないのではないか?それこそ何者かが外に常駐しているとすれば。命の危険を顧みずに買い物に出かけていることになる。そもそも、そんな世界にスーパーなどといったものがあるのだろうか。
俄然、外に興味が湧いてしまう。見るなと言われれば見たくなるのが人間の性というものだ。こればかりは仕方ない。とりあえず一番味方に見える若葉にでも聞いてみようか。
階下に降りて、リビングへ向かう。いつもだったら朝食の片づけでまだキッチンに立っているはずだ。
廊下から覗き込むと、しかしそこには若葉の姿は無く、代わりに茜ちゃんが洗い物をしていた。さっきのことがあったからあまり話しかけたくないな、あとで見かけたらからでいいかと踵を返すと、
「お兄ちゃんを探してるんです?」
と声をかけられた。
体が飛び跳ねるほど驚いた俺はすぐに顔を向ける。
「なんだ、真白ちゃんか」
腕組みをしながら仁王立ちをする真白ちゃんは見下ろすような目でこちらを見ていた。もちろん身長差があるから実際に見下ろされてはいないんだけど。
「なんだとは失礼ですね、で、先ほどの質問の答えは?」
「あぁ、探してはいた。いないみたいだから急がないし、別に後ででもいいんだけど」
「お兄ちゃんは今部屋に閉じこもってますよ。何を言っても反応がないので部屋に行っても無駄ですよ」
「そうなんだ。何してるのか知ってる?」
「いえ?何をしているのかこのわたしでも分からないんですよ」
「そんな全知全能の神みたいな」
「神?なんですかそれ」
「神の概念もないんだ」
「そんなことより元いた世界のこと、もっと詳しく聞かせてもらってもいいですか」
「まぁ、いいけど」
はぐらかされたのか、それともただ単に知識欲が反応したのか、真白ちゃんは俺の返答を待たずにさっさと先を行ってしまった。俺はその後を黙ってついていくしかなかった。