ずるいが口癖の妹を持つ私
大衆小説では、「姉を羨みずるいずるいと言って何もかも全てを奪おうとする妹」が最近のトレンドだという。
これがまた奇妙なことに、当家の妹も私のことをずるいと言ってはばからない。
しかし周囲はそれをほのぼのとしたものとして見ている。
妹と私は五つ年が違う。
そして私は本妻の子だが、妹は第二夫人の子。
このラフィケル侯爵家を継ぐのは私で、妹は分家の一つに嫁入りの予定。
これは妹が生まれる前から決まっていたことで、もし妹が男児だったらその時は領地の管理人の一人として雇い、貴族としては除籍する事になっていた。
分家は子爵家だけど、貴族ではあるので、まあ待遇は良い。
けれど、色々と気に障るのだろう。
私がずるいと、言葉をある程度操れるようになってから言うようになった。
しかし大衆小説とは違う点がある。
私は男である。兄である。
性別が違うのだからずるいも何も、私に女装趣味はないのだからドレスは着ない。
お兄様ばかり動きやすそうな服でずるいと言われても、闊達に過ぎる妹はおとなしくしていたほうがいいからドレス以外着せたくない。
乗馬もさせない。させたが最後、妹は乗馬服ばかり着て、馬に乗り続けるだろう。
貴族令嬢が覚えるべき家の仕事を覚えて欲しい。乗馬じゃなくて。
跡継ぎの教育を受けられるのもずるいと言うが、私からすれば妹こそずるい。
私は七つの時から跡継ぎとして朝から晩まで将来の執務のための基礎教育を受け続けている。
ただし運動をしないのも成長に悪いということで、乗馬や剣術を合間合間に差し挟まれているわけで。
妹のように、教育は午前中だけで午後からは自由時間、だなんて生活ではない。
それで、妻のことさえずるいと言われた。
同性愛者というわけではなく、あんなステキな人と結婚したのがずるいということらしい。
妹の婚約者も十分美丈夫で、性格も温和な出来た人物だ。
敢えて短所を言うのならば、温和過ぎて情熱的に愛を囁くとかそういう事が出来ないところくらいか。
しかし生涯の伴侶に、大衆娯楽の恋愛小説のような恋愛は求めない方がいい。
私も妻とは穏やかに暮らしている。
さすがに赤ん坊はずるいとは言われていない。
欲しいなあ、とは言っているが。
お兄様、次は女児が見たいわ、と言われてはいるが。
どちらが産まれるかは神のご意思だし、自分で産めば早いぞとしか言えない。
まあ、他は出来る限り譲ってきている。
こちらのおやつが多いと悲しそうにせびってきた時は幾らか分けてやったし、あんまりに教師が厳しくてつらいという時は母に相談するのに同行もした。
私が乗る馬の世話をしてみたいと言われた時だって、嫌がる愛馬をどうどうと宥めながら人参を食べさせる係をさせた。今では週に一度だけ餌やりをしている。
難しい勉学をしてみたいというのも、父に提案しておいた。結果、読書が趣味になったのは何よりだ。勉学?結局投げ出していた。
そういうわけで、「ずるいー!」とことあるごとに鳴く妹ではあるが、別段関係は悪くない。
キレイな宝石やドレスに興味がなく、古い純文学に熱を上げていて、文学少女かと思えば剣術や馬術にも興味津々で、その代替として淑女向けのストレッチを日に一時間もするような、ヘンテコな妹だが、嫌いではない。
嫌いだったら面倒は見ない。
そんな妹も明日には嫁入りする。
あちらでもごちそうは出るだろうが、妹が一番好きなのはこの王都にあるとある菓子店のケーキだ。
私はそれを受け取り、帰宅中である。
「うふふ」
「なんだい?」
妻がおかしげに笑う。
「本当にあなたってば、妹が好きね。
そのケーキ、特注品って聞いたわ」
「ああ。あの子はケーキのスポンジはプレーン、コーティングはチョコレートが好きだからね。
果実は好まないから入れず。クリームは濃いめのカスタード。
チョコレートもミルクだけでは飽きるからホワイトチョコレートも一部に散らしてもらっているけれど」
「わたくしはそこまで家族の好みは把握していないわねぇ」
だって、しょうがないだろう?
気に入らないと悲しそうな顔をするのだから。
ケーキに果実が入っていないほうが嬉しそうなのだから。
その辺りのマニュアルは作成済みだ。
嫁入り道具としてちゃんと入れてある。
子爵家でも難しい内容ではない。
マッシュポテトにはバターをひとかけら入れてやると他の野菜を入れてもたくさん食べるとか、パンはバターロールよりも素朴なパンのほうを好むとか。
あの子は食にうるさいから、操縦しやすいように教えなければいけない。
まあ、田舎の子爵家だ。
嫁入りした後は、家の事さえ疎かにしなければ、運動でもなんでも好きにすればいい。
ちょっとムキムキになったとて、ドレスの直しはさした負担でもないだろう。
逆に子を産むなら体は頑丈なほうがいい。
妻は優秀なので、家の勉強と同時に体術を学んでいて、程よくむっちりしつつも筋肉のある素晴らしい体つきである。
ああ。
あの子のずるい~!という声が聞けなくなるのか。
今日は、ケーキを二切れ食べさせてあげよう。
私はむろん一切れ。
だが最初は二切れ食べるように見せかけて、ずるいと言わせなくては。
あの子だって最後の夜にずるいと言えないのは寂しかろうから。