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ハウスメイド八重子の手記1

 私の名は八重崎木凪。

 『文化人類学におけるBLの勃興と腐男子の生態』というのが私の生涯をかけた研究テーマだ。

 この手記は、私のフィールドワークの成果を記録するものである。

 記録とは、一度見たものを忘却できない私自身には必要のないものだが、遠い未来、人類の滅びた地球に降り立った外宇宙人が、このデータを発見し、多種多様なヒトという種が存在していたことを知るための一助になればとの想いで、筆を取ることにした。

 どういうわけか目にしてしまった現代人の諸兄らには、日記のような感覚で、気軽に読んでもらえればありがたい。



 某月某日 都内某所


 その日、私はメイドに擬態することで、ついにかの地への潜入を果たした。

 被験体Mから入手した情報の統計と計算と第六感により割り出したこの時間帯には、彼らはまだシーツの波間を漂っているはずである。

 私は寝室の前で、持参したコップを襖に当て、盗聴もとい研究を開始した。


「……ぁっ……、竜次郎、駄目…だよ、…もう起きなくちゃ」

「俺はすっかり起きてるから安心しろ」

「ゃ……っ、そ、そこの話じゃなくて、」


 ジャストタイミングである。

 計算によれば、この寝起きの攻防は、あと十五分ほど後に起こるという予測結果であったが、第六感がいい仕事をしてくれた。

 この分なら、第七感に目覚めるのも遠い未来ではなさそうである。

 私は己の能力に満足感を覚えたが、それもそう長くは続かなかった。

 声が途絶えてしまったのだ。

 不審に思い、中の様子を窺う……と。


「おいテメエ、いつまで聞いてやがる」


 全裸のゴリラにより、襖は全開になった。

 ゴリラはそもそも服を着ていないので、全裸のゴリラという表現はおかしいかもしれない。

 全裸のガチ五郎、と訂正しておこう。


「な」

「え、や、八重崎さん……!?」


 ガチ五郎の後ろには、被った布団から顔だけ出した我が友であり被験体M、湊の姿がある。

 二人とも驚愕しているということは、部屋の外にいるのが私だとは気付いていなかったということだ。

 恐らくガチ五郎は、九割が筋肉でできているその脳で、群れの別のゴリラが出歯亀をしていると考えていたのだろう。


「……お前どこから入った。何で誰も止めなかったんだよ」

「二人に重要な話がある……って……真心を尽くして説得したら……想いは通じた……」


 視線を向ければ、廊下の向こう、曲がり角から先程交渉した群れの名もなきゴリラ…構成員がちらちらとこちらを窺っている。

 ガチ五郎は、部下の胸に大事そうに抱えられたグラビア雑誌を目ざとく発見し、「……真心」と呟いた。


 人間関係は、信頼、真心、つまり賄賂である……と……どこかの誰かが教えてくれた……。


「八重崎さん、あの、遊びに来てくれたのは嬉しいんですけど、どうしてそんな格好で……?」

「メイド服には……ステルス機能が……ついてる……から……」

「そうなんですか?竜次郎、知ってた?」

「俺が知るわけねえっつーか、んなわけねえだろ」

「超絶ざっくりと一九〇〇年前後のメイド隆盛期……メイドは客人に姿を見せてはいけないというのが……暗黙の了解だった……。家人の留守中や就寝中に家事をしなくてはならない勤務先もままあった……。つまり……メイドは見えてはいけないもの……見えないもの……アルファ視点のベータ……みたいな……?」

「???アルファ?」

「……お前は何を言ってるんだ」


 懇切丁寧に説明したのに欠片も通じないとは。

 昨今の若者の活字離れには失望を禁じ得ない。

 

「つまりただの……路傍の石……気にせず続きをどうぞ……」

「そ、そう言われても……」

「お前な。この流れで続けられるやつはいねえだろ」

「チッ……。ガチ五郎の取り柄は二十四時間エレクトしているというその一点のみなのに……」

「俺の長所それだけ!?」

「八重崎さん、竜次郎には他にもいいところがいっぱいありますよ」

「湊、庇ってくれるのは一応嬉しいんだが、『他に「も」』って」


 どうやら、これ以上のデータを取ることはできないようなので、私は踵を返した。


「……今日のところは……これくらいに……しといてやる……」

「何で捨て台詞!?」

「八重崎さん、朝食を食べていきませんか?」

「メイドが……主人と食卓を共にすることはない……納屋の隅で……子宝飴をかじるから……平気……」

「子宝飴?」

「湊、お前は舐めるんじゃねえぞ。っていうかかじるなよ……」


 かくしてメイドは、来た時と同様、静かに去るのであった。


 つづく(かもしれない)

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